エリザの小冒険 その9
「というわけで」
戻ってきました! 所属ギルドの活動拠点である某街へ。
「ひゃっはー! …………うぅ、気が重い」
戻ってきたはいいものの、どんな顔してギルドの皆さんと顔を合わせればいいのでしょうか。
別にあの人に言われたからとか、色々あって逃げ戻ってきたとか、そういうのじゃないんですよ? ええ、本当に。ただ、ほら、アレですよ。帰巣本能?
「んなアホな…………」
私は鳩ですか。
そうじゃなくて、正直言うと疲れたんです。今までの事で皆から離れたというのに、やっぱり、こう…………一人だと寂しいんですよう。怖いんですよう。
野宿とか、初めて行く街とか、ダンジョンとか。怖い人もいるし。そのトップはセティスさんですね。あの目ヤバい。草むしりと人殺しが同列になってる人の目です。
結局、名前を知ることもなかった彼みたいに、余裕をくれない人もいます。一日程度しか一緒もいませんでしたが、泣かなかった私偉い。
いやいや、そんな話じゃなくて。というか問題じゃなくて。
ううっ、なんだか、本当にどうしたいの自分? という感じで考えがまとまりません。
最初に戻ろうと思って足が動き、その途中で今更何やってるの自分? という思考が入り乱れて、後悔や自己嫌悪がスパイスされて、なんだか叫んだり頭抱えてるうちに結局ここまで着いてしまいました。
「…………帰ろう」
そうです。そうしましょう。今更何を言うのか、なのは分かっていますが、死神なんて呼ばれて一度は出ていった人間はどんな面の皮してあの優しくて楽しい(一部変態もいますが)ギルドに戻ればいいのか。
ともかく一度撤退し、自分の中でどうケジメをつけるか考えるべきです。その結果皆さんと会うのか会わないのかもしっかりと決めましょう。
逃避も立派な防衛手段です。戦略です。幸い、まだ誰もギルドのメンバーと会っていませんのでこれが最後のチャンスです。
「そういう訳で――」
「ヘイ、お嬢ちゃん。どこ行くんだい、ぐへへー」
「ひきゃあっ!?」
街の入り口、街を囲む大きな壁にある開きっぱなしの巨大な門から背を向けたところで、中年オヤジの台詞を棒読みで言う少女の姿がありました。
「ヘ、ヘ、ヘ…………」
私よりも小さな体に羽織った真っ黒なローブ。ローブの裏には錬金術士がモンスターを攻撃する時に投げつける攻撃用アイテムなどがあり、手に持つのは先端に大きな宝石を付けた杖。そして何よりも目立つのが頭に被ったトンガリ帽子。
ああ、装備は色々変わってても、そのスタイルだけは変わってないんですね。
「屁?」
「違いますよ! ヘキサさん、って言おうとしたんです」
乙女が『屁』と言うなんて。しかも棒読みで。まあ、ヘキサさんは見た目からして乙女じゃなくて魔女なんですが。背が低いから魔女っ子ですね。
「あの、そんな事よりもどうしてここに?」
外から来たという事は狩りをしていたのでしょうか。だとすると他の皆さんもいずれここに来てしまうでしょう。
ヘキサさんは見た目通りでコテコテの魔術師(マッドな研究者方面)タイプ。賭けですが、街へ逃げ込み、誰にも出会わないよう別の門から逃げれます。
「そうそう。私、エリザさんがここにいる事を知って来ました」
「え?」
――わかりますね? という視線を送ってくるヘキサさん。それってつまり…………
「あれ? ヘキサなにやってんだ? 今日は一日アイテム制作をするって――ん? もしかして、そこにいるのはエリザか?」
「っ!?」
ヘキサさんの背後、フィールドの方からトルジさんが現れました。
トルジさんはギルドの中で武器の熟練度が一番高く、前衛での総合的な能力はギルド内でトップです。鬼ごっこになったら絶対追いつかれる。
