真理を知ろうとする者達
ある事件の際に混乱を生み、不浄なものを一斉に駆除する為だけに大量のモンスターを誘導させられ滅んだ街があった。
一度モンスターによって占領された街はボスモンスターを倒す事で自治権が人間側に戻ってくるが、すぐにNPCや建物が再生される事なく、徐々に時間を掛けて元に戻っていく。
時にはその再建期間を狙って安い値段で個人住宅やギルドハウスを建てるPLもいるが、今宵人目を忍んで廃墟同然の街中を進んでいく複数の影はそんな類ではない。
彼らは瓦礫の影になって外からでは見えにくい地下への階段を下りていく。
そこは地下水路。暗く、湿気のある冷たい空気に包まれた通路だ。
まるで迷路のように幾つもの曲がり角を、十字に分かれた路を進んでいくと通路ではなく部屋と形容できる広い空間に行き当たる。
部屋の中央には大きな円卓が置かれ、十人ほどのPLがそれを取り囲んで座っている。更に彼らの背後には壁のようにして大勢のPLが立っていた。
「さて、諸君。そろそろ始めたいと思うのだが」
円卓に座る一人の男が前に手を組み、口を不敵に歪ませていた。
「まずは、この度集まってくれた皆に感謝の意を伝えたいと思う」
光源は壁の柱に設置してある蝋燭しかない。その部屋は薄暗く、PL達の顔を判別する事は難しい。
「今宵、我々はある事柄について議論する為にこの集会を提案し諸君に集まってもらったわけだが――」
「ゴールド、君のそう云うノリは嫌いではないが、焦れている者もいる。さっさと本題に入ってくれ」
「そうかい? ならばちゃっちゃと進めようかッ!」
ゴールドと呼ばれた男がマッチを煤って目の前にあった蝋燭に火を灯す。火自体は小さなものだが、彼の顔を照らすには十分だった。
彼の動きに続いて、円卓に座る者達が次々と蝋燭に火を灯していく。どうやら火加減を調節できるらしく、ゴールドのように顔を全て照らす者もいれば輪郭だけ教える程度の者などそれぞれだ。
そして円卓に、光量は様々だが、蝋燭が灯された事で円卓頭上に浮かぶ球体状の魔法陣が浮かんでいるのが確認できる。
「新しく外からログインして来た政府組織の皆さんもこの世界に大分馴染んできたと思う。そこで一度、情報を整理したいと思う。――表に出来ない情報含めてね」
ゴールドの最後の言葉に、部屋の空気が一瞬張りつめたものへと変わる。
「と云う訳で、皆が一番気になっているであろう事を外からやって来た人達に聞こう。ずばりッ、私達を閉じこめた八人の科学者達はどうなったのか!?」
暗闇の中でも明らかに周囲に立つPL達の視線が円卓に座る者達へと集まる。
円卓に座るはゴールドをはじめゲームとしてのエノクオンラインではなく、事件としての電脳世界の情報を多く有していると思われるPL達だ。それはつまり、途中からログインしてきた治安組織のメンバーも混ざっている。
蝋燭の灯りで完全に素顔を晒しているのはゴールドと<イルミナート>のギルドマスターであるレーヴェのみ。それ以外は素顔を見せていない。誰が誰なのか、少なくとも円卓の周囲に立っている傍聴側のPLには判別がつかない。
スキルや魔法を使ったとしても彼らの正体は掴めない。何故なら、中空に浮かぶプログラムがそれを阻んでいるからだ。
会合を行う上で求められたのは参加者の顔伏せだ。その為、闘技場で使用されるPL同士の決闘の際に出てくる確認ウィンドウと契約書のプログラム流用して複数のPLが作った魔法、会合に参加するならば自他の情報を隠蔽するという条件を呑んだ上で宙に浮かぶ魔法陣の下に立つ事ができる。そうでない者や違反しようとする者がいれば即座に警報が鳴り響く仕組みになっている。
「八人のうち三人が行方不明。見つかった五名の内四名は死亡」
円卓の中の誰かの声が部屋内に響く。
自分達を閉じ込めた犯人達の現状に、僅かに場が騒がしくなる。
「四人の死因は? そして生き残っている一人は?」
その中で、円卓に向けて男の声で当然の疑問が投げかけられる。騒がしかったのが、その答えを聞くために静まりかえる。
「衰弱死だ」
「どこで、どのようにして? 衰弱死と言うが、どういう状況でだ?」
「それぞれ自室か研究室で。それ以上の事は捜査を直接担当した訳ではないので詳しくは知らない」
