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戦闘は終わってみれば10分程度だった。
敵の数は10。逃した敵はいない。こちらと同数の敵を相手にし、こちらの損害は1機が片腕を破壊され、2機が頭部センサーを打ち抜かれただけだ。
他の機体も被弾しているものが多いが、軽微な損傷だ。しかし、仮にこれが人間の兵士であれば重傷を負っていたかもしれない。
格一自身は放たれた弾丸のほとんどを避けている。銃口の向きから銃弾の起動予測が可能で、しかも人間よりもはるかに運動性能の高いRECOBILOSTを、signal01というたぐいまれなオペレーターが操作した結果だ。
signal01は自分が打倒した敵の死体を見下ろしていた。その姿に、自身の戦果に対する満足はない。
その死体の、小柄な、という形容は間違ったものではなく、ドーランがはげた顔を見ればまだ幼さを残している。本来ならば青春を謳歌していただろう、そんな年代の顔だ。
北朝鮮残党が少年兵を使うのは初めてではない。そして、格一が少年兵を殺すことも。
RECOBILOSTオペレーターの中に、この仕事をゲーム感覚でやっている人間が少なからずいることは格一も知っている。
むしろ、今朝の朋の言葉のように、世間にはゲーム扱いされているといってもいい。
それでも、格一にとっては紛れもなくリアルだった。殺人がゲームであっていいはずがないからだ。
微かな駆動音とともに、一台のRECOBILOSTが接近してくる。
「signal01、調査は終わった。引き上げるぞ。死体の回収は別部隊が来る」
M32のカメラを、声をかけてきたcombat32に向ける。
「…了解した」
キーボードを操作し、RECOBILOSTの脚を操作する。
最後に死体を一瞥する。
HMDの中で、格一の唇が動いた。
せめて、安らかに眠れ、と。
基地まで戻り、RECOBILOSTを整備ポットに座らせる。それと同時にHMDとRECOBILOSTの同期が切れ、視界がマイページに切り替わる。RECOBILOSTは基地の整備員によって整備され、次の起動を待つ。ログインするたびに操作する機体は変わるから、この機体をもう一度操作することはおそらくあるまい。
戦闘があったため追加報酬が加えられた報酬支払画面でYESボタンを押し、ログアウト。
5時間ぶりにHMDを外した。薄暗い部屋の中で、しばし脱力する。緊張を5時間も維持するのは相当につかれることだ。
「シャワーでも、浴びるか…」
広い家に格一のつぶやきが響く。既に日付は変わっているが、今日は日曜日だ。特に予定もないし、シャワーを浴びてひと眠りするくらい許されるだろう。
ただ、まだ興奮が残っているし、うまく眠れるか自信はない。
何より、人を殺した後の寝つきは、決してよくはないのだ。
夢を見た。
昔の記憶の夢だ。格一はまだ小さく、手に握る小銃は大きかった。
だけどたくさん人を殺した。才能があった。小さい体には不釣り合いな反動も、うまく殺すことが出来たし、何より殺人に抵抗がなかった。
敵には自分と同世代の少年兵がいた。自分は彼らもためらうことなくうち殺した。
やらなければ自分が死ぬのだ。
その中には昨日殺した北朝鮮の少年兵もいた。だから夢と認識できた。
殺した少年たちには、夢もあったのだろう。つきたい職業もあったのだろう。
それをつぶしたのは紛れもなく自分だ。
ただ自分が生き残るために。幸せな日常に戻りたいがゆえに銃を握った。
ふと気付くと、夢の中で、砂嵐の中、ただ一人自分だけがたっていた。周りには、ただ砂塵のみ。
月曜日。
朋と格一は学部こそ違うが、同じ都立大学に通っている。
家が近いため、普段は一緒に登校することも多い。しかし、今日は格一には別の要件があった。
家から電車とバスを乗り継ぎ、警察署を訪れる。
昨日、眠りから覚めたときに携帯にメールが届いていた。沖島からだ。
月曜日、朝一番に自分のところに来るようにと、そう書いてあった。
沖島が務める警察署につくと、受付まで行って沖島を呼び出してもらう。
自販機で買ったコーヒーを飲みおえたころ、沖島がやってきた。一人、背広の男を連れている。本来なら背広よりも白衣が似合いそうな男だ。
「悪かったな、格一。急に呼び出して」
「いや、今日はどうせ講義午後からですから…そちらの方は?」
格一は立ち上がり、沖島を促す。
「ああ、こちらの方は香取恵吾さんだ。今日呼び出したのは、他でもない。格一、君に香取さんが用事があるというんだ」
ここで話すのもなんだから、と階段を上がり、応接室に通された。
