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幻想世界の放浪者 外伝  作者: 紫貴
歌姫の難題
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歌姫の難題 前編


 青い空と白い雲の下で、一人の男が空をゆっくりと飛んでいた。

 長いストレートの髪をかき分け頭部の左右と額からは鋭い角が伸びており、背中から生えた蝙蝠の翼が大気を受け止め、硬質な皮膚に覆われた尻尾が舵のように真っ直ぐ伸びている。

 均整の取れた体を誇示するように上半身が裸でその引き締まった肉体には紋様が、稲妻を表現した入れ墨のようなものがあった。

 魔族だ。

 空を飛ぶ男の正体はエノクオンラインで人間に敵対的な種族として設定されているNPCだ。

 魔族は魔王の配下としてPL達を苦しめる立場にあり、ボスクラスの高いステータスと能力を持ち、高度の知能(AI)を備えている。

 だが、同時に高い知能は変わり者を生む。魔族の立場として人に敵対的なのは変わらないが、持ち場から離れてフィールドを出歩いたり、意図不明な挙動を繰り返したりなど。中には人に味方し街に住みつく者はいるが、それは変わり種を通り越して異端の部類だ。

 空を飛ぶ魔族の男は前者、気まぐれのような行動を起こす事はあるが異端ではない。そのはずだ。

 ――平和な空だ、と彼は穏やかな風の流れに乗りながら思う。彼の魔族が担当する地域は南西地方にあり、まだPL達が到達していない。それ故に暇を持て余した結果が空の散歩であり、ダンジョンの奥に居を構える魔族が本来する行動ではない。

「…………これは?」

 誰もいない空の上で、雲のように風に身を任せ漂うように空中浮遊しているその時、ある音が彼の耳に届く。

「歌、か?」

 風に乗ってくる歌声。

 魔族の男はその美しい声に誘われるようにして、背中の翼を動かして進行方向を変える。

 近づくにつれて歌が徐々にはっきりとしてきた。同時に、眼下の地上にて動く集団が視界に入る。

 遙か高い空から見れば虫のような小ささでしかないそれらも、魔族の目にはそれらの正体が戦闘を繰り広げるPLとモンスターであるとはっきり捉えていた。

 多くのPLが協力し合う事で効率よく熟練度を上げる、狩りと呼ばれる行動だ。

 何度も行い慣れたものなのか、PL達の動きに無駄は無く、休憩している者とモンスターと戦っているPLの交代に淀みなく、それぞれが自分の役割を全うしながら群がる多数のモンスターを倒し続けている。

 モンスター達の上位存在である魔族である男は、その光景を見て何かしようとは思わなかった。倒されているのは確かにモンスターであるが、自分の直属で無ければ余所の土地のモンスターである。助ける義理は無い。

 だが、彼はPLに敵対する存在。

 ここが自分の領土でないにしても、モンスター狩り云々を抜きにしても、ここで何らかのアクションを起こしてPLに危害を加えるのはやぶさかではなかった。

 だが――だがしかし、空で静止した彼の魔族にはそのような考え全てが吹っ飛んでいた。

 一点を見つめる彼の視線を辿れば、一人のPLだけを凝視しているのが分かる。

 少女が、狩りが行われている場所から後方に立って歌う少女がいた。

 戦いの場に場違いと言える白いドレスのような軽装防具を装備しており、手を胸の前に組んで、唇の動きに合わせて歌が紡がれている。

「………………」

 彼の魔族はその少女をしばらく見つめていたかと思うと、何を思ったか突然地上に向かって急降下し始めた。

 体の紋様から電流が煌めき、大気を割る音を轟かせる。魔族の体が電流の青い光に包まれ、彼そのものが雷に変生したかのように地上へ落下した。

 落雷した地面に爆発が起き、土を抉り、粉塵をまき散らす。


 PL達は一人の少女が歌う中、狩りに勤しんでいた。

 最早恒例となった、ギルド<ユンクティオ>を中心とする熟練度稼ぎだ。

 <ユンクティオ>は中堅でありながらも実力のあるPLが揃っている上、他ギルドやPLと友好的だ。

 何より、このギルドが狩りの中心となっているのは後方にて歌い続ける少女、アヤネの存在があった。彼女は<ユンクティオ>に身を寄せているだけでギルドメンバーではないが、多大な信頼を得ていた。その一つが彼女の歌だ。

