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「何で、警察がRECOBILOSTを導入するんですか?」
格一は尋ねる。今までのRECOBILOSTの導入例は全て軍隊だ。RECOBILOSTは元からプログラムされた動きしかできないから、制圧・逮捕が必要な警察には向いていないという意見さえ存在する。
「1231人」
唐突に、香取が数字を口に出す。
「今までの、旧第11軍団によるテロで殉職した警察官の数だよ。警察署に突っ込んだタンクローリーに引き殺されたり、パトカーで巡回しているところをAK-47でハチの巣にされたり、死に方は様々だ。だけど、わずか1年半でこの数字は尋常じゃない」
旧第11軍団によるテロの対象は、韓国と日本だ。北朝鮮進駐の主力である韓国と、米韓連合軍を後方から支援する日本。テロの標的になる理由は十分だ。
「僕は、この状況をどうにかしたい。いや、どうにかしなければならないんだ」
香取の瞳の中の光は、その決意を物語る。
「今まで、第11軍団の拠点を見つけ、強襲をかけたことが何度もあった。だけど武装のレベルが違いすぎる。仮に制圧に成功してもこちらの損耗率が5割を超えることはざらだ。もう、この国は内戦状態にあるといってもいいんだ」
だけど、と香取はつぶやく。前のめりになりながら、格一にしゃべりかける。
「自衛隊は出ない、いや出せない。憲法九条があるから。だから僕たち警察が何とかするしかない。そのための、RECOBILOSTの導入だよ。あれがあれば少なくとも制圧時の成功率は上がるし、損耗もなくせる」
格一は、あっけにとられていた。目の前の男の中にある感情に、驚いていた。一見冷徹そうで、ひょろっとしたこの男がそこまで感情をあらわにするとは、と。
RECOBILOSTを警察に使う、というのは格一にもない発想だった。
だが、面白いとも感じる。
久しく自分の中になかった感情が湧きあがるのを感じる。その感情が沸点を超えるのを待って、格一は告げた。
「…僕は何をすればいいんですか?」
香取はいったん姿勢を直す。自分でも前のめりになっていたことに気が付いたらしい。
「実際の運用アドバイザーと、当面我々の発注する任務を受けてほしい。これはRCS社を介することなく行う」
普通、RECOBILOSTの操作をオペレーターに発注するとき、RCS社が設置しているサーバーを介し、RCS社に登録しているオペレーターが受注する。しかし、今回はRCS社を介することなく直接格一に依頼を出そうというのだ。しかし、
「そんなことできるんですか?」
RECOBILOST自体が新しい技術だ。警察にその運用ソフトウェア等を開発できるとは思えない。
「その点には心配はいらない。RCS社の技術的バックアップを受けたうえで行う」
「わかりました。なら、この話、受けましょう」
元々、自分にデメリットがある話ではない。RCS社のサーバーを使わないということは情報漏えいが起こる心配もない。
格一の言葉を聞いた香取は、大きく息を吐く。
「その言葉、聞けてうれしいよ。詳細はまた連絡する。よろしく頼むよ」
そういうと、香取は立ち上がり、格一に握手を求めた。
授業がそろそろ始まるので、という格一が応接室から出ていくと、香取が口を開いた。
「沖島さん、よかったのかい?恩人の息子さんなんだろう?」
「それを依頼人から言われるとは思ってませんでしたよ…」
呆れたように言う沖島。この話を持ってきたのは香取だというのに。
「僕にも一片の良心くらいは残っているということさ」
ひょうひょうと言う香取に、沖島は本心を吐露する。
「…格一を見ていると、どうにもあいつは常に不安みたいなんですよ」
沖島は格一が出ていった扉を見つめる。
沖島の前職時代の恩人の息子が格一であり、恩人なき今、格一にとっては父親代わりであろうと沖島は努力している。
だが、沖島でさえ格一を理解できない部分が多々ある。
「自分はここにいていいのか、こんな幸せでいいのかっていう不安を持っているようでしてね…」
「たしか彼の生まれは…」
