偽りの贈物
……生きていました!
逃亡もしません!……逃避はしますが←
短編を一度書き上げたかったので執筆中の作品はスルーしてまして、続きも鋭意制作しますのでよろしくお願いします(*゜▽゜)ノ
それは高校最後の思い出。8月中頃いう時期もあってか、尋常ではない太陽の照りつけに加え生暖かい風が吹きつけていた。
迷惑極まりない気候の中、歩くのは一人の少年。汗をかきながらようやく喫茶店に入った少年は胸をなで下ろす。
少年の名前は勇人。高校生になってから天文部に入部し、現在は部長を務めていた。
勇人は店員に指示された席へ行き、止まらない汗を手でパタパタと追いやっていた。勇人がわざわざ近所にある喫茶店に顔を出したのは、理由がある。
昨日、幼なじみの皐月から連絡が来たのだ。勇人は二人で集まる機会などここ最近無かった事なので、心が躍る反面、憂鬱だった。
「はぁ、アイツはいつも勝手だなぁ」
心中を吐露した矢先、カランコロンと音が鳴った。勇人は反射的に入口へ視線を注ぐと……そこには悪鬼がいた。
どうやら憂鬱さが勝ることになりそうだ、と勇人は下を向いた。
悪鬼は長髪を振り乱しながら勇人へ前進してくると、開口一番
「コラ勇人!夏美を泣かせたな!」
と言い放った。
「落ち着けよ皐月。皆見てるぞー
勇人の注意も虚しく、皐月は勇人の首根っこを掴んで罵詈雑言を浴びせ続けたのだった。
皐月の暴走は注文の品が届いた所でやっと収まった。
「この暑い日にカレーってアンタほんと変人ね」
「うっさい。毎年冷やし中華女に言われたくねぇよ」
この会話は一種の十八番のようなもので、両者は気にもしない。
冷やし中華をズルズル言わせながら、
「夏美、泣いてたわよ。どうしてあんなこと言ったの?」
スプーンを動かす手を止めた隼人は、
「仕方ないだろ。気づいたら言っちまってたんだから」
「とにかくあの子はアンタのことが好きなの。わかるでしょ」
勇人は夏休み前に、皐月の友人である夏美に告白されたのだ。はじめは恋愛感情を持っていなかったものの、今は好き……なんだと勇人は思っている。
「そもそもどうして俺と夏美をくっつけようとするわけ?」
「そ、それは……夏美に幸せになって欲しいからよ。年中カレー男っていうのは不安だけど」
話をしながらも忙しなく麺を口に運んでいた皐月は、食べ終わるとすぐに席を立った。
去り際に逡巡するようにこちらを向き、
「来週には花火大会があるんだから、そこでちゃんと謝るのよー!」
捨てゼリフを勇人に浴びせると、今度は躊躇なく喫茶店を後にした。
取り残された勇人はまだ半分も残っているカレーを掻き込んだ。
そのカレーは、いつもよりちょっぴり辛かった。
勇人は自室に飾ってあるクマのぬいぐるみと手編みのマフラーを凝視していた。
勇人の誕生日に、夏美と皐月はプレゼントを渡してくれた。夏美は手編みのマフラー、皐月は大きなクマのぬいぐるみ。夏美は勇人が星の観察で風邪を引かないように、と編んでくれたらしい。そして、皐月は何も考えずクレーンゲームで取れた景品らしい。
そこで勇人は感謝の句の次に、
「夏美に比べて皐月は適当なプレゼンだなぁ。まぁ、お前らしいっちゃらしいな」
と口を滑らせてしまった。その時皐月はいつも通りギャーギャー喚いたのだが、夏美は急に元気が無くなったのだ。
あの時は気づかなかったが、再度考え直すと確信持って言える。夏美は友人のプレゼントの品に難癖をつけられて悲しくなったに違いない。
そう結論づけた勇人は携帯に手を伸ばしたが、視界の端にあるマフラーがどうしても気になった。
マフラーを注視すると……。
勇人は算数の問題が解けた子どものような表情の上に、悲しそうな色を加えると、押し入れに駆け込んだ。
蝉のせせらぎを皮切りに夏の夜、周囲は喧々としていた。青や緑、赤などの色鮮やかな着物が踊りながらひとところに集まっていく。
今日は勇人の地域で開催される花火大会。出店の量は少ないものの、花火の量は県下一だそうで多大な賑わいも頷ける。
神社の入口にある鳥居では黒い浴衣を楽に着る勇人がいた。すると、勇人に手を振りながら走ってくる人影が1つ。カッカッカッと音を立てて隼人の前に到着すると、
「勇人くん!遅くなって……ごめんなさい。着付けに時間掛かっちゃって……」
息も絶え絶えに少女は下を向いた。胸に手を当てて、数回深呼吸をしている。牡丹柄の浴衣をきちんと着こなしているのは、勇人の彼女、夏美だった。切りそろえられた黒髪のショートボブに薄く化粧をする彼女は、大和撫子というに相応しい姿だ。
「こっちも今来たばかりだから大丈夫だよ。それより、この前はゴメンな」
勇人は頭を軽く下げた。
「……うぅん、あの時は気分が悪かっただけだから。……行こっか、勇人くん」
曇顔だった夏美は一瞬でそれを振り払い、勇人の手を引っ張って行った。
出店は少ないものの定番は押さえてあったので、花火が始まるまで優に時間を潰すことができた。
真っ赤な真珠のようなりんご飴を手に取った瞬間、
ドーン!
