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幻想世界の放浪者 外伝  作者: 紫貴
エリザの小冒険
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エリザの小冒険 その7


 奇跡だったかもしれません。

 エルバさんが石化対策として精神抵抗値を上げる魔法を唱えるよう魔術師に怒鳴り、続いて目を合わせるなと言いながらセティスさんを庇うのを、視界の端で捉えながら私は何か判断する前にただ直感的に横へ、魔族の視界から逃れるように物陰へ飛び込みます。

 直後に悲鳴が聞こえました。

 顔を上げると、精神抵抗上昇の支援魔法がかけられた筈のプレイヤーの体が石に成っています。体の一部だけが石化したのはまだ良い方で、全身が既に石化したプレイヤーがいました。

「そんな…………あっ!?」

 体を起こすと、足の爪先が石に成っていました。まさか、目を合わせるんじゃなくて、視界に入った対象を石に? この部屋にある物全てが石で出来ていますけど、元々はそうじゃなかった?

 ファンタジー物の魔眼と云うと、だいたいが眼を合わせたら効果が発揮されるもの。その先入観があったせいでプレイヤーの大半は魔族から目を背けただけで、視界の中に入っていたようです。

「逃げるぞ!」

 言うが否や、エルバさんがセティスさんを抱えて後ろの出口へと駆け出します。すごい判断力。確かに、あの魔族は今まで発見されたボスとはレベルが違います。プレイヤースキルでどうにかなるような相手じゃありません。

 まだ魔族の視界内にいる、かろうじて完全石化を免れたプレイヤーの石化がそれ以上進行していない事からして石化攻撃を再び行うには間がある筈。

 私はすぐに立ち上がり、エルバさんを追います。

 間隔があると云っても、最初にプレイヤーが石にされてから私達に石化攻撃を仕掛けた時間を考えてもそう長くないでしょう。

 そういう事で、逃げるなら本当に今しかありません。

「ま、待ってくれ!」

「――――っ!?」

 片足が石化してまともに走れないプレイヤーの声に、つい足を止めて後ろを振り返ります。

 直後、岩の腕が飛んできました。

「きゃあっ!?」

 私はとっさに体を横に傾けかろうじて直撃を避けますが、肩に当たりその衝撃だけで部屋の隅に吹っ飛ばされて壁に背をぶつけ、床に落ちてしまいます。

 そして、助けを求めたあのプレイヤーは胴体を魔族から伸びる岩の腕によって貫かれていました。

 岩の腕はそれだけであきたらず先端の虫の牙のような爪で部屋の入り口、その上にあるアーチを破壊して塞いでしまいました。

 崩壊に巻き込まれたのか数人のプレイヤーの悲鳴が聞こえる中、私は胴を貫かれたプレイヤーと目が合ってしまいました。

「あっ、が…………」

 助ける求める目が私を見つめてきます。だけど、この人はもう…………。

 胴から血のように、火花のように飛び散り流れる青い光はもう回復ができない、踏み外して後は落ちるだけの、死が確定した証。

 幾度も見たことのある光景。

 今の彼は消えかかる蝋燭の火であり――

「がああっ!!」

 岩の腕が引き戻る過程で、プレイヤーの体をバラバラに引き裂きました。

 完全に青い光となっていくプレイヤー。それを始まりに、岩腕が唸りを上げて次々に生き残っているプレイヤーに襲いかかります。当然目標には私も含まれていて。

「くぅ!」

 床を粉砕しながら走った横薙ぎの攻撃を背の壁にある亀裂に指を入れて、そこを支点とし、壁に寄りかかる形で座っていた自分の腰を浮かしてなんとか避けきります。

 逃れた私に頓着する事無く、岩腕は縦横無尽に部屋の中を暴れまくります。

「く、くそっ、やってやる! うおおおおーーっ!」

 逃げ場はないと悟ったプレイヤー達が、悲鳴とも怒鳴り声ともつかない声を上げて一斉に魔族へと攻撃を仕掛けました。

「――っ、あああああぁぁっ!」

 私も、棍を持って魔族に攻撃を仕掛けます。端を持ち、大きく振り回して遠心力をつけた一撃。でも、魔族の肌に触れた直後、棍から嫌な音が鳴って、ひび割れが生じました。

 他のプレイヤーの武器も同様に攻撃した武器の耐久値が減って、破損エフェクトを表示させています。

 数人がかりでの攻撃もまた、魔族の防御力を上回る事が出来ません。

 どうすればいいのでしょうか。こんなの、どう戦えば…………。

 その時、私達の脇を抜けて赤い光がいくつも通り過ぎて魔族に殺到しました。

 火の尾を引く赤い光は魔族に当たると爆発を連鎖的に起こし、爆煙が巻き上がります。

「ファイアショット!?」

 飛来した方向に振り向くと、そこにはセティスさんが杖を掲げて立っていました。けれど、撃ったと思われるのは彼女一人だけで、他に魔術師の姿は見えません。だとすると今のは彼女一人で行ったものと云う事になりますが、私が知っているのよりは小さく、数を複数同時に飛ばせると云うのは私の知っているファイアショットと違います。

 だとするとショット系以外の火属性魔法?

