36話
(よし、探索部隊! 森を探索して安全区域を広げるんだ! 生まれ変わったお前たちの力を見せてくれ!)
俺は6階のコアから1階の大広間に集結した新生・探索部隊に号令を下した。
「グルァ!(総員、出撃!)」
[N]ヒーロー・ゴブリン・コマンダーが剣を掲げると、進化したばかりの部下たちが一糸乱れぬ動きで応える。
扉が開き、彼らは未知の森へと足を踏み入れた。
俺はすぐにコマンダーとの[視点共有]を起動する。
森の空気は湿っぽくどこか張り詰めているが……以前とは安心感が段違いだ。
「……」
先頭を行くのは[N]ゴブリン・レンジャー。緑のマントを翻し音もなく木々の間を縫うように進んでいく。 歩調は軽やかで、以前とは別物だ。
時折立ち止まり地面の痕跡や風の匂いを確認し、ハンドサインで後方に合図を送ってくる。
(スタイリッシュだ……本当にゴブリンか?)
コマンダーの両脇を固めるのは重厚な鎧に身を包んだ二体の[N]ホブゴブリン・ファイター。
以前はコマンダーの陰に隠れていた彼らが、今は頼もしい盾として堂々と歩いている。 その後ろには[N]オーク二体と[N]アント・ソルジャー二体が重戦車のように控えている。
「キッ(停止)」
レンジャーが片手を挙げ拳を握った。
部隊が音もなく停止する。
「キィ(上方、敵影あり。数、4)」
レンジャーが指さしたのは頭上の鬱蒼とした枝葉の中だ。
コマンダーの目でも最初は分からなかったが、目を凝らすと……いた。枝の間に擬態するように張り付く巨大な蜘蛛の姿が。
[N] フォレスト・スパイダー × 4
(待ち伏せか! 以前なら気付かずに真下を通って、糸で絡めとられていたかもしれない)
だが、今の部隊には「目」がある。
「グルァ(撃て)」
コマンダーの指示と同時だった。
レンジャーが背中のショートボウを流れるような動作で構え、矢をつがえる。
ヒュッ!
放たれた矢は吸い込まれるように枝の隙間を抜け──
「ギシャァッ!?」
見張りの一番手と思われる蜘蛛の眉間に深々と突き刺さった!
ボトッ、と巨大な死骸が地面に落ちる。
「シャァァァッ!!」
奇襲がバレたと悟った残りの3匹が糸を吐きながら一斉に降下してくる。
「グルル!(迎撃!)」
コマンダーが叫ぶまでもない。
前衛の[N]ホブゴブリン・ファイター二体が盾を構えて前に出た。
粘着質の糸が盾に絡みつくがホブゴブリンたちは微動だにしない。強靭な足腰が蜘蛛の引き寄せを完全に無効化している。
「グオォォッ!」
ホブゴブリンの一体が[シールドバッシュ]を放つ。
降下してきた蜘蛛の顔面を盾で強打し、体勢を崩させる。
そこへ──
「ブモォォッ!!」
後方から飛び出した[N]オークが突進の勢いを乗せた大ナタを振り下ろした。
グシャリ、という嫌な音と共に、蜘蛛が一撃で圧死する。
残る1匹は[N]アント・ソルジャー二体に挟み撃ちにされ、大顎でバラバラに解体されていた。
(つ、強い……!)
戦闘開始から終了までわずか数十秒。
以前なら大混戦になっていたであろう[N]ランクの群れとの遭遇戦が一方的な蹂躙劇で幕を閉じた。
被害ゼロ。危なげなど微塵もない。
「グルァ(見事だ)」
コマンダーがレンジャーとホブゴブリンたちを称える。
彼らは誇らしげに胸を張り、すぐに次の探索へと隊列を組み直した。
(これが、進化した探索部隊の力か……!)
