命灯る怪画
だれかのこえがきこえた気がした。
それはたぶん気のせいだ。
わたしにこえをかける人はいない。いっしょにあそぶ友だちも、一人もいないもん。
ずっとわたしはこの大きなおしろの、小さなへやから出られない。
ひそひそ話ならきいたことがある。
わたしは「しっぱい」なんだって。「いぎょう」とか「きけい」とか、そんなことを言っていた。
わたしと同じ、女の人の声だった。その人はたぶん、わたしのお母さんだった。
何にもできない。
お外にもいけない、だれともあそべない。
だからわたしは、絵をかいた。
きらきらひかるお外のこととか、わたしとあそぶすてきな生きものの絵。
まん中には、楽しいわらったわたしのすがた。
でもいつも、にじんでた。
わたしはまい日、絵をかいた。
まい日まい日。ずっとずっと。
だってわたしは、あそびたい。だれかと楽しくあそびたい。
だってわたしはそれができない。
だからまい日、絵をかいた。
ある日、ごはんをもってきた大人が、わたしの絵を一つ、もっていってしまった。
わたしはそれがかなしかった。
それから、わたしの絵はぜんぶ、かいたあとに大人がもっていくようになっていった。
わたしはとてもかなしかった。
へやの外から、こえがきこえた。
これは気のせいじゃないと思った。色んな人のこえがきこえた。「すばらしい」とか「てんさいだ」とか言っていた。
わたしはしっぱいで、いぎょうできけいですばらしいでてんさいだ、なんだ。
何にもわからない。そんなことより、わたしとあそぼうよ。
きーって、いう、女の人のこえもした。おかあさんかな。
何だかこわいな。
ある日。
とってもびっくりすることがおきた。
大人が、わたしをおへやから出してくれた。
うそ。
とびらがあいて、へやから出た。
うれしくてうれしくて、しんでしまいそうだった。そのときのわたしのきもちは、今でもずっとたからもの。
手に、てつのわっかをはめられた。かたくてつめたくて、なんだかいやなもの。
でもわたしはなにも気にしない。お外のせかいを見れるんだから!
大きなおしろのかいだんを下りて、大きなとびらをくぐっていくと、そこはもうお外のせかいだった。
ぜんぶがはじめて見るせかい。ぜんぶがきらきらひかっていた。あぁ、お外はこんなにひかってるんだ。
わたしはくびの長い生きものがつながれた、小さなのりものに大人といっしょにのせられた。
くびの長い生きものも大人も、ちょっとこわかった。いっしょにたのしくあそべないかなぁ。
わたしは、「しょけいだい」にいくみたい。
どんなところかな。楽しいところかな。
なんだかどきどきした。
しばらくして、わたしはいっしょにのっていた大人の人に、近づいていった。とってもこわかったけど、ゆうきをもって、友だちになろうとしたんだ。
でも、そんなことにはならなかった。
わたしは、うかれていたんだ。
わたしはのりもののまどにうちつけられた。大人が、わたしのかおをなぐったんだ。
あかいしるが、わたしのかおから出てきた。いたくていたくて、しにそうだった。
だけど何より、どうしようもなく、どうしようもなく、こわかった。
これは、何? うそみたい。
こわい、こわいこわいこわいこわいこわい。
わたしはのりもののとびらをあけて、とびだした。じめんをころがって、しにそうなくらいいたかったけど、あの大人からそれでもにげたかった。
こわい、こわいよ。何でこんなにこわいの。
わけがわからなかった。ぜんぶゆめみたい。わるい、ゆめみたい。
いやだ、こわい、たすけて。
こんなところはきたくない。
もう、いい、もういいよ。
わたしを、あのへやに、かえして。
手にはめられたてつのわっかのせいで、うまくうごけない。それでもわたしははしった。
みどりののはら。いまではきらきらひかっていない。こわくてこわくて、まるでここはあくまのせかいだ。
わたしはむちゃくちゃに走った。
何もかんがえずに、体がおかしくなってきてるのに、それでもかまわずに。
走りながら後ろをふりむくと、とってもたくさんの大人が、くびの長い生きものにまたがってわたしをおいかけてきていた。
ちがう。
こんなのは、ちがう。
こんなのは、わたしが行きたかった、生きたかったせかいじゃない。
ちがう、ちがうよ。
わたしは――――
やがて、大きな音がなりひびいた。
わたしは、たおれた。
あかいしるが、わたしの体からどんどん出てくる。
いたくていたくて、ほんとうに、しにそうだった。
わたしは目をあけた。かすれてるけど、何かが見えた。
ちかくのおかの上に、何かほそ長いものをもった女の人が立っていた。
あの人がもっているもの、あれを、しってる。あれは、「じゅう」だ。
あの人のことを、わたしはしってる。あの人は、おかあさんだ。
「見て見て! 私、『あれ』を仕留めましたのよ! 私の腕も、まだまだ大したものでしょう?」
女の人が、大人たちにむかって何かさけんでる。何を言ってるのかはわからない。
頭がおかしくなってきた。なにもかんがえられない。
でも、これだけはわかる。
わたしは、しぬんだ。
何、これ。
これが、お外のせかいなの。
これが、わたしのお話なの。
こんなのは、いやだ。
いやだよ。
こんなのはッ!!!!!!!
