Ogre Knight~おーがないと~遠き星の探索者
正月休みを利用して書きました。昔から考えていた構想を短編として形にしたものです。感覚はVRMMOに近いものですが、実体がある感じです。楽しんで頂ければ幸いです。
◇◇◇◇
「第十四小隊レッグス班所属、樹・瑛大入ります」
黒髪黒目の青年が第十四小隊隊長の執務室を訪れた。
「イツキ、何故呼び出されたか... ...理解しているか?」
「はい。自分は、レッグス班の作戦行動中に命令無視の上、単独行動をとりました。更に班員達を危険に曝しました」
「オーケイ。そこまで分かっているなら今後の処置もある程度は理解しているな?」
「はい。軍法違反ですので、除隊かと思われます」
樹・瑛大と呼ばれる青年は、度々問題を起こしていた。その都度、除隊騒ぎとなるが、あと一歩のところでいつも除隊を免れていた。その理由はこの青年が希少な能力を持っているからである。
「オーケイ。今回も残念ながら除隊には出来なかったが、君には異動してもらうことになったよ。セカンドアースの探索については知っているな?」
「知っているであります」
「そう、あそこだ。くくくっ、今回、君は探索隊に異動することになったよ。おめでとう」
「有り難う御座います。喜んで拝命致します」
◇◇◇◇
地球に良く似た惑星、その名はセカンドアース。現在、セカンドアースのテラフォーミング計画が実行されている。その先駆隊として、探索隊が組まれているのだが、今のところ探索は難航していた。
その理由として、酸素濃度が極端に薄いこと。人類に害なす獣が多数棲息していることが挙げられる。
当初、厳しい特訓に耐えたエリートメンバーが選抜され、酸素ボンベを携えた特別なスーツに身を包み探索に送り出された。だが、害獣の数の多さに多くの者が命を落とした。
現在、探索は新たな試みがなされている。オーガナイトと呼ばれる人工人間を動かし、害獣の駆除と探索を進めているのだ。だが、オーガナイトにも欠点はある。人工知能を持たせたロボットでは、あらゆる状況への対処に難があった。数瞬の判断の遅れが命取りとなり、多くのオーガナイトが害獣に破壊されていた。
その問題を解決するため、オーガナイトのリーダーは、人間が遠隔で操作することとなった。専用のコックピットは、電解質の液体で満たされ、操縦士は手、足、首、頭部が管で装置と繋がれる。操縦士の意識をオーガナイトに移し、本体となる肉体はコックピット内で仮死状態となるのだ。理論上、操縦しているオーガナイトが破壊された場合、意識が本体に戻る仕様となっているのだが、死を体験した者が通常の精神状態で戻ってくる確率が低く、八割が廃人となっている。
瑛大は飛ばされたのだ。ほぼ生き残ることが不可能な探索隊へと。
◇◇◇◇
Check
OK
OK
OK
...
...
...
起動します
頭の中に響く機械的な音声。
徐々に意識が覚醒していく。
「隊長、気がつかれましたか?」
目を開けると、一体のオーガナイトがいる。過去の優秀な人の遺伝子を元に造られたオーガナイト。見た目は金髪碧眼、褐色の肌の大男。その脳は人工知能であるが、どこかの優秀な兵士をモデルとしているばずだ。
「自分はこの隊の副隊長のバンです。イツキ隊長を補佐しますので、何でも申し付け下さい」
イツキ隊長と呼ばれたこの体、これもオーガナイトである。モデルは瑛大自身。瑛大の遺伝子を元に再現された体である。最も操縦しやすいように考えられ、構築されているこの体、細部はこのセカンドアースでの探索に備え、色々な機能を持たされている。
「...バン、最初の命令だ。俺に敬語を使うな。それと、俺のことは瑛大と呼べ」
「了解。エイタ、分からないことがあったら何でも聞いてくれ」
瑛大は副隊長である命令に忠実なバンから情報を集めた。
この小隊は、四つの班に別れていて、一つの班が六名。隊員は二十四名、それに副隊長のバンと瑛大を加えた二十六名で構成されている。小隊が任されている探索範囲は、第四ベース基地クワトォルから南西部の深い森である。前任の隊長は一週間前に壊れたらしく、瑛大が新たな隊長として任命されたらしい。
「α班からδ班までの戦力は?」