「おい、あれってエリザじゃね?」
「ほんとだー。帰ってきたんだ」
トルジさんに続いてフィールドから他のギルドメンバーもゾロゾロと戻ってきました。
か、完全に門を塞がれた。こうなったら、一度街に逃げ込み――
「おーい、お前ら何でそんな所で固まってんだよ。通行の邪魔になってるぞ。おお? エリザじゃねえか!」
ひぃっ、今度は街の方からゲテモノ装備ばっか作る鍛冶職人のクウガさんがでっかいハンマー担いで現れました。
「おーっい、家出娘のエリザが戻って来たぞーッ!!」
しかも馬鹿デカい声で人呼ぶし。
「なんだなんだ?」
「あっ、出戻りだ!」
「おーっ、本当だー」
そして何でチャットもなしで即座に皆さん集まってくるかな。
「ようやく戻ってきたなァ」
「ちゃんと飯食ってたか? 病気になったりしてないだろうな」
「エリザが戻ってきて良かったわ。女子の前衛が足りなくて、変態の対処が間に合わないのよ」
「変態? どこにいるんだそんな奴」
「なんなら、我々が手伝ってあげよう」
「お前等の事だァ! いい加減服を着ろォ!」
裸族の人達が蹴られて吹っ飛びます。ギリギリ外のフィールドだからダメージがあるでしょうに。しかも私がいない間に裸族の人が一人から三人に増えてる。
「と、というか、あの皆さん、その…………」
ギルドの皆さん、私が出ていった後に加入した初めて見る人達もたくさん集まってきてもみくちゃにされます。
「おーい、ギルメンが出戻って来たって聞いたけど…………」
聞き覚えの無いハスキーな声が聞こえてきました。そして、人垣の中から一人の女性が現れます。
男の人と比べても背が高い、金髪の女の人です。というか露出度高い。ヘソ出しだし、足も付け根ギリギリまで見えてるし、それに胸の谷間――ってかデカッ! 腰も細くて足も長い! 妬ましい!
「お? おおっ? か、か…………」
あれ? なんだか金髪巨乳さんが私を視界に収めた途端高悦の表情を浮かべてきましたよ。
「可愛ェーーッ! 抱かせて頬ずりしてェ! ウヒャハハハハッ」
「変態だあああっ!?」
飛びかかってきたのを本能的に回避します。その先でヘキサさんがカラフルなロープを取り出して変態露出狂痴女に投げつけます。するとロープが独りでに動いて変態(以下略)を縛り上げました。
「あっ、この腹黒魔女! なにしやがる!」
「ちょっと今大事な時なんで黙れ」
そう言って、ヘキサさんは変態さんを蹴り転がしました。
私がいない間に随分とギルドの変態密度が増したようで。
「エリザ」
その時、私の名前を呼ぶ声が聞こえました。振り返ると、人垣の中からギルド<ユンクティオ>の副団長であるミサトさんが現れました。
「まったく、ようやく帰ってきたわね」
ミサトさんが前に出て、私の頭ガシガシと撫で(?)始めました。相変わらず大雑把というか豪快と言うか。
でも、髪をぐちゃぐちゃにするこの手が、なんだかとても懐かしくて安心できて、肩から力が抜けていきます。
「姐さんズルい! オレも撫でるー」
「姐って言うな。というか、ミーシャ、あんた何で地面に縛られて転がってるのよ。まあ、いつもの事か」
いつもの事なんですか。
金髪の残念美人さんはミーシャさんと云うらしいです。ちゃんと覚えて対策しておきましょう。
ふと、私とミサトさんの前に影が差します。撫でられていたせいで下がっていた顔を上げると、黒い大剣を背負った団長のミノルさんが目の前に立っていました。
「お帰り」
微笑を携えて、ミノルさんがそう言って……言ってくれました。
「ああ、お帰り」
「お帰りなさい」
「お帰り、エリザ」
