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1-6

の後何度か模擬戦を繰り返し、今日は解散となった。まだ銃器は手続きの関係上使えないらしく、次の会合で銃を用いた演習を行うこととなった。

既に時刻は夕方で、香取たち警察とRCS社の人間はこのまま飲みに行くらしく東口のほうに消えていった。友幸もすでに成人しているため奢りだ奢りだとうれしそうにその後をついて行った。

未成年二人組は京王線新宿駅のホームに降りていく。

迷路とも称される新宿駅だが、JRに近寄らなければそう迷うことはない。

格一と美音は無言のまま3番線のホームに降りていった。

「なあ」

格一は横を歩く美音に話しかける。友幸がいた間は彼があれやこれやと話していたのだが、二人きりになってから声を出すのは初めてだ。朝からずっと美音は不機嫌なままだし、訓練中から自分を避けていたように思える。

「…何か用?」

しょうがなく、といった風情で返答をする美音。

「俺、なんか嫌われるようなことしたか?」

任務中に美音とともに行動したことは記憶にある限り2,3回あるが、かわした会話も任務上のことだけで、何か気に障ることをした記憶はない。

「あんたがそれを言うわけ?」

「…は?」

「だから、なんであんたがそんなこと言うのよ!覚えてないの!?」

先ほどまでとは打って変わって、噛みつくように声を上げる美音。

その態度に驚きつつも、格一は抗議の声を上げる。

「なんのことだよ!?覚えていないも何も、今まで君とは任務でしかあったことがない!」

極力声を抑えつつ、反論する。事実、実際に美音に会うことも初めてだし、任務の時に誤射やターゲットの横どりをした覚えもない。

「…っ!もういいわよ!」

そういうと、美音は階段をかけだす。電車の発車を表す音声が流れだす。

「絶対に、許さないんだから!お兄ちゃんの仇の、あんたのことを!」

電車に乗る直前に呟いた美音の声は、格一に届くには、十分な音量だった。


ホームから電車が離れていくのを呆然と見守った格一は、ふと周囲の目に気付く。

どうやら喧嘩して彼女において行かれたカップルの片割れだとでも思われているらしく、何人かの視線が自分に注がれている。

「はあ…」

その視線から逃れるように嘆息し、ホームに降りる。次の電車が来るまで5.6分ある。

自動販売機で缶コーヒーを買い、口につける。

「一体何なんだ…?」

兄の仇、と言われても、美音の兄がいることさえ知らなかった。

だが―――もしかしたら彼女の兄を殺したことがあるかもしれないと、それだけは否定できない。

ヴァシシュタと呼ばれた、自分の過去を考えれば。


京王線京王八王子行き準特急は、新宿駅を発車してしばらくは地下を通る。

近年ようやく携帯の電波が通るようになったトンネルの暗闇を見据えながら、美音は自分の言動を思い出す。

正直、Aランカーにあったからと言って、自分があんな言動を取るとは思っていなかった。

それだけ、動揺していたということなのかもしれない。はじめて遭遇した兄の仇候補に、そしてその腕前に。

殺意は、ある。かなうことなら殺してやりたいくらいだ、今すぐにでも。

まだ候補の段階に過ぎないが、Aランカーは日本に3人しかいないのだ。可能性としては30パーセント以上。この機会を逃す訳にはいかない。

だが―――殺すだけでは足りない。兄を殺したRECOBILOSTの腕でAランカーを上回り、そのうえで奴を殺す。それで初めて自分はあの事件を乗り越えられると、そう思うのだ。


常盤美音の幼いころの生活は、常に戦闘機の轟音とともにあった。

厚木基地の近くに住んでいたそのころは、実に幸せなものだった。それほど金持というわけではないが、貧しいわけでもない。優しい両親と、年の離れた頼もしい兄に囲まれて、美音は育っていった。美音自身自覚しているが、その時は今のようなひねくれた性格ではなかったように思う。

だが―――その幸せな生活を壊したのは紛れもなくRECOBILOSTであり、Aランクオペレーターなのだ。

その日は美音の10歳の誕生日だった。

後に、厚木市高校戦闘機墜落事故といわれ、米軍基地撤廃の旗印になるその事件は、実際には戦闘機墜落事故ではなかった。

米軍輸送機の墜落と、機密維持のために派遣されたRECOBILOSTによる生存者の虐殺―――美音は、兄を高校まで迎えに行ったとき、その様子を見てしまったのだ。

警察と米軍による立ち入り禁止ラインを小柄な体を生かしてすり抜けた先に、いたのだ。

赤々と燃える校舎と、そこにただ一機たたずんでいた漆黒の人型機械―――RECOBILOST。その銃口の先には、美音の最愛の兄が、物言わぬ骸となって、倒れ伏していた。