「α班とβ班は戦闘特化の班だ。いずれの班も二名が遠・中距離型、四名が近距離型。近距離型四名の内、二名が盾鎧型、二名が剣槍型。遠距離二名はいずれも狙撃型だ。γ班は支援系の班だ。二名が斥候、二名が狙撃、二名が万能型だ。δ班は陽動班だ。六名全てが速度特化型で近距離から遠距離まで対応出来る万能型だ」
「OK。じゃあ、ここらに出没する害獣について教えてくれ」
こうして数時間かけて情報を集めた瑛大は、今度は各班の班長を集めて会議を行った。会議の意図は、これからの行動指針を確認することと、各班の班長を確認することである。
「じゃあ、伝えた通りだ。作戦開始は00:00。健闘を祈る」
まずは小手調べ。ここらの害獣の実力を身を持って知ることから始めることとした。その為、作戦は至ってシンプル。西に向かって一日ほど進むだけ。特に目標は設定せず、一日進んだら、速やかに撤退するだけである。
瑛大は、バンから害獣のデータを受け取り、分析結果も把握している。だが、情報だけでなく、自らの五感で害獣の実力を測ることが重要であると考えていた。
バンは、瑛大の性格を慎重派と分類しかけ、作戦の大雑把さにその分類を改めた。
◇◇◇◇
作戦開始から四時間。隊は、順調に進んでいる。隊列は、ひし形。先頭がγ班、左右にα班とβ班、後部にδ班を配置し、中央に瑛大とバン。γ班が斥候の役割と先制攻撃。先制攻撃で殲滅出来なければ、直ぐに後退し、α班、β班が迎撃。δ班は後方の監視。後方から害獣が近付けば、δ班が先制攻撃。後は同様。
これまで、隊は特に被害なく進んでいる。ここらの害獣は全て問題なく殲滅している。現れる害獣の種類は、大きく分けると四足型、二足型、飛行型の三つ。四足型は、狼、犬、猪などに良く似たもの。二足型は、猿、二足歩行の犬、二足歩行の豚、二足歩行の牛など。飛行型は、蝙蝠、烏など。ただし、地球上の類似する生き物と比べると大きさは二倍から四倍程度。力や速度も二倍から四倍程度。更に発火能力のあるもの、強力な酸の様な液体を飛ばすものなど、地球上の生物とは似て非なる獣である。
ここまでは、事前に収集した情報通りである。既に探索済みの地域であるため、変わった情報は得られない。害獣も想定通りの動き、想定通りの強さである。
更に四時間、探索を続け、一行は野営に入った。如何にオーガナイトと言えども休息は必要である。体力の回復のため、安定した探索を続けるため。四時間の休息の後、再び探索を開始する。
「エイタ、そろそろ害獣のレベルが一段上がるから、念のため気を付けて欲しい」
事前情報によると、ここからは強さも数も変わってくるはずだ。
「隊長、γ班のサラスです。グレーウルフの群れが近付いて来ます」
バンの忠告の直後、斥候を担っているサラスからの連絡が入る。オーガナイトは、皆、無線で連絡が取れるように頭部に通信機能が埋め込まれている。今の通信は瑛大だけでなく、皆が受信している。
「了解。α班、β班、狙撃の準備だ。γ班は後退し、狙撃に備えろ」
「「「了解」」」
α班、β班、γ班のリーダーから返答が返ってくる。合わせて、周りの動きが忙しくなる。狙撃要員は、肩に担いでいた狙撃用のスナイパーライフルを構える。近距離要員は、狙撃要員の護衛。射線を遮らないように前に出る。
「一時の方角、距離八〇〇メートル、数は十六」
「了解。狙撃用意。姿を捉え次第、撃て」
「「「了解」」」
直ぐにスナイパーライフルのエネルギー弾が発射される。六名の狙撃手から次々にエネルギー弾が放たれるが、物陰に隠れ、近寄ってくるグレーウルフが数匹いるはずだ。
「撃ち方やめ。狙撃要員は後退し中近距離用の武器に切り換えろ。近接戦の用意はいいか?」
「「「OKです」」」
「極力、周り込ませるなよ」
瑛大の命令が言い終わるとともに、木陰からグレーウルフが三匹飛び出してくる。長方形の盾を両手に持った四名が前方を塞ぎ、その背後からマシンガンやショットガンを構えた四名がグレーウルフを迎撃する。エネルギー弾が飛び交い、一瞬で前方のグレーウルフを殲滅する。
「三時の方角だ!二匹いるぞ!」
瑛大の指示に従い、後退していた要員がマシンガンで飛び込んできた二匹を迎撃する。
暫く周囲の気配を探るが、どうやら殲滅したようだ。
「サラス、周囲に脅威は在るか?」
「無いです。半径一〇〇〇メートル以内には害獣は存在しません」