「ああ、香取さんは御存じなんでしたっけ。多分それが不安の原因なんでしょうねえ…だから私は、あいつに戦う場所を与えてやりたいんですよ。そうすれば少なくとも不安からは逃れられるでしょう」
沖島は日本に来たばかりのころの格一を思い出す。周囲に違和感だけを覚え、常にきょろきょろしていた少年を。
「そうか…まあ、僕としては彼が協力してくれればそれでいいさ」
そういうと、香取はソファから立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。
「じゃあ、失礼するよ」
そういうと、香取も応接室から立ち去った。
閉じられたドアが、微かにきしむ。
沖島はソファに深く体を預け、大きく息を吐く。
「…せめて、あいつくらいは幸せにしてやりたいよなあ」
空調の音だけが、静かに部屋に響いていた。
翌日、格一は新宿のとあるオフィスビルにいた。早速昨晩、香取から呼び出しのメールが来たのだ。
「ここか…」
新宿駅西口から徒歩十分ほどのところにある財閥系のビルだ。
エレベーターで32階まで上がると、そこには香取がたっていた。
「やあ、君で最後だよ」
「?他にも来る人がいるんですか?」
てっきり呼ばれていたのは自分だけだと思ったが、そうではないようだ。
「ああ、さすがに君一人に全てを背負わせるほど僕たちは非情ではないよ。さあ、こっちにきてくれ」
香取に導かれるままに、格一はオフィスの中の小部屋に入る。十畳ほどの部屋には、既に数人の男女がいすに座っていた。
格一が空いている椅子に座ると、香取はディスプレイの前に立ち、パソコンを立ち上げる。
「さて、これで皆が揃ったね。今日はわざわざ来てくれたことに感謝するよ」
「…能書きはいいわ。早く始めてくれないかしら?」
発言したのは一人の少女だった。まだ15,6歳といったところだろうか。ショートカットの黒い髪は彼女の活発さを想像させる。
「やれやれ、常盤君はせっかちだなあ…じゃあ、パソコンがたちあがるまで、自己紹介でもしてもらおうか?これから一緒に仕事をするんだし、名前くらい知っておいてもらっていたほうがいいだろう。常盤君からお願い」
「…馴れあうつもりはないんだけど?」
「名前を知らないと呼びようもないだろ?」
香取の言葉に、うんざりしたような表情のまま、常盤と呼ばれた少女は立ち上がる。
「常盤美音。高校1年生。ランクBよ。HNはriot23」
それだけ言えば分かるでしょ、というばかりに乱暴に言い放ち、椅子に座り直す。ドスン、という音が聞こえた。
次に、美音の隣に座っていた男が立ち上がる。その隣には格一が座っている。
「俺は那智友幸。大学3年生だ。ランクはB、HNはhunter33。A型だ。まあなんだ、俺は馴れ合うつもりもあるからよろしく頼む」
そういうと友幸は全員の顔を見渡して、椅子に座った。
二人ともHNとランクを名乗るということはオペレーターなのだろうが、実に正反対だ。二人揃って若いことはそれほど不自然ではない。反射神経やゲームへの慣れが求められるRECOBILOSTの操作には若いほうが有利なのだ。
だが、二人ともランクBオペレーター。日本に20人程度しかいないうちの二人がここにきている。純粋に格一はそのことに驚いていた。
「おい、次の人自己紹介を頼むよ」
「あ、ああ…」
友幸に促され、格一も立ち上がる。
「村上格一。ランクはA。HNはsignal01と名乗っている。大学1年生だ」
横の二人に一瞬緊張が走った。日本に3人しかいないAランカーが同じ場所にいる―――そのことは爆弾級の出来事だ。
ランクAとランクB。ランクでいえば1つしか違わないが、その間にある溝は大きい。ランクA1人に対して、ランクBが10人いないと勝負にならないといわれるほどの実力差があるのだ。事実、ランクBからランクAに昇格したことのあるものは日本では1人もおらず、Aランカー3人は全てランク制度が始まった当初からAランクについている。
「signal01って俺大して変わらない年だったのか…今まで何度か一緒に仕事したことあるけど、覚えてるか?」
友幸が話しかけてくる。hunter33というHNは何度か見かけたことがあるが、喋るのは初めてだ。