 彼女はただ歌っているのではない。歌スキルを使用しているのだ。

 声そのものは彼女の喉から出ているものだが、スキルによって支援効果を周囲にいる全PLへ与えている。

 支援魔法より効果は薄いものの、魔法がパーティーを構成する最大人数である六人にしか支援効果を与えられないのに対して歌スキルはエリア全体に効果を及ぼす。

 だが、欠点として対象の選択が出来ない。味方だけでなく敵であるモンスターにまで効果を与えてしまう。パーティー人数以上のPLを支援する機会が少なく、敵味方の識別ができない欠点がある為に歌スキルは軽視されてきた。

 しかしそれでも趣味などの楽しみとして歌スキルを伸ばしてきたPL達がおり、中でも熟練度が高いのがアヤネだ。そして彼女は一定の熟練度を超えたあたりで歌スキルの欠点だった敵味方の区別不能が解除された。それによって、大人数での狩りに大きな効果を与えている。

 スキルの恩恵、士気高揚にもなる歌唱力、可憐な容姿。以上の事からアヤネはある種の人気があった。

 歌い終わるとスキルが終了し、一息つくアヤネ。その彼女の目の前で、突如光が落ちてきた。

 閃光と共に地面が爆発し、衝撃波による風がアヤネの黒髪を後ろに靡かせた。同時に飛んでくる土埃をアヤネは咄嗟に手で防ぎ、突風に耐える。

 爆音に、地上にいた他のPL達が驚き振り返る。直後に驚愕の表情を浮かべた。

 粉塵の中から、見たこともない魔族の男が現れたのだ。エノクオンラインの世界設定上、魔族は全PLの敵であり、魔王を倒す為の障害だ。

 時に魔族とそれが率いるモンスターの集団によって全滅の憂き目あった街やパーティーは二つ三つでは済まされない。それほどまでに敵対するNPCは好戦的で、PLを全滅させる気だ。

