第106話 中華的腐女子のニッポン見聞録(前篇)
你好、我的名字是鳳麗華、中国から父のビジネスに付き添ってこの日本にやってきました。私の一族は
中国でも大きな影響力を持っています。国共内戦から大躍進、文化大革命に天安門と、ろくでもない事
ばかり起こしてきたこの国で、長きに渡り没落も粛清もされずお仕事を続けてこられたのは、ひとえに現在
の長老である徳民おじい様始め、歴代の方々の血の滲むような努力あってのことでしょう。
え、何であの情報統制の厳しい国で、天安門事件のこととか知ってるのかって? おじい様から実情を
聞いていますし、何より今はネットの時代です。いかに当局が厳しい規制をかけようとも、それなりのスキル
を持っている人なら外国からの情報も手に入れることは可能です。
だから私だけでなく、中国の中でもかなりの数の人たちが、この国の実態を正確に把握しておりますよ。
まあ日本にも”物言えば唇寒し秋の風”という言葉があるように、ヘタになんか言って強制労働なぞさせられ
たらたまったもんじゃないですから、皆ダンマリを決めこんでいるだけの話なんですけどね。
そんな国に生まれ育った私の環境は、同世代の他の人たちと比べると特殊なものでした。いずれは鳳一族
の当主として、一族を守り繁栄させなければならない運命にあったのです。そのため、幼い頃からいわゆる
帝王学というものを叩きこまれてきました。もちろん、一族の人たちの命運が当主の肩にかかっているという
ことは、おじい様やお父様を見て十分理解しています。でも、自分で言うのも何ですが、私もまだ10代の
お年頃です。改革開放によって西側の文化もある程度中国に入ってきました。クラスメイトの中にも西側の
ブランド品なぞを手に入れて、その恩恵を享受している人も少なからず存在していました。
でも、私はそんなきらびやかな西側の文化には、あまり心惹かれることはありませんでした。むしろそういう
人達を冷ややかな目で見ていたのです。そのあたりはやはり、数千年の歴史を誇る中華文明のことを帝王学
の一環として学んでいた経験からきているのでしょう。せいぜい数百年のブランドがなんぼのもんじゃいと。
しかし、今から思えば知らず知らずの内に悪い意味での中華思想に染まっていたこの私に、一冊の聖典が
目の前に現れたのでした。仲の良いクラスメイトがこっそり見せてくれたその本は、日本の小説を翻訳した
ものでした。
「日本の小説なら、書店にもあるじゃない」
「いや、麗華、これは違うのよ。我が国にはない”萌え”というものをもたらしてくれた、革命的な存在なのよ」
それはBoys Love、略称BL、いわゆる男性同士の恋愛をテーマにした小説でした。当初は”こんなものの
どこが”と思っていた私をぶん殴ってやりたい。読み進むうちに通常の恋愛ものがゲスに思えるほど、ピュアな
物語に感情移入してしまい、ラストでは滝のように流れる涙を押えることができませんでした。そんな私にその
友人は、
「どう麗華、もし会員になれば他の小説や漫画も販売してくれるわよ。ただし秘密は守ってね」
「会員って、どんな会なの?」
「ええ、、我らが人民の偉大なる舵取り、”鋼鉄の乙女”の会員よ」
と、悪魔の、いや天使のささやきをしてくれたのでした。私はその子の紹介により鋼鉄の乙女に入会し、BL
趣味の方々と同志の絆を結ぶことになったのです。
「え、お父様日本に行くって・・・・」
「ああ、そうだ麗華、一族の日本での事業がだいぶ悪化してね。その立て直しをおじい様より言われたの
だよ。麗華はどうする。中国に残りたいならそれでもかまわないぞ」
現在、中国と日本との関係は最悪の状況です。歴史や領土問題に加え、異世界人とドラゴン、このニュース
を見た時は私も驚きましたが、この世界にない魔法の技術を手に入れようと、愚かな政府の人たちはすでに
日本国籍を有した異世界人を、無理やり拉致しようとして失敗、日本側に事細かにその経緯を暴露されて
世界中から非難轟々の有様なのでした。当然日本人の私たち中国人に対する感情は、間違いなく良いもの
ではないでしょう。
「麗華、日本行き迷っているの」
「うん、、、、だって今、日本では反中感情がすごいことになっているとおじい様から聞いているし・・・・・」
逡巡する私の背中を押してくれたのは、”鋼鉄の乙女”の同志たちでした。
「麗華、私はあなたがうらやましいわ。日本に行けるなんて」
「えっ、どうしてなの。今反中感情がすごいというのに・・・・・」
「だって日本こそBLの聖地なのよ。全世界の腐女子の憧れ、池袋の乙女ロード、ああ、、、死ぬ前に一度
でいいから巡礼してみたいわあ・・・・」
それでもなお迷う私に、同志たちからの励ましの言葉がかけられます。
「大丈夫よ麗華、日本の女性のほとんどはBLの同志だわ。例え国同士がいがみ合っていても、同志たちは
あなたを暖かく歓迎してくれるはずよ!」
「うん、わかった、私日本に行くよ! そして、日本の同志とも”萌え”を分かち合うわ!」
こうして、同志たちに後押しされ私麗華は日本へと赴くことになったのです。しかし、日本への学校編入初日
から厳しい現実に直面してしまったのです。教室での私に対するクラスメイトの反応は、もはや拒絶感すら
感じるものでした。後で知ったのですが、同じクラスの女生徒が異世界人を拉致するため、我が国の工作員
に殺されかけたそうなのです。
おじい様の思惑もあって異世界人のいる学校へと編入した私ですが、クラスメイトどころか担任の教師にまで
敵意に満ちた目を向けられ、さすがに心が折れそうでした。誰も私に話しかけようとはせず、お昼休みも一人
でお弁当を食べていました。しかし、早くも日本に来たことを後悔し始めた私に、声をかけてくれた女の子が
いたのです。
「ねー麗華さん、こっちきて一緒にお弁当食べようよ。1人よりみんなで食べた方が美味しいでしょ」
「え、私が一緒でいいのですか」
「いーからいーから、クラスメイトでしょ。遠慮はなしよ」
そうして私に、太陽に向かって咲くひまわりのような笑顔を向けて話しかけてくれた女の子、彼女の名は
鈴木綾香さんでした。彼女と一緒にいたのは何と、あの異世界人であるイザベルさん、それと同じく友人で
ある一色彩絵さんでした。
・・・・・私は、この時話しかけてくれた綾香さんの笑顔を、終生忘れることはないでしょう。恩には恩で報え、
鳳一族の家訓です。この先何があっても、私は綾香さんの味方となることを誓いました。放課後には歓迎会
としてカラオケにも連れていってもらいました。短時間で親しくなった私たちは今度の休みに、都内での
お買いものに一緒に行くことになりました。この時、私はいよいよ聖地”乙女ロード”に巡礼できる、その事
で頭が一杯でした。更なる試練、苦難が待ち受けていることも知らずに・・・・・
一話でさくっと終わらせるつもりでしたが、書いていたら長くなりそうでしたので
前・後編に分けました。