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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

9月1日

掲載日:2026/09/03

暑い夏だった。

8月が終わって夏休みが終わって学生がヘルメットをかぶって自転車を漕ぐようになった。朝は出勤と通学と送り迎えの車で道路がやけに混んでいる。長期休みはなくとも、8月中の出勤は幾分過ごしやすかった。


風が涼しくなった気がするけれどまだまだ残暑である。そのうちに秋の匂いがしてくるのだろう。


今年も9月1日が来た。

18歳未満の子供の自殺率が一番高い日らしい。

夏休みが終わって新学期が始まるからだとか。

インターネットの世界ではこう言う話がごく当たり前にトピックのように流れてくる。

少し異世界に近いと思う。


社会人になって夏休みがなくなって18未満の学生のその枠組みからは無事に外れることができた。


夏休みもなくなって、夏休みの宿題も無くなって、新学期も、新しい担任も、新しいクラスも、席替えも、部活も、テストも無くなった。


学校のイベントの字面だけ見ればとても楽しそうなものであるが、そんなものは二次元のアニメの中の話で、実際やるとなると話は別である。


勿論これら全部がうまく子もいれば、何となくこなせる子もいる。青春を謳歌する人が大半である。


しかし反対に全部がうまくいかない子もいる。


解釈も見方も違う。楽しそうじゃないかって思うでしょ。学生の悩みなんてちっぽけだって。


人間は悩みながら成長する生き物である。悩みのない人間は少なくない。悩みがあることが問題なのではない。その悩みや課題に向き合う方法を知らずに、努力の仕方もわからずに、ただ淡々とこなしていくように見える生徒を見ながら、その背景が自分の能力値なのだと思いながら過ごす時間は、どこか永遠のように思えるのである。


楽しみであればよかったのに。


『なんだそんなことか』という割に大人は努力不足を言い訳に具体的に解決方法を提示することが少ない。みんな頑張っててみんなはできているから、義務教育期間の''君''1人に構っている暇なんてなくそんなことは''君''の親がどうにかすることなので、親の保護下にいる''君''は決して無力ではなく、


『今学校に通えていることを親に日々感謝しろ』と、口を揃えていう。


そんなものである。


ただそんな『ちっぽけな悩み』を保護者が傍観し放任しこれと言って向き合うこともなく、


みんな頑張っててみんなはできているから


と


''君''1人に構っている暇なんてないからと

そんなものは教育機関の学校がどうにかする話であって義務教育期間の''君''は決して無力ではなく、


『今学校に通えていることに日々感謝しろ』と

口を揃えていうのとでは、話が変わってくるのである。


私が傍観者なら同情する。運が悪かったって。そんな言葉で勉学に励めたら苦労しないのである。


義務教育期間で全部がうまくいかないというのは、ただ単に自分の責任を取るということだけではない。


同じ学年、同じ年齢の枠の中で歯が立たないという感覚は、人生の解釈を大きく捻じ曲げるきっかけになる。



学校は狭くて窮屈な箱である。



学生諸君はそんな学校という世界線で自分を見つめ、加速する時間の波に乗り、未来のために何かを成し遂げなければならない。焦燥感に駆られる気持ちが痛いほどわかる。自分だけが出来損ないで、周りがいかに恵まれているのか、あの子と自分の違いは何なのか、青春とは何なのか、答えばかり探していて、ただ『あの子』みたいな正解になりたかった。


自分が不正解ではみ出しもので、どうやら外れていて、少し周りより浮いている感覚があって、周りが何を見て笑い、何を想い話して、何かを胸に秘めて泣く事が、全くわからなくて、私だけが教室の外を見つめていて。


そんな自分を傷つけたくなる気持ちが、不正解だと思う心情が、痛いほど良くわかる。



だがどう言う理由であれ、どんな時も焦るべきではない。



なぜならば、私は薄暗く地味で退屈で怠惰で諦めと焦燥感と共に学生の時間を生きていた。その場から逃げるために必死だった。そんな私にも生きててよかったって思える日が来たからだ。


そして、その日はあなたにもきっと来る。


学校で生きる方法を教えられないのが心苦しい。

『時間が解決してくれるから』なんて渦中にいる当事者には何の役にも立たない言葉である。


しかし私の学校生活の中で言われた数ある意味のない言葉の中で、この言葉だけは事実であった。


それは義務教育期間で叶わないかもしれないし、

学校や部活で叶わないかもしれない。


でも安心して欲しい。人は嫌でも歳をとるし時間は止まることがない。


学校生活は永遠ではない。

ちゃんと終わりが来る。


進学する人もいれば、就職する人もいる。


学校を卒業すれば確実に生活圏が変わる。


悩みもあるし課題もあるし簡単な日々ではないかもしれない。


それでも、世界線が変わるだけでこの世界の解釈も大きく変わる。


''君''はある日から自分になり、自分で世界を切り開いていけるようになる。


考えるのはその日が来て、そのあとでもいいと思う。



生きている意味なんてみんな明確にはなくて、ただ死なない理由とか、生きていたいと思える理由があって、そんなことも考えなくていいくらいに未来を考えられる人ばかりである。みんな明日も明後日もごく当たり前に来ると思って生きてる。そんなものである。

それでいいのである。それだけでいいのである。



時々あの時に死んでおけばと思いたくなるような日もあるけれど、そんなのはどんなに考えたって仕方がない事である。それに、不思議とそう思う日も自然と無くなって行ったりもする。


人はずーっと絶望し続けることができない。


人の脳みそは複雑で、絶望し続けていたいと思ってその考えだけを維持できるように、単純にはできていない。


人は豊かな生き物なのである。


人生に空白の期間があったっていいし、

どんな過去があってもいい。



結局明日目覚めるのはあなたで、

明日を生きるのもあなたなのだから。


そんな事実に絶望する日もあれば、

案外悪くないと思える日もある。


後悔先に立たずっていう言葉もあるくらいだ。

焦りはいつだって禁物だ。


だからまずは一つ深呼吸して、強張る体に酸素を取り込む。そこからで大丈夫なのだ。


こんなに臭いセリフをネットのみんながよってたかっていうのは、きっと死ぬってことを考えたことがあるからだ。


絶望したことがあって、誰かの言葉で救われたことがあるからで。


きっとどこかで絶望の味を知って、その味をまだ覚えているからだ。


臭いセリフだと思えたら心が健康な証拠である。



少しでも9月1日という日に心が引っかかる人が、

少しでも考えを軌道修正できたら、

みんなで少しでも生きてるってことを安心できたら、


それだけで世界はちょっとだけ優しくなれると思うから。



心は目に見えないけどでも確かにそこに存在しているから。


ただ優しく暖かくそして清潔に。




大丈夫。

あなたが思っているより世界は広い。


だからどうかあなたを、あなた自身を、忘れないでいてね。


時に、ネットには優しい言葉が売っています。優しい言葉を買って生きるのも悪くありません。


でもどんなに苦しくても、どうか悪意を持つ人に騙されないでいてね。

優しい嘘は信じていいです。

甘い言葉にも甘えてみましょう。


ただ、あなたを悪意を持って騙すような優しい顔をした人を見極められるようにしましょう。


大丈夫。あなたならきっと大丈夫。


私も大丈夫。きっと私なら大丈夫。

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