2話
少女は床に置かれた湯気の立つパンと光らなくなった俺を見比べておずおずと見比べた。
罠かもしれない。毒が入っているかもしれない。そんな警戒心が彼女の痩せた頬をこわばらせている。
だが彼女のお腹が再び大きく鳴った。それが最後の引き金になったようだ。
「……」
少女は意を決したようにパンをひったくると、入り口の隅まで数歩下がり壁に背を預けた。そして小動物のようにパンにかじりついた。
最初は小さく一口。 毒がないことを確認したのか、次の瞬間にはむさぼるようにパンを口に詰め込み始めた。
「……ん、……ふ」
熱いのか美味しいのか両方か。パンはあっという間に小さくなっていく。
「……う……っく……」
やがて彼女の大きな瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
久しぶりのまともな食事だったのだろう。 彼女はパンを持つ手とは逆の手でごしごしと乱暴に涙を拭いながら、それでも食べるのをやめなかった。
(よかった。食えたみたいだ)
DPは 0 になってしまったが目の前で少女がパンを頬張る姿を見ていると不思議と胸が温かくなった。
パンをすべて食べ終えた少女は手のひらに残ったパンくずまで丁寧になめ取ると、大きなため息をついた。
空腹が満たされたことでいくらか落ち着きを取り戻し、警戒心よりも好奇心が上回ってきたようだ。
少女は立ち上がり再び俺のそばまで近づいてきた。
今度はさっきまでの怯えた目ではなく戸惑いと……少しの期待が入り混じったような目だった。
彼女は俺の前にしゃがみ込むと小首をかしげて問いかけてきた。
「あの……いまのパン……あなたが出してくれたの?」
(……!)
聞かれても俺に答える口はない。
だが、奇妙なコミュニケーション手段がさっきから頭に浮かんでいる。
(こうか……?)
俺は「はい」と強く念じた。その意図に応えるように、俺は、ぽぅ……ぽぅ……と柔らかい光を2回ゆっくりと点滅させた。
少女は不思議そうに目をぱちくりさせた。
「ひかった……?たまたまかな……?」
どうやらまだ半信半疑のようだ。
まぁ無理もない。俺だって意思疎通できる石ころに出会ったら腰を抜かす。
少女はしばらく俺をじっと見つめていたが、パンを食べて満腹になったせいか張り詰めていた緊張が途切れたせいか小さくあくびを漏らした。
(おっと、眠いのか?)
少女はおそるおそるといった様子で俺にそっと手を触れた。
「あったかい……」
そう呟くと彼女は安心しきったように、俺にすり寄るようにしてもたれかかり、そのまま丸くなった。
すぐに、穏やかな寝息が聞こえ始めた。 どうやら俺は害のない暖かい石と最終判断されたらしい。
(…寝ちゃったよ)
石の俺にもたれかかる少女の背中から、じんわりと体温が伝わってくる。
不思議だ。俺に体温なんてないはずなのに、彼女は俺を暖かいと言う。
(さて)
少女が眠ってしまった今、俺はようやく一人で現状を整理する時間を得た。
まず、俺は過労死した。これは……まぁ、ほぼ確定だ。
次に俺はなぜか異世界で石として第二の人生……いや、石生?をスタートした。意味が分からない。
このボロい建物はどうやら俺の「拠点」らしい。どういう立地に建っているのかは知らんが……。
そして……さっき脳裏に浮かんだリストやDPの表示。
あれは俺が拠点の主だから使える能力みたいなものだろうか。
彼女がここに滞在し始めたら、DPが溜まった。DPを消費して「パン」を生成できた。
そして、少女は奴隷商人から逃げていて、外には魔物がいる……。
つまりこの建物は今のところ外よりは安全、ということか
この少女がここに居続けてくれれば、俺はDPを稼ぎ続けられる……?