だれかのこえが、きこえた気がした。
『愚かですね』
きれいな、とってもきれいなすてきなこえだった。
でも、どこからきこえてきているのかわからない、ふしぎなこえ。
『あなたの母親――――この国の王女様は、狩りが得意な、有名なお転婆姫でした。彼女はそんな自分に陶酔していた。しかし、実の子であるあなたの絵が飛ぶように売れ、いつしか国一番の有名人は、あなたにすり替わってしまった。彼女はあなたに嫉妬し、有りもしない罪を被せ、殺そうとしたのです。何と愚かで浅ましい生き物か。あなたは何と可哀想な子なのでしょう』
何を言っているのか、わからない。
『あなたの死はもう目の前です。しかしあなたは、一代限りの選ばれた種族、その最後の一人です。私には、あなたに手を差し伸べる権利がある』
目はあけてないのに、何だかだれかに手をちかづけられてる気がした。
『さぁ、あなたの望みは何ですか? その思いを糧に、あなたは生まれ変わることができるのです』
わたしの、のぞみ?
わたしが、のぞんでいたこと。
ずっとずっとのぞみつづけていたこと。
それは、それは――――
そしてわたしは、さしのべられていた手をつかんだ。
わたしは立ち上がった。
みどりののはら、わたしの足元だけが、まっかになっている。わたしの体もまっかだけれど、もう少しもいたくはない。
はなれたところにいた大人たちが、おそろしいものを見るような目で、わたしを見ていた。
わたしはてつのわっかをつけたまま、空中に絵をかいた。
空中に、わたしの絵がつぎつぎにうかんでいく。
すごい、こんなことが、できるんだ。
バキッ、バキバキバキ――――
わたしの絵はそのまま、音をたてて、動く生きものへとかわっていった。
大人たちより少し大きな、わたしとあそんでくれるすてきな生きものたち。
そして、わたしは生まれてはじめて、こえを出した。
「ア ソ ボ ウ ヨ」
わたしのえがいた生きものたちが、大人たちのもとにむかっていく。
生きものたちが、大人たちと、あそんでる。
ひきさいて、ひきちぎって、ふみにじって、うれしそうにあそんでる。
わたしは、うれしかった。
いま、わたしはみんなと、あそべてるんだ。
わたしは、とってもうれしかった。
みんなが、ひめいをあげて、あかくそまっていく。
その中には、おかあさんのすがたもあった。
『こんなはずではなかった』
だれかのこえがきこえた気がした。
やがて、わたしは何もないところにとじこめられた。
きれいなふしぎな、あのこえのもちぬしによって。
また、とじこめられたんだ。
生まれかわったのに、またわたしは「しっぱい」だったのかな。
わたしは絵をかいた。
あのときとはちがう。
絵は、そのまま生きものになった。
こうしてわたしには、いっしょにあそぶ友だちがいるんだから。
わたしは絵をかいた。
あのときとはちがう。
絵は、そのまませかいになった。
ここをわたしの、きらきらひかるせかいにできるんだ。
わたしは絵をかいた。
でも、なんでだろう。
絵はそのまま、わたしののぞむすべてになった。
ひどく、むなしい――――
やがて、気が遠くなるほどの時を経て、三人の男と一人の少年が、彼女を打ち倒し、自由へと還す。
しかしそれは、また別の物語――――。