第118話 聖女のお茶会
聖女お披露目式の夜、イザベルの周囲には何やら探るような気配はあったものの、直接仕掛けてくるような
ことはなかった。
「まずは様子見か、向こうもいきなり仕掛けてくるほどバカではない、ということだな」
その翌日、イザベルは王城の一室にてこの世界の基礎知識の講義を受けていた。講師はブライデス王国
魔導師団長にして、賢者の称号を得ているルレイという者であった。当初イザベルはお爺ちゃんなのかと
思っていたのだが、現れたルレイは見た目20代半ばのヴィドにも匹敵するイケメンである。しかも、その
耳は横に長く尖っていた。
「そうか、ルレイ殿はエルフなのか」
「はい、まだ140歳とエルフの中では若輩ですが、こうして賢者の称号をいただいております」
休憩時間、イザベルは王城の庭園にてルレイやフレル達とティータイムをとっていた。こうして周囲を見ると、
フレルや護衛騎士達も結構なイケメン揃いである。
”ふむ、これは聖女召喚物によくある”逆ハー”展開ではないか、くくくっ、私にもようやく運が向いてきた
ようだな”
イザベルはわずかに口角を上げた。そんな様子を見ていたフレル達は、
”おお、聖女様が微笑んでいらっしゃる”
”なんと、慈悲の女神のようではないか”
などと、勘違いも甚だしいことであった。イザベルが聖女らしからぬ、欲望ドロドロの妄想を膨らませている
ことなど、全く思いも寄らず・・・・・
「フレル殿下、みなさまごきげんよう。わたくしも聖女様にご挨拶させていただけるかしら」
その時、庭園に鈴の音を転がすような可憐な声が響き渡った。振り返るとそこには豪奢なドレスを身に纏った
令嬢と、その取り巻きやメイドなど10人ほどの女性グループが登場していた。
「ルクレール公爵令嬢、この場は関係者以外立ち入り禁止のはずだが・・・・・」
「申し訳ございません殿下、どうしても聖女様にお会いしたくて、わがままを通してしまいましたの」
不快感をあらわにするフレルに、その令嬢は心底申し訳なさそうな表情で答える。
「まあよいではないかフレル殿、ちょうど私もこの国の女性と、誼を結びたいと思っていたところだ」
イザベルはにこやかな笑みを浮かべ、令嬢の同席を許可した。
「ありがとうございます聖女様。わたくしはルクレール公爵家の長女、ラミリアと申します」
「私は鈴木イザベル、こちら風に言うとイザベル・スズキという者だ。イザベルと呼んでくれてかまわぬぞ」
横紙破りなラミリアの行動を、笑って受け入れてくれたイザベルにフレル達はほっとする。だが、イザベルは
気がついていた。ラミリアの笑顔の仮面の下に、隠しても隠しきれない嫉妬の炎が燃え盛っていることを。
「まあ、苗字持ちとは、イザベル様は元のお世界でも貴族でしたの」
「いや、こちらでいう平民だ。私の世界では身分制度というものはほぼ撤廃されておる」
イザベルが平民と言った瞬間、ラミリア達に嘲りの表情が浮かんだのを彼女は見逃さなかった。これは
フレル達も感じ取り、不快な表情を令嬢達に向ける。
「あ、あらごめんなさい。私ったらつい動揺してしまって・・・・・」
「ははは、まあよいラミリア殿、世界が違えば常識も違う。私の世界にもまだ貴族は存在するが、すでに
名誉職のようなもので政治的な実権はないぞ」
慌てて取り繕うラミリアに、イザベルは気にしてないと度量を見せる。話題を変えようと、フレルが地球の
政治体制について質問をする。
「・・・・なるほど、平民の選挙によって為政者が選ばれるのですか」
「もちろん、独裁的な体制の国家も存在するが、私の世界で先進国と呼ばれ発展しているのは、大抵が
民主主義国家だ」
それはイザベルが日本に飛ばされてきた時、受けた説明をまんまフレル達に話している。
「もちろん、平民の教育レベルが高くなければ民主主義は成り立たない。私のいる日本は識字率はほぼ
100%だ。ほとんどの国民がこの王国なら、文官以上の職につける知識を有しているぞ」
続けて日本の義務教育制度などを説明すると、フレル達は驚愕の表情に包まれる。彼らの脳内には、
クレアブルとは比較にならぬほど発展した世界の様子が浮かび上がったのだ。
「・・・・そんな、平民が権力を握るなんて、とても考えられませんわ。平民はわたくしたち貴族のために働く
存在なのでは」
「ラミリア殿、それは逆だ。貴族は平民のために存在しているのだ。彼らが豊かにならなければ貴族も生活
できまい。それを忘れ平民を弾圧したために滅んだ国は、そう珍しいものではないぞ」
悪い意味での生粋の貴族主義なラミリアに、イザベルはやんわりと反論する。
「さようですか。本日はイザベル様とお話しでき、大変ためになりましたわ。では、わたくしはこれで失礼
させていただきます」
ラミリアも貴族令嬢として、己を取り繕うことには慣れている。内心を隠しこの場を後にしようとする彼女に、
イザベルから追撃の言葉が放たれた。
「私もだ。ああ、それからラミリア殿、この世で最も歪なもの、浄化せねばならないものは何かご存じかな」
「一体、なんでしょうか?」
「嫉妬だ、それで身を滅ぼした者、滅ぼしかけた者を私は知っている。今日は楽しかったよ」
「・・・・・わたくしもですわ。では、みなさまごきげんよう」
こうして、ラミリア達はこの場を去っていった。
「聖女様、今のは・・・・・」
「警告はした。だが、彼女は変わることはできまいて・・・・・」
去っていくラミリアの後ろ姿を見つめるイザベルの瞳には、哀しみの感情が浮かんでいた。
なんと、珍しく王道展開でストーリーが進んでおります。