(……だとしたら、俺がやるべきことは一つか)
この少女にできるだけ長く安全に、快適にここにいてもらうこと。
それが俺の生存戦略であり、彼女の安全にも繋がる。ウィンウィンってやつだ。
(でも、どうやって?)
今のDPは 0。
彼女が寝ている間にも、DPはさっきのようにゆっくり溜まっていくのだろうか。
そんなことを考えていた少し後のことだった。
[DP: 1]
(お、溜まった)
[DP: 2]
(よしよし、いいぞ!)
この調子でDPを溜めて、次は水か、毛布みたいなものがあればいいんだが……リストにあったか?
(リスト、リスト……)
俺が念じると、再びあのウィンドウが表示された。
♢ ♢ ♢
★現在DP:2
【生成リスト:基礎食料】
水(コップ一杯) …… 1 DP
乾パン(一枚) …… 3 DP
ふかしたパン(一つ) …… 5 DP
【生成リスト:生活雑貨】
ぼろ布(一枚) …… 3 DP
乾いた薪(一束) …… 5 DP
松明(一本) …… 10 DP
粗末な毛布(一枚) …… 15 DP
♢ ♢ ♢
(……毛布、15DPか。結構高いな)
今のペースだと15DP溜まるまでには、まだ数時間かかりそうだ。
(よし、決めた。まずは最低限の環境を整えよう)
少女がここに居場所を感じてくれれば、俺のDPも安定して入ってくるはずだ。
持ちつ持たれつというやつだ。
俺は脳裏のリストを再度確認する。現在のDPは 2。
(まずは起きた時のために水だな)
俺は【生成リスト:基礎食料】から「水(コップ一杯) - 1 DP」を選択し、強く念じた。DPが 2 から 1 に減る。
少女が身じろぎしないよう、そっと……彼女の顔の横、手の届きそうな位置の床に意識を集中させる。
ぽん、と軽い音……いや、音はしなかったか。 さっきのパンと同じように空間から絞り出されるように、粗末な木製のコップに入ったなみなみと注がれた水が出現した。
「すぅ……」
少女は寝息を立てている。気づいていないようだ。
(よし。次は……毛布は15DPで高いから、ひとまずぼろ布……3DPか)
今のDPは 1。
少女が安心しきったように俺にもたれかかって眠っている間も、俺の意識の中の数字は確実に増えていく。
[DP: 2] …… [DP: 3]
(来た!)
DPが 3 になったのを確認し、俺は即座に【生成リスト:生活雑貨】から「ぼろ布(一枚) - 3 DP」を実行した。DPが 0 に戻る。
今度は丸くなって眠る少女の体の上。 どこからともなく乾いた布が落ちてくるように出現し、彼女の小さな肩を覆った。
「ん……」
少女が少しだけ身じろぎしたが布の重みが逆に安心感を与えたのか、再び静かな寝息に戻った。
(ふぅ。こんなもんか)
毛布には程遠いが冷たい石の床で直接寝るよりはマシだろう。
水とパンと寒さをしのぐ布。 最低限の生活だ。
俺はDPが 0 になったのを確認し、少女の寝顔を見守りながらこの先のことを考える。
奴隷商人。魔物は。この場所はは安全なのか? ……そして俺はいつまで石なんだ?
