エリザの小冒険 その1
現実世界で私の帰りを待っているあろうお父さん、お母さん。お元気でしょうか。
B級映画か大昔のSF小説みたいな状況に巻き込まれて早数ヶ月。どうしてあの日言いつけを守らず宿題を放ってログインしてしまったのでしょうか。
夏期休暇中に出された、積み重ねれば私の身長を超えてしまう課題の数々から逃避したかったからでしょう。それで本当に電脳空間に閉じこめられたんだから笑い話にもなりません。
けれども、私ことエリザは元気でやっています。ぶっちゃけ言うと、周りがよく人が死ぬのでたまに鬱になっちゃいますが、それでも私は生きています。
生きていますがーーちょっと今ピンチです。触手に絡まれました。ヤバイです。乙女の貞操が激ヤバです。
「い~~や~~っ!」
後ろでは頭の無いタコみたいな軟体生物が触手で私の手足を縛り、くぱぁって感じで歯がびっしり生えた口を開けています。
マジヤバです。絵的には純潔の危機で、実質的には命の危機です。
――今日が私の命日!?
「エロゲみたいだな」
「って、いい加減見ないでくださいよ!」
触手で体を持ち上げられ身動き取れない私を下から見上げる男性が一人。
「いや、だってこんな光景滅多に見られんだろ。触手が太すぎるのがちょっと不満だが」
「だから見るなァ~!」
助けてとは言えません。何故なら彼は私が触手に捕らえられた瞬間にどこからか飛び出して来て、持っていた槍で触手の一本を貫いて地面に固定し、同時に私が落とした棍を器用に足で引っかけてもう一本を岩肌に押しつけて既に救助中なのです。これが私が未だにぱっくんされていない要因です。
「だけど、だからと云って、ジロジロ見るな変態!」
「あーはいはい。一度手を離すぞ。このままじゃ攻撃も出来ねえから」
「は、はい」
判定的にはモンスターの束縛攻撃を妨害しているわけですから、彼のスタミナも減少しているはず。スタミナがなくなる前に攻撃に転じるには一度離すしかありません。
「行くぞ」
「は――いぃ!?」
行くぞ、の後に一呼吸置くと思ったら本当に行っちゃったよ!
触手の引っ張る力が元に戻り、私の視界に映る光景が急速に離れて行きます。ですがすぐにその勢いは失われ、触手に捕まれていた手足の自由が戻りました。
直後に、後ろでモンスターの不気味な悲鳴が聞こえ、私は川へと落ちてしまいます。
浅辺に落ちてすぐに振り向くと、背後ではモンスターが触手の切られ、槍と棍と剣二本と斧を突き刺した状態で青い光となって消えていくところでした。
いや、刺さり過ぎですって。
「ほら、お前の」
「あ、どうもです」
完全に消えたモンスターに突き刺さっていた私の棍を投げられ、慌てて受け止めます。せめてちゃんと手渡しにして欲しい。危ないなぁ、もう。
「あのぅ、ありがとうございます」
とにかく、私はお礼を言います。相手が見知らぬちょっと変態入った人であろうと、助けられたのなら礼を言うのが人の道です。
「って、あれー?」
とか言っていたら男の人は剣やら斧やらモンスターの落としたアイテムやらを回収したらさっさと奥へと行ってしまいました。
段々と小さくなって洞窟の奥へ背中を見送りながら私は首を傾げます。あの人は何者なんでしょうか? 見た目からして槍使いに見えますが、さっきは剣が二本に斧もあり、足だけを使って私の棍も使っていました。
「……まあ、いっか」
詮索はマナー違反です。それに、私とはあまり一緒にいない方がいいのです。でないと死んでしまいます。
私がギルドを離れてから早二ヶ月以上が経ちました。本来なら私なんて疫病神、ギルドを追い出されても文句は言えません。むしろ私の方から脱退しようとしましたが、団長がそれを引き留めてくれました。
暖かい人の心に触れて涙が出そうになりましたが、それはそれ、これはこれ。私なんかが皆と一緒にいてはいけないと逆に団長を説得し、結局妥協案として私はギルドに所属したまま単独行動を行う事になりました。
団長は心の整理がついたら何時でも戻ってくると良いと言ってはくれていますが、おそらく私が戻る事はないでしょう。
なんて思い出を振り返っていると、また分かれ道に行き当たりました。
私が今居るのは言ってしまえば洞窟ダンジョン。四方八方が土に囲まれて、ランタンが無ければ何も見えない暗闇の世界です。
どうしてうら若き乙女である私がこんな所にいるかと云うと、ギルドから離れソロプレイヤーとして前線を転々とする私は今回東側の攻略に参加…………というか手伝いです。
エノクオンラインから脱出する為には世界に蔓延る魔王を倒さなければなりません。そして、魔王のいる城に行くまでにはいくつものダンジョンとクエストを達成する必要があります。
現在もっとも攻略が進んでいるのが、地属性の魔王がいると思われる東側です。
そして、魔王のいる城に行くためには大勢の魔族達が守る要塞を通らなければなりません。でも元βテスターが率いるギルドがクエストを進めることで『東の大鍾乳洞には要塞を迂回して魔王城近くまで続く道がある』という情報を入手しました。
まだだれも完全なマッピングデータを持っていないほど広い鍾乳洞。そこから向こうに通じる道を探す為、手伝いをしてくれるPLが募られました。
あくまでボランティア。出口を見つけたところで報酬なんてありませんが、攻略を手伝ったという自己満足と充実感、それにまだまだ未開のダンジョン、どんなアイテムが眠っているか分かりません。
そんな感じで、今多くのPL達がこのダンジョンを攻略している最中なのです。
私はとにかくテキトーに分かれ道を右へと進みます。
地面がありませんでした。
「え?」
足場がありません。靴からは何かを踏んでいる感触もありません。ていうか、普通に足が空を切りました。ええ、いわゆる落とし穴ってやつです。
「って、ええええええぇぇえええぇぇ~~~~っ!?」
ああ、落とし穴である縦穴に反響して悲鳴が間延びしてるぅ。
とか思ってる場合でなく、何か捕まる物を!! プリーズ、ロープ! ワイヤー!
「………………」
とか落下しながらジタバタしても都合良くそんな物があるわけでなく、私は落とし穴に続く広く深い大きな縦穴の中央を落下し続けます。このままだと落ちれば落下ダメージで即お陀仏です。あはは。
「ああ、神様……――あれは!?」
落下しながらも私は縦穴の壁側にある道を歩いて下っている人影を発見。助かった! これも普段の行いが良いからですね!
「そこの人、助けて下さーい!」
とにもかくも、救助要請。私が逆の立場だったらビビるか戸惑うかですが、このチャンスを逃す手はありません。
私の声に気づき、螺旋状の坂道を下っていた人が振り向きます。
なんと、さっき私を大きなお友達に大人気なエロ生物から助けてくれた人ではありませんか。保存食の干し肉をモグモグ食べ歩きしていますが間違いありません。
やはり神様はいたのです。白馬の王子様よろしく駆けつけてくれた彼は今回もこのムチャ振りに近い救助コールを受け止めてくれるでしょう。
「えー」
「…………は?」
えー、って何? えー、とか…………はぁ!?
男の人は変わらず干し肉をモグモグしているだけでこちらを助ける素振りすら見せません。
「え~~っ!? ちょ――」
と、苦情を言う間もなく、私は彼を通り過ぎ、暗い口を開いている縦穴の奥底へと落下していきます。
「七代末まで祟ってやるゥ~~!」