りんご飴とは比べ物にならない大きな花が夜空に咲いた。
りんご飴を片手に、
「わぁ……。綺麗だね勇人くん」
夏美は惚けていた。
周囲も皆同様に今回のイベントの目玉に注目している。ただ一人見つめる先が違ったのは勇人だ。
「夏美。先に謝らせてくれ。すまない」
カラフルな光に照らされる少女は隼人の方を見向きもしない。
「見て見て勇人くん。あの花火はスイカかな?」
「プレゼントのこと、悪く言ってすまなかった」
ビクッと夏美は体を強ばらせた。
「……いつ気付いたの?」
「先週家でいた時に、な」
両者の視線は違えどら表情は同じだった。
「……夏美、俺はアイツのことがー
「ドーン!」
花火に負けないくらい大きな声を放つ夏美に、勇人は面食らった。
「勇人くん、花火の音大きいね。何言ってるか……全然聞こえないよ」
彼女の声は震えていた。りんご飴は溶けて、雫が夏美の手に落ちた。
「こっち見ないで。勇人くんには……見られたくない」
勇人は何か言うべき言葉を探したが、何も見つからない。
「皐月、家に居るよ。花火……見たがってるんじゃないかな。……もう、女の子に最後まで言わせないの。はやく……行って」
隣にいる牡丹柄の浴衣の少女から視線を逸らすと、
「……ありがとう。今まで、楽しかった」
勇人は走り去っていく。
りんご飴を透明の雫が濡らした。
ピンポーン。空から鳴り響く音と別にもうに1つの音が聞こえた。Tシャツにショートパンツとラフな恰好で着替えようか一瞬迷ったが、再度聞こえるインターホンの音に急いで出迎えた。
「はーいはいはいって勇人?」
皐月は突然の来訪者に驚いていた。
「アンタ……何やってんのよ!花火大会はどうしたの!夏美は……ちょっとぉ!」
勇人は何も言わずに、皐月の手を掴んで闇夜を走った。
速度はドンドン増していき、少女と少年が駆け抜けた思い出を彷彿とさせた。目の前を走る少年は青年へと成長し、自分と同じ身長だったのに今では見上げないと顔が見えない。
皐月がどんなに騒ごうとも足を止める気配は伺えなかった。
歩みを止めた先は、
「子どもの頃に遊んだ秘密基地……」
大半は壊されているものの、ダンボールで作った家は生きていた。屋根は雨風でひしゃげていた。
秘密基地を見つめる勇人は、
「どうしてプレゼントを入れ替えたんだ?」
ようやく口を開いた幼なじみに1つ文句を言ってやろうと思っていた皐月だったが、何も言えなくなっていた。
「……だんまりか?じゃあ俺が考えたこと勝手に話すぞ。皐月は夏美から俺のことが好きだと告白された。俺らの仲を取り持つために、プレゼントの交換までやった。本当はクマのぬいぐるみは夏美ので、マフラーが皐月、お前のだろ」
夏美は顔を上げた。
「違うわ。夏美がアンタのことを思って編んだマフラーよ。証拠でもあるの?」
勇人の眼差しは揺るがない。長年一緒にいた夏美には理解できた。もう、戻ることはできない、と。
「刺繍だよ。刺繍で俺の名前を縫ってくれたんだろうが、勇人じゃなくて隼人になってたんー
「うるっさいわね!せっかく編んでやったのに何よその言い草は……あっ!」
気付いた時には遅かった。勇人の口車にまんまとはめられたのだ。
「……勇人の言う通りよ。でも、なんで今頃になって気付くかなぁ。私は……もう諦めたのに」
皐月の初恋は5歳。近所に住む幼なじみの少年だった。出会った時からずっと好きだった。いつだって隣にいたのは彼で、この関係はこれからも続いていくのだろう。そう感じていた皐月のほのかな夢は、時の流れとともに変化していった。
「アンタは夏美を幸せにしてやんの!2人の思い出いっぱい作って幸せになんのよ……」
そうすれば私の想いは私の中から一生出てこない。
「はやく神社に戻るの。必死に謝るの。きっと……許してくれるかー
全てを話すことは出来なかった。皐月の目の前には逞しくなった幼なじみの胸元があった。
「思い通りに事が運ぶと思うなよ。勝手に……離れていくな」
皐月の背中には幼なじみの腕が回されている。
「私は……私は……」
虚空を掴むように皐月の腕は揺れている。
「皐月。俺は皐月が好きだ」
勇人の言葉で、彼女の心は解き放たれた。
ダンボールの秘密基地は朽ち果てて、過去の遺物となっている。自分達の生きる世界もめまぐるしく流転している。
しかし、勇人との繋がりは何十年、何百年経ても変わらない。勇人の背中に強く結ばれた手がーそう、告げている。
一日でも経つと昨日の自分と今日の自分って違うと思うんですよ。
身体的なものはもちろん精神面も。
最後の一文も変わらないことを願う皐月でしたが、変わることも実は受け入れたんじゃないかなって思います。
SFから離れて日常を描きましたが、リアルな情報を書いてると自分の身辺の寂しさに辟易しちゃいますね(笑)
今日もネタの神様が舞い降りることを願って、締めさせて頂きます。
読んでくれた方に絶大な感謝を。