67話
(リナの回復の光が……収まっていく)
広間を包んでいた温かな光の粒子が、最後のホブゴブリンの傷を塞いで消えていった。
(よし、これで最後か!)
俺はホッと胸を撫で下ろした。
ゴア・シェルドーとの死闘で瀕死の重傷を負っていた[R]ヒーロー・ゴブリン・ジェネラル率いる主力部隊。彼らが今、傷一つない万全の状態へと復帰したのだ!
チラリと脳裏のカウンターを確認する。
[DP: 24,200] → [DP: 23,200]
(うおっ、一気に1000持っていかれたか……!)
やはりこれだけの重傷者を短時間で全快させるには、相応のコストがかかるようだ。
だが安いものだ。
DPで買えないエースたちの命を救えたんだからな。治って本当によかった!
「グルァ……(感謝する、リナよ。お前の力にみんな救われた……)」
蘇ったジェネラルが深紅のマントを翻してリナの前に跪き、恭しく頭を垂れる。
それに続き、ホブゴブリンやオークたちも次々とリナを取り囲んだ。
「ブヒィ!(姉ちゃんすげー!)」
「ギィギィ!(ありがとー!)」
厳つい魔物たちが、まるで甘えるようにリナに擦り寄っている。
「そんな、大げさだよ。でもみんなが無事でよかった……」
リナは顔を真っ赤にして照れくさそうに[UC]乙女の聖杖を抱きしめて身を縮こまらせていた。 その姿はまさにこのダンジョンのアイドルであり、聖女そのものだ。
(しかし……これからはDPの管理がさらに重要になるな)
俺は減ったDPを見ながら今後の運営方針を修正する。
今までは設備投資やガチャのためのポイントだった。
だが、これからはリナの[マナ・リンク]を通して、直接仲間の命に直結するリソースになる。
DPを沢山溜めていればリナの無限の回復が受けられる……。 それはつまり、これからはカツカツまで使い切るんじゃなく、ある程度の回復用貯蓄DPを常に残しておかなければならないということだ。
(……でも今は考えてる場合じゃないな!)
俺は意識を切り替える。
ここにはいない、もう一人の問題児と追われている仲間たちのことを思い出したからだ。
(ジェネラル! すぐに出撃だ! ウルフとベルが、暴走したデストロイヤーに追い回されている! 止められるのはお前だけだ!)
「グルァ!(承知!)」
ジェネラルが立ち上がり、回復したばかりの部下たちに号令をかける。
彼らは再び武装を整え、慌ただしく[R]巨人の黒鉄門から森へと飛び出していった。
(頼んだぞ……!)
これで塔に残ったのは防衛部隊長のバウォークと防衛の魔物たち。そしてリナだけとなった。
ジェネラル率いる主力部隊が嵐のように去った後、1階の広間には少しばかりの静寂──ではなく、妙に和やかな空気が流れていた。
「チューッ……(撫でて!)」
「キャン!(俺も俺も!)」
「ぷよぷよ……(癒して~!)」
留守を預かる魔物たちが我先にとリナに甘えているのだ。 [UC]ジャイアントラットや無骨な[N]コボルト・マイナーたち。可愛いのはスライムだけ……。
だがリナはもう、以前のように悲鳴を上げたりはしない。
「みんな頑張ったもんね」
リナは聖杖を脇に抱え、泥だらけのラットの頭を愛おしそうに撫で、コボルトのヘルメットの汚れを袖で拭ってやっている。 その姿は、まるで手のかかる弟たちを世話する姉のようだ。
「カサカサ……」
そこへ、壁を伝って[N]アシッド・センチピードや[N] アント・ソルジャー たちが遠慮がちに降りてきた。
無数の足、テラテラと光る甲殻。生理的嫌悪感を催す巨大なムカデだ。
流石のリナも一瞬だけビクリと肩を震わせ、頬を引きつらせた。 やっぱり虫系はまだ少し苦手らしい。 だが──彼女は逃げなかった。
「……あなたも、守ってくれたんだもんね」
リナは震える手を伸ばしムカデの硬い頭をそっと撫でた。 センチピードが嬉しそうに触角を揺らす。
(すごいな……)
見た目の恐怖を乗り越え、全ての魔物を家族として受け入れるその姿。
今の彼女は、紛れもなく迷宮に愛された乙女──。
「癒やしを……えいっ!」
リナが杖を振るうたびに柔らかな光が魔物たちを包み込む。
その光を浴びた[N]コボルト・マイナーや[UC]ジャイアントラットたちは日向ぼっこでもしているかのように目を細め、うっとりとした声を上げていた。
「キャン……(極楽だ……)」
「チュー……(あったけぇ……)」
(……おい待て、お前ら。)
俺はジト目でその光景を見つめる。
確かに激戦だった。
みんな頑張った。
だが、今リナに群がっている連中の大半は、もうとっくに傷が塞がっているか、そもそも後方支援で無傷だった奴らじゃないか?
