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悪魔の揺り籠  作者: 睡眠華
4/5

「グレイ! ただいま~」


森から全速力で駆けてきたリリアンナは、森の外れに建てられた山小屋の扉をトントントンッと小さな拳で叩き弾んだ息で帰宅を告げた。


「リリアンナ、及び、レイン。本日の森の採集任務より、ただいま帰還致しましたぁ!」


にっこにこのご機嫌な声でリリアンナが扉を開けて顔を覗かせれば、体格のよい身体を窮屈そうに屈めて台所に立ったグレイが、無心な強面で黙々と鍋の中を木のお玉でかき混ぜていた。


「お帰り。リア」


養い子の声に気づいて顔を上げたグレイは、それまでの厳つい表情から一転し、ふっと柔らかく目を細めると低めの声で優しくリリアンナの名を呼び家へ迎え入れてくれる。


「随分と大きい茸を見つけてきたんだな」


背負い籠から飛び出す特大サイズの食用茸を収穫してきたリリアンナに、ひょいと太い眉毛を上げて笑みを浮かべた。

半分を干して保存食にでもするか。と、グレイは、再び鍋をかき混ぜながら午後の予定へ冬の蓄えの準備も組み込む事にした。

背負っていた籠を足元へ下ろしたリリアンナは、泥だらけの靴とホコリまみれのローブを脱いで壁掛けに片付け、柔らかく鞣した革で作った室内履きに替える。

早朝汲み上げておいた水瓶の中の水を桶に移して手洗いうがいをすませ、すっきりしたリリアンナは、てててーとグレイに駆け寄った。


「いい匂いがする~」


ふんわり湯気の立つ鍋の中から香る食欲をそそるいい匂いに、リリアンナの頬と口元が自然に緩んでいく。


「ごはんのお手伝いある?」

「ああ、ありがとう。ちょうどいいから昼飯にするか。レインもご苦労さん。森はどうだった?」


グレイは、鍋をかき混ぜていた手を休めて、駆け寄ってきたリリアンナの頭をひと撫でしながら、森の中へ付き添っていたレインを労った。

リリアンナを追いかけてスルリと家に入ってきていたレインも、慣れた仕草でちょいちょいと手足の裏についた汚れを濡れ手拭いで拭っている。

お利口さんなレインは、汚れた手拭いを口に銜えて桶へ片付け、何でもないとでも言うようなくりくりした瞳でグレイを見上げ「クー」と短く鳴いて答えた。


「今日の収穫は、なかなかだよ。レインが、兎を三匹も捕まえたからね」


腰の麻紐に結わえていた野兎を掲げ、リリアンナがレインの仕事ぶりを誇らしげに報告する。


「そうか。なら、少し血抜きしておくか…」


リリアンナが持つと肥えて大きかった兎も、グレイが受け取ると何故か獲物が小さく見える。

兎を受け取ったグレイは、ふむとひとつ頷くと裏庭に回って解体用の桶を用意し、軒先から吊るす道具で手早く血を抜く作業を進めていく。

その間リリアンナは、レインの好きなリンゴを切ったり、二人分のスープを木の器によそいテーブルに並べて昼飯の準備をして待っている。

裏庭での下準備を終えて戻ってきたグレイは、汚れた手を水で綺麗に洗い流してから食事の席についた。


「少しお肉食べたい」

「ああ、なら夜の飯に一匹使うか。毛皮を剥いだら、もう一匹はレインの夕飯だな」


リリアンナのおねだりに、グレイも気前よく頷いてくれる。


「えへへ~いっぱいお手伝いするね」


せっかくの新鮮お肉のご馳走である。

干し肉にした後では味わえない柔らかい部位を、肉団子のスープにして美味に頂きたいのである。

内臓だって、貴重な栄養源です。

モツの煮込み料理は、肉が新鮮でなければ味わえない美味な一品なのである。


「さて、食べるか」

「はい。いただきますっ」


グレイに食事を促され、リリアンナも元気よくお昼ご飯を食べ始めた。

早朝から動き回っているリリアンナのお腹はペコペコである。

朝ご飯のパンと牛乳だけでは、活動する燃料として速攻で消化されてしまい、成長期の子供の胃袋はすぐ空っぽになってしまう。

森の中でオヤツ代わりに食べた小さな木の実じゃ満たされないのである。

グレイの作った野菜とお豆たっぷりの具沢山なスープ。

ほんのり塩味とハーブの香りがする、熱々な胃に染み渡るような素朴でたまらなく男前な料理である。

ああ、お野菜が柔らかく煮込んであって、旨味成分濃縮のスープはウマウマです。


「リア、よく噛んで、食べなさい」


トロトロ野菜を飲み込む勢いで食べているリリアンナに、世話焼きお父さんなグレイは、急がなくて良いとゆっくり咀嚼してみせる。

森の熊さんのようなグレイ。

背も高くて身体が大きくて、ゴワゴワ固そうな茶色の髪の毛と、ちょっぴりゴツくてむさ苦しいけれどカッコイイもっさりお髭をはやしていて、厳つい顔の中に灰色の優しい目をしたグレイ。

グレイの作るご飯は、素朴でいつも美味しい。

野菜がゴロゴロ入っていて、大胆な男飯ともいえるが、庭に植えたハーブと塩コショウで味を調えているだけなのに、味に深みがある。

隠し味はやはり『愛』なのか。

手間暇をかけられないけれど、食材を大事に使っている愛情たっぷりご飯なのである。

普段食べる食事は、栄養はもとよりお腹に溜まるのを主にしていて質素であるけれど、グレイが手を掛けて作る保存食はかなりの絶品である。

塩漬けしてから干している途中のモモ肉は、高級生ハムみたいだ。

一昨日、グレイが大きな鹿を狩ってきたので、保存用の燻製肉と干し肉を大量生産してある。

肉の熟成具合をみる一週間後の試食が、今も待ち遠しいほどに楽しみなのである。


グレイ大好き。

グレイの作るご飯大好き。


うふふふふ~と、小鼻を膨らませながら、もぐもぐとお野菜を噛んで味わうリリアンナは、今夜の夕ご飯の献立に早くも心浮き立たせているのであった。


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