「よし、δ班は速やかに死体の処理。他の班は隊列を戻せ」
「「「「了解」」」」
δ班が薬液を死体にかけ、死体を処理していく。放って置くと血の匂いに引き寄せられ、害獣が集まってくるためだ。探索の速度が上がらない理由の一つでもある。瑛大は、この死体処理の速度向上を課題の一つと捉えている。
「エイタ、今回はどうだった?」
バンが瑛大に問い掛ける。新たな害獣との遭遇時や新たな展開時に必ず瑛大にしている質問である。
「もう少し奴等の数が増えると厄介だな。δ班もそろそろ戦闘に加えるか?」
「そうだな。前の隊長の時はこの辺りでは、既に全員が戦闘に加わっていた。それを考えるとまだまだエイタは余裕がありそうだけどな」
害獣の種類や個体によって、強さは異なってくる。この辺りで個体としての最強種は二足歩行の牛頭だろう。地球上の伝承よりミノタウロスと名付けられたその害獣は、力が飛び抜けており、更に耐久力も段違いである。ただし、単独行動を好むらしく、遭遇時は必ず一匹である。遠距離から落ち着いて対処すればなんとかなるレベルである。
群れとして一番の脅威は、先程のグレーウルフである。隠密能力が優れており、速度が飛び抜けている。常に群れで行動するため、早期に発見出来なければかなりの被害を受けるはずだ。脅威で言えばミノタウロスを上回る。
更に四時間の探索を経て折り返しとなった。ここまで、δ班にも狙撃要員として戦闘に加わるようにしてからは、危なげな展開はなかった。最も、既に探索済みの地域であるため、地形、遭遇する害獣、攻め方など、ある程度は情報が整理されている状況であるが。
「ここからは休息無しで速やかに撤退する。害獣との戦闘は極力回避する。質問は?」
「エイタ、害獣との戦闘回避は危険じゃないか?」
冷静なバンが副隊長としての意見を述べる。バンが危険と考える理由は二つある。一つは、回避しきれずに新たな害獣と遭遇する可能性。場合によっては挟み撃ちにあう可能性がある。もう一つは、背後から襲われる可能性。回避、撤退するには、どうしても害獣に背中を見せる危険性がつきまとう。
「承知の上だ。この先、撤退を強いられる可能性だってあるだろ?今回はそのための訓練だと思ってくれ。この位の距離を無事に撤退出来ないようであれば、先には進めない。他に質問は?」
「隊長、δ班のラキです。この撤退作戦で殿は我々δ班でしょうか?」
「いや、δ班とγ班には先導してもらう。殿は俺とバンの二人で十分だ」
「エイタ?」
撤退で最も重要な役割が殿である。バンには、その殿を二人で十分と言い切る瑛大の意図が読めない。
「今回の探索で隊員の実力はしっかりと見せてもらった。今度は隊長である俺の実力を皆に知って貰うことにした」
まるで、今、思い付いたかのような言い方にバンは肩を竦める。当初、瑛大のことを少しでも慎重派かと思った自分の分析能力を悔いた。今は瑛大のことを、かなり高い水準の無茶な性格だと認識している。
瑛大のとんでもない作戦に、隊員達は質問が思い付かなかった。そして、そのまま撤退作戦が決行される。
「一時の方向、距離九〇〇メートルに敵影五つあり。まだ、害獣の種類は特定出来ません」
「進路を十時に変えろ。無視するぞ」
瑛大の指示に従い、進路を変更する。訓練された隊員達は命令に忠実であり、隊列も崩さない。しかし、命令に疑問を持っていないわけではない。
「十一時の方向、距離九〇〇メートルに敵影一つあり。ミノタウロスかビッググリズリーと思われます」
「じゃあ、そのままそいつに向かおう。α班、β班の近接要員は先行しろ。狙撃要員は、近接要員を援護。二十秒で仕留めろ。二十秒以上は置いていくぞ」
瑛大の無茶な命令にも忠実に従う隊員。命令通りにきっちり二十秒で仕留め、隊列に合流する。瑛大は隊員の実力を正確に把握している上での秒数の制限であったが、一部の隊員には瑛大に対する不信感が募っていた。
「六時の方向、距離八〇〇メートル、敵影八つ。追われてます。速度からグレーウルフの群れと思われます」
「このまま進め、追い付かれる前に俺が殲滅する」
このままの速度で進めば、十秒程度で追い付かれる距離である。迎え撃つには、今すぐに反転する必要があるのだが、瑛大の命令に忠実に従う隊員。一部の隊員は、この機会に瑛大の実力を測ろうという思惑があった。瑛大が失敗しても、自分達だけで切り抜けられる自信もあるのだ。