多少苛立たしげな早口での返答。それに、人垣の中で小さな舌打ちが聞こえる。それは先程の男の低い声ではなく、女のものであった。
「生きている奴については…………」
喋っていた者が僅かに頭を動かして二つ隣に座る人物へと顔を向ける。そこには一人の男が座っている。手を組んだ両腕を円卓の上に置いたまま石のようにじっとしている男は小さな火で照らされた口元だけを動かし始める。
「梶家琥太郎の身柄は確保できた――だが、ログアウト方法は知らなかった」
誰かが聞くであろう問いに対する答えを先んじて言い、男は続ける。
「正確にはゲームクリア以外に脱出する方法を知らなかった。これは自白剤を使った上で聞き出した事なので間違いないだろう」
「自白剤を使われても誤魔化す方法はある。万を超える人間が閉じ込められているんだ。温いんじゃないか?」
「彼はハードウェア専門だ。本当に知らない可能性の方が高い」
また何処からか聞こえてきた声に淀み無く男は答える。
「それに、旧型はまだいいとして新型に精通した技術者は彼一人しかいない。生命線であるダイヴ装置に何か異常が起きた場合、最も確実に修理できる知識と技術を持つのは彼だけだ。その点では協力的な事もあって、下手な手段で聞き出すのは愚策だ」
「電脳世界、そして現実世界で眠っている体共々人質になってるわけか」
ダイヴ装置は一般に普及され、専門の技師は多数にいるが新型となれば扱いは変わってくる。何か不備があった際の対するノウハウは開発者こそが一番多いのは当然。なにより、囚われているPLの肉体を守る緊急時用の生命装置の機能を十全に保つ為に開発者の知識は必要だ。
人質の安全を最優先に考えるならば、本人がそれを自覚しているのはともかく、政府は梶家琥太郎に強硬な姿勢を取れない。
「梶家琥太郎って、誰?」
壁際に立つPLが小さく呟いた。声自体は小さなものであったが、その一言に広がるようにして静寂が訪れ、多くのPLが振り返る。
「――え? あっ、その…………」
思わぬ反応が返ってきたからか、呟いたPLが多くの視線に晒されて慌てる。
「ふふっ、よく考えれば八人の天才科学者なんて聞かされても知らない方が多いのは当たり前か」
助け船を出したのはゴールドだった。彼は円卓に座る者達を見回し、次に壁に沿って立ち聞きしているPL達を見回す。
「事前調査した上でログインしてきた各組織の皆々様はともかく、最初からログインしていた者には一般人の方が多い。今回は情報を共有するという理由で集まって貰った訳だから、彼らに対する認識と情報を改めて確認しようか」
言って、指を鳴らす。
――何も起きない。
「………………」
もう一度鳴らす。今度は二回続けて、だ。
「ん? ああ、はいはい」
ゴールドの斜め横に立っていたローブを羽織った男が一歩前に出る。
――分かりにくいなあ。だいたい打ち合わせしてないだろう、などとボヤキながら男は空間投影されたキーボードを叩いて数枚のウィンドウを宙に出現させる。
「八人の天才科学者と云うのは、まあ聞いた通りある天才達のことだ。八人という括りでまとめられているのは、彼らが一つのグループだった事とその時に世界初の電脳世界の基盤とダイヴ装置を作ったからだ。そして、その中心だと言われているのが、ジョン・ケリー氏だ」
宙に浮かぶウィンドウの内一枚をつまみ、部屋にいる全員に見えるよう拡大される。
「他の電脳世界にアクセスできないんでね。似顔絵で悪いが、これがジョン・ケリー。天才、奇才、怪物、変態なんて言われたモノホンだ」
「エノクオンラインを主導していたのはアレックス・ソロモンだと雑誌に載っていたと記憶してるんだが」
「彼はプロデューサーだね。エノクオンラインというゲームを作った八人の一人に数えられているが…………企画として総責任者はアレックス・ソロモンで、製作者としてのトップはジョン・ケリーだと思ってくれればいい」
「そのアレックス・ソロモンの身内がエノクオンラインにいて、君が匿っているという話もあるが?」
「バーバラ・ソロモンの事を言っているのなら、その通りだ。だが、事情聴取は各組織の者が既に行った上で白と判断した。気になるなら個々で話を聞きに行くといい。ただ、私が管理する街で狼藉は働いて欲しくはないかなあ」
軽い調子で言うゴールドからは警告しているような緊張感は見られない。だが、その軽薄さが逆に不気味だという印象をPL達に与える。