それはRECOBILOSTが歴史の表舞台に出る、4年前のことだった。


ふと気付くと、電車は聖蹟桜ヶ丘のホームに滑り込み、扉があこうとしていた。

慌てて電車を降りると、階段から改札まで下りていく。

6年前のその事故の後、両親は厚木から離れたかったのだろう、兄の死に対して政府と米国からでた弔慰金を元手に、東京に引っ越してきた。その後、何度か転々とし、落ち着いたのが多摩市は聖蹟桜ヶ丘である。

未だに年に1回はテレビで放映されるジブリの名作映画の舞台としても有名なこの街は、美音の心をいやすことなく、むしろ憎しみを増大させていった。

兄は炎の中、苦しんで死んでいった。なのに自分はのうのうとこんなところで暮らしている。兄の死から逃げ出して―――

自宅へと歩き出しながら、美音は改めて憎しみの炎を心に点火する。

絶対に、許してやるものか、と。


一本乗り遅れたが、ようやく格一の乗る電車は彼の地元―――京王線北野駅のホームに滑り込んだ。

日本に戻ってきてからずっと彼はこの街に住んでいる。近年は再開発も行われ、駅周辺にも真新しいビルが立ち並び始めている。

電車から降りると、ふと携帯に不在着信があることに気がついた。

履歴を見て発信者を確認すると、ホームを歩きながら電話をかける。

何度か呼び出し音が鳴った後、相手が電話に出た。

「…なにかあったのか?combat32」

電話の相手は、今日出会った二人を除いて、オペレーターの中で唯一連絡先を好感しているcombat32だ。

「いや、君の声が聞きたくなってね?」

性別不明な中世的な音声が、微かなノイズとともに聞こえてくる。既に格一とcombat32の付き合いは1年にわたるが、時々性別がわからなくなってくることがある。

「…嘘はよくないとおもうがな」

「いやだなあ、冗談だよ冗談。でも君の声を聞きたくなったのは本当だよ?RECOBILOSTじゃ音声も余りクリアじゃないし」

RECOBILOSTでは音声通信でオペレーター同士のやり取りを行うが、音声の質はそれぞれのPC周辺環境に依存する。格一はPCそのものはともかくマイクは量販店のものを適当に使っているのでcombat32の指摘は理にかなっているといえるだろう。

「そうか、それは光栄だ。で、要件というのは何だ?」

「もう、せっかちだな。Bランクのことだよ」

「…また犠牲者でも出たのか?」

Bランクに警備はつけるそうだが、まだ手続きの段階だろう。犠牲者が出てもおかしくはない。

「いや、そうではないよ。でも、今までの犠牲者のBランカーの情報を調べ直していたら妙な情報が出てきてね?」

combat32はオペレーター業界の中で、いわば情報屋のような活動をしている。格一と出会ったのも、combat32からAランカーの情報を得るために接触してきたことがきっかけだ。

「ほう…」

格一はPASMOを取り出しながら、階段を下りる。わざわざ『情報屋』が電話してくるのだ。重要な話なのだろう。

「今までのBランカーの死者の4人のプロフィール、どのくらい把握している?」

combat32が電話越しに訊いてくる。 

「…いや、ろくに知らんな。たしか直近の犠牲者のbamboo306はフリーターで最近はオペレーターとしての報酬で生活していたいわゆる『プロオペレーター』だということくらいしかしらないな」

オペレーターの大半は、職業を別に持っている。いくら報酬が出るとはいえ、安定した生活を送るには相当ランクを上げないといけないし、職業としての認知度が低いため、ローン等の審査の時に不利になってしまうという事情もある。

「実は他の3人も似たような感じなんだよ。新宿、横浜、横田、そしてこの前の八王子。4人ともプロ・オペレーターと言っていい。まあ、オペレーターを始める前からフリーターだったのか、今でもバイトをやっているのかとかいう違いはあるけど。そして、もう一つ共通点がある」

Bランカー20人のうち少なくとも4人もプロオペレーターがいたということは驚きだが、それが全員テロの犠牲者になっていると聞くと、何かあるのではと思ってしまう。

「共通点?」

まして、他にも共通することがあるならばなおさらだ。combat32は少し間をとって、告げた。

「莫大な―――数百万以上の借金を全員抱えていたんだよ」


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