「距離五〇〇メートルです。あと数秒で追い付かれます」
「OK、このままの速度で進め。ここで俺が殲滅する」
命令に忠実な隊員達。瑛大を置き去りにし、そのまま駆け続ける。しかし、斥候要員であるサラスだけでなく、他の隊員達でさえも異変を察知した。グレーウルフの群れが、その気配が一瞬で消失したのだ。しかも、数秒も経たずに瑛大は殿に追い付いている。
その後も数回、グレーウルフの群れに追われたが、瑛大がきっちりと殲滅し、殿の役目を果たしていた。隊員達は前方の害獣のみに集中でき、殆ど危険と感じる戦闘も無くベース基地に帰還した。
◇◇◇◇
その後、数十回の探索を経て、瑛大は小隊の課題を整理していた。瑛大の中では大幅な改善計画が出来上がっていたが、副隊長であるバンの意見を聞くことにした。
「バン、君から見てこの小隊の課題は何だ?」
「今の小隊は、前任の隊長殿が編成したからな。正直、課題だらけだとは思っているが... ...一番の課題はバランスの悪さだな」
そこは瑛大の見解も一致している。
「じゃあ、改善するためには何が必要だと思う?」
「小隊の方針決定、班の編成、各隊員の能力の変更だな」
「よし。じゃあ、俺とバン以外は、この小隊を一旦白紙に戻すぞ」
「... ...」
バンも大幅な変更が必要だと思っていたが、瑛大のそれは予想を遥かに上回った変更であった。
「まずは... ...」
こうして、小隊は瑛大好みの隊へと生まれ変わって行くのである。
瑛大が課題に挙げたうちの一つは、害獣の察知範囲である。斥候要員であるサラスは大体半径一〇〇〇メートルの範囲で害獣を察知出来ていたが、この先、グレーウルフよりも素早い害獣が現れることを念頭に、少なくても倍の察知範囲が必要だと考えていた。サラスのオーガナイトをベースに、察知能力を大幅に増強させた索敵特化型の隊員の誕生である。
次に戦闘能力の改善である。ミノタウロスを代表とする動きが遅く、耐久力に優れた害獣に対しては、武器の性能を生かし、危なげなく対応出来ているが、グレーウルフの様に動きが速く、群れで行動する害獣への対応が課題であった。連射のきかないスナイパーライフルベースの戦い方にも問題があったが、害獣の速度に対する反応の遅れが最大の欠点であると考えた。δ班のオーガナイトをベースに速度特化で、更に認識能力向上のアクセレータの追加を行った。戦闘要員は、このオーガナイトがベースとなる。
次に使用する武器の選択である。瑛大が来てから使用された武器は銃系、剣槍系である。スナイパーライフル、マシンガン、ショットガン全て使用されているのはエネルギー弾である。短距離、短期間の探索であれば問題無いのだが、長距離、長期間の探索には不向きである。これは、現在の探索済み地域の狭さにも繋がっている。剣槍系は、自動修復機能のある合成金属を使用しており、長期間の探索には向いているのだが、扱うにはそれなりの筋力が必要となる。瑛大が作り上げようとしているオーガナイトは速度特化であるため、筋力を必要とする武器は使用できない。そこで採用したのは日本刀。力ではなく技で斬ることを念頭に置いた武器である。ただし、日本刀だけでは、群れた害獣を相手にする場合、殲滅するには時間を要する。そこで、瑛大は全てのオーガナイトへ、自身の特異な能力をコピーすることとした。
最初の探索作戦時、撤退のために瑛大は殿を担った。群れたグレーウルフを相手に瞬殺してみせた、あの能力。地球上では異能、超能力と呼ばれていた能力。空間をねじ曲げることが出来る能力である。自らが視認出来る範囲であれば、何処でも空間をねじ曲げることが出来る。群れたグレーウルフ全ての頭部、その空間をねじ曲げることで瞬殺したのだ。ただし、この能力には制限もある。能力を使い続けると、気を失うのだ。短時間の限定的な戦闘のみ使用可能なのである。ただし、オーガナイトにコピー出来た能力は、瑛大の能力の劣化版である。使用可能な範囲も狭く、一日の使用回数、使用時間ともに数段落ちる。群れた害獣相手に必要に迫られた場合のみの手段とすることとした。勿論、銃も携帯するが、スナイパーライフルは携帯せず、マシンガン或いはショットガンのみとした。
