53話
(ウルフ──視点共有だ! まずはお前の疾走で、冒険者たちに衝撃を与えてやれ!)
俺の命令が飛ぶと同時、[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフの喉が低く唸った。
「ガウッ!」
銀色の巨体が弾丸のように森の中へ射出される。
俺の意識が薄暗い石の部屋から、高速で流れる緑の回廊へと切り替わった。
(速い……ッ!!)
装備させた[UC]疾風の首輪の効果だろうか。ウルフの足元に風が舞い、ただでさえ速い機動力がさらに加速されている。
木々が緑色の線になって後方へ消し飛んでいく。
──そして何故だろう。
システム上は「視点」だけを共有しているはずなのに、ウルフの鋭敏な感覚が自分のもののように手に取るように分かる。
風を切る感触。地面を蹴る爪の振動。そして、鼻腔をくすぐる微かな気配。
視覚も聴覚も、そして嗅覚も──全てが研ぎ澄まされている。
(……匂いだ)
湿った森の空気の中に混じる異質な臭い。
手入れされた鉄の油の臭いと、緊張した人間特有の汗の臭い。
(人間の匂いだ!)
獲物を見つけたウルフの興奮が俺の思考を熱くする。
俺たちは匂いの元へとさらに加速した。
「おい、なんか音がしなかったか?」
「風だろ? ビビりすぎだぜ」
茂みの向こう側。 そこには、周囲を警戒しつつ進む三人の人間の姿があった。
装備は以前の冒険者よりも小奇麗で、動きにも無駄がない。
(こいつらか!)
俺は瞬時に彼らのステータスを鑑定した。
♢ ♢ ♢
名前:ゴラン
種族:人間(戦士Dランク)
Lv: 22 HP: 65/65 | MP: 5
STR (筋力): 24
VIT (体力): 22
AGI (敏捷): 12
INT (知力): 8
装備:鉄の剣、鎖帷子
名前:ミック
種族:人間
(軽戦士 Dランク)
Lv: 20 HP: 45/45 | MP: 10
STR (筋力): 18
VIT (体力): 15
AGI (敏捷): 26
INT (知力): 12
装備:ダガー二刀流、革鎧
名前:シーナ
種族:人間(魔術師 Dランク)
Lv: 19 HP: 30/30 | MP: 45/45
STR (筋力): 8
VIT (体力): 10
AGI (敏捷): 11
INT (知力): 21
装備:樫の杖、ローブ
♢ ♢ ♢
(Dランク……!?よくわからないけど……平均ステータスは20前後か!)
以前の人間より遥かに強い!
だけど──。
(今の俺たちの敵じゃない!)
「ワオォォォォンッ!!」
[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフが茂みを突き破り、咆哮と共に冒険者たちの目の前に躍り出た。
風を纏った巨体が、彼らの反応速度を遥かに超えるスピードで肉薄する!
「なっ……!?」
「うわあっ!?」
先頭の戦士ゴランと軽戦士ミックが、目の前に現れた死の権化に息を呑む。
彼らの視線が、圧倒的な威圧感を放つ銀色の毛並みに釘付けになった。
「ダイアウルフ……!?いや、違う!エンシェント種だ!?」
「嘘だろ!? なんでこんな森の入り口にいるの!?」
後衛の魔術師シーナが悲鳴のような声を上げる。 彼
本来ならば大勢で狩るような格上の魔物が群れを率いて目の前にいるのだ。 戦慄が彼らの思考を停止させる。
だが、俺とウルフに慈悲はない。
(遅い! 反応が遅すぎる!)
俺はウルフの意識とシンクロし、冷徹な命令を下す。
(ウルフ、蹂躙しろ!)
「ガウッ!」
ウルフが大地を蹴る。
神速が戦士ゴランの盾が構えられるよりも速く、懐へと潜り込んだ。
「ぐ、がぁ……ッ!?」
衝撃音が響く。 噛みつきですらない。ただの体当たりだ。
だが、巨大な質量を持った突進は戦士が持つ盾ごと身体を枯れ木のように吹き飛ばした!
「ゴラン!?」
「グルァァァァ!!!」
だが、ウルフは止まらずに牙を剥く。
それと同時に背後の茂みから[N]シャドウウルフと[UC]ファングウルフたちが雪崩れ込み、混乱する軽戦士と魔術師に襲いかかった!
一方的な蹂躙劇の幕開けだ。
「クソッ、化け物め!!」
ミックが震える手でダガーを構え、ウルフの側面へ回り込もうとする。
動きは決して遅くはない。 だが──相手が悪すぎる。
「グルルッ!」
ミックの目の前に影から滲み出るように[N]シャドウウルフが出現した。 AGI 20を誇る黒い疾風がミックのダガーを紙一重で回避し、そのままカウンターで利き腕に食らいつく!
「ぎゃああっ!? 俺の腕がッ!!」
「ミック!?」
シーナが悲鳴を上げ、杖を向ける。 詠唱しようとしたその刹那、彼女の頭上を巨大な影が覆った。
「グォォォォォォォッ!」
[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフだ。 ゴランを吹き飛ばした勢いを殺さず、流れるような動作で後衛へと跳躍していたのだ。
シーナが空を見上げた時には、既に銀色の顎が目の前にあった。
「あ──」
バクンッ!