普段自分と話すのにわざわざ応接室を使うことはない以上、この香取という男はそれなりの影響力を持つのだろう、と格一は判断する。
沖島と香取に向かい合うように格一が座ると、香取が口を開いた。
「はじめまして、村上君。急に呼び出して悪かったね。僕の名前は香取恵吾。警察庁仮想空間犯罪対策室の室長を務めている。階級は警視だ」
外見年齢は沖島とそうは変わらないところをみると、いわゆるキャリア組というやつらしい。
「はじめまして、村上格一です。大学1年生です」
無難に、挨拶をする。警戒をするに越したことはない。沖島には申し訳ないが、世の中が善意で舗装されているわけではないのだ。
「…そう警戒しなくていいよ。少なくとも僕は、君に害意はもっていないから」
見透かすように、告げる香取。眼鏡の奥の瞳は、かすかに笑っている。
「警戒なんてしてないですよ、香取さん」
こちらも、笑う。腹の探り合いだ。
「そうか、ならよかった。じゃあ、とりあえず本題に入ろうか。“Bランク“の話だ」
話が、急展開する。
「まず残念なお知らせだ―――情報漏えいはほぼ確実だ」
「…根拠は?」
格一が問いかけると、香取は腕を組む。
「第一に、この四つのテロのうち、横田基地襲撃を除いてテロの対象となるような人物や施設がオペレーターを除いて存在しなかったこと。第二に、君が指摘したように、テロでなくなった4人は皆、行動スケジュールをRCS社に提出していたこと。そして何より、米韓連合軍及びRCS社のサーバーへの不正アクセス記録が見つかったこと」
決定的だった。
「次に、いいお知らせだ」
香取は淡々と続ける。
「警察庁は秘密裏に全国の警察に対し、ランクBの警護を命令した。これでとりあえずの対策になるだろう」
格一は息を吐く。最悪の事態はいったんは遠ざかったようだ。
「さて、ここからが君を呼び出した理由だ」
香取が、姿勢を変える。ソファに座り直し、格一に告げる。
「君に、手伝ってもらいたいことがある。了解いただけるかね?」
「内容次第ですよ」
格一は即答する。内容もきかずに契約書にサインする馬鹿はいない。
「内容を聞いた場合、君の答えがどうであろうと君には監視をつけさせてもらう。それほどの話だと理解してほしい」
つまりは、機密。それも警察中枢にかかわる話だということだ。
「勿論、報酬はそれなりに出すし、必要な便宜も供与する。将来のことも含めて、な」
切り捨てはしない―――香取の言葉の真意だ。香取は格一に保障したのだ。裏切りはしない、と。
格一は香取の眼を見て、ゆっくりと言葉を返す。
「わかりました、お聞きしましょう」
香取は大きく頷いた。
「さて、RECOBILOSTの歴史は、君も知ってのとおり、2年前の第二次朝鮮戦争開戦に始まる。とはいえ、この時はまだそれほど規模は大きくなかった。夜間の宿営地警備程度だな。本格的に運用され始めたのは朝鮮戦争後期。平壌を落とされじり貧になった北朝鮮軍が米韓連合軍の後方をゲリラ戦でかく乱し始めたとき、それに対抗するために大量に導入された。現在存在するオペレーターの大半がこれ以降、RECOBILSTにかかわり始めている」
RECOBILOSTの操作がFPSと同一であり、オペレーターがFPS経験者の民間人で占められている理由の一つが、RECOBILOSTを急速に導入する必要があった、ということがあげられる。操作者を大量に新しく養成する時間がなかったのだ。
「そして、平壌攻防戦に次ぐ第二次朝鮮戦争の激戦、清津攻囲戦や、北朝鮮軍が隠ぺい、迂回してソウルを狙った第二次ソウル防衛戦でRECOBILOSTは正規戦でも活躍できることを示した。ちょうどこのころ各国でもRECOBILOSTの導入が始まったといわれるな。最初の実戦投入から一年たたずに、だ。そしてその後も占領地の治安維持に使われている」
「…それがどうかしましたか?」
ここまではオペレーターならだれでも知っているRECOBILOSTの歴史だ。
薄暗い部屋の中、香取は言葉を続ける。
「そんな便利なRECOBILOSTだが、日本では導入されていない。導入計画もない。なぜだか知っているかね?」
「一般には必要がないからだと言われてますね。RECOBILOSTは日本が想定するような離島防衛・奪還作戦には不向きと言われます」
「模範回答だな、素晴らしいよ格一君。今までRECOBILOSTの導入計画は自衛隊にはなかった」
香取は改めて格一の目を見据え、
「さて、村上格一君。我々の―――警察のRECOBILOST導入に協力をしてほしい。それが今日の本題だ」
告げた。