記者の手帳 その3
外見は女神で中身が魔女な存在に脅されたような気はしたが、そんな事は無かったと、この仕事最後の目的地に到着。
港町ラシエム--。元はしがない港街が、とあるプレイヤーが領主を務め始めてからは流通の中心となり、今やプレイヤー達にかかせない大都市だ。
またの名を、混沌都市。
「あーすーのー、はらっぱでぅえええぃ! キリングゥオオッ、かわしあったぁあああぁぁあああーーっ!」
「見よ! この関節を無視したキメポーズ! この捻れが、この捻れが! 脇腹から腹部、胸部、そして上腕筋へと流れるラ--はぐぅっ!」
「らっしゃっせー。呪われる代わりに攻撃力二倍になるアクセサリーはいかがっすかー? 呪いの内容は、永続麻痺っすよー」
街に入って中央広場に着いたら正気を失いそうな光景が広がっていた。詐欺にもぼったくりにもなっていない露店や脳を揺さぶられる下手くそな路上ライブは耳栓で防げるが、有名な漫画のポーズを取っているマッチョな裸族やプレイヤー何人かを取り込んだまま路上を通り過ぎて行くスライムとか、視覚からLSDブチ混まれたような光景はどう防げと?
目を瞑ろうにも、視覚と聴覚を封じた状態で果たしてこの異世界から無事に脱出出来るとは思えない。
耐えろ、俺。真の男はSAN値も高いのだ。
こういう時は逆に癒される物を探して目を保養させる。
そう思って頭のおかしい奴らを視界に収めないよう周囲を見回すと、妖精がいた。
背中から半透明の翅を生やして、それで飛行する美少女。ベルフェゴールのラストアタックでユニークスキルを手に入れて空を飛べるようになった歌姫、アヤネだ。
見目麗しいだけでなく、美声まで持った少女は歌姫から妖精姫になったと言われるだけあって、空を飛ぶその姿は幻想的で妖精姫という字名がピッタリだった。
歌スキルの熟練度がPL一のアヤネは〈鈴蘭の草原〉所属ではあるが、〈ユンクティオ〉のギルドメンバーとも仲が良く、ラシエムにて目撃される事が多い。
それに、NPCである筈の魔族に求婚されていたり、魔導人形を使い魔にしていたりと話題の尽きない有名人だ。そういえば、あの魔導人形は最近見ないが、どうしたのだろうか。
「アヤネさん、待ってください! 一人だけ空飛んで逃げるなんてズルいですよーっ!」
妖精姫の後を追うように走っているのは、〈ユンクティオ〉の遊撃手エリザだ。歳が近いせいか、この二人は仲が良く、一緒にいるところをよく目撃されている。同じく--
「アヤネちゃーん、エリザちゃーん! うへへへっ!」
変態から逃げている光景も同じくらいある。
アメリカ人のパッキンナイスバディなミーシャ。露出の多い衣装にメロンを二つぶら下げ、腰が細く、キュッと上がった美尻のエロい女だ。男なら走る際に上下に揺れるお胸様に目が行ってしまうのは仕方がなく、そうじゃなかったら不能野郎だ。
だが、美少女二人を追い回す姿は外見のプラス要素を全て無かった事にしてしまうほど残念で、ゴールドが販売しているカード&フィギュアではレアなのに関わらず格安扱いされている。実際、百年の恋も覚める残念っぷりだ。
「……さて、仕事するか」
関わり合いになりたくないので見なかった事にして、〈ユンクティオ〉のギルドホームに向かう。
別に俺が何かしなくても、こんな恒例行事はすぐに終わるだろう。現に、ミーシャが落とし穴に落ち、ヘキサ達数人のプレイヤーが産業廃棄物(生産の失敗作)を穴の中に投げ捨てていた。
「すいません、騒がしい所で」
「いえいえ」
〈ユンクティオ〉のギルドホームに辿り着く道程に、スライムに襲われたり(街中でだぞ)、保護施設の悪ガキ共にイタズラ仕掛けられたり、サキュバスのヒップにホイホイついて行きそうになってしまったりと多くのイベントがあった。もっとも、ここではよくある事だ。
精神的な疲れを顔に出さないのは記者の技能。というか人前に出る職業には必須だ。
「それでは早速ですが--」
〈ユンクティオ〉のギルド長であるミノルにインタビューを開始する。時々外が騒がしいが、慣れるしか無いだろう。
四大ギルドが最後の一つ、〈ユンクティオ〉。またの名を変態保健所。
頭のネジが飛んだ連中や、一般とは外れた常識や感性を持つ変態を引き取るギルドなどと言われており、奇人変人の巣窟として有名だ。
