60話
(空気が……変わった)
森を支配していた一方的な蹂躙の喧騒が凪いだ。
[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフと、新たに現れたCランク冒険者二人──重戦士ガルドと狙撃手ホークとの間には触れれば切れそうなほどの緊迫した空気が張り詰めている。
「グルルルルゥ……ッ!」
ウルフが低く腹の底に響く唸り声を上げた。 先ほどまでの余裕はない。
銀色の毛並みが逆立ち、体から目に見えるほどの濃密な闘気──[R]ランクとしての覇気が立ち昇る。
彼も本能で悟っているのだ。目の前の二人はただの獲物ではない。
「敵」だと。
「へぇ、いい面構えだ。ただの野良犬じゃねぇな」
ガルドが巨大なハルバードを片手で軽く回し地面に石突きをめり込ませる。
背後のホークは無言のまま、冷徹な目でウルフの眉間だけを見据えている。
(まずいな……このレベルの戦いに他のウルフたちを巻き込むわけにはいかない)
[N]ランクや[UC]ランクの部下たちが下手に手を出せば連携の邪魔になるどころか、Cランクの攻撃の余波だけで消し飛びかねない。
俺は即座に命令を下した。
(聞け! 配下のウルフたちは手出し無用だ! お前たちは周囲の雑魚冒険者どもと戦うんだ!)
「ワオォォン!!」
「グルルルルッ……!」
俺の命令に応え、ウルフが咆哮する。
それに呼応するように、[N]シャドウウルフや[UC]ファングウルフたちは一斉に散開し、逃げ遅れたEランク冒険者たちへと襲いかかった。
「ひぃっ!? こっちに来るな!」
「助けてくれぇ、ガルドさん!」
「雑魚掃除は俺たちの管轄外だ。テメェらでなんとかしな」
ガルドたちは助けを求める声を無視し、獰猛な笑みを浮かべてウルフと対峙する。
その場には俺の最強戦力の一角と、熟練の冒険者二人だけが残された。
(頼むぞ、ウルフ……!)
俺は[視点共有]越しに固唾を呑んで見守る。 [R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフのステータスは高い。
だが、相手はタンクとスナイパーという完成された連携を持つCランクの二人組だ。
一対二。
しかも、一瞬の隙が命取りになる格上の戦い。
(いけるか? [R]ランク一匹で、Cランク冒険者二人を同時に相手にできるのか──!?)
(だが、やるしかない!先手必勝だ! 行け、ウルフ!)
俺の意思と同時、[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフの筋肉が爆発した。
「ガウッ!!」
銀色の閃光。スキル[王の疾走 (Lv.1)]が発動し、ただでさえ規格外の速さがさらに加速する。
狙うは後衛、弓使いのホークだ。遠距離攻撃を行う厄介な後衛から潰すのは戦いの鉄則──。
(もらった!)
ウルフの牙がホークの喉元に迫る。
だが──。
「焦りすぎだぜ、ワン公」
金属音が森に響き渡った。
ウルフの必殺の牙を阻んだのはホークの喉ではなく、割り込んできた重戦士ガルドのハルバードの柄だった。
(この速度に反応した……!?)
AGI 15のガルドが、AGI 30オーバーのウルフの突進に追いつけるはずがない。
だが、ガルドはウルフが動く前からそこにいたかのように、完璧なタイミングで射線上に割り込んでいた。
「へっ、俺の相棒狙うなら、もっと工夫しな!」
ガルドが吠える。
スキル[挑発]の発動だ。 ウルフの意識が強制的にガルドへと引きつけられる。
(くそっ、タゲを取られた! 引け、ウルフ!)
ウルフがバックステップで距離を取ろうとした、その刹那。
ヒュンッ────!!
「グルッ!?」
風を切る音がしたかと思うとウルフの頬を鋭い痛みが掠めた。
一瞬前までウルフの頭があった空間を、一本の矢が貫通していたのだ。
「チッ、外したか。速いな」
後方のホークがすでに次弾をつがえながら涼しい顔で呟く。
[精密射撃]と[貫通矢]の乗った一撃。もし回避がコンマ1秒遅れていれば、ウルフの眼球が貫かれていたかもしれない。
(こ、こいつら……!)
