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転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた  作者: 季未


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68話

それは塔の門番である[R]スケルトン・バウォークの眼窩に人の波が映り込む──少し前のことである。


鬱蒼とした森の中を異様な熱気を帯びた冒険者の集団が進軍していた。

草木を踏みしめる無数の足音。欲望にギラついた視線。

そんな殺伐とした行軍の中に、似つかわしくない華奢な二人組が混じっていた。


「ひぃ……ひぃ……重い……」

「足が……折れそう……」


身の丈に合わない巨大な荷物を背負わされ、泥だらけになって歩いているのは悪名高い詐欺師『蜃気楼兄妹』──兄のエルゾと、妹のニルシャだった。

普段ならカモを見つけては甘い言葉で騙し、金品を巻き上げて逃げる彼らが今は見る影もなくやつれ果てている。


その原因は彼らのすぐ前を幽鬼のように音もなく歩く一人の男にあった。


「……」


『疾風剣』のファラーゾ。

彼は雑魚冒険者たちとは一線を画す鋭い殺気を纏い、周囲の魔物を寄せ付けないオーラを放ちながら先頭集団を歩いている。

時折、背後へ向ける視線は荷物がちゃんと付いてきているかを確認するだけの、道具を見る目だ。


ニルシャが兄の背中に隠れるようにして、震える声で囁いた。


「ねぇ、兄貴……いつ逃げるの……? もう限界だよぉ……」

「シッ……! 声がでけぇ!」


エルゾは滝のような冷や汗を拭いながら前を行く死神の背中を盗み見た。


「今はダメだ……。俺たちみたいなノロマのゴミカスじゃ、あの化け物には一瞬で追いつかれて斬り捨てられる」


悔しいが戦闘力皆無の自分たちと、Cランク上位の実力者ではウサギとライオン以上の差がある。

逃げようとした瞬間に首が飛ぶ未来しか見えない。


「チャンスは一回きりだ。あの野郎が魔物に手こずってる最中……一瞬の隙に荷物を捨ててズラかるぞ!」

「う、うん……分かった」


二人は表向きは従順に「へい、旦那ァ!」「頑張りまーす!」と荷物を担ぎ直しながらも、瞳の奥では卑屈な逃走への執念だけを燃やし虎視眈々とその時を窺っていた。

そんな時、ふと横を歩く影に気づいた。

自分たちと同じように身の丈に合わない巨大な荷物を背負い、よぼよぼと歩く一人の老人だ。


「お若いの……。ふぉっふぉ、荷物が重くともやる気満々じゃのう」

「あぁ……? アンタは……」


エルゾは記憶の糸を手繰り寄せる。

見覚えがある。さっき村で自分の飲みかけの安酒を恵んでやった乞食同然の爺さんだ。


「なんだ、爺さんも冒険者だったのか……。いや、その様子じゃただの荷物持ちか」


自分たちと同じ底辺労働者。

それに気づいたニルシャが少しだけ親近感──というよりは、同じ不幸を背負った者への好奇心で話しかけた。


「ねぇ爺さん。アンタも脅されたクチ? 誰かに『荷物持ちしなきゃ殺す』って言われたの?」


自分たちがファラーゾにされたように、この老人も不運な被害者なのだろう。 そう決めつけていた兄妹に対し、老人はシワだらけの顔を朗らかに綻ばせて首を振った。


「いやいや、ワシは志願したものじゃよ。この通り、冒険者としての力量はからっきしじゃからな……。こうして荷物持ちをして、おこぼれに預かるしか能がないんじゃ」

「ふぅん……」


ニルシャが興味を失ったように鼻を鳴らす。

世の中には物好きな奴がいるものだ。こんな明日をも知れぬ年寄りになってまで好き好んで他人の荷物を担いで死地に向かうとは。

エルゾは呆れを通り越して、憐れみの視線を向けた。


「やだやだ。俺たちは御免だね。アンタみたいな年になっても、人の荷物担いでペコペコするなんて人生、死んでもお断りだ」

「ほっほっほ。そう言うでない。慣れれば荷物持ちも楽しいもんじゃよ? ワシなんぞ、もう50年もこうして荷物を運んでおるが、おかげで歩くコツだけは誰にも負けんわい」

「50年……!?」


ニルシャが顔を引きつらせる。 半世紀も底辺の下働きを続けているだって?


「マジで? うわぁ……絶対やりたくないよ~そんなの」


底辺の老人の世迷言を聞き、二人は改めて「絶対にここから逃げ出して、楽して生きよう」という腐った決意を固くする。


その時だった。


「ブヒィ……」

「ブヒヒヒ!!」


湿った風に乗って、鼻をつく獣の悪臭と低い唸り声が漂ってきた。

行軍の足が止まる。 ざわめく冒険者たちの前方の茂みが、バリバリと音を立てて踏み荒らされた。


「な、なんだ!?」

「敵襲か!?」


現れたのは醜悪な豚の顔を持つ亜人──オークの群れだった。

それも、ただの群れではない。

十数匹のオークたちが道を開けるように展開し、その奥から一際巨大な影がヌッと姿を現したのだ。


「ブモォォォ……ッ!!」


身長は2メートルを超え、全身を粗末だが分厚い鉄鎧で固めている。

手には身の丈ほどもある巨大な戦斧。

ただのオークではない。群れを率いる上位種──【オーク・ロード】だ!


