39話
魔族の冒険者、ヴォルグとミラに遭遇してから数日が経過した。
圧倒的な強さを目の当たりにして以来、俺たちは森での活動を慎重に行いつつひたすら内政──つまりDP稼ぎに没頭していた。
[N]セージ・スライムによる資源管理と[N]コボルト・マイナーによる採掘。
そして[R]ジェネラルと[R]デストロイヤー、[R]ウルフによる高ランク魔物の狩猟。
この最強の生産体制をフル稼働させ、極力無駄な出費を抑えて貯蓄に励んだ結果……。
[DP: 350] …… [DP: 5000] …… [DP: 10250]
(1万……!ついに大台に乗ったぞ!)
俺は脳裏に浮かぶ数字を見てないはずの震えを覚えた。 1万DP。
これだけあれば[N]ガチャを20回引けるし、[R]ランクへの進化だって複数体可能だ。塔の増築も思いのままだろう。 以前なら小躍りして喜んでいたところだ。
(だけど……油断は禁物だ)
俺はすぐに気を引き締める。 魔族たちのデタラメな強さや森の奥に潜む[R]アント・ジェネラルの軍勢。 それらに対抗するには1万あっても安心はできない。
考えなしに使えばあっという間に枯渇してジリ貧になるのは目に見えている。 いざという時の切り札として……戦局をひっくり返す投資として……使い道は慎重に吟味しなければならない。
(……ふぅ。数字ばかり見てても気が滅入るな。少し休憩しよう……)
俺は意識を切り替え、すぐ傍にいる少女──この拠点の唯一の居住者に目を向けた。
(リナの様子はどうだろう?)
俺は意識をリナに向けた。
そこには戦いの殺伐とした空気とは無縁の穏やかな時間が流れていた。
「……ふふっ。くすぐったいよぅ」
鈴を転がすような笑い声が聞こえる。
俺の視線の先には、先日DPで生成した粗末な木製のベッドの上で小さな影と戯れているリナの姿があった。
彼女の相手をしているのはトイレ清掃用に配置されたはずの[C]クリーナー・スライムだ。
半透明の水色のゼリー状の体をしたそのスライムは、リナの膝の上でぽよんぽよんと跳ねたり彼女の指先にまとわりついたりしている。
「よしよし、いい子だねぇ。いつもお掃除ありがとうね」
リナはスライムの冷たい感触を嫌がるどころか、愛おしそうに頭(?)を撫でている。
かつては魔物をあれほど恐れていた少女が、今ではこうして心を通わせている。 その姿は異形の魔境における唯一の癒やしかもしれない。
……自分の排泄物を掃除してくれる魔物と遊ぶのは、少しばかり恥ずかしいような気もするが……まぁ彼女が喜んでるならいいだろう。
俺は石の身でありながら、目じりが下がるような感覚を覚えた。
[UC]白百合の聖法衣に身を包んだ彼女は、窓から差し込む光を浴びて、本当にどこかの聖女か天使のように見える。
しばらくスライムと遊んでいたリナだったが、ふと表情を引き締めた。
彼女はベッドから降りると、部屋の隅に立てかけてあった[UC]乙女の聖杖を手に取った。
「……よし。遊んでばかりじゃダメだよね」
彼女は誰に言うでもなく呟くと、俺の方──祭壇のように置かれたコアに向かって真剣な眼差しを向けた。
「神様はこんなに良くしてくれているんだもん。……私ももっと役に立たなきゃ」
(リナ……?)