最後に死体処理速度である。探索で経験した死体処理で、最も無駄に感じたことは遠距離で仕留めた害獣の死体処理である。放って置くとそこに新たな害獣が集まってくる。仕方なく処理するのだが、態々、八〇〇メートルも離れた場所まで移動して処理するために多くの時間を要していた。戦い方を近距離に限定することで、そこは改善できる。後は使用する薬液であるが、これを噴射タイプに切り換え、時間短縮を図った。後は、全員が死体処理を繰り返し実施し、少しでも手馴れることが必要である。
「エイタ、俺は若干不安なんだが... ...」
試作機となる六体のオーガナイトを目の前にし、バンは不安を募らせていた。
「オーガナイトの優秀なところは、能力や経験をコピー出来るところ、更に、経験を重ねることで能力を磨けるところだと思っている。この試作機六体をベースに、更に能力を上げたオーガナイトをコピーして、小隊全体の能力向上を図るつもりだ。この六体はスタートであって、ゴールではない」
確かに馴れない日本刀での近接戦闘は、以前の小隊に比べるとかなりの戦力ダウンである。だが、技術を身に付け、磨き上げれば、以前の小隊を越えるだろう。探索範囲も広げられるだろう。と、瑛大は考えているが、上手く行くかは瑛大自身も不安ではあった。
◇◇◇◇
あれから六ヶ月。試作機をベースに、更に改良を加え新たな六体のオーガナイトが誕生していた。
索敵特化オーガナイトをリーダーにし、残り五体の近接戦闘専用オーガナイト。極力無駄な戦闘を回避し、遭遇した害獣は瞬殺。エネルギー弾の補給も必要なく、着々と探索範囲を広げ、第四ベース基地クワトォルから西に二〇〇キロメートルの地点に新たな拠点を設置していた。
「瑛大だ。零班、聞こえるか?」
「零班リーダーのサラスです。しっかりと聞こえます、エイタ隊長」
新たな拠点は簡易なものであるが、無線通信基地としての役割も果たしている。これにより長距離の通信が可能となり、更に柔軟な作戦の変更等が可能になった。
「依頼していた害獣の捕獲はどうした?」
「完了しています。輸送班に引き渡しましたので、直にそちらに届くと思います」
瑛大は、零班の育成とともに、新たな試みに着手していた。その一つが輸送班。物資を運ぶためだけの班である。機動力、持久力に加え、サラスの索敵能力をコピーし、全ての戦闘を回避し、高速で走り続ける班である。これにより、最前線の零班への必要物資の供給とともに、伝達も行っていた。
二つめは、特工班である。新たな試みとして、生きたまま捕獲したミノタウロスを元にオーガナイトが作製出来ないかを地球に掛け合った。結果、人工知能を乗せること、試行時の詳細なデータの提供で承認がおりた。ミノタウロス型のオーガナイトは、筋力、耐久力に優れ、第四ベース基地クワトォル付近では無敵であった。ただし、ミノタウロス型オーガナイトの欠点として、優秀な兵士の知能を元にした人工知能では細やかなコントロールが難しいことであった。単純な操作は可能であるが複雑な操作が出来ない。更に動きが速くないことも問題となり、他の班には組み込むことが出来なかったのである。
だが、瑛大は、このミノタウロス型オーガナイトを量産した。第四ベース基地クワトォルから、零班が設置した西の拠点までを繋ぐ舗装道路を作るために。森を切り開き、地をならし、踏み固め、車輌が通ることの出来る舗装された道を作り始めたのだ。時間を要する作業であるが、ミノタウロスの長所を利用した奇策である。
更に三つめの試みであるが、これはまさに始めたところであった。
「エイタ、輸送班からお待ちかねのアレが届いたようだ」
「漸くだな。早速、本国へ生体データを転送してくれ」
瑛大は、ミノタウロスと同様にグレーウルフの生体データを地球へ転送し、分析を依頼していた。驚くことに、グレーウルフの索敵範囲は約二五〇〇メートル程度であった。現在のサラスの索敵能力に匹敵する程である。何とかグレーウルフのオーガナイト化を模索したのだが、ミノタウロス以上に操作が難しく断念していたのだが、零班が設置した拠点の周辺で希に遭遇するグレーウルフの上位に当たるであろう害獣の存在が再び瑛大の心に火を点けたのだ。