「オークの群れだ!」

「おい見ろよ、あのデカいの……ロード級じゃねぇか!」


冒険者たちの間に動揺が走る。 数は此方の方が多い。100人近い冒険者に対し、オークの群れは20匹程度だ。

だが、統率された群れと上位種の存在は烏合の衆である冒険者たちにとって決して侮れない脅威だ。


「チッ、野生の魔物か……!?前衛! 構えろ!」


冒険者たちが舌打ちをし剣を抜いて叫ぶ。

殺気立った空気が森を支配し、今にも戦闘が始まろうとする一触即発の事態。

だが──そんな緊迫した状況下で、歓喜に震える不届き者たちがいた。


((き、来たぁぁぁぁぁッ!!))


荷物の陰に隠れたエルゾとニルシャは顔を見合わせてニタリと口角を吊り上げた。

恐怖? とんでもない。 彼らにとってこの状況は待ちに待った風だった。


「へへっ、ツイてるね兄貴! いきなり乱戦になりそうだよ!」

「ああ……! 奴らがドンパチやってるドサクサに紛れれば、俺たちみたいなのが二人消えても誰も気づきゃしねぇ!」


二人の瞳が欲望と悪巧みでギラギラと輝く。

目の前の危機的状況すら彼らにとってはただの脱走のチャンスでしかなかった。


「殺せぇぇぇッ!!」

「ブモォォォォッ!!」


冒険者の怒号とオークの咆哮が衝突し、静かだった森が一瞬にして戦場へと変わった。

数の上では冒険者が勝っているはずだった。だが、ぶつかり合った前線が悲鳴を上げたのは人間の方だった。


「ぐあっ!?」

「つ、強い……! こいつら、連携してやがる!」


オークたちはただ闇雲に武器を振るうのではない。盾持ちが攻撃を受け止め、その隙間から槍持ちが突きを入れる。統率された軍隊のような動きだ。

そして何より、中心にいる指揮官──[オーク・ロード]の存在が圧倒的すぎた。


「フンッ!!」


ロードが巨大な戦斧を横薙ぎにする。 それだけで3人の冒険者が鎧ごとひしゃげ、枯れ葉のように吹き飛ばされ即死した。


「ひぃッ、化け物だ!」 「前衛が崩されるぞ! 魔法使い、援護しろ!」


阿鼻叫喚の地獄絵図。

だが、この混沌こそがエルゾとニルシャにとっては天啓だった。


((今だ!))


二人は目配せすると、乱戦のどさくさに紛れて戦場の端へと走り出した。

誰も自分たちなど見ていない。ファラーゾもロードの相手で手一杯だ。 いける! 逃げられる!


そう確信し、エルゾが茂みに飛び込もうとしたその時だった。


「ブモォッ!!」

「へっ……?」


目の前の茂みが割れ、別働隊のオークがヌッと姿を現した。

血走った豚の瞳が、逃げ腰のエルゾを捉える。


「ぎゃあぁぁぁぁッ!!」


エルゾは情けない悲鳴を上げ無様に足を滑らせて転がった。


ブンッ!!


直後、エルゾの頭があった空間を錆びついた剣が風切り音を立てて通過した。

鼻先を掠める死の風圧。 あんなものが直撃すれば、自分のようなひ弱な詐欺師などトマトのように弾け飛んで即死だ。


「あ、兄貴ぃぃ!?」

「くっそ、来るな! あっち行け!」


エルゾは四つん這いで必死に後ずさり逃げ惑う。

だが、オークは執拗に追いかけてくる。


「ひぃ……ひぃ……死ぬ……!」


心臓が早鐘を打つ極限状態。 だが、そんな修羅場の中で背後から場違いなほど能天気な声が掛かった。


「おっとっと。これこれ兄ちゃん、荷物が崩れそうじゃぞい!」


エルゾが涙目で振り返ると、そこには自分たちと同じように逃げ惑っている老人がいた。

彼はオークの攻撃をよろよろと奇跡的に回避しながら、背負った巨大な荷物のバランスを気にしていたのだ。


「クソ爺!? テメェ、何言ってんだ!!」


エルゾは走りながら絶叫した。


「こんな状況で荷物とかどうでもいいだろ!? 命があっての物種だろうが!」


老人は「よいしょ、よいしょ」と飄々と呟きながら、恐るべき健脚でエルゾたちの横を並走している。

その頭上を矢が飛び交い、すぐ横で冒険者が吹き飛ばされているというのに散歩でもしているかのようなマイペースぶりだ。


「ボケてんのかテメェは!! ついてくんな!」

「いやいや、若いもんには負けられんからのぅ」

「何言ってんのさアンタ!?」


エルゾとニルシャ、そして老人は肉と鉄がぶつかり合う乱戦の渦中を木の葉のように翻弄されながら逃げ惑い続けた。


その時だった。


「ブモォッ!!」


エルゾの脳天をかち割ろうと、オークが錆びた剣を振り上げた──その瞬間。


パンッ!!