別に馬鹿にしている訳ではない。よくぞ変態どもを抑えてくれていると皆が思っているし、そういう輩ほど使い方を間違えなければ優秀だったりするのだ。
ほら、あるだろ? ミステリー小説とかで天才だけでキチッているせいで精神病院に収監させられているようなキャラクター。あんなもんだと思えば良い。
まあ、こんな説明じゃあ、まるでボランティア的なギルドのように思えるが、戦力的に四大ギルドに数えられているのは伊達ではない。
現に、魔王討伐の参加数が最多だ。アスモデウスから始まり、レヴィアタン、ベルフェゴール戦と活躍してきた。
一癖も二癖もある変質者プレイヤー達をまとめているこの、いかにも人の良さそうなギルド長もまた上位に位置するプレイヤーだ。
見た目から想像できないが、大剣を使い敵を薙ぎ払うその姿は女性プレイヤーが選ぶ結婚したい男ナンバーワンとして非常に頼りにあるのだとか。というかウチのギルドでその手の特集も組んだから集計結果も詳しく知っている。リア充めが。まあ、既にミサトという恋人がいるので妬んでもしょうがないのだが。
あれ? それってつまり現実世界でも勝ち組ってこと? 結局はリア充って事じゃねえか!
そんな醜い嫉妬を見せる事なく、スマイル全開でインタビューしていく。ううむ、アレスと大して変わらぬ可もなく不可もないありきたりな内容。まあ、変な事言われても、ネタになるどころかこっちが困る場合が多いので別に良いんだけどな。
むしろ逆に、レーヴェとタカネと違って安心する。
インタビューの途中、応接室のドアがゆっくりと開いてギルドメンバーらしきプレイヤーが顔を出した。〈ユンクティオ〉のギルメンという事で一瞬警戒したが、裸族ではないし頭のネジも緩そうではない。良かった。ストッパーの方か。
「すいません、仕事中に」
「構わないよ。どうしたんだい? また、トマト祭りもといスライム祭りでも誰かやろうとしていたのかい?」
「いえ、それは今ミサトさんがシメてるんで別件です」
やろうとしてたんかい。ちなみにスライム祭りとは道行く人々(プレイヤー、モブ関係なく)にスライムをぶつけていき、最終的にはスライムの投げ合いが始まる馬鹿騒ぎのことだ。
誰でもスライムが投げれるよう、街の各所にスライムが配置されているなど、何でそこまで準備してスライム投げたいのかが意味不明だ。
「メイドロボちゃんが馬鹿を探してるようなんですよ」
「ゴールドを?」
馬鹿で普通に通じるのはどういう事だろうか。
「なんか、今度は爆弾探しゲームを企んでいて、悪臭を放つ爆弾を街のあちこちに設置してまわってるらしいです」
最低だな。
ゴールドというのはプレイヤーながら街一つを手に入れたに飽き足らずイベントクエストでも無いのに領主を倒してその地位に座った男の名だ。
何を考えてるのか分からず、時たまイベントを催しては周囲に混乱を振り向く愉快犯だ。ただ、人格はともかくとして魔王攻略貢献度は高く、育てたノンプレイヤーキャラの兵士を出兵させたり、必要な消費アイテムの生産などしてプレイヤー提供してきた。
それだけでなく、戦う気力が無いプレイヤーや子供を引き取り援助するなど、エノクオンラインに閉じ込められた人々全員の恩人とも言える業績だ。ただ、非公式だがゴールドは現実じゃ武器商人である。帰ったら間違いなく世界的に有名に成るはずだが、どうするつもりなのだろうか?
街中が臭くなるかもしれない事態に、ミノルは溜息を吐いた。何と言うか、二十代が纏うには早過ぎる世に対する諦めと哀愁を感じた。
ミノルはアイテムボックスの中から武器をおもむろに取り出した。それは彼を象徴する黒鋼の大剣であった。
巨大な黒曜石を削って作ったようなその剣をミノルが片手で上に放り投げる。
「おぶっ!?」
直後、天井から悲鳴がし、大剣と共に金色の物体Gが床にベチャッと落ちてきた。
「何をしてるんですか……」
大剣を回収したミノルが溜息を吐き、呆れたように頭を振って物体Gを見下ろした。
いや、まあ、某黒い害虫っぽく言ってるけど、ラシエムの港の領主でありたった今噂になってたゴールドの事なんだが。まさか、この男、ずっと天井にへばりついていたのか?