 魔族の目の前にはアヤネと、その護衛として傍に棍を武器にしているエリザがいる。彼女はアヤネを守るように腕で横に伸ばして、後ろに押しやりながら棍を構える。

 だが、彼女の健気といえる行為は無駄だと言っていい。魔族を相手するには複数のパーティーが必要で、そうでなければ倒すどころか逃げることもままならない。

 慌てて<ユンクティオ>を含むPL達が駆け出す。だが、次の行動を起こしたのは魔族の方が断然早かった。

 入れ墨の魔族は片膝を地面に付くと、どこに持っていたのか花束を取り出してアヤネの前に差し出した。

「美しい歌声を持つ可憐な少女よ。恋に堕ちた。これは私の気持ちだ。君の美しさには負けるが是非受け取って欲しい」

「………………はあ?」

 さながら時が止まったように全PLが石となり、エリアが凍り付いた。


「美声に小鳥さえもさえずるのを止め、可憐さに野花も羞恥で頭を下げるだろう。絵画に描かれた賛美歌を歌う天使のような貴女の優美さに心打たれた」

 魔族の謎な台詞が続く中、凍った時の中で一人のPLが両手を上げて振り始めた。三角帽子の頭上にはチャット用のウィンドが浮かんでいる。

 意識を取り戻したPL達がヘキサのジェスチャーに従ってチャットウィンドウを開くと、エリアチャットが更新されていた。


《エリアチャット》

『なんか魔族がバグって恥ずかしいこと言ってますけど、皆さんとりあえず刺激しないよう様子見でお願いします』

『外周の人、モンスターを排除したら下がって来て。引き連れて来ないように』

『ああいうイタい台詞を堂々と吐く奴は殺したくなるんだけど、いいよな? っていいよな!?』

『止めろよ変態。誰かミーシャさんを取り押さえて下さい。あの無駄にデカい乳を触っても事故で済まされますよ? 紳士諸君頑張ってください』

『見た目美人でも中身がアレなのはさすがに無理だ』

『同意。こちらから拒否る』

『今発言した奴手ェ上げろ。別に非モテに何言われても構わんが、ケジメはつけとかねェとア』

『――で、だれかあの人を<情報解析>できた人いますか?』


 背後で金髪の女性PLと数人の男性PLが争う中、ヘキサが他のPL達に訪ねる。<情報解析>はエノクオンラインで相手の実力を計る有効なスキルだ。

 未判明の情報が多ければ多いほど、自分と相手とのステータス差は大きいと見ていい。

 そして、返ってきた答えは全員が何も分からなかったと云うものだった。


《エリアチャット》

『まあ、雷っぽい感じでバチバチ言ってるんで、多分雷属性なんでしょうけど…………』

『雷属性の魔族って未確認だろ。モンスターだって素材用の弱い奴しか見つかってないのに』

『そもそもあいつ、どこから来た。雷の領地は南西って言われてるけど、見えない壁があるんじゃなかったのか?』

『なあ、上位属性持ちで誰にもステータス分からないって事は、この人数でも勝てる見込みは薄いって事だろ。どうすんだよ』

『逃げた方が良くないか?』

『歌姫と騎士子を置いていける訳ねえだろ』


 エリアチャットに多数のPLが混じって会話しているせいか、段々と混迷としてきた。その中でヘキサがギルドチャットも同時展開させている。


《ギルドチャット》

『で、どうします?』

『言い出しっぺが事態の収集つけないでいいの? ヘキサ』

『飽きるか疲れるかしたら勝手に終わるでしょう。問題はあの魔族ですよ、ミノルさん。敵意は無いどころか絶賛ナンパ中ですが、何してくるか分かりません』

『アヤネ以外が眼中に無いって感じだしねぇ』

『危害を加える気はなくても、最悪誘拐って事あるかもしれませんね。ファンタジーでよくある囚われの姫って感じで』

『なんだとォ!? なら王子様役はオレね、オレ!』

『お前女だろっていう突っ込みは置いておいて、黙ってて下さいミーシャさん』


 ギルド<ユンクティオ>や他の冷静なギルドが見つめる中で、アヤネは目の前で跪いて一人語りを続ける魔族の男を見下ろしている。

 差し出されたまま花束には触れるどころか手を伸ばしてさえいない。

「せめて、向こうから情報を漏らしてくれればいいんですけど」

 モンスターや魔族のステータス情報を得るのは何も<情報解析>だけでない。NPCからそのモンスター情報を得る、または人語を解し会話できる高い知能設定の魔族が自ら能力を明かすか等の入手法がある。

 少なくとも、名前さえ明かしてくれれば同時に称号も開示され、入れ墨の魔族の立場も、どこのダンジョンの受け持ちかが分かり、強さの目安も付けやすくなるかもしれなかった。

「あの…………貴方のお名前は?」

 今まで黙っていたアヤネが首を傾げて魔族の名を訪ねた。チャットを見ていたのか、隣で居心地悪そうにしていたエリザが教えたのか。ともかく口を動かし続ける魔族の言葉を遮り情報を引き出すためにはこちらも言葉を投げかける必要からアヤネの行動は丁度良かった。

「ああ、これは私としたことがとんだ失礼を。貴女を想う心に歯止めが聞かず、ついつい忘れてしまっていた。この私を平常にさせないとは、貴女はなんて素晴らしい女性なのだろうか」

 話を聞いていた周囲のPL達が何とも言えない表情を浮かべ、エリザに至っては固まっている。

 魔族はアヤネ以外どうでもいいのか、そんな周囲の反応など気にせずに膝を地面から離して立ち上がった。

「私は――」

 ――ナイスです、アヤネさん。

 ヘキサは魔族の言葉を聞き逃さないようにしながら、ちゃっかりと比較的安全そうな場所へと少しずつ移動する。

 その間、ミノルとミサトの二人がギルドメンバー達に指示を出して、すぐにアヤネとエリザの救出に動けるよう配置する。その動きに合わせて、他のギルドのマスター達も仲間を動かした。

「私の名はルキフグス。南西の雷雲地帯を治める雷纏う雷帝ルシフエルの実子であり、雷魔を率いる将軍ルキフグス」

「――…………え?」

「お見知り置きを、歌姫」

 驚愕――。先とは違う硬直を見せるPLの視線の中心で、魔王の息子と名乗った魔族の男は恭しくアヤネに頭を下げたのだった。



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