65話
(どっちだ……? どっちを選べば……!)
究極の二択。
[ダンジョン・メイデン]か[聖女(見習い)]か。
聖女は回復特化だ。[セイント・ヒール]の回復量は魅力的だし、[エリアヒール]があれば瀕死の部下たちをまとめて救えるかもしれない。
一方、ダンジョン・メイデンはダンジョン内で強くなるタイプ。ホームグラウンドでのバフ効果は強力だが、純粋な回復量では聖女に劣るかもしれない。
今は回復が欲しい……だとすれば聖女見習いか……?
(だが……待てよ)
俺はハッとして、リナのステータスウィンドウ──MP: 2/20という絶望的な数字を凝視した。
(MPがない!)
もしクラスチェンジしたとして、MPは全回復するのか?
ゲームならレベルアップで全回復してもおかしくはない……だが、ここは現実だ。
もし回復しなかったら? 強力な魔法を覚えたところで、MPが空っぽなら何もできない。ジェネラルを見殺しにすることになる。
(希望的観測で博打を打つわけにはいかない……!)
確実な手段が必要だ。燃料がなければどんな高性能なエンジンも動かない。
俺の視線が、[ダンジョン・メイデン]のスキル欄に吸い寄せられる。
[マナ・リンク(DPとMPを変換)]
(これだ……!)
この説明通りなら……俺の持っている膨大なDPをリナのMPに変換して供給できるはずだ!
今の俺には4万を超えるDPがある。これを魔力という燃料に変えればリナは枯渇を知らない無限の回復砲台になれる!
(決めた! ダンジョン・メイデンだ!)
だが、まずは条件を満たさなきゃならない。
俺は震える意識でDPによるレベルアップを選択した。
Lv.3 → Lv.10 (消費DP: 10,000)
(いけっ!!)
[DP: 44,200] → [DP: 34,200]
カッ!
「あ……っ!?」
リナの身体が清浄な光に包まれる。 彼女は自身の内側から湧き上がる力の奔流に目を見開いた。
枯渇していた体力が底上げされ、顔色に赤みが戻る。
「力が……溢れてくる……神様……?」
彼女は怯えることなく虚空を見上げて呟いた。
俺が守ってくれているのだと、確信している瞳だ。
そして俺は信じられないものを目にした。
ステータスがみるみる変動している……?
(な、なんだこの上昇値は……!?)
俺は目を疑った。 魔物たちはレベルが上がっても、ステータスは1か2、良くて3くらいしか伸びない。
だというのにリナはどうだ? たった7レベル上がっただけで、全ステータスが上昇している!
(人間は……成長の質が違うのか!?)
魔物が進化回数でステータスを稼ぐ種族だとしたら、人間はレベルアップそのもので成長の爆発力がある種族ということか?
それとも訪問者という特別な枠だからか?
(いや、考察は後だ!)
今はこの溢れる才能を形にする時だ。 条件は満たした。DPもまだある。
(リナ……受け取ってくれ! 力を!)
俺は迷わず、[ダンジョン・メイデン]へのクラスチェンジボタンを叩き押した!
(頼む……! 応えてくれ!)
