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1-5

香取に案内されて、隣の部屋に一行は移動した。

「うわすげえ…この辺の全部西芝の最新モデルじゃん…」

おいてある機器を見て、友幸が歓声を上げる。彼が言うように、その部屋に設置されている電子機器は全て、今年発売されたばかりの最新バージョンだ。

「スパコン並み…とはいわないが、君たちに使ってもらう機材は全てできるだけ性能の高いものを用意してある」

自慢げにいう香取。格一は余り電子機器にくわしいわけではないが、それでもおかれているものが相当にコストがかかるものであることは理解できた。

「ものすごい予算かかったんですよね、これ…」

半ば呆れているのが吉野だ。

「ここに機材があるってことは…私たちはここからログインすればいいの?」

訪ねたのは美音だ。普段、オペレーターは家のパソコンから一般のインターネット回線を通じてRECOBILOSTにログインしている。だが、ここにパソコンがあるということはここから操作する、ということなのか、という質問だ。

「ああ、そうだ。そこにならんでいるパソコンからアクセスしてくれ。最初にユーザー登録からやってくれ」

その言葉を受け、格一たちはそれぞれPCに向かって座り、立ち上げる。

一通りセットアップを行い、HMDを被る。

「香取さん、初期設定値は?」

RECOBILOSTのオペレーターにはそれぞれ癖がある。そのために、各自が最も操作しやすいようにRECOBILOSTの一部バラメーターを変化させることが出来るようになっている。

「ああ、RCS社から持ってきたデータを同期させているから大丈夫だ」

答えたのは利根だった。事前にオペレーターのメンバーを知らされていたのだろう。

「よし、みんなセットアップ終えたか…?じゃあ、ログインしてくれ」

香取のその言葉に応じて、格一はエンターキーをおした。


HMDに視界が映し出されると同時に、同期された聴覚に微かな駆動音が聞こえる。

視界に移るのは、どこかの工場だろうか。ふと、耳に自機以外の駆動音が混じる。

その方向にカメラアイを向けると、二台のRECOBILOSTがたっていた。友幸と美音が起動させたのだろう。

そのRECOBILOSTは普段操作しているM32とは異なったフォルムをしていた。

無骨で、兵器らしい荒々しさを漂わせていたM32と異なり、目前の、そして今自分が操作してであろう機体は優美な曲線を多用した外観だ。大きさもM32に比べれば少し小さい。

「これは…」

ふと、視覚の片隅に入電を知らせるマークがともる。聴覚にノイズが走り、直後にクリアな音声が聞こえてくる。

「あーあー聞こえるか?香取だ。これより、先ほど行えなかった説明を行う」

聞こえてくるのは香取の声だ。HMDをつけると外部の音声からはほとんど完全に遮断されるから、こういった指示は無線で行うのが定番であり、今回用意された機材の中にも同様のシステムがあったらしい。

「まず、今君たちが動かしているRECOBILOSTはM32ではない。M32を参考にしつつ、重菱重工とゼネラル・エレクトロニクス&メカニクスが開発した機体―――その名も、『ファルシオン』という」

かつてノルマン人たちが使ったといわれる優美な幅広の剣の名前を背負った機体。

「これが、日本の将来を担う機体だ」

香取は、断言した。


友幸はHMDの中でつぶやいた。

「ファルシオン…良い名前じゃないか」

M32なんぞよりよっぽどデザインもいい。スペックデータ上はM32に劣る部分もあるようだが、そんなこと感じさせない優美さだ。

なにより、中二病の自分にとっては素晴らしい名前だ。M32のような無機質な名前もいいが、兵器たるものニックネームがなければ。

試作機というだけで心がたぎるのに、名前もデザインもいい!これに燃えない男がいるだろうか、いやいまい!(反語表現)

とまで考えたところで、香取の次の言葉が聞こえてきた。

「スペックデータは送信した通りだが、M32に劣るところもある。元々、RECOBILOSTの技術はロッキード・エアロメカニクスが持っているから、GEM社と重菱では追いつけなかったんだ」

つまり、RECOBILOST技術で後れを取った企業がライバル社に負けじと作った機体―――それがファルシオンなのだろう。しかし、なぜM32を使わないのだろうか?、という疑問もわく。

「基本的な操作方法は今のソフトだと変わらないから、ためしに操作してみてくれ。警察用ソフトを入れる前の慣らしだな」

その言葉を聞くや否や、友幸はキーボードに指令をたたきこむ。

ファルシオンが、ゆっくりと動き出した。最初は、ただ前方にあるくだけ。

(若干、右にずれようとする癖があるな…)

