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「それでは長様!蓮見小太郎、行って参ります!!」
ボストンバックを持ち旅支度を終えた少年が目の前の老人に元気よく挨拶をした。
「うむ。しかと務めを果たしてきなさい」
長い髭と杖を持った老人は笑顔で小太郎を見送る。
今日は旅立ちの日。少年、蓮見小太郎は生まれ育った村を出ていき都会の学校へと進学する。
小太郎が生まれ育ったその村は古くから続く暗殺一族『明王』の隠れ里だ。
『明王』は法では裁かれない悪人を人々からの依頼によって暗殺をしている。
悪を以て悪を斬る。
この理に従い、全国に散らばっている『明王』が人知れず活動しているのだ。
小太郎も物心ついたときから里の厳しい訓練を繰り返し試験を経てつい先日、一人前と認められた。
一人前となった『明王』は里から出ていき、悪の救済をするために独り立ちする。
一人前となった小太郎は春から高校生。里から遠く離れた都会の高校に進学しつつ『明王』の活動を行うため今日この日、めでたく旅立ちとなった。
(楽しみだなー!都会ってどんなところなんだろう?)
駅に向かいながら小太郎は新しい生活に心を踊らせていた。
山に囲まれた明王の隠れ里は娯楽と言うものが乏しく、やることといったら明王になるための訓練しかなかった。
明王の理や掟に不満もなく一人前となるためにひたすら訓練をしてきた小太郎だがやはりそこはお年頃。年相応の好奇心は持っていた。
(まずテレビが長様の家にしかないっていうのがおかしいよね?しかもチャンネルが三つしかないし……)
などと思いながらまだ見ぬ都会に少年は胸を膨らませていた。
バスから電車に乗り換え新幹線に乗り換えながら小太郎は下宿先へと向かう。
(でもこの前の試験、寒かったなー……)
小太郎やその他の見習いの明王が一人前となる試験は里から程近い無人島で行われた。
試験の内容は島から出ようとする悪人を追いかけ殺すといった内容だった。
島に集められた悪人たちは里に届いた依頼のターゲットを拉致してきた者たちだ。
生活を壊された者、家族友人恋人を殺されながらも泣き寝入りするしかなかった者たちが最後に縋るのが『明王』だ。
小太郎は見事、ターゲットを屠り合格したが色々不満もあった。
(寒いし途中で嵐になるしターゲットは海に逃げ込むし、ほんと最悪だったなー)
そんなことを思いながらも小太郎を乗せた新幹線は目的地へと走っていく。
窓の景色を眺めていた小太郎だったが新幹線が妙な揺れに違和感を感じた。
(なんだ?線路から変な音するし、ちょっと傾いてる?)
そう思った次の瞬間、小太郎が乗っていた新幹線は横に倒れ、カーブを曲がりきれず脱線した。
後でわかったことだが新幹線の運転手が居眠りをしカーブに差し掛かってもスピードを緩めるどころかどんどん速度が増し曲がりきれずに脱線したとのことだった。
車内は大騒ぎになり小太郎も窓や壁に頭をぶつけ意識を手放そうとしていた。
(冗談じゃないよ!せっかく一人前になったってのに!ここで僕死んじゃうの?)
小太郎は朦朧とした頭でそんなことを考えながら気絶した。
新幹線に乗る前、座席の上の荷物置きにボストンバックはだけ置き、手にしっかり持っていたトランクと細長い包みだけを握りしめながら。