幻想世界の放浪者 蝋人形のシンデレラ 2
脱出不可、PCの死がPLの現実の死であると魔王討伐クエスト依頼で知らされてから数日、兄と私、そして側近達はまず熟練度上げによるスキル習得と掲示板からの情報収集に集中した。
一部のプログラマーやクラッカー達がメインシステムへのハッキングを行おうとしていたらしいが、その程度でどうにかなるシステムでは無いと判断してそれには参加しなかった。案の定、システムへ無理矢理ハッキングしようとした者達の一部が脳を沸騰させて死んだ。
ログアウト不可になってしばらくして、ようやく状況を正しく認識する余裕が生まれたらしく、明確にゲーム攻略を目指す集団が誕生し始めた。その一つ、βテスターがギルドマスターを勤める<オリンポス騎士団>が掲示板で有志を大々的に募り、フィールドマップを埋める計画を発表した。
エノクオンラインの世界は広大で街やダンジョンの位置は手探りかショップで大雑把な地図を買うしかなく、フィールド自体も一部複雑な道になっていたり強力なモンスターが徘徊していたりなど危険が多い。
兄もまた開拓が必要としていたのでそれに便乗し、私達は南方を調査する事になった。私達以外にもプレイヤー達がおり、中には兄がマクスウェル社社長の息子だと知って激昂し掴みかかった者もいたけれど、結果は火を見るよりも明らかだった。殺されなかっただけでもマシだと思ってほしい。
エノクオンライン開発と販売元の息子という理由での避難を真っ向から受け止め、襲って来たプレイヤーを自ら撃退して尚相手を許すことで器の広さを見せていた事もあるのだろう。兄、PNレーヴェの強さと指導力、自ら前に出て敵を蹴散らす姿に次第と周囲のプレイヤー達が頼りにし始めた。
兄の手腕は身内である私や側近の者達には周知の事実なので当たり前の出来事として処理していたけれど、心なしか兄は楽しそうだった。
兄は好奇心が旺盛というか、祭りが大好きだ。特に血沸き肉踊る熱狂、喧嘩が大好きだ。ボードゲームなどの知能戦も野蛮な殴り合いも好み、どこかスリルを求めている節がある。
大企業の社長息子として危険な思考だけど、兄の異常な才覚ではそのぐらいがむしろ丁度いいのかもしれない。
かくいう私も、この美しい世界を壊したくてたまらなかった。現実世界でも世界遺産指定の自然物を壊すのは不味いから仕事以外の旅行は制限し、写真集を切り刻むのに止めていたというのに、この世界はそれと遜色の無い美しさがあった。長い時を経て作られる大自然の美。それを人の手で再現どころか創りだしてしまったのだ。
どこの誰だが知らないが、ゴブリンの森を燃やしたプレイヤーもいるらしい。私もいつか機会を見て森を燃やそう。
そんな密かな計画を立てつつ、人目を避けて兄の行動に迷惑にならない程度に破壊活動とフィールドの開拓に勤しんでいる内に開拓期間が過ぎた。
始まりの街まで戻り、各地方に散った開拓隊のマップデータを共有。その後、パーティーが行われた。
社交界とは違う騒がしい宴会。そこで私はあの黒真珠の日本人女性、タカネと再会した。そして、あの男もまたこの世界に来ている事が発覚した。
彼がいる。その事実だけで周囲の美しいものを好きに破壊できない僅かなストレスが彼の殺意に転換した。
開拓以後、兄は自分達が開拓した南を拠点として活動するようになった。
その頃には既にいくつかの中小ギルドを傘下として従え、そこからサポートを受けながら魔王城向けて冒険者の版図を広げていった。
そして私は見つけてしまった。火山帯のダンジョンの中で、一人キャンプでファイヤーリザードの肉を焼いている男を。
「えー、お前いたのかよ」
私に気づいた彼、クゥもまた嫌そうな顔をした。常に無表情に近い癖にどういうわけか嫌がっている時は分かりやすい。
そのまま殴り殺してしまおうと思った矢先に兄が彼に近づき何か話し始めてしまったので、自重する。
それにダンジョン攻略中は他のプレイヤーだっている。人目のあるところでプレイヤーキラーなど働けばさすがにマズい。最初に火事を起こしたあの時とは違うのだ。
話は終わったらしく、兄がこちらに戻ってきた。そしてそのままギルド<イルミナート>の面々とその傘下のギルドパーティを連れてダンジョンの奥に進んでいく。
それに追従しながら後ろを一度振り向くと、クゥは何事も無かったかのようにフライパンにワインを投入していた。
「そして何故いるのですか?」
「………………」
置いて来た筈のクソ野郎が何故かダンジョンの奥に先回りしていた。
私の真っ当な第一声に――何失礼な事言ってんだこの白髪、と考えてそうな顔を彼は向けてきた。その背後では火山の一つが派手に噴火している。
おかしい、さっきまで溶岩は流れていても噴火するような気配も予兆も無かったというのに。いや、それよりも――
「ここに紋章が刻まれた石があった筈ですが?」
ダンジョンの出口には封印が施されており、二カ所に点在する封印の要を破壊し、次に出口のすぐそばにある要を壊すことで通れるようになっている。
これは、先にダンジョンに挑戦したプレイヤーが試行錯誤の末に判明した仕掛けであり、クリア出来なかったものの情報の共有として掲示板に概要が公開されていた。投稿者本人にも会って情報の裏付けと詳細を聞いたので間違いない。
私は他のプレイヤーを連れて封印の要となる場所の一つに向かっていた。別に、タイムリミットはあるものの同時に壊す必要はなく、要石を一つずつ壊して走り回っても間に合う距離にあるけれど、効率を重視して三つに別れたのだ。
そして、肝心の場所には何故かクゥがいた。それも、要石が設置してあるという情報があった祭壇の上に。
「壊れた」
壊したの間違いだろうバカ野郎。
「ところで、お前等逃げた方がいいぞ」
そう言って、彼は祭壇の上に水属性の設置魔法と爆弾を使ったトラップを仕掛けると私達の横を素通りしていく。
皆して走り去っていく彼の背中を訝しげに見送ると、<気配察知>のスキルが警告を発した。
即座に指し示す方向に身構えながら振り返ると、人型の炎が高速で接近していた。
<情報解析>スキルが教えてくれる。アレはファイアリィという火属性の精霊だった。更に言うなら、近隣の街から入手できるヒントからあのモンスターは二つの要石を壊して出口の封印を解いた時に現れるボスの筈。
それが何故今ここに?