俺は確信した。
この部隊なら森のかなり奥深くまで安全圏を広げることができる、と。
その時だった。
戦闘終了の余韻が残る中、頭上から甲高い鳴き声が降ってきた。
「キィィィ!」
木々の隙間から[N]ヴァンパイアバット率いる偵察部隊が降下してくる。 彼らは素早い動きで[N]フォレスト・スパイダーの巨大な死骸に取りつくと、慣れた手つきで運搬の準備を始めた。地上からは[UC]ジャイアントラットたちも合流し、連携して獲物を引きずり始める。
「グルル(運搬は任せる)」
コマンダーが短く声をかけると、ヴァンパイアバットが「キィ(了解)」と翼を振って応えた。
(よし、完璧な連携だ)
以前なら、せっかく倒した獲物を探索部隊自身が引きずって帰らなければならず、そのたびに探索が中断していた。 だが今は違う。戦闘部隊は戦闘に、運搬部隊は運搬に専念できる。
(コマンダー! 獲物は彼らに任せて、探索部隊はこの辺りの魔物を狩り尽くせ! ここを完全に安全区域にするんだ!)
俺の檄が飛ぶ。
「グルァ!(総員、前進! この森を我らの庭とする!)」
コマンダーの号令一下、[N]ホブゴブリン・ファイターたちが再び盾を構え、[N]ゴブリン・レンジャーが姿を消して先行する。 [N]オークと[N]アント・ソルジャーも、獲物を運ぶ必要がなくなった分、身軽になってやる気満々だ。
その後、新生・探索部隊は破竹の勢いで進撃した。 茂みから飛び出した[N]ジャイアント・ボアを[N]オークが正面からねじ伏せ、樹上から襲い掛かる怪鳥を[N]レンジャーが撃ち落とし、群れで現れた狼(野生)を[N]アント・ソルジャーと[N]ホブゴブリンが連携して一網打尽にする。
(強い……! 安定感が段違いだ!)
危なげない勝利の連続。 俺たちの進む道が、そのまま拠点の「領土」として塗り替えられていく感覚。 これなら、かつて撤退を余儀なくされた[R]アント・ジェネラルの領域の、さらに奥まで踏み込めるかもしれない。
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況]
拠点名: (未設定・円形の塔)
階層: 6階建て
DP: 6350
訪問者: 1名
召喚中
探索部隊長: [N]ヒーロー・ゴブリン・コマンダー (Lv.19)
防衛部隊長: [N]スケルトン・ガーディアン (Lv.13)
狩猟部隊長: [R]ヒーロー・エンシェント・ダイアウルフ (Lv.15)
偵察部隊長: [N]ヴァンパイアバット (Lv.8)
(他、[N][UC][C]ランク多数)
侵入者: なし
その他: 偵察部隊が獲物を回収中。探索部隊が周辺エリアを制圧し、安全区域を拡大。
♢ ♢ ♢
探索部隊の猛攻により周辺の[N]ランク魔物の群れはあらかた片付いた。
森に静寂が戻る。不気味な静けさではなく俺の支配領域としての安寧な静けさだ。
(よし、かなり安全区域を広げることができたぞ!)
俺が満足感に浸っていると後方から何やら賑やかな気配が近づいてきた。
「プヨプヨ!(B班、こっちだ! 新しい苔があるぞ!)」
「キャンキャン!(鉱脈の匂いだ!)」
(……おぉ!?)
見れば[N]セージ・スライム率いるスライム軍団と[N]コボルト・マイナー採掘隊が、早くもこの新しいエリアに雪崩れ込んできていた!
魔物の気配が消えたのを敏感に察知し、即座に行動範囲を広げたようだ。
(仕事が早いな!)
スライムたちは今まで手が出せなかった種類の苔や植物を夢中で取り込み、コボルトたちは手つかずの岩盤に嬉々としてツルハシを打ち込んでいる。
これならさらなるDP収入の増加が見込めるだろう。
(スライムとコボルトの数自体をもっと増やしてもいいかもな)
資源は豊富にある。人手……ならぬスライム手さえあればいくらでも稼げる状況だ。
それに領土がここまで広がると彼らを守る専門の「警備部隊」的なものを全域に配置する必要も出てくるだろう。
今は探索部隊が掃除した直後だから安全だが、いずれまた別の魔物が入り込んでくるかもしれないからな。
(……よし。それは後で考えよう。取り合えず探索部隊は奥に進め!)
