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幻想世界の放浪者 外伝  作者: 紫貴
蝋人形のシンデレラ
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幻想世界の放浪者 蝋人形のシンデレラ 3


 ゴールドの元には一人のハッカーと少女がいた。アールというそこそこ名の知れたハッカーと協力しているのはともかく、モモと呼ばれている少女との関係がよく分からなかった。家族のようにも思えないし、ゴールドの方で微妙に距離を保とうとしているような雰囲気がある。

 まあ、人の事情など深入りするものではない。

 私は耳で兄とゴールドの会話を聞きながら、横で食事しているモモを見下ろす。

 無口で無愛想ではあるが、大変可愛らしい少女だった。将来は必ず美人なろうだろう。そう、美しい女性に――

「何で俺はここにいるんだ…………」

 小さな独り言が私の耳にたまたま届く。顔を上げ、夢中になって食事する少女の頭越しから向かいに座っている男を見る。

 暇そうにしているクゥが鳥の太股肉に齧り付いて骨ごと噛み砕いていた。

 ああ、殴りたい。口の外に出ている骨を思いっきり叩きつけて喉にダメージを与えたい。


 PKギルドのメンバーを捕らえるにあたり、兄とゴールドは互いに試験的な試みをいくつか行った。傘下ギルドとの連携、モンスターの動き、攻撃禁止エリアの解除等々。

 プログラミング技術を持つ配下がいくつか計測プログラムをはしらせてはいたけど、下手にエノクオンラインのシステムへハッキング出来ない以上、正確な数値が見れずそれらの実験も曖昧な結果しか分からないだろう。それでも、大まかな結果が生まれれば良しとし、やや回りくどい方法でPKギルドの討伐が行われる事になった。

 下準備の監督をジョセフと共に行っていた私は、実行段階になると特に役目もなく、遊撃として行動する事が自然と決まる。

 だとすると、アレを誰よりも先に確保できる可能性が上がる。

 PKギルドのメンバーの一人が気に入ったPLやモブを石化毒によって石像にして美術品のように鑑賞する特殊な性癖があると云う。その趣味の悪さはともかく、前にセーフティハウスを接収した時に回収したモンスターの石像を見る限り、審美眼は悪くない。

 ヴォルトにあるアジトが彼らの本拠地ならば、きっとそこに少なからず石像がある筈だ。それを誰よりも早く見つけて、破壊する。

 気がかりなのは、あのクソッタレのクゥだ。彼は思いつきによる行動が激しくて読みにくい。

 これは単純にどちらが先に見つけるかの勝負になる。

 そんな事を待機場所の空き家で考えていると、クゥとアールが友人達と合流した上でPKギルドのメンバーと思われるPLを連行してきた。

 PKはジョセフに任せるとして、気になったのはクゥが連れてきた二人の少女。ヒュッテンブルク大将の御孫さんがいたことにも驚いたけど、何より<ユンクティオ>の歌姫で有名な少女と知り合いな事に驚いた。

 艶のある黒い髪を持つ可憐な少女。まだ幼さが残り、可憐と言った方が合っている容貌だけれども、将来はきっと黒真珠の女性のように美しい女性へと成長するだろう。

 何より、喉から発せられる澄み切った声が美しく心地良い。歌姫、などと言われるのも当然だ。

「――ユリア」

 歌姫を見ていると、聞きたくない声が耳に届く。兄さんに呼ばれたクゥが私を一睨みして部屋を出ていくところだった。私も仕方なくそれに続く。

 この男は人の事を言えない癖に何を保護者気取りでいるのだろうか。


 荒れ果てた街の中で巨大な水蛇が鎌首をもたげ、その首もとの河からモンスターが溢れ出す。

 ここまで誘導するのに成功したようで、攻撃禁止の束縛も解除されている。同時に、傘下ギルドのプレイヤー達が一斉に動き出す。

 街に散らばっていたPKギルドメンバー、または彼らが拠点としている屋敷を包囲していく。そして釣ったモンスターでの被害が拡大する前に、戦闘に特化したプレイヤー達が処理を開始する。

