記者の手帳 その2
「今後の目標ですか? やはりレベリングと武具の充実は当然の事として、連携を高めることで生存率を上げる事でしょうか。ボスクラスは勿論、通常のモンスターでさえイレギュラー性が高く、強くなっていきますから」
こちらの質問にはっきりと答えてくれる〈オリンポス騎士団〉ギルドリーダー、アレス。
そう。これだよ。この普通を俺は求めていた!
当たり障りない? 予測できる受け応え? 特に面白くない? バッカ野郎ッ! スクープ求めて首チョンパされたら意味ねえだろ。好奇心は猫をも殺すって言うだろ。魂が複数あって、動物的にも俊敏でシュレティンガーな猫を殺すんだぞ?
普通の何が悪いんだテヤンデイ!
おっかない〈イルミナティ〉へのインタビューを終えた後、俺はそのまま逃げるようにして街を飛び出し、次のインタビュー先である〈オリンポス騎士団〉のギルドホームがある街へと逃げ込んだ。
〈オリンポス騎士団〉は至ってまともなギルドで、利益だの情報を持ち帰る云々などといったダークな臭いは一切無い。純粋にエノクオンライン脱出の為に頑張ってくれている。
これぞ正に正しきギルドの姿である。
行動理念も脱出を目指した魔王討伐。メンバーはβテスト経験者やゲーマーの集まりが最初で、徐々に頭角を現したプレイヤーを仲間に入れて大きくなってきた。そして肝心なのが、一般ピーポーの集まりであること。
いいね。うん。それだけで俺マジで盲信するわ。世の中黒い事ばかりだからよ、是非ともお前達はそのままでいてくれ。
「いきなり帽子を被って、どうしました?」
「いえ、ちょいと目にゴミが入りまして」
「はぁ……」
〈イルミナティ〉と違って、この緩やかな空気に思わず涙ちょちょぎれそうになり、帽子を深く被って顔を逸らす事で誤魔化す。
その時、ギルドホームである屋敷の窓から外にある巨大な石が見えた。
「…………あれが石碑ですね」
横に建て置かれた長方形の巨大な石。その滑らかな表面には人の名前が幾つも刻印されている。
「ええ……。最初、作るべきか悩んだのですか、結局ああして作ってしまいました」
石碑は墓標であり、刻印された名は死んでいったプレイヤー達の名前だ。〈オリンポス騎士団〉のメンバーだけでなく、死亡が確認されているプレイヤー達の名前までもあり、ギルドホームの解放されている庭には、死亡したプレイヤーの知人友人が時折花を添えに来ているらしい。
現に、石碑の正面には数人のプレイヤー達がその表面を見上げていた。
「遺体はここに無いので形だけですけど……何て言うべきか、兎も角ああして確認できる物が必要だと思ったんです」
巨大な石だと云うのに、既に三分の一が埋められていた。あくまで〈オリンポス騎士団〉と有志達による調査なので、実際はもっと多い筈だ。
魔王アスモデウス討伐時、〈オリンポス騎士団〉は当時の副ギルドマスターを失った。直後に起きたカウンターアタックでは魔王アモンによって多くのプレイヤーが死亡。レヴィアタン戦で死亡者はいなかったが、ベルフェゴール戦では分断されたプレイヤー達は苦戦を強いられて死亡している。
最初に魔王を倒したギルドの一つとして、その時に仲間を失った身として思うところがあるのだろう。
通常の記者ならお決まりの常套句を述べて更に言葉を引き出すのだろうが、俺はしない。言葉に出来ない物がある事を理解しているし、した瞬間に陳腐になっちまう。
それに面倒だし。
それから当たり障りの無い事を聞いて、レーヴェの時と違って何とも平穏(素晴らしい!)にインタビューは終わった。
互いにスマイルを浮かべ、握手を交わし、グッバイ。
ギルドホームを出て、扉の前で息を吐く。やっぱり、仕事はスムーズなのが良い。この適度な疲労感も達成感によるものだと思えば心地よい。〈イルミナティ〉の時なんて心身共に一杯一杯だったからな。
さて、宿に帰る前に買っておいた花を添えに行くか。
◆
「今後の目標は?」
「魔王を見つけて殺す」
サーチ&デストロイっすか。そうっすか。
――これである。皆さんもっと〈オリンポス騎士団〉を見習おうや。
まあ、魔王全て倒さないとログアウト出来ないようなので言ってる事は間違っていないのだが、もうちょっと言い方があるだろう。
〈オリンポス騎士団〉のインタビューを終えた翌日、今度は〈鈴蘭の草原〉のギルドホームにお邪魔した。
四大ギルドと呼ばれるギルドはそれぞれ東西南北に分かれている。〈壁〉が消えてからは徐々に活動範囲が変わって来ているが、それでも四つのギルドは自然と被らないようになっている。
だからなのか分からないが、地方によってプレイヤーの毛色は変わる。〈イルミナティ〉の南と南西は良くも悪くも一般人。そしてその裏に隠れるリアルでの裏社会系の住人達。現実社会の縮図みたいなものだ。
〈オリンポス騎士団〉の東と南東はゲーマーやエノクオンラインに順応した者達。こちらは本当に良くも悪くも一般人の集まりで安心し、子供と大人の中間という微妙な時期の若者が多くある意味で危うい。
そして〈鈴蘭の草原〉の西と北西はストイックと云うか、ソロプレイヤーや少数のみのパーティーを組む者達が多い。十人にも満たない〈鈴蘭の草原〉でも人数が多いぐらいだ。
「そういえば、もうすぐ武芸大会が開催されますが、出場の予定は?」
「私は出ないわ」
おや、出ないのか。俺はゲーム業界について詳しくないが、ギルドリーダーのタカネを中心とする〈鈴蘭の草原〉は元々VRゲームでプロとして通じる実績を持っていると聞いていた。だから、てっきり出場すると思っていたんだが。
「うちのギルドで出場するのはシオとエイト、シュウ、ハルカ、ゴウ、そして母さんね」
「ミエさんが?」
「偶には、って事らしいわ」
タカネの母親が出場するとは。これはもしかして誰も知らないネタなのでは? 後で副編集長にメールしておこう。
タカネとその母ミエは有名だ。プレイヤーとしてトップクラスの実力だからなのと、何よりそのビジュアルだ。
一言で言うと、美人なのである。絶世の美女という言葉に何の誇張もない。なにこの親子。なんでアイドルか女優になってないの? どうやったらそんな風に生まれて来たの? マジマブい(死語)。
特におかしいのがミエだ。エノクオンラインが始まって間も無くは超美人姉妹で有名だったのだが、後に母娘と判明。人魚の肉でも食ったんじゃないかと真剣に思うほど若い。リアルファンタジーである。
さっきお茶を出しに来てくれたが、仕事で来て無かったら即口説いている。簡単にあしらわれる光景も即想像出来ちゃったけどな!