(傷ついてないのにヒールする意味あるのか? 無駄なDP消費じゃ……)
俺の脳裏でチャリン、チャリンと微量だがDPが減っていく音がする。
だが──。
「ふふ、気持ちいい? よかったねぇ」
リナが慈母のような微笑みで魔物たちを撫でているのを見て俺は思考を止めた。
……まあいいか。 こいつらは命がけで戦ってくれたんだ。これくらいの役得……というか福利厚生があってもバチは当たらないだろう。
リナも楽しそうだし、精神的なケアだと思えば安いもんだ。
そんな温かな光景を眺めながら、俺は一人冷ややかな思考の海へと沈んでいく。
(……それにしても)
今回の襲撃。 あまりにも数が多すぎた。 以前の散発的な侵入とは訳が違う。まるで示し合わせたかのような大軍勢だった。
(なんでいきなり、こんなに来たんだ?)
噂が広まったのか? それとも誰かが先導したのか?
ベルの話では「まだまだタクサンいる」とのことだったが、先ほどの迎撃でタクサンはあらかた片付いたのだろうか?
それとも、これはまだ前哨戦に過ぎないのか?
(情報が足りない……)
このままではいつ終わるとも知れない襲撃に怯えながら防戦一方になるだけだ。
こちらの戦力は回復しつつあるが、相手の規模や目的が分からないのは精神衛生上よろしくない。
(村の人間たちと連絡を取れれば、何か事情が分かるかもしれないんだが……)
俺は森の方角、あの村がある方向を意識した。
彼らなら冒険者たちが急増した理由を知っているかもしれない。 だが、どうやってコンタクトを取る?
またベルを行かせるか? それとも……。
俺が次の手を思案していた、その時だった。
(……ん?)
思考の海に沈んでいた俺の意識を、微かなざわめきが引き上げた。
リナと魔物たちの楽しげな声じゃない。
もっと不穏な……。
(……なんだ?)
地鳴りのような無数の羽虫が唸るような音が分厚い石壁を通して響いてくる。
風の音か? いや、違う。これは──人間の咆哮だ。
俺は嫌な予感を覚えながら慌てて意識を塔の外──[R]巨人の黒鉄門へと向けた。
そこには──。
(──ッ!?)
言葉を失った。
思考が真っ白に染まる。
「カッ……!!」
門番である[R]スケルトン・バウォークが巨大な盾を構えたまま凍りついている。
眼窩に宿る青い炎が映し出していたのは、森の木々ではない。
「おいおい、本当に塔があるとはな!」
「しかもかなり高いぞ!こりゃお宝も期待できそうだ!」
森の緑を埋め尽くすほどの武装した冒険者たちが武器を掲げ、欲望にぎらついた目でこの塔を見上げている光景だった。
(……!?)
主力は出払った。
ジェネラルもウルフもいない。
残っているのは、門番一人と実戦経験の浅い魔物たちだけ。
(まずい──!)