 中でも、ヴォルフの動きは苛烈の一言に尽きる。

 法律も何もないような治安が最悪な街でマフィアにも恐れられていた怪物クリーチャー。それがヴォルフだ。

 面白半分で彼を捕らえた兄が飼い初めてから早数年。兄の忠実な戦闘機械としての働きは電脳世界でも変わらない。

 人とは思えない雄叫びを上げるヴォルフと大蛇の戦いを後目に、私はPKギルドの屋敷へと足を踏み入れる。

 ジョセフ達がPLの囚われていると思われる部屋へ向かっている間に、私は石像のコレクションがある場所を探し回る。

 途中、PKを捕まえて尋問(両足に骨折ダメージを与えたら素直に喋ってくれた)して私は三階の石像が置いてある部屋に到着した。

 だけど遅かった。そこには既に鉄槌を握るクゥの姿があった。

「怒んなよ」

 そう言う彼の顔にはいつも通りの無表情が張り付いている。

「怒っていません」

「怒ってるだろ」

「はい、やっぱり怒っています」

 当然だ。私の衝動は妬みから来ている。自分の手で壊して感触を味わい、その砕け散る様を見届けなければ満足できない。誰かが代わりにやったところで私の心は満たされない。

「……お前にやらせると妬みが混ざる。なら、俺が壊してやった方がいいだろう?」

「ハッ――」

 なるほど、私の事は一応理解できているようだった。けれど貴方にだけは言われたく無い。貴方の悪癖と比べれば私の嫉妬なんて誰しも持っている感情だ。

 自分でも心にも無い事を言っている自覚はあるのか、多少棒読みで白々しく真っ当そうな言葉を並べ立てる。

 そんなもの、意味がない。

 もうここに用は無いと、私は踵を返して部屋から離れる。このまま同じ部屋の空気を吸っていれば私は間違いなく彼を殺しにかかってしまう。

 去る私を彼は止めない。ただ――

「アヤネには手を出すな。タカネにもだ」

 そんな言葉をこの私に投げつけてきた。


 結局、PKギルド討伐で私個人の利益はまったくと言っていいほどなかった。

 弓使いの女をボコボコにしたけど、別段増悪の対象になるほどでは無かったのでただの八つ当たりだ。

 兄の目論見に関しては可もなく不可もなくと云った結果だった。マステマの情報そのものは得られなかったけど、どうやら彼女のスパイがPKギルドに紛れていたらしい。

 敢えて見逃したので、おそらく向こうに兄が探している事は伝わる筈。今はそれで十分だ。

 PKギルドの一件からしばらく、ゲーム攻略に集中する。現実世界に戻る為にも疎かにしていく訳にはいかない。

 そうやって過ごしていたある日、外から新たな来訪者が現れた。こんなログアウトできない電脳世界にやって来るなんてどこの馬鹿なんだろうと思っていると、残念ながらそんな愉快をもたらしてくるそっち系の馬鹿ではなくて、祖国の為に命を懸ける馬鹿ソルジャーの方だった。

 その内、いくつかの組織が兄に接触しある提案を、要約すると協力しろと言ってきた。エノクオンラインに使われている技術が欲しい彼らは新型ダイヴ装置を開発販売しているマクスウェル・コーポレーションの社長息子である兄の情報と組織力が欲しいのだ。そしてその後の協力も。

 兄にも言える事だけど、彼らは脱出云々よりもまずその先の展開や利益を見据える。一般人から見れば利益に囚われ目の前の事が見えていないように見えるけど、それは当たり前なのだ。何故なら、ゲームクリアは当然の事、過程の一つとして捉えているからだ。でなければわざわざ脱出ログアウト不可な世界にまで来ない。

 視点の違いは考えの違い。特に大国の情報局は複数の考えが混沌と存在し動いている。ヒュドラのようだと兄は例えた事があった。

 ヒュドラはギリシア神話に出てくる蛇の怪物。一本の胴体から複数の首が伸びており、それぞれが毒の息を吐く。

 兄は言った。

 ――気をつけろ。首の一つがこちらと並んでいても、別の首を毒を盛って来るぞ。


 全く、その通りだと思う。

「ギャハハハハハハハハッ! 痛え。痛えぞ! クソ痛いぞォ! だが楽しめた。ああ、そうとも。楽しかったぜェ、オイ。ギャーッハッハッハッハッハッ!」

 私の目の前で赤い人狼が笑っている。五メートルほどの大きさで、尾は体毛ではなく鱗で覆われた蛇のそれ。全身を覆う体毛は赤く、よく見てみれば一本一本が炎によって出来た毛だという事が分かる。

 南に城を構えている筈の火の魔王アモンの第二形態だった。

 油断した覚えは無かった。ただ、運が悪かったと言うべきなのか。どちらにしろ私はこうして死を目の前にしている。

 アモンが来たのはさすがに予想外だった上に、魔王が私の所に突進してきた。その進行ルートは明らかに不自然で誘導されていた。衝突する直前に、逃げていくPLの背中を見つけて私は彼らの仕業と気づいた。

 向こうも魔王の襲撃は予想外だった筈だが、即座にそれを利用するあたりはさすがと言うべきなのか、呆れればいいのか。

 私を狙ったところで何の利があるのか分からないけれど、何にせよ私は今死にかけているという結果がある。どうやら走馬燈と言うものを見ていたようで、長い間過去の記憶を遡った気はしたけれど、どうやらそれも一瞬だったようだ。

 既に体力バーが尽き、私はもう指一本動かせない。今まで見てきた死んだPLと同じく、もう瞬くの間に私は死ぬ。

 私という存在をエノクオンライン上で構成するデータが解け、粒子となって霧散していく。

 さて、こうなってしまってはもうどうしようも無い。やり残したが無いとは言えないけども、魔王の右腕を切断する事には成功した。どうやら再生しないみたいなので、多少は弱体化するだろう。死に際の駄賃としてはまあまあだと思う。

「そ―腕は―――戦――。―――やる。――火が混じ――――なる―――よ」

 アモンが私に向かって何か言っている。だけどよく聞こえない。

 データ上の死がどんな風に現実の死へと繋がるのか分からないけども、ただ言えるのは自分が消えていくという感覚を味わえる何とも未知な苦しみだった。

 痛い? 痒い? 寒い? どの表現も不適切でいて妥当でもあった。

「――また来世でな」

 アモンが背を向ける。その右腕を失った姿はアンバランスな不格好さではあったけど、むしろ壮絶さが浮き彫りになり、揺らめく体毛の炎が陽炎になって幻想的な光景を作っている。

 …………ああ、そうか。その後姿を見て気付いた。あの天才が私の姿を見て笑った理由が分かった。

 私は美しい物に嫉妬してそれを壊してきたけれども、私が壊した物は結局…………。

 私を構成するデータが崩れ、世界に溶けていく中で私は私の業を理解した。


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