1
書き直し第1号です
かつて、戦争を支配したのは馬の嘶きと甲冑のぶつかる音だった。
少し前まで、戦争を支配したのは銃声と迷彩服だった。
そして今、戦争を支配するのはロボットとインターネットだった。
―――First Person Shooter Wars,通称FPS戦争の時代が始まったのだ。
冷戦終結とともに、戦争の形は大きく変わった。陸で何百両もの戦車がぶつかり合い、空では最新の戦闘機がしのぎを削り、海では原子力潜水艦が神経戦を繰り広げる。大国同士の戦争の形式は大きく変わった。
戦車の相手はRPGになったし、戦闘機の主な役割は近接航空支援。海では海賊のボート相手に駆逐艦が戦う戦争。
そんな新しい戦争の形は、非対称戦争と呼ばれた。
それでも、歩兵は自らの血で戦場を覆い続けた。コソボ、ソマリア、チェチェン、アフガン、イラク。峻嶮な山々や迷路のような市街地、人ごみの雑踏に隠れた民兵との戦いでは歩兵こそが求められたのだ。
しかし、そんな状況が変わったのは2020年になってから起こった『中国内戦』だった。
中国経済のバブル崩壊と、経済の失速に端を発する軍閥化した各軍管区間の緊張は、少数民族の青年が放った弾丸が時の国家主席の命を奪ったことで限界に達した。
当初は北京の支配権をめぐるにすぎなかった内戦は瞬く間に全土に拡大、香港を除いて中国全土は秩序を失った。この事態に対し、国際連合安全保障理事会は半年に及ぶ議論の末、中国代表が欠席する中、国連憲章第7章に基づく措置をとることを決議し、国連軍を派遣することを決定した。
とはいえ、血みどろの中国内戦に兵を出すことは先進国にとっては兵力を摩耗させることが容易に予測できることであった。しかし、ロシアや途上国にだけ任せるわけにもいかない……そのジレンマが、とある選択肢を生んだ。
それこそが『RECOBILOST』―――REmotely Controlled Bipedal LOcomotion Small Tank だった。無線回線を用いて遠隔操作される人間サイズの人型ロボットは、10年以上に及ぶ研究開発と、中東への実験的投入の末に、中国における戦いにて歴史の表舞台に現れた。
その威力は、絶大だった。小銃弾どころか部位によっては12.7ミリ機銃弾さえ通さないボディ、時速30キロを超える巡航速度、大型の銃でさえ運用できるパワー。バッテリーで動くために長時間の運用はできないものの、歩兵の先触れとして敵の抵抗を排除するために使う分には十分だった。
当初は軍内部の兵士により操作されていたRECOBILOSTも、その需要の増大により任務ごとに操作を外注―――その操作特性がFPSににていたことから、FPS熟練者にアウトソーシングされた―――されるようになった。
そして、そのアウトソーシングの先とし当然、日本もその対象となったのである。戦場である中国に近く、そして中国内戦に伴い北朝鮮と緊張状態にある韓国と異なり、戦場になる危険性も小さい。そのことから、日本へのアウトソーシング量は加速度的に増加していった。
国連軍の介入により一時的な停戦状態が作り出されてから一年、RECOBILOSTは世界中の戦場に導入されつつある。
signal01,それがこの戦場における自分の名前だった。
村上格一は自宅に居ながらにして、光回線と衛星通信を介して内乱の大地に踏み入れた。今彼が目を覚ましたのは、国連軍のRECOBILOST運用拠点だ。場所としては中国中部、内陸にあるがために海上からの支援を受けにくく、危険な地域だ。
停戦状態それ自体「事実上」のものであり、内戦勢力同士の、あるいは内戦勢力と国連軍の間の小競り合いは毎日起きているといっていい。そしてイラクの戦訓を生かすべく戦場に歩兵を派遣したがらないアメリカにとって、そのような低劣度紛争においてはRECOBILOSTを活用せざるを得ない。結果として、停戦状態になる前から格一らRECOBILOST操縦者―――オペレーターの仕事はほとんど減っていない。
自宅のヘッドマウントディスプレイが正常に紅い大地を映し出しているのを確認すると、キーボードをたたいて期待のいくつかのパラメーターを表示させ、異常がないことを確かめる。
RECOBILOSTの操作は基本的にはキーボードとHMDで行う。専用のコントローラが開発されたこともあったが、普及のためのコスト、軍用製品を民間人が出に入れることへの忌避感もあり、一般化はしなかった。
ゆっくりと、格一は機体を直立させる。全高2m、重量120kgのM6”Peace Maker”は戦力化された最初のRECOBILOSTであり、今のとこ唯一戦場に存在するRECOBILOSTであるといわれる。武装はM16小銃をベースにRECOBILOST専用にデザインされたM223 10.5mm小銃と、武装により各種対戦車兵器や迫撃砲などを装備する。
周囲を見渡すと、視界の右下にアイコンが点滅する。通信の合図だ。視線でアイコンをクリックすると、聞きなれた声が飛び込んできた。
「準備はいいか、小僧?」
RECOBILOSTの動きを基地から指揮するのは米国軍人だ。そしてこの指揮官は格一が何度も組んだことのある相手であり、日本人オペレーターを統括する担当者だ。それゆえに日本語をしゃべれる。
「……もちろん」
そう返すと、すでに集結している鋼鉄の集団に組み込まれるべく、格一はキーボードに指を滑らせた。