記者の手帳 その1
俺の名前はジージャ。勿論ゲーム内のネームであって現実は別の名前でコテコテの日本人名だがな。まあ、それをここで言うつもりはない。
ただ、これだけは覚えてほしい。俺は記者だ。しかも昔ながら自分の足で調べる古い時代の人間さ。
俺が時代遅れな奴だと自覚はあるが、構わねえさ。自分の生き方を見つけた男は所詮他人に理解されない。そういう孤高な存在なのだから。
「編集長ー。またジージャさんがカッコつけてます」
「コラァ、ジージャ! とっとと記事を書き上げろ!」
「はいぃっ、マジすんません!」
肉体派理系に怒鳴られて慌ててレポートの作業に戻る。コエーよ、家の編集長。とても元はサイエンスニュースの編集者とは思えないムキムキっぷりだ。まるでアメフト選手みたいな筋肉だ。
俺は始まりの街にあるギルド、エノク・アドヴァタイザーで仕事をしている。エノク・アドヴァタイザーはプレイヤー達が集めた情報を新聞という形で発行していくギルドだ。
攻略情報なら掲示板を見た方が早いのだが、情報が錯綜している。俺達は速さが命である情報の鮮度が落ちるのを覚悟の上で集まった攻略情報の裏を取り、確実性と安全性を優先させている。
それだけでなく、こんな命懸けに理不尽な世界でも一種の清涼剤となれるよう軽いイベントなどの広告やコラムも載せている。
当初はギルドではなく有志の小さな集まりだったが、組織としての管理や新聞の印刷代関連でギルドとして設立し、規模は小さいが有用という点ではトップにあると自負している。初期の頃からいる俺としても鼻が高いぜ。
「ジージャさん、煙草吸うなら外行ってください」
レポートをまとめ終えて一服しようとしたら、隣のデスクの小娘が文句を言ってきた。
「至福の一服に口を挟むとはこれだから生娘は――うおっ!?」
椅子を蹴られて転んでしまった。文句を言うが、無視しやがった。
「このガキ、最近調子づきやがって」
「今のはお前が悪い。それよりも出来たなら持ってきてくれ」
「へーい」
出来たてほやほやレポートを提出。渡す際にキメポーズを決めて見たがインテリマッチョはスルーして新人は鼻で笑ってきた。どうしてこの職場は俺に冷たいんですかねえ。
「よし、今日はもう帰っていいぞ。明日の準備もあるだろう」
「うす。そんじゃあ、お先に失礼します」
「ジージャさん、暇なら仕事手伝ってください。セクハラで訴えますよ?」
「明日の仕事の準備があんの。暇じゃないの。それと何もしてないのにセクハラで訴えるとか外道か貴様!」
「セクハラって言葉便利ですよねー」
「鬼畜がおるぅ!?」
「ジージャ、お前いい加減帰れよ。それとマミ。パワハラされたくなかったら手を動かせ」
「動かしてまーす。自分、喋りながらタイピング出来るんで」
「作業効率が明らかに落ちてる。誤字脱字を無くしてから言え」
編集長の言葉にさすがの小娘もぐうの音が出ないようだ。ハハッ、ザマーミロ。いや、ペン投げんな。物を投げんな。それ俺のお気に入りのカップゥゥウウッ!
◆
「全く、昨日はさんざんだったぜ」
結局、お気に入りのカップが割れて消滅してしまった。あのガキ、いつか見てろ。机の中に〈ユンクティオ〉の魔女謹製のスライム仕込んでやる。
アイテムボックスの中身を確認し、買い忘れた物がないと判断した俺は街の外に向かう。
今日から四大ギルドを巡ってインタビューする旅が始まるのだ。昨日、別の取材レポート仕上げたばっかなんだけどなあ! くくく、現実世界から電脳世界に移動しようとも大人は仕事人の道を辿る運命なのだ。自由と引き換えに金を貰い、金と交換に贅沢を得るのだ――ふはははのは!
――ガッデム。生きるって何だ? 人生って何だ?