事実、NPCから領主の地位を奪い、PL一の資金を持ち、今回の会合を持った男なのだから言動だけで判断しない方が良かった。
「話を戻そう。ジョンを語る上で欠かせないのが、先ほど出たコタロウだ」
ジョン・ケリーの似顔絵の横に、新たに梶家琥太郎の似顔絵と思われるフォトが表示される。角刈りの日本男性であったが、科学者とは思えない鋭い目つきをしていた。
「さあ、ここでクイズだ! 機械工学において重要なのは!?」
……………………。
――静寂。
誰もがゴールドのテンションについていけない。むしろ、何がおかしいのか喉から漏らすように笑っているレーヴェを除けば、ただただ冷たい視線だけが集中している。
「ソ、ソフトとハードのバランス」
司会進行の助手という立場からか、それとも友人としてなのか、アールが明後日の方向に顔を向けて声色を変え、ゴールドの問いを拾ってやる。
「そのとおぅり! ありがとうアール」
「…………」
フォローを台無しにされた。
「彼が言ったようにソフトとハードのバランスが大事だ。どちらかの性能が素晴らしくても偏っていては能無し。暴走する可能性だってある。そして、ジョンはソフトウェアの超・天・才ッ! であってもハード面では一流止まりだった。逆に、コタロウはハードに関して超・発・明・家ッ! だった」
冷めた目で見られている事にも気づいていないのか、ゴールドが一人で盛り上がっている。
「彼らはあるきっかけで交友を結ぶとビル一つを買い取り研究室にして二年ほど篭もり始めた。その途中で他の天才達が合流している。一体何を研究開発を行っていたのか詳細な情報はどの国の企業も諜報機関も掴めなかったらしいが…………」
話しながら、ゴールドは目だけを動かして円卓の一人に視線を向ける。先程、八人の科学者達の調査状況を伝えた男だった。
男は、ゴールドからの視線を無視している。
「……後に電脳世界というネットワークとダイヴ装置が発表されたことから、素人くさい言い方ながらも凄い研究が行われていたのだろうね。実際、途中に副産物なのか複数の特許が八人の名義で出され、どれもこれも億万長者と成るの間違いなしのそれらを彼らはアレックスを通して高値で売り飛ばしている」
――十年は科学の歴史を縮めたと言われる技術をいとも簡単に、とゴールドは最後に付け加える。
「それは今、我々が体感しているこの世界こそが証明している。皆、気をつけたまえ。我々の敵は思っている以上に恐ろしい。なんと言っても、たった八人で世界を創ったぐらいだ」
その後しばらくの間、現実世界の状況、魔王討伐の進行状況、エノクオンラインのシステムに関して等々、様々な情報を共有し合ったPL達はその場で解散し、もと来た道へと戻っていく。
会合の場所となった部屋から徐々に人がいなくなっていき、最終的に十数人だけが残る。円卓に座っていたPL達だ。
しばらくの間彼らは息を潜めるように地下水路の通路からの足音や気配が完全になくなるまでじっとしていた。
「――で?」
部屋に繋がる通路に数人が門番として移動したとこまで確認すると、依然暗い部屋の中で誰かが最初に発言した。
「で、と言われてもね。それだけじゃ分からないなあ。さすがにこのゲームでもテレパシーのスキルは無いよ。多分だが」
受け答えたのはゴールドだ。
「死んだ人間がNPC化して行動しているとい現象があるが、それは本当に人の精神をコピーしたものなのか?」
「コピーか、そのものかは知らないが、人格がデータ化されているのは間違いない」
「それは本当に? ゴースト化現象ではないのか。エノクオンラインの演算能力なら素人が見分けつかないのも無理はない」
別の方向からも問われる。ゴースト化とは電脳世界で起きる現象の一つで、廃棄された各個人の分身とも言えるアバターが何かしらの理由で一人歩きしてしまう。要因は様々であるが、共通するのは所有者の行動を再現し、データ破損で一部の体がなかったり半透明だったりとまるで亡霊だ。ただし、名前に反してそれはあくまで残っているデータを参考に起こされている事なので常軌は逸していない、ただの抜け殻だ。
「それについて既に調べている者もいる。それを聞いてはどうだ」
横からレーヴェが口を挟むと、円卓から離れた壁際へと視線を移す。
