2
そして、焦げ茶色のモジャモジャの髪の毛とヒゲ面がチャーミングな親切な森の熊さんこと、グレイのおっちゃんに拾われた赤子は、リリアンナと名付けられ心身共に丈夫に育てられました。
主に情緒面で、二尾狐のレインに甲斐甲斐しくお世話され、体力面では、グレイに鍛え上げられました。
新生児時代は、身近に母乳をくれる経産婦の女性もいなかったようで、穀物を薄く煮た重湯のようなものや野菜を柔らかく煮たスープの上澄み。
果汁の多い果物を潰して木のスプーンでグレイの逞しい二の腕に抱っこされながら食べさせて貰いました。
小さなタライでお風呂にもいれられ、排泄もスッキリ爽やかにお世話になりました。
お昼寝のお布団には、モフモフなレインの尻尾二本もあって極楽です。
えっ?
オムツ替えの羞恥心?
赤ちゃんなのですから、食べたら出すは必然です。
たまに、パクパク食べ過ぎて、口からケロリする事もありましたが、無問題です。
レインがペロペロ舐めてキレイにしてくれますから…え?涎?
グレイが、ご飯の後で顔を拭いてくれますし気にしませんよ。
狐さんにお世話される赤ちゃんって癒されるよね。
そして、食べて出して寝るのが仕事だった新生児の時期を経て、首も座り寝返りをうてるようになって一気にハイハイまでスペックを上げた私に訪れた驚愕の体験をばご報告したい。
そう…あれは、グレイのおっちゃんが子育てに慣れてきた頃だったでしょうか。
日中、起きている時間が長くなって運動量が増えてきた私の為にレインが用意してくれたオモチャがあったんですがね。
見知らぬ世界への好奇心いっぱい、体力も満タンだった私は、家中をハイハイで徘徊…いえ、探検しては、グレイに探されたりレインに追いかけられて喜んでおりました。
育児や家事も一人でこなしていたグレイは、庭での畑仕事もある為一計を案じたそうです。
それが、レインからの恐怖のお土産でした。
オモチャ代わりにと、持ってきてくれたものは、80センチメートルはあろうかという昆虫だったり、イモムシだったり、ナメクジだったりするんです。
その生物がですね、ニジニジカサカサと赤ん坊の背後を追っかけてくるんです。
悪戯予防と、ハイハイが上手に出来るようにとの親心なのでしょうが、競争相手が巨大イモムシなのですよ。
前世、ダンゴムシもカブトムシの幼虫も手づかみしてましたが、あれとはサイズが違います。
自分と同サイズの生き物から必死で逃げましたとも!
この世界にスキルがあるならば、ハイハイから高速ハイハイにレベルが上がったと思う。
無論、体力限界まで遊んだら他に悪戯する暇もなく爆睡するのが赤ん坊の常でありまして、グレイのおっちゃんの作戦は成功したのでした。
毎日のハイハイ全身運動のお陰で、一才頃には掴まり立ちもクリアし、ヨチヨチ歩きをマスターしたタイミングで、グレイのおっちゃんたら、またしても豪快な遊びを考えて下さりました。
そりゃさ、二頭身から三頭身な頭のデッカイ幼児に、階段はまだ早いかもしれないけどさぁ…。
だってそこに登れる階段があったら、上に何があるか確かめたいし、どこまで行けるか登りたくなるでしょう。
前世大人だった記憶はあれど、心はいつだって好奇心いっぱい子供のままでいいよねっ。
『心は永遠のガラスの十代なのだよ』とか、肉体の衰えや運動不足そっちのけにして半笑いで圧力掛けつつ家族に言っていた子持ち主腐(主婦)でしたから。
何時までも遊びたがる子供相手にムキになって付き合い、子供の底無し体力に負けた屈辱の記憶……若さって素晴らしいよね。
未熟な筋肉。
しかし、柔軟な肉体。
そして、底無しの体力と好奇心!
勿論、限界までエネルギーを消費すれば、稼働する気持ちはあれど身体は電池切れになりパタリと寝てしまうのですが。
私、前世よりの嗜好を受け継いだのか、若干筋肉好きでありますゆえ、若い身体に、無限の可能性を期待しまくり、適度な筋肉トレーニングに燃えたよ!
まず一段目を成功。
素晴らしいぞ私の筋力!と、興奮気味に三段目まで登り、気付くとレインに階段下へと降ろされる。
それを延々繰り返してたら、グレイのおっちゃんから、「山に行くか?」と一言。
私は勿論、「いくぅー!」と、初めての外出のお誘いに、お散歩だぁ~と心踊らせて答えたとも。
背負い子に乗せられ、グレイの広い背中から眺める外の世界は、全てが目新しく凄かった。
ゆらゆらと揺られて行くは密林。
秘境か魔境かと言わんばかりの山道を辿り、一ヶ月。
二人と一匹でグルリと家の周辺の森や山道をゆったり散策し、食べられる木の実や野草、茸などを取りつつバーベキュー&満天の星空の下で野営。
小川を見つけて水を汲み、必ず煮沸して飲み水を確保したり、そのまま飲める甘い湧き水の場所を教えて貰ったりした。
スゲーよ。
本格的なアウトドアだったよ。
野生の獣に出くわしたりもしたけど、この時グレイもレインも狩はしなかった。
まだ乳歯が生え始めたばかりだったので、固いものを噛みきれない私の為に、もっぱら山菜料理中心のベジタリアンな熊と狐…まあ、雑食だからいいのか。
木で作った串に刺した焼き茸は、少量の塩と薬味をまぶして食べたら美味だったなぁ。
肉厚の茸は、歯触りがモキュモキュしていて面白いんだよね。
山中には、温泉が湧き出ている箇所もあり、温かいお風呂にも入れて自然の素晴らしさを満喫したよ。
グレイとレインが側にいてくれたから、暗い森の夜もグッスリ眠れた。
一ヶ月程かけて、家の周辺を徒歩で巡り、秘密の隠れ家的なツリーハウスを作ったり、温泉の近くへ簡易別荘を建てたりと、秘密基地を作る楽しみを教えてくれた。
そして気付けば、森を歩く術を遊びながら仕込まれていたのであった。
幼児に、実戦でサバイバル技術仕込むとかどんな英才教育ですか?
たとえ三十路過ぎの大人だった記憶の欠片があったとしても、朝から晩までアウトドアで生活するなんぞ、小学校のキャンプ以来ご無沙汰な超インドア派だった前世の私。
子連れで海へ泳ぎに行ったり雪山へスキー行ったりしても、夕方にはホテルに宿泊、お風呂も食事も上げ膳据え膳でまったり羽を伸ばしていたものである。
趣味読書(漫画小説何でもござれ)と映画鑑賞(アニメ大好き)とか言っちゃう痛々しい腐ヲタな大人だったんだけれども、異世界転生して俺TUEEEEE的なチート覚醒とはこの様にして育まれるものだと知る。
こうして、規格外な養親の教育方針のお陰様で心も体も力強く育ちました。