ミノルさんを始まりに次々とギルドの皆さんが言葉を掛けてきます。
死神と呼ばれて、私を庇ったばかりにユイさんが亡くなったというのに、皆さんどうしてこうさも当たり前のように言ってくれるのでしょうか。
「あ、あのっ、私は――」
「エリザ」
ミノルさんが私の言葉を遮り、首を横に振ります。
「私達はただ嬉しいんだ。君にまた会えて。だからそれ以上は言う必要はないよ」
「………………」
「……もしかして泣いてます?」
「な、泣いてなんかいませんよヘキサさん。変な人が増えてちょっとビビっただけですぅ!」
ヘキサさんの言葉を慌てて否定します。
「同じようなもんじゃないです」
「全然違いますよ。だって変な人ですよ変な人! どうしてミノルさんやミサトさんがいるのに、こんなに変人ばっかり集まってるんですか。常識人の私の肩身が狭いじゃないですか!」
「あらやだ、この子自分だけマトモでいるつもりよ」
「ちょっと見ない間に更に図太くなったな。だいたい、この変態どもはそもそもそのミノルさんが拾ってくるんだって」
「拾うって……」
「団長と副団長の器というか、懐が深すぎて変態も受け入れちまうから。それで調子づいて段々と仲間を集めてるっつーか、類は友を呼んでる状態なんだよ」
「あのね、さすがに変な事したら叱ってるわよ?」
「だから姐さん呼ばわりされてるんじゃ……」
「なんでよ。悪い事したら怒るのは当たり前じゃない」
皆さんの間から笑いが漏れました。ミノルさんも微苦笑を漏らし、ミサトさんだけが一人ーーなんでよ、と納得のいかない顔をしています。
そんな談笑の中、ある声がふと耳に届いて私の意識はそちらへと向きます。
いえ、言葉がリズムに乗って続くこれはただ言葉を発しただけの声でなく歌です。
透き通った歌声が街の奥からこの門前まで届いているのです。直後に時刻を知らせる鐘が鳴っているというのに、むしろそれを伴奏として歌が届き続けます。
「あのぅ、この歌は?」
この街には正午など特定の時刻を知らせる鐘は鳴ってもこんな綺麗な歌は無かった筈です。
「ああ、そっか。エリザが行った後に入ったから面識は無かったね。正確にはギルドのメンバーじゃないんだけど、私達の仲間さ」
「ユンクティオが巣箱なら、彼女は誘蛾灯ですね」
「あはは…………。とりあえず、紹介しよう。ここにいない他のギルドメンバーにも君が帰ってきた事を知らせないと」
ヘキサさんの言葉に先程とは意味の違う苦笑を浮かべたミノルさんがそう言い、ミサトさんが手を引っ張って私を街の奥へと連れていきます。
この人達は、もうどうしようも無い程のお人好しです。だから、つい甘えてしまいます。このままでいいでしょうか? いえ、よくないです。
自分ながらひどい考えですが、どこへ行っても同じ事が起こると云うのなら、いっそ開き直る事にしましょう。
鍾乳洞の一件で一つ気づいたのです。私は自分で思ってた以上に勝手な人間だと。状況に流されたり、雰囲気に飲まれたり、アッパーな人に振り回されたりするのはこりごりです。
頭からっぽにして、馬鹿になって、そしてガムシャラに抵抗して行きたいと思います。現実見てないようなお馬鹿さんな考えですが、もうそうするしか私には思いつきません。
だから、今度こそとか次こそはとかそんな後ろ向きな考え捨てて常に全力で、だれか一人でも守れるようになろうと思います。
あっ、そうそう。鍾乳洞で出会った爆弾魔で滅茶苦茶なあの男性、クゥさんという言うらしいです。ユンクティオの皆さんに話したら特定余裕でした。
なんでも、女の子を置き去りにしてエノクオンラインの世界を鉄砲玉のように飛び回ってるのだとか。本当、しょうがない人ですね。