そこには、おそらく男であろう。大柄な人物が静かに立っていた。
「エルバか。マステマは帰っていく他のPLに紛れて去ったか?」
「……エノクオンラインには自己診断・修復プログラムのようなNPCが存在する。現にフィールドのバグを直している姿が目撃されている。だが、システム外の現象であるゴースト化を見逃しているし、連中の中にも元PLだった者の姿も確認できた」
レーヴェの言葉を無視して、エルバが彼らに情報を与える。
「それは確かな情報なのか? テロリストの言葉など信じられんな」
「信用するかはそちらの自由だ。ただこちらは善意で提供しているだけだ」
「善意? ハッ、小娘に小間使いがよく言う」
「その昔、その小娘を釈放させたのはどこだったかな」
ふてぶてしい態度の男とエルバの間に険悪な空気が流れる。
「良い緊張感だ。まるで西部劇の決闘だな」
「ゴールドはもう少し緊張感持ってほしい。僕は嫌だよ。テロリストとCIAの喧嘩の目撃者になるのも巻き込まれるのも」
些細なキッカケで即座に銃を、いや剣を抜き放ちそうな空気の中、ゴールドは暢気に紅茶をアイテムボックスから取り出し始める。
元よりアールが心配するような事は起きない。何故なら地下水路と言っても街の中には変わりない。攻撃禁止エリアの範囲内だ。
「それで、やはり死んだPLがNPCとなるよう最初から組み込まれていたという事か。ハッカー達は?」
「死ねと?」
話を聞いていた別の男の問いにアールが即座に答えると、彼は肩を竦めて顔を逸らす。
「こんなゲームを作り、人をデータにして何を考えているんだ連中は」
「それは本人達に聞くしかないだろう。発見されていないのは誰だ?」
「ジョン・ケリー、アレックス・ソロモン、アダム・ディードリッヒ」
誰かが舌打ちをし、それに同調するように面々の顔が歪んで空気が重くなる。
名前の挙がった三者はそれぞれ科学者としての類を見ない知能を持つと同時に政治手腕または荒事に慣れた面を持っていた。それ故に、彼らが行方を眩ませようとすれば見つけるのは不可能に近い。なにより、その知能が欲しい企業はたくさんあり、彼らが匿っている可能性だってある。
「その三人は諦めた方がいいな」
「梶家琥太郎についても、現実世界で何度も言ったように必要最低限の事しか喋らない。無駄だぞ」
「フンッ……なら、こっちに来てる連中を捕まえるしかないか」
先制するかのような言葉に、エルバとにらみ合っていた男が忌々しく呟いた。
「やはり、死んだ連中は…………」
その男の言葉にエルバが何かを確認するように円卓の面々を見回す。
「やはり、死んだ四人の状況は同じか」
「四人とも、新型のダイヴ装置に繋がれたまま死んでいた」
それは敢えて一般PL達には伏せられた情報。
ちょうど、新たにログインして来た彼らの話題で影に隠れてしまったPLのNPC化。それを考えれば思いつくのは、彼らが肉体を捨てて電脳世界へ精神を移したのではないかという疑惑だった。
「いる、だろうな」
エノクオンラインに制作者達が潜んでいる。彼らはそう睨んでいた。
「でも、どうやって見つけるのかね。彼らはこの世界では、いわば神だよ。おそらく顔も名前も変えている」
一人だけ暢気に茶を啜るゴールドに全員の視線が集中する。
「…………一番の容疑者は貴様だ」
「ほう。ほうほう。それはつまり、あの天才達と同格に見られているわけか。光栄だな! 」
「………………」
「……話は終わったな」
冷ややかな視線がゴールドに集まる中、エルバが先んじて部屋を退室する。それに続くかのように次々と円卓からPL達が無言で立ち上がって出ていく。
唯一、レーヴェだけが挨拶を残していった。
最後に残ったのはゴールドとアール、そして梶家琥太郎について話をしていた男の三人だ。
「なにか変な事を言ったかな、私は」
「もうちょっと真面目になった方がいいと思う」
「私は常に何事にも真剣に挑んでいるとも」
「………………」
「私も行かせてもらおう。部下達と合流して熟練度を稼がないとならないからな」
男が立ち上がり、背を向ける。しかしそれをゴールドが呼び止めた。
「ジン、君に会いたいという人がいるんだが」
「私に?」
名を呼ばれた若き対サイバーテロ課課長が振り返る。
「ああ。ミエ、という女性に心当たりはないかな」