[DP: 34,200] → [DP: 24,200]
瞬間、リナの身体が柔らかな蒼銀の光に包まれた。 魔物たちの進化のような骨格がきしむ音や肉体が肥大化するような暴力的な変化はない。
光は静かに彼女へと浸透し、在り方そのものを高次元へと昇華させていくようだった。
「これが……神様の力……!?」
光が収まると、そこには以前と変わらぬ少女の姿があった。
──いや、違う。
彼女の内側から溢れ出る魔力の質が劇的に変わっていた。 か細い灯火のようだった気配が、今は静かに燃え続ける清浄な炎のように力強い。
「神様……ありがとうございます」
リナが杖を胸に抱き、虚空を見上げて微笑んだ。 瞳には迷いも恐怖もない。あるのは仲間を守り抜くという強い意志だけだ。
「私──みんなを助けます」
彼女の決意に応えるように、俺の脳裏に新たなステータスが浮かび上がる。
♢ ♢ ♢
名前: リナ 種族: 人間 職業: ダンジョン・メイデン(Lv.1)
Lv: 10
HP: 90 (基礎: 45 + 補正: 45)/MP: 250 (基礎: 120 + 補正: 130)
STR (筋力): 12 (基礎: 6 + 補正: 6)
VIT (体力): 20 (基礎: 8 + 補正: 12)
AGI (敏捷): 18 (基礎: 9 + 補正: 9)
INT (知力): 50 (基礎: 24 + 補正: 26)
補正: スキル[迷宮の祈り]により、ダンジョン内にいる間のみステータスが大幅に強化されている状態。
【習得スキル】
[迷宮の祈り (Lv.1)]: (パッシブ)ダンジョン内にいる間、全ステータスに大幅なプラス補正がかかる。
[コアの守護 (Lv.1)]: MPを消費し、対象1体に「ダメージ軽減障壁」を付与する。
[マナ・リンク (Lv.1)]: コア(ダンジョン)とパスを繋ぎ、DPをMPに変換して供給を受ける。
[ダンジョン・ヒール (Lv.1)]: 中回復魔法。ダンジョン内での使用時のみ、効果量が拡大され[大回復]相当になる。
【クラスチェンジ先】
[ダンジョン・セイント(迷宮の聖女)]
タイプ: 正統進化・統率支援
概要: ダンジョン・メイデンの正統な上位職。ダンジョンの主の隣に立つに相応しい存在となり、配下の魔物たちからも聖女として崇拝される。
特徴: [マナ・リンク]の効率が最大化し、自身の回復魔法や結界だけでなく、ダンジョン内の味方のステータスを底上げする全体バフも可能になる。
[アビス・オラクル(深淵の巫女)]
タイプ: 防衛特化・干渉
概要: ダンジョンの最深部とより深く同調し、ダンジョンそのものを武器にする巫女。
特徴: コアの目を通してダンジョン内の全てを把握し、トラップの遠隔操作や、敵へのデバフ(重力操作・空間歪曲)を行う。
♢ ♢ ♢
俺は息を呑んだ。
もちろんBランクの化物やCランクの冒険者たちと比べれば肉体的なステータスはまだ低い。
だが、INTとMPに関しては彼らに匹敵しつつある!
何より今の彼女には[マナ・リンク]がある。 俺のDPが尽きない限り彼女の魔力は無限だ。
(いける……! 今のリナなら奇跡を起こせる!)
クラスチェンジを終えたリナは静かに目を閉じていた。 身体の奥底から湧き上がってくる新しい力の奔流を一つ一つ確かめているかのようだ。
混乱も、戸惑いもない。 彼女は今、自分が何をすべきか、そして何ができるのかを本能で完全に理解していた。
「……!」
リナが目を見開くと同時、彼女の全身から清浄な蒼銀の光が爆発的に溢れ出した。
「神様……力を借ります!」
彼女の祈りに呼応するように俺のコアが激しく脈打つ。
──パスが繋がった。俺の中に蓄積された膨大なDPが、奔流となってリナへと流れ込んでいく。
[マナ・リンク] 接続確立──エネルギー充填。
「みんな……治って! お願い!」
リナが[UC]乙女の聖杖を高く掲げ、想いの全てを込めて叫んだ。
「──[ダンジョン・ヒール]!!」
言葉と共に放たれたのは光の津波だった。
聖女の癒やしとは違う。 この塔そのものが傷ついた住人たちを慈しみ、修復するかのような濃密で絶対的な再生の光が広間全体を飲み込んだ。
「グ……ルゥ……?」
光の中心にいたジェネラルを蝕んでいた呪いの残滓が悲鳴を上げる間もなく霧散する。
えぐれた肉が盛り上がり、砕けた骨が繋がり、剥がれた皮膚が再生していく。 時間を巻き戻しているかのような速度だ。
HP: 37/550 → 200/550 → 450/550 → 550/550
(す、すげぇ……!!)