彼女は杖を胸の前で構え軽く目を閉じて集中し始めた。
小さな体から、微弱だが確かな魔力の波長が立ち昇るのが分かる。
どうやら、魔法の練習を始めるようだ。
「えっと、イメージして……傷を塞いで、痛みを消して……」
ブツブツと呪文……ではなく彼女なりのイメージ構築の言葉を呟いている。
その時、部屋の入り口から一匹の[UC]ジャイアントラットがひょっこりと顔を出した。
「キィキィ……」
偵察任務から戻り報告のために上がってきた個体だろうか。
前足には、茨で切ったのか赤い擦り傷ができている。
「あ、ネズミさん! 怪我してるの?」
リナはラットに気づくとすぐに駆け寄ってしゃがみ込んだ。
[UC]ジャイアントラットは巨大なネズミだ。普通なら悲鳴を上げて逃げ出すような魔物だが、もう見慣れているのかリナは躊躇なく前足に触れた。
「痛かったね……じっとしててね」
彼女は震える手で杖の先端をラットの傷口に向ける。
「癒やしを。ヒール!」
彼女の声に応え杖の先端に埋め込まれた宝石がカッと輝いた。
エメラルドグリーンの光の粒子が溢れ出し、ラットの傷口を優しく包み込む。
(おぉ……!)
以前、無理やり付与した直後の時よりも光の収束がスムーズだ。
[UC]装備の効果もあるだろうが、彼女自身が感覚を掴み始めているのが分かる。
光が収まるとラットの前足の傷は跡形もなく消えていた。
「キィ!(ありがとう!)」
ラットが嬉しそうにリナの頬に鼻先を擦り付ける。
「わっ、ふふふ。よかったぁ、治った……」
リナはへたり込むようにその場に座り込み、安堵の息を吐いた。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。まだ低級の魔法一回でも彼女にとってはかなりの集中力を要するようだ。
「神様……見てくれましたか? 私、失敗しなかったよ」
彼女は俺を見上げ誇らしげに、でも少し恥ずかしそうに微笑んだ。
その笑顔は、DPが1万増えた時よりも、俺の心を震わせた。
(ああ、見ていたぞ。すごいじゃないか、リナ)
俺は精一杯の称賛を込めて優しく暖かな光を二回点滅させた。
「えへへ……」
彼女は嬉しそうに杖を抱きしめる。
守られるだけじゃない。彼女もまた、この過酷なダンジョンの中で懸命に生きて成長しようとしているのだ。
(彼女に報いてあげたいけど……今は戦力増強が最優先だ)
魔族たちの圧倒的な力を思い出すとどうしても守りを固めることに意識が向く。
ベッドやトイレは生活に必要な「インフラ」だったが、これ以上の贅沢品……例えば温泉だの娯楽室だのを作る余裕は精神的にはあっても戦略的には厳しい。
(何か……戦力になりつつ、リナも喜ぶようなそんな都合のいいものはないか?)
俺はそんな虫のいいことを考えながら脳裏のリストをスクロールし続けた。
その時、とある項目が目に留まった。
(……ん? 屋上改築?)
【拠点機能】タブの、さらに奥。今まで「フロア増設」ばかりに目が行っていたが、一番上に「屋上」というカテゴリが追加されていた。
どうやらこれはガチャではなく、DPを支払って施設を指定して建設できるらしい。
リストを開くといくつかの魅力的なプランが並んでいた。
♢ ♢ ♢
[監視塔とバリスタ] …… 2000 DP (遠距離攻撃・索敵範囲拡大)
[ワイバーンの止まり木] …… 3000 DP (飛行魔物の回復速度上昇・空爆支援)
[魔力集積アンテナ] …… 5000 DP (DP自動回復量・微増)
♢ ♢ ♢
どれも軍事的な施設ばかりだ。やはり屋上は迎撃スペースとして使うのが定石か。 そう思いながらリストの下の方を見た時──俺の視線が止まった。
♢ ♢ ♢
[天空の薬草園と錬金工房] …… 3000 DP
♢ ♢ ♢
(薬草園と……錬金工房?)