「では、出場しないのはタカネさんとクリスさん、そしてアヤネさんですか」
「もう一人いるけどね」
「……え? 〈鈴蘭の草原〉のメンバー数は九人では? 」
「十人よ。まあ、放浪癖があって、参加以前の問題なんだけど」
「はあ……」
〈鈴蘭の草原〉にもう一人いるなんて知らなかった。誰だ? 今までそんな奴見たことないぞ。あのメイドか? いや、彼女はNPCで使い魔だ。そういえば、アヤネの傍によくいた筈が最近見ないな。
「あっ、もしかして竜人の子ですか?」
ベルフェゴール討伐前に見つかった竜人のプレイヤー。エノクオンラインにはファンタジーにはよくある種族がない。代わりに祖先というのがある。それによって補正を得られる。だが、祖先ではなく種族を持つプレイヤーが現れた。
名前はリュナだったか。まだ子供で、クエストやイベントでそんな風になったのかさえも要領を得ず、種族変更は謎のままで終わった。
「違うわ」
「良ければお名前をお伺いしても?」
「人見知りする質だから、本人が良いと言ったらね」
「その人は今どこに?」
「知らないわ。こっちが教えてほしいぐらい」
そういえば、さっき放浪癖どうのこうの。スタンドプレーの激しいプレイヤーなのか。なんでそんなソロ向きがギルドに入ったのか。
いや、ギルドシステムの恩恵を得たいから名義だけ所属するプレイヤーもいるし、それ専門のギルドもあるからおかしくないのか?
だが、〈鈴蘭の草原〉は内輪ギルドだ。そんな事で赤の他人の所属を許すとは思えない。ということは、タカネ達ギルドメンバーと親しい人物なのか。だとすると名前ぐらい噂になっていると思うんだが。
「特徴を教えてくれれば、こちらでも探してみますが?」
「ゴールドやレーヴェが首突っ込んで来る可能性あるけど?」
「本日はインタビューの時間を取っていただきありがとうございました。それでは私はこれで」
なんか知らんが地雷踏んだーーーーッ!?
何者だよソイツ。ええい、そんな厄ネタ調べる気にもならん。これ以上踏まないよう、とっとと逃げよう。
「そう。出口はあっちよ」
くそ、分かってて言いやがったな。組んだ美脚が艶かしいですね。いや、違う違う。落ち着け俺。年下の小娘に惑わされるな。ハードでボイルドな男はそんな色香に惑わされないのだ。
くそっ、態度から相手がそんな気はないのに跪きそうになる。こいつ、レーヴェと同類じゃねえか。
慌ててお辞儀して、愛想笑いうかべ、社会人らしい社交辞令かまして部屋から出る。
早足でギルドホームの通路を歩いて玄関に向かう。
「あら、もうお帰りになるの?」
玄関の扉に手をかけた瞬間、声をかけられた。足を止めて振り返ると年上Verのタカネもといミエがいた。あんたマジ幾つなの?
「気をつけて帰ってね」
「は、はぁ……」
美人に心配されるのは悪くないが、突然何を言い出すのか。
「みんな勝ちを狙いに行ってるから、ピリピリしているわよね」
「――はい?」
何故だろうか。微笑みを向けられているのに背筋が寒い。
「特殊な環境下でしか真価を発揮出来ない子っているものよね」
「…………」
「本当に気をつけて帰ってね。子供って無防備に見えて、警戒心が強いわよ?」
「し、失礼します」
頭を下げ、逸る気持ちを抑えて俺は〈鈴蘭の草原〉のギルドホームから出る。
――はっ、はははは……笑えねえ。どこまで知ってるのか不明だが笑えねえ。
「まともな人間はおらんのかああああああぁぁっ」
沈みゆく夕日に向かって駆け出す。
泣いてねえもん。ビビってねえし。ただ、俺の人生お先真っ暗なだけだコンチキショー!