新たに発見された害獣はシルバーウルフと名付けられた。シルバーウルフは群れず、単体で行動している。明らかにグレーウルフを上回る機動力を持ち、更に戦闘能力も格段に上であった。ここ最近、零班は、このシルバーウルフの捕獲に時間を要していた。
漸く、そのシルバーウルフを生け捕り、生体データを地球へ転送したのだ。瑛大は新発売のゲームを待ち焦がれる子どものように喜んでいた。
◇◇◇◇
更に六ヶ月が経過した。零班をコピーして、作製した壱班は、第四ベース基地クワトォルから南へ二〇〇キロメートルの地点に新たな拠点を設置していた。特工班であるミノタウロス型オーガナイトは、西の拠点までの舗装道路を完成させ、現在は西の拠点の補強と防衛を担っている。新たなミノタウロス型オーガナイト班を作製し南の拠点に向けて舗装道路の敷設に着手している。
零班は西の拠点から南の拠点へと探索を開始している。壱班は、南の拠点周辺の探索を開始している。数日以内に零班が中間地点へと到着予定であり、そこに新たな拠点を設置する予定である。
「エイタ、試作機はどんな感じだ?」
「今度こそいけそうな気がする。バン、試作機には君と同じ人工知能を乗せたしな」
「俺は、エイタの知能をコピーした人工知能でも面白いと思うが」
「いや、それは無い。どこかで命令無視して必ず無茶な行動を取るだろうよ」
「違いない」
瑛大は、今度の試作機に手応えを感じていた。慎重で冷静なバンでさえも成功を信じている。
試作機のベースはバンと同じ型のオーガナイト。能力を高速機動に特化させ、高速機動に耐えるための認識能力向上のアクセレータも埋め込み、零班の戦闘特化型のオーガナイトの能力、技術をコピーした。更に、高性能の通信機能、情報処理機能も埋め込んでいる。高性能の通信機能は、試作機の周りに伏せている六体の新型オーガナイトの認識情報を全て受信出来る能力を備えている。
六体の新型オーガナイトは、全てシルバーウルフである。人工知能は敢えて乗せず、捕獲したシルバーウルフの知能をそのままコピーしている。ただし、試作機の命令には絶対服従するように調整はしているが。
シルバーウルフの索敵範囲は約五〇〇〇メートルであり、その精密さも優秀であった。第四ベース基地クワトォル周辺の害獣が手に取るように把握出来る。一体でさえも戦闘能力に優れるシルバーウルフ型オーガナイトを六体も従え、高速機動にも優れた試作機の班を諜報班とした。第四ベース基地クワトォルから、西の拠点、南の拠点で囲まれる範囲の詳細な調査、データ収集を任せる予定である。
◇◇◇◇
「以上が第十五小隊、南西方面の探索状況です」
「イツキ小隊長は、何かと問題児だと聞いていたが、なかなか優秀なようだな。はっはっは。何かと必要なものがあれば具申せよ」
「ワイズ中隊長殿、お気遣い感謝いたします」
第四ベース基地クワトォルでは、月に一度、中隊長と四人の小隊長による報告会議が開かれる。そこでは、それぞれの探索状況の報告と問題点等が報告される。躍進著しい瑛大は、中隊長の覚えは良くなったのだが、他の小隊長からの風当たりは強くなっていた。
「第十五小隊は薄汚い害獣のオーガナイトを使っているらしいな。なんとも穢らわしい」
北東方面探索の第十三小隊のシュワルツ小隊長は、人間至高主義、更には人種差別が激しく、害獣のオーガナイトは許容出来ることではなかった。
「探索距離だけ伸ばしても、肝心の情報収集が疎かになるのはどうかと思いますよ。距離だけ伸ばされると我々の隊員にも悪影響が出ますので、そこらは考えてもらいたいですね」
北西方面探索の第十四小隊のユーイング小隊長は、探索距離こそ伸びていないが、細やかな情報収集、情報分析に重きを置いている。だが、噂では女性のオーガナイトを多く登用しており、色欲魔だと聞こえてくる。
「そうですな。南西方面から害獣が多く流れて来ていますでな。探索を進めるだけでなく、きちんと殲滅して欲しいもんです」
南東方面探索の第十六小隊のスナイダー小隊長は、コツコツと安全に探索範囲を広げている。オーガナイトの数も多く、拠点を多く設置し、確実に害獣を駆除しながら探索を進めているのだ。隣の南西方面からの害獣の侵入が気になって仕方がないのである。一部からは小心者と陰口を叩かれている。