鈍い音が響き、詠唱は永遠に断たれた。
同時に、腕を食いちぎられ蹲っていたミックの喉笛を[UC]ファングウルフたちが一斉に食い破る。
「ぎゃ……ぁ……」
戦闘開始からわずか数十秒。
森の静寂を破った冒険者パーティは、何もできずに全滅した。
(よし、制圧完了だ!)
俺は感傷に浸ることなく、次なる指示を飛ばす。
(回収班! 急げ! 血の匂いで他の魔物が寄ってくる前に片付けるんだ!)
「キィィィッ!!(食料! 装備! 回収!)」
上空で待機していた[N]ヴァンパイアバット率いる「偵察兼運搬部隊」が、黒い雲のように降下してきた。
彼らの動きは戦闘部隊以上に迅速かつ手慣れていた。
[UC]ジャイアントラットたちが死体に群がり、器用な動きで剣や鎧、荷袋を剥ぎ取っていく。
[UC]ジャイアントバットたちが死体を掴み上げ、空路で塔へと運搬を開始する。
「キィキィ!(重い! でもご馳走!)」
「チュー!(装備もはこべ!)」
あっという間に、そこには血痕以外の何も残らなくなった。 初から誰もいなかったかのような早業だ。
俺は戦慄すら覚えるほどの効率の良さに手応えを感じていた。
人間……冒険者は敵。だが、同時に資源でもある。
……かつての俺なら、同族である人間が物言わぬ肉塊となり、資源として運ばれていく光景に嘔吐していただろう。
だが、今の俺はそれを「効率的だ」とすら感じている。
冷酷な殺戮を見ても、それを自ら命じても俺の心は凪いだまま波打ちもしない。
罪悪感も、忌避感もない。ただ、敵を排除したという事実だけがストンと腑に落ちている。
(これは……ウルフの野性が共有されているせいか?)
[視点共有]を通して、捕食者としての価値観や本能が俺の精神に浸食しているだけなのかもしれない。
──そうであってほしい。
(それとも……俺自身の精神が、もう人間ではなくなってしまったのか……?)
石になってしまったあの日から、俺の魂まで魔物と同じモノに変質してしまったとしたら……。
(……考えるのはよそう)
俺は思考を強制的に断ち切る。
今は非常時だ。甘い感傷や倫理観で迷って、リナや仲間たちを危険に晒すわけにはいかない。
俺は心に広がる黒いモヤのような違和感に蓋をして、意識をウルフの強靭な脚へと集中させた。
(次だ、ウルフ! 走れ!)
俺の思考が弾けると同時、[R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフは銀色の閃光となって森を駆け抜けた。
血の匂いをたどる必要すらない。
森のそこかしこから、隠そうともしない人間の体臭と、ジャラジャラと鳴る装備の音が溢れているからだ。
「おい、さっきの悲鳴……なんだったんだ?」
「知るかよ。どうせドジな新入りが罠にでもかかったんだろ」
茂みの向こうで、数人の男たちが下卑た笑い声を上げている。
武器の手入れもせず、警戒心など欠片もない。
(やれ!)
「ガウッ!」
ウルフが跳躍する。
音もなく頭上から舞い降りた死神は、笑い声を上げていた男の頭を着地の衝撃だけで粉砕した。
「あ……?」
「な、なんだぁ!?」
残った仲間が反応するよりも早く[N]シャドウウルフが影から飛び出し、[UC]ファングウルフが左右から喉元に食らいつく。
「ぎゃあああああっ!!」
断末魔は一瞬で途切れた。
俺は立ち止まらない。死体の処理は[N]ヴァンパイアバットたち回収班に任せ、次の獲物へと加速する。
(次!)
「ひぃっ!? なんだ今の音!」
「逃げろ! 何か来るぞ!」
異変を察知して逃げ出した三人組の背中に、銀色の暴風が追いつく。
[王の疾走]の前では、彼らの全速力など止まっているも同然だ。
「ガァッ!」
背後からの一撃。 脊椎をへし折られ、人形のように吹き飛ぶ冒険者たち。
振り返る間もなく、彼らの意識は闇へと落ちた。
(次だ!)
休む暇など与えない。 考える隙も与えない。
ただひたすらに、目につく「敵」を排除し続ける。
「た、助けてくれぇぇ!」
「いやだ! 死にたくない!」
森のあちこちで悲鳴が上がり、そして唐突に途切れる。
俺の視界に映るのは、恐怖に歪む人間の顔と、飛び散る鮮血の赤だけ。
だが、俺の意識は揺らがない。
「ワオォォォォォォン!!」
ウルフの遠吠えが森に木霊する。
まだ狩りは始まったばかりだ──
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況]
拠点名: (未設定・円形の塔)
階層: 16階建て + 屋上
DP: 1,600 訪問者: 1名
召喚中:
総司令官: [R] ヒーロー・ゴブリン・ジェネラル (Lv.20)
狩猟部隊長: [R] ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフ (Lv.15)
突撃隊長: [R] オーク・デストロイヤー (Lv.15)
防衛部隊長: [R] スケルトン・バウォーク (Lv.15)
偵察部隊長: [N] ヴァンパイアバット (Lv.8)
遊撃・伝令: [R] ベル (Lv.1)
(他、多数)
侵入者: 襲来中!(数不明)
その他: ウルフ部隊が冒険者を撃退!
♢ ♢ ♢