 疑問が沸き上がったその瞬間、爆煙を突き抜けて中から灰色の塊が飛んできました。

「あうっ!?」

 それは石飛礫でした。灰色の大小様々な石飛礫が全身を打ち、私を吹っ飛ばします。

 他のプレイヤーの皆さんも同じく、石飛礫によってダメージを受け、床に転がっていきます。

 掻き消された煙の向こうには相変わらず艶めかしい姿のまま立つ魔族が立っていました。

「あ…………」

 物理攻撃も、魔法攻撃も効かない。こんな相手、一体どうしたら――

「やはりまだ早かったな」

 魔族の岩腕が、唸りを上げて魔族を中心に鞭のように地面を飛び跳ねて部屋の中を破壊し周ります。

「く、うっ!」

 余波だけで私はダメージを受け、さっきの石飛礫と合わせて大きく体力を減らしてしまいました。魔族の周囲は特に危険です。

 私はとにかく岩腕から逃れる為に走り、ポーチから回復薬を取り出します。

「きゃあっ!?」

 いきなり横からプレイヤーが飛んできて目の前を通り過ぎて壁に勢いよくぶつかりました。

「だ、大丈夫ですか!?」

 苦痛に顔を歪ませ、壁に寄りかかったプレイヤーに駆け寄ります。ちょうど、回復薬を取り出したところですので、これを――

「――っ!」

 差し出そうとした瞬間、手で振り払われました。

「え…………?」

 強い視線を向けられます。

「お、お前が、お前がいるからだ!」

 焦点の定まらない、震える眼が私を睨みました。

「死神のお前がっ、ついて来るから! この人殺し!」

「そ、れは……」

 次々と悲鳴を上げながら倒れていくプレイヤー。今までよく見た光景――四度目の地獄絵図です。

 こうなる事がわかっていたから一人で行動していたのに。でも、それは私がダンジョン探索にも参加して、よせばいいのに人気のある所を歩いていたせい。

 何だかんだ言って一人でいられない私のせいで、今がある。

「お前がいるせいでぇ!」

 岩腕が傍を掠めるなか、プレイヤーが装備していた剣を振り上げました。

「――っ」

 ああ、私は結局こんな死に方なんですね。妥当と言えば妥当ですが、我ながらなんとも因果応報な終わり方です。

 でも、これで…………。

「ぎゃっ!?」

 けれど、剣は振り下ろされる事なく、代わりにプレイヤーの小さな悲鳴が聞こえて剣が床に落ちました。

 彼の、先程まで剣を持っていた腕には一本の短剣が刺さっており、その手は小刻みに震えていました。おそらく投擲スキル、<スタンスロー>です。

 それにあの突き刺さっている短剣には見覚えが――

「わっ!?」

 私がある人の顔を思い浮かべたその時、魔族の岩腕が風を切って私の目の前、つまり腕に短剣が刺さったプレイヤーの位置を通り過ぎました。進路上にいたプレイヤーは岩腕に当たった瞬間に青い光となって砕け消えていきます。

「ぅ、あ…………」

 岩腕は壁を抉った後は私の前を素通りして戻っていきます。その動きを眼で追っていくと、当然そこにはあの魔族がいます。

 岩腕の動きは止まっていて、あれほど音が轟いていた部屋が静まり返っています。それは魔族の攻撃が止んだせいもあるでしょうが、プレイヤーの数が片手で数えられるまでになったからでしょう。

 生き残っているのはセティスさんとエルバさん、そして私。他は皆、アイテムや装備を残して消えてしまっていました。

 悲鳴を上げる人がいなくなったのです。静かになるでしょう。

「………………」

 魔族の視線が私へと向いていました。

 目が合います。大方倒してしまったので、今度は一人ずつ、という事でしょうか。

 ――今度こそ終わった。

 そう思った時、魔族の目線が不意に上へと向きました。

 刹那、魔族の顔に影が差し、鉄槌が彼女の頭へと落ちてきました。

 それは、爆破して洪水を起こし、クソしょっぱい肉を焼き、何よりこの場所へ通じる道を見つけたあの人です。

 彼は左肩から先が欠損ダメージで失っていて、右腕だけでハンマーを魔族へ振り下ろしています。

 完全な不意打ち。マンガやアニメなら助っ人登場で盛り上がるところでしょうが、現実は非常です。

 本来は両手で扱わなければならない鉄槌の武器。そうでなくともただでさえ頑丈な魔族。頭部への不意打ちと云え、大したダメージを与えられません。

 現にハンマーは魔族に当たった瞬間に破損どころか完全に砕け散ってしまいます。

「貴様……」

 魔族の視線が彼の姿を捉えます。その瞳はプレイヤーを石化させた時同様緑色に発光しています。

 ――危ない、と私が忠告するよりも速く、彼は胸の収納ベルトのスロットの一つから盾を取り出して魔族の視界を塞ぐように投げました。

 盾は当然石となりますが、その後ろにいた彼は無事。続いて石化した盾に足を乗せて魔族の顔面を蹴りました。

 ダメージがあったようには見えず、岩のように動かない魔族は蹴られた状態のまま岩腕を鞭のように振り回して彼を攻撃します。

 彼は盾越しに魔族の顔を踏んで足場とし、バク転して岩腕を回避。

「………………」

 後ろに跳び、距離を取った彼に向け、魔族が岩腕を解除して両腕を前に伸ばします。

 魔法でしょうか。魔族の両手の前に巨大な丸い岩が現れます。そのまま岩は砲丸となって、バク転から着地してからも後ろ向きに小さく小刻みに跳ねて距離を稼いでいた彼へと、人の身長の倍以上あるその岩が発射されます。

