66話
視界に広がるのは一方的な蹂躙劇だった。
「■■■■■■■■ッ!!!!」
言葉にならない咆哮が大気をビリビリと震わせる。
戦場の中央で暴れまわっているのは返り血で赤く染まった[R]オーク・デストロイヤーだ。
「と、止めろ! 盾隊、前へ!」
「ダメだ隊長! こいつ、止まらねえ……!」
冒険者たちの指揮官らしき男が絶叫する。
命令に従い全身を鋼鉄の鎧で固めた重装歩兵たちが数人がかりで大盾を構え、壁を作ろうとする。 まともな魔物なら足を止めるはずの堅牢な防御陣形だ。
だが、理性を捨てた狂戦士、常識は通用しない。
「ブゴオオオオオオオッ!!」
デストロイヤーは減速するどころかさらに加速した。
スキル発動── [猪突猛進 (Lv.1)]!
「がはっ……!?」
「盾が……!?」
激突の瞬間、鉄塊同士がぶつかり合うような轟音が響いた。
次の瞬間、重装歩兵たちは盾ごとひしゃげ、枯れ葉のように宙を舞っていた。
[STR 65]という圧倒的な暴力の前では人間の鎧など紙屑同然だ。
「ひぃぃッ!? 化け物だ!」
「魔法だ! 魔法で足を止めろ!」
後衛から火球や氷の矢が放たれ、デストロイヤーの巨体に着弾する。
爆炎が上がり肉が焼ける匂いが立ち込める。 普通なら怯む。痛みにのたうち回るはずだ。
しかし、煙の中から現れた巨人は揺らぎもしなかった。
「■■■ッ!!」
痛みを感じない[常時バーサーク]の効果だ。
彼は傷つくことさえも燃料にし、さらに狂暴さを増して暴れまわる。
「う、嘘だろ……?」
「効いてねえのかよ!?」
絶望する冒険者たちの真ん中で、デストロイヤーが[殺戮のグレートアックス]を風車のように振り回した。
ブンッ!!
風切り音と共に範囲内にいた数人の冒険者が武器ごと粉砕され、バラバラになって吹き飛ぶ。
「グルゥ……」
少し離れた場所で見ていたウルフさえも、デタラメな暴れっぷりに呆れたように僅かな畏敬を込めて喉を鳴らした。
(あいつ……迷子になったんじゃない。獲物の匂いを辿って一番おいしい本隊のど真ん中に突っ込んだのか……!)
俺は戦慄すると同時に頼もしさに震えた。 これぞ、俺が求めた最強の矛だ。
だが──そんな一方的な蹂躙劇に、冷水を浴びせるような声が響いた。
「チッ……どいてろ、雑魚ども!」
逃げ惑う冒険者たちを乱暴に突き飛ばし、土煙の中から四つの影が歩み出てきた。
彼らはデストロイヤーの巨体を見ても悲鳴を上げない。 それどころか獲物を値踏みするような冷徹な眼差しを向けている。
「Cランクパーティだ!」
「助かった……! 」
周囲の冒険者たちが道を空ける。
先頭に立つ剣士らしき男が、鼻を鳴らして吐き捨てた。
「まったく……Dランク以下の雑魚じゃ盾にもなりゃしねぇな」
(……なんだ、こいつらは?)
俺はウルフの視界越しに異質なプレッシャーを感じ取った。
装備の質が違う。構えが違う。 俺の脳裏に強制的に彼らのステータスが表示される!
♢ ♢ ♢
名前: ヴァイス
種族: 人間 (剣士・Cランク)
Lv: 28 HP: 520/520 | MP: 30/30
STR: 45
VIT: 38
AGI: 22
INT: 15
装備:ミスリルの長剣
名前: ガルゴ
種族: 人間 (重戦士・Cランク)
Lv: 27 HP: 650/650 | MP: 10/10
STR: 40
VIT: 55
AGI: 8
INT: 8
装備:タワーシールド
名前: ミリア
種族: 人間 (神官・Cランク)
Lv: 26 HP: 200/200 | MP: 150/150
STR: 10
VIT: 15
AGI: 14
INT: 35
特技: [ヒール (Lv.3)] [プロテクション (Lv.2)]
名前: レイン
種族: 人間 (魔術師・Cランク)
Lv: 26 HP: 180/180 | MP: 220/220
TR: 8
VIT: 10
AGI: 12
INT: 48
特技: [ファイアボール (Lv.3)] [アイスランス (Lv.2)]
♢ ♢ ♢
(全員……Cランク!?)