説明文を読む。
[天空の薬草園]: 太陽光を最大限に取り込み、希少な薬草や魔法植物を育成するエリア。
[錬金工房]: 採取した薬草や素材を加工し、ポーションやバフアイテムを作成する設備。
俺は思案する。 ポーション……回復薬だ。 リナの治癒魔法は頼りになるが彼女のMPには限界があるし、彼女が倒れたら終わりだ。それに彼女は前線に連れて行けない……。
だが、ポーションを量産できれば? [N]ヒーロー・ゴブリン・ジェネラルや[R]ダイアウルフに持たせておけば前線での生存率は飛躍的に上がる。
それに[N]セージ・スライムや[N]コボルト・マイナーが集めてくる謎の素材も、ここで加工すれば強力なアイテムになるかもしれない。
つまり、これは立派な「戦力増強」だ。
そして……。
(リナにとっても、悪い話じゃないはずだ)
薄暗い塔の中だけでなく、太陽の光と植物に囲まれた場所。
そこで薬を作ったり植物を育てたりするのは、彼女にとって安らぎになるんじゃないか?
彼女はさっきも、傷ついたラットを懸命に治していた。「役に立ちたい」という彼女の願いもこれなら叶えられる。
(一石二鳥……いや、リナの笑顔も含めれば三鳥か)
コストは3000 DP。
決して安くはないが、1万ある今なら出せる。 俺は決断した。
(よし、これだ! 屋上改築! [天空の薬草園と錬金工房]!)
俺は実行を念じた。
[DP: 10250] → [DP: 7250]
ズズズズズ……!
塔の最上部、俺たちの頭上で重厚な石が動く音がした。
揺れはほとんどない。だが、空間が上に広がった感覚が確かに伝わってくる。
「……? 天井から、音が……?」
リナが不思議そうに上を見上げる。
すると、部屋の隅……6階の壁の一部が変形し、上へと続く螺旋階段が出現した。
その先からは、これまで塔の中にはなかった外の空気と明るい光が差し込んでくる。
(リナ、上がってごらん。君への新しいプレゼントだ)
俺は光を点滅させて促した。
リナは戸惑いながらも、俺の言葉を信じて階段を一段ずつ上っていく。
そして、彼女が階段を登りきった先で見たものは──。
「わぁ……っ!」
そこは青空の下に広がる緑の楽園だった。 塔の屋上全体が丁寧に整備された畑になっており、色とりどりの薬草や花が風に揺れている。
中央にはレンガ造りの可愛らしい小屋──錬金工房が建ち、煙突からは細い煙がたなびいている。
森の木々を見下ろす高さ。吹き抜ける風は心地よく、ここが魔物の巣窟であることを忘れさせるような開放感があった。
「すごい……お花畑?それに、いい匂い……」
リナが駆け寄った花壇には、以前子供たちが命がけで探していた「赤茸」に似たキノコや、傷薬の原料になる薬草が自生している。
(ここなら、安全に薬草が手に入る。それに……)
俺は小屋の中にある道具──フラスコや大鍋、すり鉢などを意識する。
(あそこで薬を作れば、もっとみんなの役に立てるぞ)
「……お薬、作れるの?」
リナが小屋の中を覗き込み、目を輝かせた。
彼女は[UC]乙女の聖杖を握りしめ、振り返って俺……がいる6階の床の方に向かって満面の笑みを向けた。
「ありがとうございます、神様! 私、ここでお勉強します! いっぱいお薬を作って、みんなを助けます!」
その笑顔を見て俺は確信した。 この投資は間違いなく正解だったと……。
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況] 拠点名: (未設定・円形の塔)
階層: 6階建て + 屋上(New!)
DP: 7250 訪問者: 1名
召喚中:
総司令官: [R]ヒーロー・ゴブリン・ジェネラル (Lv.20)
狩猟部隊長: [R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフ (Lv.15)
突撃隊長: [R]オーク・デストロイヤー (Lv.15)
偵察部隊長: [N]ヴァンパイアバット (Lv.8)
防衛部隊長: [N]スケルトン・ガーディアン (Lv.13)
(他、[N][UC][C]ランク多数) 侵入者: なし その他: 屋上に[天空の薬草園と錬金工房]を設置。ポーション生産が可能に。
♢ ♢ ♢