「あ、ああ、1ヶ月くらい前の山岳掃討戦にいなかったっけ?」
「おお、よく覚えているなあ!」
嬉しそうに答える友幸。
「ちなみに、そっちの…riot23だっけ?覚えているよ。2週間くらい前の緊急出動の時に一緒にいた記憶がある」
「…本当によく覚えているわね」
美音は不機嫌そうに答える。
「あんたのことはわかったから、次に自己紹介をすすめてくれない?もうパソコンの起動も終わったでしょ?」
最初に言った通り、本当に馴れあう気はないようだ。
やれやれ、と思いながら、格一はいすに座り直すと、隣の男がたちあがった。
「ふむ、今までの3人はオペレーターとしての協力者のようだが、私は違う。私はRCS社でエンジニアを務めている、利根駿という」
スーツ姿の男は、それだけ言って椅子に座った。RCS社のエンジニアがこの場にいるということは、RCS社が警察に協力しているということは嘘ではないらしい。
そして、最後の男がたちあがった。
「私で最後のようですね…私は香取さんの部下になります。警察官の吉野太一と申します。お見知りおきを」
吉野が座ると、香取が話を引き取った。
「全員自己紹介が終わったみたいだね…それじゃ、仕事の話をしようか」
那智と名乗った男は興奮していたようだが、美音にとっては興奮するどころではなかった。
初めて目にしたのだ、Aランカーのオペレーターの素の姿を。
一見したところ、何の変哲もない大学生だ。今まで何人もの兵士を殺してきた、日本どころか世界有数の「人殺しの達人」には見えない。
もともと、Aランカーとともに仕事をする機会自体それほどないため、Bランカーの美音でもAランカーのことはよく知らない。
たった3人しかいないし、Aランクともなれば一件当たりの仕事の報酬も上がる上、特殊な任務が発注されると聞く。そのこともあり、signal01以外のAランカーは滅多にBランク以下の前に姿を現さないのだ。signl01だけは不思議と、普通の任務を受注しているのだが。
そんなAランカーは、美音にとって、いつかは乗り越えたい目標であり―――そして、倒すべき仇が、今目の前に現れたのだった。
「さて―――今回の仕事だが、オペレーターの皆にやってほしいのはトライアルだ」
香取はオペレーター3人を見渡し、思う。
なかなかの人材が集まったじゃないか、と。
日本に3人しかいないAランカーのうち、唯一身元を警察が把握している村上格一。彼のRECOBILOSTの精密操作の腕と、何より「兵士」としての嗅覚は素晴らしいものがある。
三人の中で一番若い常盤美音は、狙撃のスペシャリストだ。いかにRECOBILOSTという機械の力を使っても、狙撃はそう簡単ではない。だが彼女なら1マイル射撃でさえ悠々とこなす。普段のせっかちな性格とはまるで正反対だ。
そして、那智友幸。格一、美音に比べれば目立たないが、警察官僚の息子ということもあり、ある意味最も信頼のおけるオペレーターだ。腕もBランクの中でも上位、不足はない。精神的安定度も高い。ムードメーカーの役割も期待できるだろう。
「トライアル?」
案の定、疑問の声を発したのは友幸だった。その疑問に香取は答える。
「ああ、今まではRECOBILOSTは軍用に使われていたが、軍と警察では求められる機能が異なる。そのためほとんど1からソフトウェアを作りかえた。その試験をやってもらいたい」
軍用であれば極論引き金を引けてリロードできればいい。だが、警察用であればむしろ逮捕能力こそが重要となる。
「そのためにわが社のエンジニアはさんざん働く羽目になったからな…質には期待してくれよ?」
利根が言葉を引き取る。
「RCS社には本当にお世話になった…君たち三人には、其々の専用機体を用意する。何種類かのソフトを動かして、どれが最適か決めることになっている」
「ふうん…こんなところに呼びだしたからには、もう準備できているんでしょ?早く始めない?」
そういったのは美音だ。短気な彼女はもういらついているらしい。
「詳細なソフトウェアの説明とかしようと思ったんだが…まあそうするより実際に動かしてもらったほうがいいか」
呆れたようにそういうと、香取は結局使わなかったパソコンを閉じた。