早速癖を見つけ出しながら、キーボードを操作していく。

RECOBILOSTはいい。他のことを考えなくていいから。

大学のこと、人間関係のこと、将来のこと、家族のこと。

考えたくないことばかりだ。

だけど、キーボードを操っているときだけは忘れていられる。

那智友幸ではなく、ただのhunter33でいられる。

どうしようもない心地よさに身をゆだねつつ、キーボードの動きを加速させていく。

前に、後ろに、横に。前転させ、飛び上がらせて、後ろを向かせる。

一通りの操作を終えると、再び香取から声がかかった。


「格闘の模擬戦をやってくれ」

香取の口から、そういう指示が出ることはある程度予測していた。警察用のトライアルなのだ。銃よりむしろ逮捕術こそが重要だろう。

格一はその言葉をきいて自分のファルシオンを友幸の操るファルシオンに向ける。美音は少し離れたところにいる上に、まだファルシオンの操作にもたついているようだ。

「hunter33、準備はいいか?」

無線スイッチを入れ、友幸に話しかける。ザッと一瞬ノイズが走り、友幸の返答が聞こえる。

「signal01と戦えるなんて光栄だ」

hunter33もこちらを向いている。

「香取さん、これより俺とhunter33で模擬戦を行う。riot23、接近しないように注意してくれ」

そういうと、格一はHMDの視界の中でhunter33に集中し―――動き出した。

普段、M32では格闘する機会は多くない、というよりほとんどない。だが、一応はコマンドとして登録されている。オペレーターになるとき、最初のチュートリアルで教えられるはずだから友幸も知っているはずだ。

最初に繰り出すのは、軽いジャブだ。友幸もバックステップで回避する。

前進を入力。距離を詰めてストレートだ。友幸はこれをガードし、右の蹴りをはなってくる。

それを横転して回避。

再び友幸に向き合う。

その後、何度か基礎的な応酬をかわすと、格一は前に出る。そろそろ決着をつけようと、そう思って。


二機の人型ロボットが肉弾戦を繰り広げる様子を、最も近くで見ていたのは三機目のファルシオン―――美音だった。

「なんなの、あの二人…」

HMDの中で、思わずつぶやく。マイクに拾われなかったその声は、HMDのヘルメットの中で静かに拡散していく

signal01とhunter33。二人の存在そのものは知っていた。ランクB以上のオペレーター自体日本では珍しいからだ。戦闘も見たことがある。

だが、まさかここまでとは…

本来、RECOBILOSTでの格闘戦は難しい。操作の都合上、複雑な動きが出来ないからだ。だが、二人はこともなげに単純な動作を複合させることで複雑な動作を容易に生み出している。たしかにファルシオンは格闘戦向きに作られた機体ではあるが、それでも触って1時間もたたないうちにこの習熟度は異常だ。

今日初めて触った機体であるはずなのに。普段格闘戦をすることなんてないはずなのに。

(これが、トップクラスの腕前…?)

美音自身は、先月ようやくランクBに昇格したオペレーターだ。腕はもちろん悪くないし、ランクBの中でも上位に食い込めるのではないかとさえ思っていた。だが、二人の動きをみるとそんな考えさえまるで幻想であったかのように思えてしまう。

でも、それでも、美音は彼らに追いつき、追い越さなければならないのだ。

仇を討つために。


友幸は、前に出てきた格一を向かい打つべく前蹴りのコマンドを入力する。

姿勢を低くした格一のファルシオンは蹴り足を抱え込み、そのまま勢いに任せて押し倒す!足の関節部を完全に極めている。

「やるねえ!さすがAランカー!」

あこがれの存在との戦いに興奮しながら、友幸は立ち上がるべくコマンドを連打。しかし、格一の冷静で精密な操作により、さらに抑え込まれる。ギシギシというフレームがきしむ音がファルシオンの聴覚センサーを介して友幸の耳に入ってくる。重量さすがにRECOBILOSTできめられた関節を外す方法が思いつかない。

そこで香取からストップの合図が入った。最初から壊されちゃたまらん、と。


「まさかRECOBILOSTで関節技使ってくるとは…」

友幸はHMDの中でぼやいた。関節技はコマンドの中にない。いくつかのコマンドを同時入力することで実現したのだろう。彼のファルシオンはまだ倒れたままで、HMDに映し出されるのは工場の天井だ。

外から見れば互角にやりあっていたように見えるのだろうが、実際は完全に格一のほうが上手だった。なかなか決着がつかなかったのはお互いに手探り状態だったからだ。

「まだまだ、学ぶものも多いってことかね」

久しぶりに覚えた感情に喜びを得る。年下の人間に完全に負けたのだ。当然、現れる。

向上心というやつが。


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