以前戦ったガルドとホークのコンビと同等、いや、人数が多い分それ以上の脅威だ。
しかもバランスが悪い脳筋パーティではない。
盾役、アタッカー、回復役、そして──
(魔法使いまで混じってる……!)
物理攻撃には滅法強いデストロイヤーだが、魔法耐性は高くはない。
それに回復役までいるとなれば、長期戦になれば不利になるのは理性のないデストロイヤーの方だ。
「デカブツが……。図体ばかりデカくても燃やし尽くしてやるよ」
魔術師レインが杖を構え、詠唱を始める。
まずい──!
だが、それを指をくわえて見ているような俺の狩猟部隊長ではなかった。
「ワオォォォォンッ!!」
裂帛の咆哮が戦場を切り裂く。 魔術師レインが杖を構えたその瞬間、死角となっていた茂みから銀色の疾風──[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフが飛び出した!
「なっ!? 」
「ガウッ!」
ウルフは魔術師レインには目もくれず、前衛でデストロイヤーを抑え込もうとしていた重戦士ガルゴの側面に突っ込んだ。 狙いは装甲の薄い関節部だ。
「ぐぉっ!?」
ガルゴが体勢を崩す。
そこにデストロイヤーの[殺戮のグレートアックス]が容赦なく迫る。
「しまっ……ヴァイス! 助けろ!」
「くそっ、囲まれてる!」
Cランクパーティはいつの間にか窮地に立たされていた。
ウルフだけではない。彼に従う[N]シャドウウルフや[UC]ファングウルフたちが、デストロイヤーの暴れる死の圏内を巧みに避けながら、冒険者たちの退路を断つように展開していたのだ。
(すごい……!)
俺は感嘆した。
理性のないデストロイヤーが好き勝手に暴れまわる隙間をウルフ部隊が知性ある連携で埋めている。
デストロイヤーがハンマーならウルフたちは鋭利なナイフだ。 豪快な一撃で陣形を崩された冒険者たちを、ウルフたちが素早い一撃で削り取っていく。
「ギャァァッ! 足が!」
「詠唱が間に合わねぇ! 速すぎる!」
Cランクの練度をもってしても、規格外の暴力と神速の攪乱の同時攻撃には対応しきれない。
彼らの装備は砕け、身体は傷だらけになりつつあった。
「みんな! 持ちこたえて! 今回復するわ!」
後衛にいた神官のミリアが叫ぶ。
彼女は杖を掲げ、傷ついたガルゴとヴァイスに向けて上位の治癒魔法を詠唱し始めた。
「女神の慈悲よ、傷つきし戦士に……」
(まずい、回復される!)
デストロイヤーの攻撃でも即死しなければ回復で粘られる。
長期戦になれば不利なのはこちらだ。
だが、その時だった。
「エーイ! 」
「え?」
ミリアが素っ頓狂な声を上げた。
銀色の毛並みに隠れるようにしてウルフの背中に乗っていた小さな影──[R]ベルがぴょこんと飛び出したのだ。
「ヒュンッ!」
ベルが小さな手を振ると不可視の風の刃がミリアの杖を強打した。
「きゃあっ!?」
衝撃で杖が弾かれ、詠唱が強制的に中断される。
ミリアは目を丸くして、宙に浮く小さな妖精を見つめた。
「よ、妖精……!? なんでこんな所に……」
「ダメダメ! カイフク、キンシ!」
ベルは腰に手を当てて「メッ!」と叱るようなポーズを取る。
愛らしい姿とは裏腹に、彼女が行ったのは致命的な回復阻害だった。
「回復が止まったぞ!」
「チッ、あの小さいのも敵かよ!」
回復の希望を絶たれた冒険者たちの顔に、絶望の色が浮かんだ。
「ブゴオオオオオオオオオッ!!!!」
回復を封じられた絶望の中[R]オーク・デストロイヤーの咆哮がCランクパーティの戦列を粉砕した。
「ガ、ガルゴッ!! 盾を……!」
「無理だッ……支えきれねぇ……ッ!!」
重戦士ガルゴがタワーシールドを掲げ、[鉄壁]のスキルで耐えようとする。
だが、デストロイヤーの暴力はスキルの防御上限ごと彼の全身を叩き潰した。
「がはっ……!?」
鉄塊がひしゃげるような音と共にガルゴが 血を吐いて吹き飛ぶ。
Cランクの重戦士が一撃で沈む。それが[STR 65]の現実だ。
「ガルゴ!? クソッ、よくも!!」
剣士ヴァイスが隙を突いて斬りかかるが、そこにはすでに銀色の死神が待ち構えていた。
「ガウッ!」
[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフだ。
ヴァイスが剣を振り下ろすよりも速く、喉元に銀色の牙が突き刺さる。
「ガッ……ぁ……」
ヴァイスの剣がカランと虚しく地面に落ちた。 前衛の二人がわずか数合で崩れ去る。
残されたのは、後衛の魔術師レインと神官ミリアだけだ。
「ひッ……!? う、嘘よ……ヴァイスたちが……」
「くそっ、撤退だ! ミリア、走れ!」
レインが即座に判断を下した。 勝てる相手ではない。これ以上ここにいれば全滅する。
彼らは倒れた仲間を振り返ることもなく、全速力で森の奥へと背走を始めた。
だが、背中を見せた獲物を、狂戦士が見逃すはずがない。
「■■■■■■■■ッ!!!!」
デストロイヤーが血走った目で吠え、地面を削りながら追撃を開始する。
[猪突猛進]の構えだ。あの速度で突っ込まれれば、後衛職の二人など瞬く間に挽き肉になる。
(待て、デストロイヤー! 深追いはするな!)