――あの男だ。あの頭のイカレているあいつの仕業だ。
根拠も証拠もないが状況的に彼が原因なのは間違いない。私刑確定。
だけど今はともかく目の前に迫る精霊を、壊そう。
氷と爆薬のトラップで僅かに怯んだ隙を狙って、私はパーティのメンバーに一斉攻撃を指示した。
結局、あれから私達はなんとか無事にダンジョンを攻略して先にある街へと到着した。
私が担当した要石のポイントで出現したファイアリィはやはり出口で出現するボスだったらしく、ダンジョンを脱出する際に出てこなかった。代わりに噴火して溢れた溶岩に追われた。
「ああ、そう。大変だったんだなー」
「………………」
私は無言でクゥの頭にハンマーを振り下ろす。
大衆食堂のカウンター席でトウガラシ料理を食べていた彼の顔面が料理ともどもカウンターにめり込んだ。
当然、街の中なのでダメージは無い。――チッ。
「テメェ、いきなり何しやがる」
頭を上げた彼の顔には真っ赤なソースがべったりと付いていて非常に愉快だった。おかげで多少は溜飲が下がる。
「貴方が原因でしょう。このまま牢屋にブチ込んでもいいのですよ?」
ダンジョンの噴火といい、ファイアリィの出現の前倒しといい、やはり全部このガイキチの仕業だった。
こいつ、正規のルートを完全にすっ飛ばしてダンジョン内に流れる溶岩流の上を渡った挙げ句に、爆発する石を発掘しては投げて遊んでいたのだ。
目撃者の証言によるとかなりハイテンションで、石を山のように積んでそこから四方八方へと投げまくっていたらしい。
その光景はまるでダイナマイトで遊ぶ子供のようで、彼らはすぐに目を逸らしてその場を離れたと言っていた。
私はその判断は間違っていなかったと言おう。くるくるぱーは一体どうやったのか、石を使って火山の急所をついてしまったのだ。
結果、火山が活性化して噴火し、ダンジョンの難易度が一気に上昇。ボスのファイアリィも目覚めてしまったという訳だった。
そこまで設計を織り込むゲームもどうかと思うけど、そんな無駄設計を証明させてしまうこのタコも何なのだろうか。
「おい、お前の妹スゴいガンくれてきてるんだけど?」
「それはすまないな――ユリア」
「…………申し訳ありません、兄さん」
――レーヴェじゃなくて俺に謝れ、と思ってそうな顔をしているけど無視した。
バカは私の態度の舌打ちすると、カウンター席から立ち上がって店を出ていった。
…………あっ、黒真珠に連絡するの忘れた。まあ、別にいいわね。
それぞれのギルドやプレイヤー達が活動拠点を決めて幾ばくか過ぎた頃、兄がPKギルドの壊滅の為に動く事を決めた。
近場の目に付くPKがいた場合は真っ先に捕まえて牢屋に放り込んでいたのだけど、位置的に反対側の地域を拠点とするPKギルドをわざわざ捕らえるのは、様々なリスクを考えればあまり益がない。
だが、そのギルドの中心人物は現実世界において電脳犯としてそこそこ知名度のある犯罪者だという事が判明していた。何より、その内の一人は国際的テロリストであるマステマの別名を名乗っている。どうやら本人ではないようだけれど、彼女の情報を持っている可能性が高い。
私達をここに閉じこめた八人の目的を知り、その上でどう行動するか判断する為には彼女の情報が必要だ。
エノクオンラインからの脱出は当然のものとし、その過程で何を得て何をするのかが重要だ。遊び目的でログインしたのでは無い一部のPL達も同じ考えだろう。
兄の場合、単純にこの世界を楽しんでいる面もあるだろうけど。
PKギルド討伐の表向き理由としては、これ以上電子ドラッグを蔓延させない為だ。これは実際に厄介な事柄なので誰も彼も納得するだろう。
元々、電脳世界側から刺激を与える事でホルモンを操作しガン治療などに役立てる技術が、ドラッグとして悪用されるとは皮肉な話だ。
兄はPKギルド討伐の指針を決めるとすぐに行動を起こした。
まずはPKギルドが拠点とするヴォルトの街への足がかりを得るために案内役となる協力者を探す必要があった。そこで兄が目を付けたのが、ここ最近NPCの行動や役職について調べまわり、ヴェチュスター商会と交渉を進めているというゴールドという男だ。
私は知らないのだが、彼は現実世界では武器商人として各国をまわっていた経歴を持っているらしい。ならばこちらの裏の意図に気づくかもしれないが、逆に動きやすくもなる。
そういう訳で、そのゴールドという男に会いに行った訳だけど――何故あのガイキチがいるのだろうか。