「ッてぇ!」

 彼はタイミングを合わせて横に跳びましたが、岩のサイズが大きすぎてカス当たりして勢いよく吹っ飛ばされてしまいました。

 吹っ飛ばされて、ふっとばされて…………私の前に左手を除く三肢で着地しました。

「――死ぬかと思った!」

「は? え、あっ、いや、ちょっ」

 そしていきなり私の腰に手を回して、問答無用に持ち上げて脇に抱えました。私、物じゃありませんよ?

「ど、どこから!?」

 部屋の入り口は魔族の攻撃によって塞がれていた筈です。

「天井にいた」

「て、天井!?」

 まさかこの人、私達が必死になっているところをずっと天井に張り付いてやり過ごしてた? さ、最悪!

「助けようとか――」

「腕がない」

 簡潔な一言。

 彼の左腕はなく、そんな万全でない状態ではたしかに人を助ける余裕なんてありません。

「あっても最大二人だな。人間の腕って二つしかないんだぞ。知らないのか?」

 すっごく馬鹿にした――いや、無知な子を同情するような目で見られた! この人本気で言ってる!

 反論しようとすると、彼は私を抱えたまま走り出しました。その先は――

「出口が!?」

 魔族が放った岩が崩れ塞がった部屋の出入り口を更に破壊して、逆に穴を開けてしまったようです。

「逃がさん」

 背を見せて逃げる私達に向かい、また魔法を放つつもりなのか両手を伸ばします。だけど、

「――なにっ!?」

 魔族の頭上の天井が突然爆発しました。

 爆風によるものなのか、投擲用と思われる柄のナイフが勢いよく、それも大量に魔族へと降り注ぎ、続いてトラップ用の捕獲網が覆い被さります。その上、天井の一部の瓦礫と大量の土砂が落ちてきています。

 まさか、彼が天井にいたのはこれを仕掛ける為?

「貴様、また――」

 ナイフは利いていないようですが、網に続く土砂で魔族は魔法の中断されて身動きが取れなくなっているようです。

「また埋まってやがれ、ヴァーカ! よくも左腕を石にしてくれたな!」

 こ、子供だこの人。というか、魔族が土の中から出てきたのも、私が躓きかけた石像の一部かと思ったあの腕も全部この人!?

 私達(私は抱えられているだけですが)は埋まっていく魔族から逃げ、部屋から出ていきます。

「あっ、他の人達は!?」

「あいつらなら大丈夫だろ」

 彼の言うとおり、私達より少し遅れて土埃は吐き出す部屋の入り口からセティスさんとエルバさんが現れました。

 エルバさんが厳つい表情なのは前からして、セティスさんもあのような事があった為か、私の知る限り微笑を浮かべていた顔から一変し無表情と強い視線で私達を見ていました。

 …………え? なんかすっごい睨まれてます。確かにパーティーの皆さんが死んだのは――

「よう、まんまとあいつら盾にして生き延びたな」

 廊下を走りながら、彼がセティスさんに振り向いてとんでもない事を言いました。

「ちょっ、な、なに言ってるんですか!」

 この人最低だァーーッ!

「………………」

 ほらぁ、あの可愛らしい顔からは信じられない程刺すような強い視線が! すっごい怖い!

「ものすっごい怒ってますよ。謝って、ほら!」

「えー」

 えー、とか。

 よくよく考えてみると、魔族が眠っていたと思われる棺を開けたのも、埋めたのも、あんなに怒っていたのも――

「全部あなたのせい!?」

「うっわ、いきなり俺のせいにされた。最低だなお前」

「あ、あなたに言われたくないですよ!」

「だいたい、こんなダンジョンにあんな奴配置する制作者が悪い。どんな隠しボスだよ。なにより死ぬ仕様にした奴が悪い。つうわけで、誰も悪くない」

「そ、それはそうかもしれないですけど――キャア!?」

 突然、軽い浮遊感に襲われます。

「ゆ、揺れてる!?」

「あー、揺れてるな」

「の、暢気な……。地震ですよ、地震!」

 グラグラってなってますよ!

「このぐらいどうって…………」

 平気な顔して走り続けていた彼の顔が段々と慌てたようなものになります。それはそうでしょう。何故なら揺れは徐々に強くなり、天井や壁に亀裂が入り始めたのだから。

「やっべ!」

 収まる気配の無い揺れの中、時折バランスを崩しつつ私達は大慌てで建物の中から脱出しました。


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