元暗殺者、初めてのプリン作り
翌朝。
城は父のA5サイズの古いレシピノートを開く。
表紙に「レシピ」と几帳面な字で書いてある。父らしかった。
最初のページをめくる。
プリン 卵 3個
牛乳 300ml 砂糖 60g
バニラエッセンス 少々
カラメル:砂糖50g、水大さじ1
卵を溶き、砂糖を加えてよく混ぜる。
温めた牛乳を少しずつ加える。
漉してカップに注ぎ、湯せんで蒸す。
城はレシピを三回読んだ。
うん、と頷く。
「簡単そうだな」
この一言が、全ての始まり(終わり)だった。
◆
まず材料を買いに行った。
スーパーで卵と牛乳と砂糖とバニラエッセンスを買う。
バニラエッセンスというものがどれか分からなかったので、店員さんらしき人に声をかけて教えてもらった。
それ以外は大した問題はなかった。
帰宅して、厨房に立つ。
道具を並べる。
ボウル、泡立て器、鍋、父が遺したプリン型が棚の奥にあった。
レシピをもう一度読む。
「卵を溶き」
城は卵を三個割った。ボウルに入れる。
「あ、殻が入った‥取るか」
泡立て器を手に取る。
溶く、とは混ぜることだ。
混ぜるならしっかり混ぜた方がいい。均一に、丁寧に。
城は二分間、全力で卵を泡立てた。
ふわふわの泡が立った。完璧に均一だった。
(こういうのは得意だからな)
「あとは‥砂糖を加えてよく混ぜる」
砂糖を加えた。さらに混ぜた。
「温めた牛乳を少しずつ加える」
鍋に牛乳を入れ、火にかけた。温まったところで少しずつ加える。
これは分かりやすかった。
「それでカラメルを作るっと‥カラメルってなんだ?」
ネットで調べる。
(なるほど、これがカラメルか)
砂糖五十グラムと水を鍋に入れる。火にかける。
レシピには「弱火でゆっくり」とあるが、城は弱火というものを考えた。
火は強くするほど効率がいいはずだ。
弱火は時間がかかる。
弱火でゆっくりと書いてあるが、要するに砂糖を溶かして色をつければいいのだろう。
だったら強火の方が絶対早い。
最大火力で加熱した。
三十秒後、白煙が上がった。
真っ黒なものが鍋の底に貼りついていた。
焦げ臭い匂いが厨房に充満した。
「ゲホゲホッ‥」
城は鍋を流しに置いた。
気を取り直す。カラメルは後回しにしよう。
プリン液の方を先に進める。
「漉してカップに注ぐ」
漉す、とはザルで濾すことだと理解した。
よし、やった。問題ない。
「湯せんで蒸す」
湯せん、それはお湯を使って蒸すことだ。
つまりお湯の中に入れて加熱するという事だろう
城は鍋に湯を沸かし、プリン型を“そのまま“湯に沈めた。
蓋をして、十五分待った。
引き上げた。
型を傾けると、ドロドロした液体が流れ出た。
当然固まっていなかった。
---
城は三秒、それを見つめた。
もう一度レシピを読んだ。
もしかしたら暗号があるかもしれない。
傾けて読んだり、逆さにして読んだりした。
しかし何が間違っているのか、分からなかった。
◆
二回目の挑戦。
今度こそカラメルも作る。
鍋に砂糖と水を入れ、今度は弱火にした。
じっと待つ。
一分。
二分。
三分。
変化なし。
(遅い、任務でこれだけ待てと言われたら普通に待てるが、何も起きないのは精神的にくる)
五分後、砂糖がようやく溶け始めた。
七分後、うっすら色がついてきた。
(よっしゃ!あ、まだそんなにすぐ変化しないだろうからトイレ行こう)
九分後、戻ってきたら真っ黒になっていた。
城は鍋を流しに置いた。
二個目が終わった。
三回目。
カラメルは諦めた。
プリン本体に集中する。
今度は前回の失敗を踏まえ、プリン液を鍋で直接温めてから型に注ぐことにした。
レシピにはそんなことは書いていないが、温めた方が固まりやすいはずだ。
俺は論理的だと思った。
百度近くまで温めた液体を型に注いだ。
そしてオーブンで蒸した。
10分後に取り出して型を外した。
(これで完成だな、余裕)
プリンの形はしていた。
しかし断面が——穴だらけだった。
“す“が入っていた。
まるでスポンジのように気泡が散らばっている。
城は床に膝をついて倒れる。
俺は10年間、依頼達成率百パーセントだった。
敵の動線を三百メートル先から読み、完璧なタイミングで引き金を引いてきた。
なぜプリン一つが出来ない、解せん‥