「探索距離を伸ばすのは暫く控えます。西及び南の拠点までの範囲の情報収集に努め、確実に害獣の駆除を行いましょう。だが、害獣ベースのオーガナイトは使い方によっては有用ですので、他の小隊長殿にも是非とも試して頂きたいですね」
瑛大の発言に北西方面のユーイング小隊長、南東方面のスナイダー小隊長は、幾分、表情を緩めるが、北東方面のシュワルツ小隊長は更に顔を赤くし憤慨する。
「貴様のやり方は認めん。害獣を使うだと?ふざけるのも大概にしろ!」
その後暫くし、漸くワイズ中隊長が止めるまでシュワルツ小隊長は怒りっぱなしであった。ワイズ中隊長はシュワルツ小隊長には強く言えないようである。
◇◇◇◇
「と言うことだから、暫くは探索範囲を広げることは控えることになった」
「エイタがそんなに大人しく言うことを聞くとは思えないがな」
「表向きはな」
「まぁ、そんなとこだろう。で、今後の方針は?」
「まずは新型オーガナイトの開発。西、南の舗装道路に沿って小規模な砦の設置。南西拠点までの舗装道路の敷設かな」
「零班と壱班は?」
「予定通り、南西拠点から更に南西へ向けて探索範囲を広げる」
「バレないか?」
「俺には報告を上げなくていい。俺も上には報告しない」
「エイタらしいな」
零班、壱班は更に南西へと探索を再開。特工班は南西拠点への舗装道路の敷設と砦の建造。諜報班は、南西拠点を中心に情報収集。戦力の大部分を南西拠点へと集めていた。
新型オーガナイトの開発も順調であった。南西拠点付近で捕獲した数種の害獣をベースに調査、分析専門のオーガナイトの開発を試みている。鷹のような飛行型オーガナイト、鼠のような小型オーガナイト。これらの新型オーガナイトは、シルバーウルフ型のオーガナイトと同様に、能力はそのまま、人工知能は乗せず、他のオーガナイトを襲わないように調整しただけの安価なオーガナイトである。特に鼠型オーガナイトを大量に製産した。これらのオーガナイトの視覚情報、聴覚情報、味覚情報、嗅覚情報、触覚情報が親機となるバン型オーガナイトに集まり、最終的に本物のバンに集まる仕掛けとしている。
大量に集まる情報を整理し、必要な情報の取捨選択が重要になってくるが、そこは優秀なバンが捌いてくれる。ただし、幾ら優秀なバンでも物量には勝てないので、情報分析、処理特化の新型オーガナイトを数体、バンの補佐としてつけた。
「エイタ、まずは優秀な補佐をつけてくれたことを感謝する。だが、疑問もある。何故、補佐役のオーガナイトが全て美麗な女性型オーガナイトなんだ?」
「いやー、バンが喜ぶかと思って」
「醜悪なオーガナイトよりは嬉しいが、俺にはそういった行為が制御されているからな。あまり関係ないってことだけ言っておくよ」
「そうか。残念だな。たまにはユーイング小隊長殿のように発散出来れば良いのにな」
「それ、エイタが望んでいるだけじゃ?」
「そうとも言う」
鷹型オーガナイト、鼠型オーガナイトの集める情報から、幾つか未発見の情報が得られるようになってきた。
「植物の情報が大分整理されてきたな。人間が摂取可能な植物が発見出来たのは僥倖だ」
「我々のような人間型のオーガナイトでは集められない情報だからな。それと、南の亀裂は衛星からも確認されているが、予想以上に深いようだな」
「あぁ、上への報告が面倒だ。新情報がありすぎて困るな。バン、上への報告書の作成手伝ってくれる?」
「... ...隊長ってのも大変そうだな」
◇◇◇◇
「以上が第十五小隊南西方面の探索状況です」
「... ...驚いたな。特に植物の調査報告書の詳細さは実に興味深い。ユーイング小隊長の報告でもここまで詳細なデータはなかったはずだ」
「我々第十四小隊も調査には重きを置いているのですが、それでも限界はあります。それこそ数百ものオーガナイトを投入しなければ、ここまで詳細なデータは収集出来ませんよ。是非ともその手法を教えて欲しいものですね」
ワイズ中隊長、ユーイング小隊長は純粋に瑛大の調査結果に感嘆している。面白くなさそうな顔をしているのは、シュワルツ小隊長だけである。
「驚くのは、調査結果だけではないですぞ。ここ最近、南西方面から流れてくる害獣が激減しておりますぞ。どんな手法で害獣を駆逐しているのか興味がありますぞ」