俺は慌てて静止命令を出す。 勝負は決した。
窮鼠猫を噛むともいう、これ以上追い詰めて何があるか分からない。
だが──。
「■■■ッ!!」
デストロイヤーは俺の命令など聞こえていないかのように涎を垂らして暴走を続ける。
[常時バーサーク]。 理性を失った彼には、「止まれ」という複雑な命令は届かないのだ!
「ブゴォォォォッ!!(肉! 殺す!)」
デストロイヤーが魔術師レインの背後に迫る。
巨大な斧が振り上げられる。
「くそっ、しつこいんだよ化け物がぁッ!!」
レインが走りながら懐に手を突っ込み、何かを取り出した。
煙幕か? いや、違う。 彼が地面に叩きつけたのは──禍々しい紫色の光を放つ水晶だった。
パリンッ!!
水晶が砕け散ると同時、デストロイヤーの足元の空間が歪んだ。
「■■ッ!?」
デストロイヤーの動きがピタリと止まる。 いや、止められたのだ。
地面から湧き上がった無数の影の触手のようなものが、デストロイヤーの太い足に絡みつき、巨体を地面に縫い付けていた!
(あれは……!?)
使い捨ての高級マジックアイテムの類か!?
ただの物理的な拘束じゃない。影そのものを縫い止める呪いだ。 STR 65の怪力を持つデストロイヤーでさえ、すぐには引きちぎれない!
「今のうちだ! 急げ!」
「は、はいッ!」
レインとミリア、そして他の冒険者たちはデストロイヤーが「■■■ーッ!!」と足元の影と格闘している隙に、転がるようにして森の闇へと消えていった。
「グルゥ……」
ウルフが悔しげに唸るが、今の彼らに追撃する余力はない。
Cランク冒険者たちはまんまと逃げおおせたのだった。
冒険者たちが消え、森に静寂が戻る──はずだった。
「ブギィィィィッ!!」
デストロイヤーが、足元の影の拘束を力任せに引きちぎる。
そして、血走った眼球がギョロリと動いた。 視線の先にいるのは、つい先ほどまで共闘していた[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフと[R]ベルだ。
(……おい、待て。その目はなんだ?)
仲間を見る目じゃない。あれは──獲物を見る目だ。
「グルル……?(おい、デカブツ?)」
「アレ? オークさん、マダおこってる?」
ウルフとベルが不審そうに近づこうとした、その瞬間。
「■■■■■■ッ!!!!」
デストロイヤーが[殺戮のグレートアックス]を振り上げ、二人に襲いかかった!
(──ッ!? そうか、忘れていた!)
俺は[R]オーク・デストロイヤーの特性を思い出す。
スキル [常時バーサーク]。 普段でさえ理性がないのに、戦闘モードに入って興奮状態にある今の彼に、敵味方の識別なんて高度な判断ができるわけがなかったんだ!
目の前にいる動くものは、すべて敵。 ただそれだけの殺戮マシーンと化している!
(逃げろッ!! ウルフ! ベル!! そいつは今、誰の声も届かない!!)
「ワオッ!?」
「キャーッ! オークさん、コワイーッ!!」
デストロイヤーの一撃が二人がいた地面を粉砕する。 間一髪で回避したウルフとベルは顔を引きつらせて脱兎のごとく逃げ出した。
「■■■ーーッ!!」
その後ろを涎を垂れ流した破壊の化身が、木々をなぎ倒しながら猛追する。
(くそっ、なんてことだ……!)
敵を撃退した最強の矛が、今度は味方を全力で狩ろうとしている。
俺は頭を抱えながら、森の奥へと逃げ去っていく味方同士の鬼ごっこを見送るしかなかった。