乾いた破裂音が響き、オークの顔面が内側から爆ぜた。


「……へ?」


ドサッ、とオークの巨体が崩れ落ちる。

遅れて生温かい血の雨と肉片が、呆然とするエルゾの顔面に降り注いだ。


「ひぃっ!? き、汚いぃ~!」


とっさに兄の背中に隠れて盾にしたニルシャだけが無傷で悲鳴を上げている。

だが、エルゾは汚れを拭うことすら忘れていた。

彼の視線は倒れたオークの背後に佇む「それ」に釘付けになっていたからだ。


「はぁっ……はぁっ……」


荒い呼吸と共に立っていたのは、一人の男だった。

黒いロングコートはボロボロに裂け、顔を覆う鉄仮面は半分が砕け散って素顔が覗いている。

何より異様なのは、その傷だ。 左肩から脇腹にかけてコートごと肉がごっそりと抉られ、赤黒い血が止めどなく噴き出している。


致命傷──常人ならショック死していてもおかしくない重傷だ。

だというのに男は立っていた。 そして、右手はオークの頭蓋を素手で握りつぶしたまま血に濡れていた。


「!?」


エルゾの顔から一瞬にして血の気が引いた。

助かった──という安堵など微塵もない。

オークに襲われた時以上の、本能的な死の恐怖が全身を駆け巡る。


(こ、こいつは……!)


「あ、ありがとうございまぁ……」


何も知らないニルシャが、状況も読まずに媚びた猫なで声で礼を言おうとした。


「ッ──!!」


エルゾは反射的に動き、妹の口を力任せに塞いだ。


「むぐー!?(なにするのさ!?)」


憤慨して兄の手を振りほどこうとする妹の耳元で、エルゾは歯の根が合わない震える声で囁いた。


「馬鹿、口を開くんじゃねぇ……! 殺されるぞ……!」

「ふぐ?(え?)」

「こ、こいつは……こいつは……」


エルゾが言いかけた、その瞬間。


フッ。


男の姿がブレた。 風も起こさず、予備動作もなく──傷ついた死神は蜃気楼のようにその場から掻き消えていた。

次々と、あり得ない光景が戦場を塗り替えていく。


「ブモッ……!?」

「あがっ……!?」


オークの首が、何も無い空間で突然跳ね飛ぶ。 冒険者の胴体が、見えない刃に貫かれて破裂する。


(な、なんだ……!? 何が起きてる!?)


エルゾの動体視力では追えない。 黒い影がブレたかと思うと、次の瞬間には別の場所に移動している。

その軌跡上にいる者は──魔物だろうが人間だろうが関係なく等しく肉塊へと変えられていく。


「がっ……!?な、なに……?」

「グゥッ!?」


味方の冒険者が巻き添えを食らって悲鳴を上げ、オークと一緒に切り刻まれる。

そこにあるのは戦闘ではない。一方的な処理だ。

兄妹は腰を抜かし、呆然と目の前の殺戮劇を見上げることしかできなかった。


そして──。


「ブモォォォォ……ッ!?」


群れを率いていた最強の個体[オーク・ロード]が何かを悟ったように目を見開いた。

だが、遅い。


ザンッ!!


風切り音すら置き去りにする神速の一閃。 鎧ごと首を刎ねられたオーク・ロードの巨体が噴水のような血を撒き散らしながら、ズシンと重い音を立てて倒れ伏した。


「……」


戦場を支配していた喧騒が嘘のように消え失せた。

残されたのは積み重なったオークと冒険者の死体の山。 そして、その頂点に立つ半壊した鉄仮面の男。


生き残った冒険者たちが息を呑む。 凍りついた静寂の中、エルゾが震える唇で名を漏らした。


「【処刑人】ゴア・シェルドー……」


エルゾの頬を冷や汗が伝う。


「な、なんで……なんでこんな所にあいつがいやがるんだ……?」


その名が波紋のように周囲へ広がった。


「う、嘘だろ……?」

「こいつが、あのイカれ野郎……ゴアか!?」


冒険者たちの顔色が恐怖で土気色に変わる。

知らぬ者はいない。最悪の掃除屋。 魔物のみならず、邪魔ならば味方の人間さえも躊躇なく殺す血に飢えた殺人鬼。


「て、敵も味方も全員殺すって噂の……!?」


恐怖に慄く冒険者たちをゴアの血走った隻眼がギロリと睨め回した。

彼は瀕死の重傷に喘ぎながら、枯れた喉から渇望を絞り出した。


「ポーションを……寄越せぇ……ッ!!」

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