資源部隊の安全を確認した俺はコマンダーたちにさらに奥への進軍を命じた。
「グルァ(前進する)」
一行はさらに森の深部へと足を踏み入れる。
しばらく進むと鬱蒼とした木々が唐突に途切れ、視界が開けた。
水が流れる轟音が、腹に響くように聞こえてくる。
(ここは……)
そこは切り立った崖の上だった。
眼下には到底泳いで渡れそうにない巨大な濁流がうねりを上げて流れている。
大河だ。
(この大河は……以前来たことがあるな)
俺の記憶が蘇る。
その時は水辺に巨大な獣の足跡を見つけて、さらにその直後にウルフの遠吠えが聞こえて慌てて引き返したんだった。
俺はコマンダーの視界を通して川岸と対岸の景色を油断なく見渡した。
(……っ!?)
その時だった。
先行していた[N]ゴブリン・レンジャーがビクリと足を止め即座に身を伏せた。
つられてコマンダーたちも茂みに身を隠す。
川辺に人影があった。
(……人間?)
──いや、違う。
遠目だが、[視点共有]で凝視すると違和感がある。人間に似ているが肌は病的なまでに白く、耳の先端が鋭く尖っている。
エルフってやつかな……いや、でもなんか違うような……。
決定的なのは瞳だ。鮮血のような紅い色が妖しく輝いている。
(なんだあいつらは……? エルフ? それとも吸血鬼か何かか?)
俺の知識にあるファンタジー知識を総動員するが該当する種族が分からない。
ただ一つ分かるのは醸し出している雰囲気が、そこら辺の人間や冒険者とは異質だということだ。
(二人……か)
二人とも森の中を歩くのに適した軽装の革鎧やマントを身に着けている。 見た目は冒険者そのものだ。
だが……身に着けている装備の質が違う。黒い革には魔力のような艶があり、腰に下げた武器……男は大剣、女は杖。それらは素人目にも分かるほど禍々しい気配が漂っている。
(隠れろ! 気付かれるな!)
俺の緊張が伝わったのかコマンダーが部隊に静止命令を出す。
[N]レンジャーが[隠密]スキルで気配を消し[N]ホブゴブリンや[N]オークたちも息を殺して岩陰にへばりつく。
幸い風はこちらに向かって吹いている。匂いでバレることはないはずだ。
俺たちは固唾を呑んで様子を伺う。
川の流れる音に混じって青年の気だるげな声が聞こえてきた。
「大河アムネジアの対岸には初めて来たが……魔族領側と大差ないな」
青年は対岸……つまり彼らが来たであろう方角とこちら側の森を見比べて鼻を鳴らした。
「油断しないで。この森は緩衝地帯よ。いつ人間の斥候と鉢合わせするか分からないわ」
(……魔族領?)
聞き捨てならない単語が聞こえた。
「魔族」の「領地」。
あの大河の向こう側は、人間の国じゃないのか?
(ってことは、あいつらは「魔族」ってやつなのか?)
俺はリナや冒険者といった人間と森に住む魔物しか知らなかった。
だが、この世界には言葉を話し高度な文明を持っていそうな魔族なんて連中もいるのか。
しかも領地というからには国や組織があるってことだ。
(まずいな……人間だけでも手一杯なのに魔族なんて勢力まで近くにいるのかよ)
彼らが友好的なのか、人間と同じように俺たちを敵対視するのかは分からない。
だが、あの貴族風の青年も護衛の騎士もただならぬ気配を纏っている。
野生の魔物相手のようにとりあえず狩ってみるなんて真似は自殺行為に思えた。
(どうする……? 接触するか? いや、危険すぎるか……?)
情報が足りなすぎる。
俺はコマンダーに待機を命じ、じっと彼らの動向を見守ることにした。