「またかくれんぼしていると思ったら、そんな事を……」
その言い方だと、このギルドホームの天井にはゴールドが引っ付いているのが日常のように聞こえるんだが?
「かくれんぼついでに次回イベントに向けて準備を、こう、ちょいちょいっとね」
天井を見上げれば、梁の影に隠れて小樽が設置してあった。
「我が工房の技術の粋を集めた、吐き気を催す一歩手前の異臭がする臭い爆弾だっ! すごいだろう!?」
床に倒れたまま見た目イケメン中身クソガキがドヤ顔をかました。いるよな、クソ優秀な癖に子供のままの大人って……。
「とりあえず--お願い」
ミノルはドヤ顔のゴールドの襟首を掴むと男プレイヤーに引き渡した。
「うす。メイドロボちゃんに引き渡しときます」
「いやいや、少し待ってくれないか、ミノル? 私には領主として街の住人に娯楽を提供する義務があり、それは引いてはプレイヤーの諸君にも--」
「それと、エリザと他にも罠解除関連のスキルが高い人達を集めてくれ。ここだけじゃなくて周辺一帯を調べよう」
「了解っす」
ゴールドを無視して臭い爆弾解体の打ち合わせし、男性プレイヤーは領主を引きずって去って行った。手慣れ過ぎてシュールだ。
「さて……とりあえず場所を移しましょうか。ここじゃ落ちついて話もできませんから」
「…………そうですね」
ミノルと共に天井の小樽を見上げる。よくよく見てみれば、樽の表面にはゴールドの写真が貼り付けてあった。
◆
四大ギルドインタビュー巡りの旅を終え、早々に編集長へレポートと提出した俺はオープンバーのテービル席に座って酒を飲んでいた。
一仕事を終えた一杯は格別だ。黒ビールとはち切れんばかりに中身の詰まった熱々のウィンナー、塩を軽く振っただけで味付けされたポテト。
繊細さとはかけ離れたラインナップではあるが、この大雑把さしか味わえない旨味がある。
「プハーッ! オヤジ、もう一杯!」
「はい、どうぞ」
黒ビールのジョッキを持って来てくれたのは厳ついモブではなく、一人の女プレイヤーだった。
「ゴホッ、ゲホゲホッ!」
突然現れた彼女を見て思わずむせた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
〈気配察知〉を抜けて接近するのは止めてほしい。本気で驚いた。
「約束の時間より早いな」
なんとか落ち着いたところで、向かいに座った女プレイヤー、エルの顔を改めて見る。
「時間があったから。それで、例の物は?」
「さっそくか……」
元からエルへの引き渡しの為にこの店を待ち合わせの場所にしたのだから別に構わないのだが。
「もう少し、こう、場の雰囲気に従って酒に付き合ってくれるとかないの?」
「ごめんなさい。貴方の場合、酔った後の後始末されそうだから。酔って眠った挙句、外に放置されたくないでしょう?」
笑顔で言われてしまった。くそう、あり得そうな分、反論できねえ。
渋っても仕方がないので、早々にデータを渡す。
四大ギルドを回る際に調べた調査結果だ。と言っても大した物ではない。
エノクオンラインに来てから大成し始めたプレイヤー、それも物騒な方向性で頭角を現し始めた連中のデータだ。
現実とは違う別世界。ゲームと言えど実際に死ぬ。そして、プレイヤー側は魔王側と戦争していると言っていい。
そんな極限状態の環境の中において立身出世する奴は存在する。
例えるなら戦国時代だ。無名だったのが戦で武功を立て、低い身分からの大出世。平時では振るわなかった才が乱世で輝く。
歴史書や物語ではよくある成り上がり。それは今も昔も変わらずある。流石に歴史に載るほどではなく、そう一々人の過去をほじくり返して公にしないだけだ。
何より、そういう出世をする奴は野心家で、悪人だ。
俺はエルから、正確にはマステマから依頼を受けて、元は一般人にも関わらず危険人物に成った或いは成りそうなプレイヤーを調査していた。
マステマは戦争屋だ。FBIどころか世界中の組織にブラックリストに載るような危ない奴だが、同時に必要とされている奇妙な人物だ。そのブラックだかグレーだか分からない立ち位置は武器商人のゴールドにも言えることだが、大きな違いはマステマが戦争を動かす側にいるということだろう。