俺は[視点共有]越しに冷や汗をかいた。 今までの雑魚冒険者たちとは動きの質がまるで違う。
ウルフが動けばガルドが防ぎ、その隙をホークが狙撃する。
長年の相棒なのだろう。言葉を交わすまでもなく阿吽の呼吸で互いの死角をカバーし合っている。
「グルルルゥ……ッ!」
ウルフが苛立ちを露わにし、再び大地を蹴る。
今度は正面から、ガルドの巨体ごと吹き飛ばすつもりだ。
「ガアアアァァァッ!!」
[エンシェントファング]の黒い光を纏った牙がガルドに襲いかかる。まともに食らえば鉄塊とて粉砕する威力だ。
「来いよッ! [鉄壁]ッ!!」
ガルドがハルバードを構え、重心を落とすと、体が鋼のような輝きを帯びた。
[VIT 40]の耐久力にスキルによる補正が乗る。
ドォォォォンッ!!
激突音と共に衝撃波が広がり、周囲の木々がざわめく。
だが──ガルドは数歩後退しただけで、その場に踏みとどまっていた。
「ぐぅ……ッ! っだらぁぁぁッ!」
ガルドが咆哮と共にハルバードを押し返す。
ウルフが体勢を崩した一瞬の隙、ホークの矢がウルフの肩口を掠め銀色の毛並みを鮮血で染めた。
(互角……いや、押されてる!?)
ステータスではウルフが勝っているはずだ。
だが、二人のCランク冒険者は熟練の技と連携でその差を埋め、拮抗状態に持ち込んでいる。
(これが……Cランクの戦い方か!)
一筋縄ではいかない。
森の空気が焼けるように熱く張り詰めていく──。
「ガアアアッ!!」
[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフの猛攻が続く。
銀色の牙がガルドのハルバードに噛みつき火花を散らす。 だが重戦士ガルドは[鉄壁]のスキルと[VIT 40]の巨体を活かし、一歩も引かない。
(くそっ……! 崩せない!)
攻めているのはウルフだ。だが、消耗しているのもウルフだった。
ガルドが攻撃を受け止めるたび、その隙を狙ってホークの矢が正確無比に飛んでくる。
致命傷こそ避けているが、ウルフの銀色の毛並みは徐々に赤く染まり呼吸は荒くなり始めていた。
(まずい、焦ってる……!)
「そろそろ限界か? 動きが鈍ってるぜ!」
ガルドがニヤリと笑い、ハルバードを強引に振り回してウルフを弾き飛ばした。
「グゥッ……!?」
体勢を崩したウルフがたたらを踏む。
その瞬間、後方のホークが冷酷な笑みを浮かべ限界まで引き絞った弓を向けた。
「貰った……!」
(しまっ……!?)
ウルフの身体が硬直している。回避行動が間に合わない。
[貫通矢]が放たれれば、ウルフの頭蓋を確実に貫く──!
(避けろッ!!)
俺の絶叫が虚しく響いた、その時だった。
「キィ」
ホークの背後に伸びる木の影が不自然に揺らめいた。
「……ッ!?」
ホークの背筋に悪寒が走ったのだろう。
彼は反射的に矢を放つのをやめ、前転してその場を飛び退こうとした。
だが──影から現れたそれは、彼よりも遥かに速かった。
「シャアアアッ!!」
音もなく実体化した[R]ブラッド・ストーカーが漆黒の凶器となってホークに襲いかかる。
「っ!?」
ホークは致命的な爪の一撃こそ紙一重で躱したが、追撃までは避けきれなかった。
流れるような連撃の最後、ブラッド・ストーカーの鋭い牙がホークの肩口に深々と食い込んだ。
「キシャァッ!(捕らえた!)」
「ぐ……ッ!?」
「ホーク!?」
ホークが悲鳴を上げ、肩から鮮血を噴き出しながら転げ回る。
([R]ブラッド・ストーカー!?)
俺は驚愕と歓喜に震えた。
彼がこのタイミングで援護に入ってくれるとは!
「キィ……キキキ……」
返り血で口元を赤く染めた吸血鬼が影の上に浮き上がりながら、冷ややかな瞳で敵を見下ろした。