一瞬だ。
あれほど絶望的だった致命傷が数秒で完全に塞がった。 これが[ダンジョン・メイデン]……塔の中で最強の回復力を誇るヒーラーの力か!
「グルァ……ッ!?」
ジェネラルがカッと目を見開き、肺いっぱいに空気を吸い込んで起き上がった。
死の淵からの生還。彼は自分の身体を見下ろし、傷一つない状態に戻っていることに驚愕し──そして目の前で荒い息を吐きながらも、誇らしげに微笑むリナを見た。
「グルゥ……(リナ……助かったぞ……)」
リナは息をつく間もなく、視線を背後に控える瀕死の仲間たちへと向けた。
[N]ホブゴブリン・ファイター、[N]ゴブリン・レンジャー、そして[N]オーク……。
ゴア・シェルドーとの死闘で傷つき、虫の息となっている彼らがそこにいる。
「待っててね……! すぐに治してあげるから!」
リナが再び杖を振るう。
[ダンジョン・メイデン]の力と、俺から供給される潤沢な魔力がある今、彼女にガス欠はない。
「えいっ!」
[ダンジョン・ヒール]
光の波紋が広がるたびに、奇跡が連鎖する。
首の皮一枚で繋がっていたホブゴブリンの喉が塞がり、深々と斬り裂かれたレンジャーの胸から傷跡が消え去る。
腕を失いかけていたオークが、驚いたように自分の太い腕をブンブンと振り回し始めた。
「ブゴォォッ!?(痛くない!?)」
「ギィッ!(治った!)」
死の淵にあった者たちが次々と立ち上がる。
彼らは自分の身体を確かめた後、一斉にリナの方を向いた。
「グルァ……(感謝する、小さき母よ)」
「ブヒィ!(姉ちゃんありがとー!)」
厳つい顔の魔物たちが跪き、擦り寄り、リナへ最大限の感謝と親愛を示している。
「よかった……本当によかった……」
リナは彼らの無骨な手や鼻先を愛おしそうに撫でていた。
その表情は傷ついた子供を案じる母親のようでもあり、頼もしい兄たちに囲まれて安堵する妹のようでもあった。
(あぁ、そうか……)
俺はその光景を見て、腑に落ちたような感覚を覚えた。
俺はこのダンジョンの主であり父のような存在かもしれない。 だが、リナもまた──。
(俺だけじゃない……リナもまた、こいつらにとってかけがえのない家族なんだな)
異形の魔物と、人間の少女。
種族も生まれも違うが、この塔で共に生き、互いに守り合う彼らの絆は何よりも強く美しいものに見えた。
その時……。
魔物たちがリナに感謝を示し、1階の広間が温かな空気に包まれている中──俺はふと、ある問題児のことを思い出していた。
(甘えるっていったら……[R] オーク・デストロイヤーはどこにいったんだろう?)
あいつはジェネラルがゴアと遭遇する直前、血の匂いを嗅ぎつけて指揮下から勝手に外れてどこかへ消えてしまった 。
肝心なゴアとの死闘の時にいなかったことには思うところがあるが……。 [常時バーサーク]で理性のないあいつだ。森で一人暴れまわって、野垂れ死んでいるんじゃないかと心配でもある。
(しょうがない、ウルフと[視点共有]をして探そう)
狩猟部隊長のウルフなら鼻が利くし広範囲を移動できるはず。
俺は意識を切り替え、[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフへと接続した。
(ウルフ! 聞こえるか! デストロイヤーを見なかったか?)
フッ、と視界が切り替わる。
そして俺の目に飛び込んできたのは──
(!?)
平和な森の景色ではなかった。
ウルフは今、激しい戦闘の真っ只中にいたのだ。
いや、ウルフだけではない。
「■■■■■■■■ッ!!!!」
視界の中央で赤黒い暴風が吹き荒れていた。 冒険者の大軍──先ほどの先遣隊とは比較にならない武装集団のど真ん中で。
[R]オーク・デストロイヤーが[殺戮のグレートアックス]を風車のように振り回している姿が視界に映った──。