スケールの大きさと深さは俺には無縁だ。それなのにこんな仕事を請け負った理由は単純。目をつけられた。それだけだ。
こういうのはこっちの意思など関係なく、目を付けられた時点で諦めるしかない。せいぜい身の程を弁えた仕事をし、これ以上の仕事は無理ですよとアピールするだけだ。
「この短期間でよくまとめてくれたわね」
「まあ、犯罪者予備軍は他人事じゃないからな。ある程度は既に情報を持っていたんだよ」
人から相応の評価をされなくなる日本人の謙遜技術はこういう時こそ発揮されるべきである。
そもそも美人とは言ってもエルとはあまり深く関わりたくない。
マステマの関係者というのはあくまで俺の想像だ。でも、そう外れてるとは思えない。そもそも、マステマの素顔を知る者は殆どいないし俺も知りたくない。もしかしたらこのエルこそがマステマだという可能性もあるのだ。
電脳世界でしかその姿を見せないマステマはアラブ系男性の姿をしているがアバターの姿など電脳使いなら簡単に偽装出来る。実はマステマという名は襲名されるもので、今のマステマは三人目だという噂もあった。
「貴方から見て、特に要注意人物っている」
「………こいつだ」
質問の意図が測れず、一瞬エルと目を合わせたが、他意はなく単純な好奇心のようだ。……多分。
だってこいつ、アルカイックスマイルに似たナニカな笑みばっか浮かべて何考えてるか分かんねえだもんよ!
ビールを飲み干して追加を注文してから、説明を開始する。了承を貰ってからエルが手元に開いていたデータを操作し、一人のプレイヤーの写真を表示させる。
明らかに隠し撮りしたフォトには、顔の上半分を隠すケッタイな仮面をつけた男が写っている。まあ、この手の格好は別段珍しくない。もっと変なのが北の方にたくさんいるしな。
「名前はアンク。元はソロプレイヤーだったんだが、ここ最近になって特定のプレイヤー達を引き連れるようになった。前々からプレイヤー同士の荒事に用心棒みたいな事を裏でしていたらしいが、主導する側に回っているようだ。上手く隠れてな」
「なるほどね…………ヴォルトのPKギルドにもいたの?」
俺が調べた結果をまとめたデータを見て、エルが呟いた。
ヴォルトの街には質の悪いPKギルドが巣食っていたが、レーヴェをはじめとした有志達がPK達を捕らえてスキルも魔法も使えない牢屋にぶち込んだ。だが、アンクはそれより以前にヴォルトの街を離れていた為、捕まる事は無かった。
「予想だが、荒くれ者を束ねるノウハウを学びたかったんじゃないか? 現に、人を集めだしたのもその後だ」
「電脳ドラッグについても、ね」
電脳ドラッグー? あはは、知らないなぁ、そんな元は医療プログラムだったものなんてー。
「悪い方向に成り上がっていく連中の中で、一番の成長株はこいつで間違いないだろ。致命的なヘマもしていない事だしな。まったく、平和な日本の学生がまさかこんなアンダーグラウンドな活動を始めるとか、世も末。いや、ある意味ここは世界の果てか」
追加で来たビールを一口飲んでから、人から見て格好良いと思われる角度で煙草に火を付ける。今の、結構キマったんじゃね?
「リアルでの生活まで調べたの?」
「んん? いや、偶々アンクと現実世界で同じ学校だったプレイヤーに話を聞いてな。なんと、あの〈鈴蘭の草原〉のタカネと同じ学区だったらしい。まあ、向こうさんはアンクの事なんか全然知らないようだけどな」
「タカネ、と…………。ねえ、このアンクの最近の行動は分かるかしら?」
「いや、さすがにそこまでは。南西の未開拓方面に向かったのは分かってるけどそれ以上はな。ああ、ただ、タカネの幼馴染の動向に大分前から注目しているらしい」
「タカネの幼馴染?」
「シュウの事だな。同じ学校だし、ライバル視でもしてんのかね」
まあ、それを言ったら〈オリンポス騎士団〉の死んだ副ギルドマスターも含まれるんだが。
「…………そう、ありがとう」
「あっ、おい、もういいのか?」
エルはウィンドウを閉じると立ち上がり、こっちの言葉を無視してそのまま夜の街に溶け込むようにして行ってしまった。
何か気になる情報でもあったのか、今まで見たことの無い急ぎようだった。
「まっ、何にしても俺には関係ないか」
煙草の煙を吐き出す。夜の帳を背景にし、店側の灯りでよく見える煙が視界を覆った。