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S級暗殺者、パティシエになる ースイーツのスの字も知らない男の奮闘記ー  作者: 仁科異邦


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12/16

最大にして最高の難問(ミッション)

穏やかな午後の陽光が、白いカウンターを照らしていた。  


城は厨房で、マドレーヌの焼き上がりを待っていた。

オーブンのタイマーが鳴るまでの静寂の中、ふと、かつての戦友であるアルバや、命を狙ってきたハインリッヒのことを思い出す。  

(……あいつらも、この香りを嗅げば少しは丸くなるだろうか)


そんな柄にもない考えを遮るように、表のベルが勢いよく鳴った。

「よお、城! 本当にケーキ屋なんてやってんのかよ!」

太い声と共に現れたのは、一人の男だった。  

日焼けした肌に、がっしりとした体格。

城とは対照的な、太陽のような明るいオーラを放つ男——城の幼馴染であり、茉莉の兄である桐島 てるだ。


「……照か。声がでかいぞ」

「相変わらずだな、お前は! 茉莉から聞いてはいたが、そのエプロン姿……傑作すぎて写真に撮りたいぜ」


照はカウンターにドカッと座ると、物珍しそうに店内を見渡した。  

幼い頃から城の隣で笑っていた彼は、城がかつて「何を」していたのか、その詳細までは知らない。

だが、彼が長く険しい場所にいたこと、そしてそこから戻ってきたことだけは、親友としての直感で察していた。


「……状況はどうだ? 本当に、こっちの世界でやっていけんのかよ」  

冗談めかした口調の裏に、本物の心配が滲んでいた。  

城は焼き上がったマドレーヌを一つ、皿に乗せて差し出した。


「なんとかやっている。……これまでに比べれば、平和なものだ」

「そうかよ。……まあ、お前の親父さんが遺した店だ。お前なら、意地でも守り抜くんだろうな」


照がマドレーヌを口に運び、「熱っ、けど美味いな!」と笑った。  

そこへ、店の扉が再び、今度は静かに開いた。



「すみません、遅くなりました」

入ってきたのは、柔らかな雰囲気を持つ一人の女性だった。  

清楚な白いワンピースに、落ち着いた笑顔。

彼女が照の隣に立つと、照は少し照れくさそうに、でも誇らしげに彼女の肩を抱いた。


「城、紹介するよ。こっちは朱里あかり。……俺、今度こいつと結婚することになったんだ」


「……えっ?」  

厨房の奥で在庫整理をしていた茉莉が、その言葉を聞いて飛び出してきた。

「お兄ちゃん、結婚!? 初めて聞いたんだけど!」


「ハハ、今日言おうと思ってたんだよ。な、朱里」 「はじめまして、朱里です。照さんからは、城さんのことを『最高の親友だ』といつも伺っていました」


城は驚きを表情に出さなかったが、心中では驚愕していた。  

あの、泥だらけになって一緒に遊んでいた照が。

自分とは正反対の、真っ当で温かな幸せを掴もうとしている。


「おめでとう、照。……朱里さんも」

「サンキュ! でさ、城。親友として、今日はお前に頼みがあって来たんだ」

照の表情が、少し真剣なものに変わった。


「来月、地元の小さな教会で式を挙げる。そこで出すウェディングケーキ、お前に作ってほしいんだ」



店内が、一瞬の静寂に包まれた。  

ウェディングケーキ。それはパティシエにとって、最も重く、最も華やかな「人生の節目」を彩る仕事だ。  

城は自分の手を見た。  

半年前まで銃を握っていた手だ。

ようやくプリンやタルトが形になってきたばかりの、新米の手。


「……照。俺はまだ、素人だ。もっと腕のいい店は他にいくらでも——」

「違うんだよ、城」  

照が真っ直ぐに城の目を見た。

「俺は、お前のケーキがいいんだ。お前がここで、親父さんの跡を継いで、必死に『新しい人生』を刻もうとしてる……その手で作ったケーキに、意味があるんだよ。朱里も、それがいいって言ってくれた」


朱里が優しく頷く。

「城さんの作るお菓子は、とても素直な味がすると照さんから先程聞きました。私たちの門出に、そんなお菓子があったら、最高に幸せだと思うんです」


城の視界の端で、茉莉が真剣な顔をして自分を見つめているのが分かった。  

彼女にはこの数ヶ月、数えきれないほどの「技術」を教わってきた。  

彼女の助けがなければ、今の城はいない。


その彼女の兄が、自分を信じて人生の大事を託そうとしている。

城は短く息を吐き、エプロンの裾をギュッと握り直した。


「……分かった。引き受けよう」

「本当か!?」

「ああ。茉莉にはいつも世話になっているしな。その兄の頼みなら、二つ返事で受けるのが筋だ」

「よっしゃ! 言ったな! 期待してるぞ、天才パティシエさん!」


照がカウンターを叩いて喜ぶ。  

茉莉は驚きで固まっていたが、やがて頬を膨らませて城を睨んだ。


「城さん、言いましたね? 来月ですよ? あと一ヶ月で、ウェディングケーキを完璧に仕上げるなんて……死ぬ気で練習しないと間に合いませんからね!」

「……覚悟の上だ。師匠、よろしくお願いします」

城の言葉に、茉莉は少し照れたように

「……当たり前です!」とそっぽを向いた。

窓の外、春の海がキラキラと光っている。  


引退した暗殺者に舞い込んだ、最大にして最高の難問ミッション。  

それは、真っ白なクリームと希望で塗り固められた、祝福のケーキ作りだった。


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