(……まぁ考えても仕方ない。今はDPを溜めるのが最優先だ)
少女が眠っている間もDPはゆっくりと溜まり続ける。
どのくらい時間が経っただろうか。 俺には時間の感覚が曖観昧だ。
少女が眠っている間も、俺の意識の中のDPは着実に増え続けていた。
[DP: 10] ……[DP: 15] …… [DP: 20]
(お、結構溜まってきたな。これなら毛布も生成できる)
俺がDPの残高を眺めていると、もたれかかっていた少女が「ん……」と小さく身じろぎした。
ゆっくりとまぶたが開き、焦点の合わない目で天井をぼんやりと見つめている。
「あ……」
寝ぼけ眼のまま体を起こそうとした少女は自分の肩にかかっているぼろ布に気づいて、ビクッと体を震わせた。
さらに、分の元に置かれた水を見つけ、目を丸くしている。
「なにこれ……」
少女は水と俺とぼろ布を交互に見比べ、何が起きたのか理解しようと混乱しているようだ。
だが、喉の渇きには勝てなかったらしい。おそるおそるコップを手に取り匂いを嗅ぎ、少しだけ口をつける。
直後、よほど喉が渇いていたのか一気にゴクゴクと飲み干した。
「ぷはぁ……っ!」
空になったコップを床に置き、少女は「ふぅ……」と、今までで一番深く安心したような息をついた。
泥だらけだった顔も眠る前よりずっと穏やかな子供らしい表情になっている。 ちゃんとした睡眠と水で少し疲労が取れたようだ。
彼女は自分がかけていたぼろ布を丁寧に畳むと、改めて部屋の中を見渡した。
「なんなんだろう、ここ……」
独り言が漏れる。
「パンがでてきて、お水も……布まで……」
彼女は再び俺の前にちょこんと座り込んだ。
「あなたがぜんぶしてくれたの?」
彼女の瞳にはもう警戒心はほとんどなく、純粋な好奇心と戸惑いが浮かんでいる。
(まぁ、YESなんだが……)
俺は相変わらず喋れない。
(それよりも、だ)
俺の意識には、増加したDP (現在20)によって更新されたリストが映し出されていた。
【生成リスト:基礎食料】
水(コップ一杯) …… 1 DP
乾パン(一枚) …… 3 DP
ふかしたパン(一つ) …… 5 DP
干し肉(一切れ) …… 10 DP
保存スープ(一皿) …… 15 DP
【生成リスト:生活雑貨】
ぼろ布(一枚) …… 3 DP
乾いた薪(一束) …… 5 DP
松明(一本) …… 10 DP
粗末な毛布(一枚) …… 15 DP
(よし、毛布が射程圏内だ。スープもいけるな)
この少女がここに居続けてくれる限り俺はDPを稼げる。
なら投資は惜しむべきじゃない。
(彼女の質問に答えるのも大事だが……それより起きたばっかりでお腹も空いてるんじゃないか?)
少女はまだ痩せこけている。栄養が必要だ。
俺は毛布とスープで一瞬迷ったが、まずは温かい食事を選んだ。
俺は現在のDP (20)を確認し、意識を集中させる。 【生成リスト:基礎食料】から「保存スープ(一皿) - 15 DP」を選択。
DPが一気に 20 から 5 に減る。 少女が俺の目の前でしゃがみ込んでいる、そのすぐ足元。再び空間が淡く光った。
「ひゃっ!?」
今度は目の前で起こった現象に少女は驚いて尻餅をついた。光が収まると、そこには湯気を立てる粗末な木製の器があった。
中には、少しだけ野菜か干し肉の欠片が浮かんだスープが入っている。パンの時よりも明らかに美味しそうな匂いが埃っぽい部屋に広がった。
少女は目を丸くして出現したスープと俺を交互に見つめた。
「パン……お水……こんどは、スープ……?」
彼女はゴクリと喉を鳴らす。これで確信したようだった。
──この不思議な石が、自分のために食べ物や飲み物を出してくれているのだ、と。
少女は再び俺の前に膝立ちになると今度は恐怖や戸惑いではなく、真剣な眼差しを俺に向けた。
彼女は、泥だらけの小さな手を胸の前でぎこちなく組み、深々と頭を下げた。
そして、顔を上げる、震える声で尋ねてきた。
「あなたは……もしかして……『神様』ですか?」
♢ ♢ ♢
[現在の拠点状況]
拠点名: (未設定)
階層: 1階のみ (コアの部屋兼入り口)
設備: なし
DP: 5
訪問者: 1名 (少女、俺を「神様」と疑い中)
その他: 床に「保存スープ(一皿)」。
♢ ♢ ♢