「残念ながら、害獣を駆逐、殲滅は出来ていません。殲滅するには全地域同時に殲滅戦を展開しなければ、いたちごっこですからね。ただ、害獣の流出は防げました。ご存知の通り、西と南に舗装道路を敷設しておりますが、その道路沿いに幾つかの砦を建造しております。砦には常時数体のオーガナイトを配置し、定期的に巡回も行わせています」
「イツキ小隊長、そうなると設置するオーガナイトの数が膨大になりそうなものだが、私が把握している予算は他の小隊と変わらぬはずだが?」
「ワイズ中隊長殿、予算は変わらないはずです。我々は単価の安いオーガナイトを使用しておりますので」
「まさか、調査に使用しているオーガナイトも安価なオーガナイトでもいうのですか?それでは、調査中に害獣に襲われたら耐えきれないと思うのですが」
シュワルツ小隊長以外は瑛大の手法に食い付く。瑛大は別に隠そうとしている訳ではない。瑛大の手法を教えて、他の小隊にも貢献したい訳でもない。他の小隊には興味がないのだ。勝手にどうぞ、である。
「秘密という訳ではないのですが、以前も報告しましたが、どなたかに酷い言われようでしたので、興味があるのでしたら会議後にこっそり教えますよ」
ここで害獣ベースのオーガナイトの話をすれば、いつかの二の舞である。そんな馬鹿げたことはしたくない。秘密にするつもりもないので、知りたければ教える。勿論、シュワルツ小隊長以外は皆、知りたいのだが、薄々気が付いているのでこの場で問い質すことは誰もしなかった。
「では、会議を終える。なかなか有意義な会議であった。来月の報告も期待しているぞ」
◇◇◇◇
「エイタ、他の小隊に調査方法を教えてしまって良かったのか?」
「俺は出世とかは興味ないからな。風当たりが弱まれば嬉しいくらいしか思ってないよ」
他の小隊に秘密で進められれば、瑛大に対する中隊長の評価は飛び抜けるだろう。だが、調べれば瑛大がどんなオーガナイトを使用しているかは、いずれ分かる。そのうちバレるのであれば、隠す必要もない。何より面倒だからだ。
「まぁ瑛大らしいがな」
「そう言うことだ」
「ところで... ...また新たなオーガナイトを六体用意しているようだが?」
「あぁ。今年の予算が余りそうだったからな。弐班を設置することにした。それと、紹介しなきゃな」
瑛大は新たに用意した六体の内の一体を連れてきた。
「これからは宜しく頼むよ。俺のことはイツキ隊長と呼んでくれ」
「まぁ、今まで通り補佐してやってくれ。それと俺のことは今まで通り瑛大で良いからな」
「... ...えーと、詳しく、説明してくれないか」
バンの頭の中は混乱の極みである。瑛大が二人いるのだ。片方はイツキ隊長と呼べと。片方は今まで通り瑛大と呼べと。
「隊長は飽きた。俺は前線に移るから、後はイツキ隊長とバンに任せるぜ」
全く詳しくない説明でった。だが、単純過ぎて分かりやすい。バンは、全てを理解した。
「そう言うことかよ、エイタ。隊長会議は大丈夫なのか?」
「心配ないだろうよ。俺の頭脳を丸々コピーしている。それに、俺はバンと話していて、中身が人間なのか、人工知能なのか分からないぜ」
これより、瑛大は隊員として、弐班のリーダーとして前線で活動することとなった。弐班の構成は、零班の戦闘要員の能力、技術をコピーしたオーガナイトが三名。バン型オーガナイトが一名。ミノタウロス型オーガナイトが一名。シルバーウルフ型オーガナイトが一名。それに、零班の戦闘要員の能力、技術をコピーした瑛大の計七名である。
「エイタ、弐班はこちらからは指示を出さず、自由にやるってことだな?」
「あぁ、報告は弐班のバンから本物のバンにあげるから、それ以外は自由にさせてもらう」
「了解した。健闘を祈るよ」
「じゃあな、バン」
瑛大率いる弐班が向かう先は、南の拠点の更に先。先日、鷹型オーガナイトが発見した大地の亀裂。更に鼠型オーガナイトからの情報では、大地の亀裂から大規模な洞窟が発見されている。明らかに人の手が入った造りがあり、過去の高等知能生物が造ったものか、現存する高等知能生物のものか。
夢追人としては放って置けないものであった。
樹・瑛大の冒険はここから始まるのだ。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