おっと、考えている間に転移装置が見えてきた。モンスターに察知されにくくなる魔除けの護符を持っているとはいえ、注意しないとな。あいつら肩がぶつかってくる若造と違って、すぐさま殴りかかってくる個体もいるし。
風の魔王ベルフェゴールが倒されて早くも数ヶ月が過ぎた。大勢で仕掛けた魔王攻略は成功をおさめたものの、何人ものプレイヤーがダンジョンで分断されて死んでいった。
幸いと言うべきなのは、カウンターアタックが今回もなかったことだろう。アモンのように魔王がわざわざ外に出てくる可能性を考えてプレイヤー側の拠点を大きく後ろに下げたが、それも無駄に終わっちまった。
その後、休息を得たプレイヤー達はフィールドを制限していた見えない壁が消えた事で第二回探索隊を結成した。四大ギルドが小中ギルドを率いてそれぞれ別の方角へと探索を開始したのだ。
奇しくも、前回の探索隊でリーダーシップを発揮した四つのギルドが最強ギルドになっているのだから、その配置は当然と言えた。
そしてその探索が終了し間を置いた今、四大ギルドとはいえ穏やかな時間を過ごしている。この機を逃す手はない。
「四大ギルド特集。彼らの生活に密着取材! もしかしたらあの人のあんな事やこんな事がっ!? ポロリはあるかって? 俺に死ねと?」
まあ、そんな感じだ。エノク・アドヴァタイザーで四大ギルドの特集を組むので、その為のインタビューに行くのだ。思わず口に出た宣伝文句は知らん。
森の中に隠されているような場所にあった転送装置の中に入ると、中空のウィンドウに表示された移動先の地名を押す。すると視界が光に包まれた。
こういう時間の都合が中々取れず、こっちから伺う場合は俺が担当することになっている。編集長に続いて戦闘能力が高いのと、現実でも旅慣れているからだろう。
俺は主に海外の旅行コラムを書いていた。有名ドコロの観光名所は勿論、ドマイナーな所まで。それだけでなく、戦場カメラマンについてって紛争地帯に行ったこともあった。
エノクオンライン内では実地調査でダンジョン入ったりクエストだって自ら体験した。
要は旅慣れているが故の人選。だが、今回ばかりはハードボイルドな俺でも非常な緊張を強いる。
光が晴れて視界が広がった先に、火山の上に聳え立つ荒々しくも見るからに堅牢そうな城があった。
元は火の魔王アモンの城であったが、今はエノクオンラインの制作・販売を行ったマクスウェル社の社長子息がトップに立つギルド〈イルミナティ〉のギルドホームだ。
四大ギルドの特集を組むからには事前調査は当然である。出来る男というのはその実、下調べもしっかりとしているものだ。
その結果、半分が地雷でした。調べるまでもなくわかってたことだけどなっ!
〈イルミナティ〉はギルド人数で言えば中規模ギルドであるが、プレイヤー達の実力は一人残らず上位に位置している。何より傘下として多種多様なギルドを、中には〈イルミナティ〉よりも規模の大きなギルドまでも抱えていることが、かのギルドの支配力の高さが窺える。
ギルドマスターであるレーヴェはエノクオンラインの運営・販売をしているマクスウェル社の関係から当初は非難を浴びていたが、本人はどこ吹く風と言わんばかりの態度で突き進み、逆に付き従うプレイヤーが増えた。傘下ギルドはそんな奴らの集まりだ。
そしてギルドメンバーについて言えば、完全にレーヴェの私兵だ。元々現実世界でも側近だった連中なのだから当然か。
副ギルドマスターはジョセフ。今この場にはいないが、会ったことはある。インテリマフィアの若頭な感じのする冷静沈着な側近という感じで、事実レーヴェの右腕だ。
〈イルミナティ〉に何かしようと企む連中は幾つもあるが、ジョセフがそいつらの元に現れると事件発生する前に解決するという噂だ。中には行方不明者が出てたりするが、所詮噂ッスヨネー?
噂になってる時点で駄目じゃんと思わなくもないが、そんなもんどうとでも成るのが裏社会の特徴なのか、そうでないとやっていけないのか。もっとも、早々に名が出る連中ではないし、よほどそっちの業界に詳しい奴じゃないと顔も名前も知らない。俺だって知らん。
ただ、言えることはある。めちゃ怖い。
「………………」
「どうした? 口に合わなかったか?」
「い、いえ、決してそのような」
ギルドマスターであるレーヴェから紅茶と菓子を勧められたが、喉通らねえよ!
ギルドホームである城の中は中世ヨーロッパの由緒ある城のように広く、豪華なので萎縮してしまうが、貴族スタイル云々なんぞ吹き飛ぶこの威圧感。あかん。あかんわ。インタビューなんて終わらせて帰らな。
「――それではレーヴェさん、最後の質問として今後のギルドの方針や展望などお聞かせ願えますでしょうか」
それでも仕事は最後までやるのが大人だ。後ろに控えるリアルモンスターのヴォルフがいようと、ションベンちびるどころかセガレが縮こまって機能していなかろうと、醜態を晒さず仕事をする。くっ、男の生き方は辛いぜ。
「今後についてか」
レーヴェはカップを置いて考えるように間を作る。クソ、イケメンは何をやっても様になりやがる。
というかそんな勿体ぶらずにとっとと話してくれませんかねえ。お宅の犬が怖くて漏らしそうなんですが?
「電脳世界からの脱出は勿論の事だが……今はピザのどこを取ろうか悩んでいる」
「……ピザ、ですか?」
「ピースは限られている。大きいのを取るか、それとも数か。或いは指先程度の欠片でも旨味が凝縮している事もある。そうは思わないか?」
「そ、そうですね……は、ははっ」
乾いた笑いしか出ねえええぇぇええぇぇぇぇっ!
それってつまりアレだろ? エノクオンラインを作ったキチでマッドなサイエンティストの情報やらそいつらに技術に結晶であるエノクオンラインのシステムとかの取り合いだろ? 実際、クリアは人任せにしてコソコソしてるのもいる訳だし。
でもそんな事、今言う必要ないんじゃないですかねえ? 一般プレイヤーが認知する必要のない情報なんてネタにもなりゃしねえよ!
誰か、誰でもいいから、助けて!