八話 キヨとの溝
翌日から、私は誰が見ても魂が抜けたような状態になってしまっていた。
どこか心あらずで、水汲みも身が入らない。
『可能性の話だ』
ディランさんはそう言っていたけれど、一でも可能性があるのなら安心はできない。
それに皆ニコニコと優しい顔をしているのに、儀式の話になった途端、一気に軽蔑したような顔に変化しそうで怖かった。
昼。
軽く昼食を終えて、浜辺でぼんやりと海を眺めていた私の肩を誰かが軽く叩いた。
振り返ると、キヨが心配そうに眉を寄せて立っている。
「キヨ?」
「リオナ……大丈夫?また体調が悪くなっちゃったの?」
そう言うキヨの声は震えていた。
心配と不安から来ているのだと思う。
普段明るい彼女をここまで心配させてしまって、私は申し訳なく思った。
「うん、ちょっとね……」
「隣、座ってもいい?」
「いいよ」
キヨはぎこちなく私の隣に腰を下ろした。
そして私の目をまっすぐ見ると、話を切り出してくる。
「リオナ……。最近リオナが夜な夜な出歩いてるって噂があるんだけど。
本当……?」
「え?噂?」
本当に驚いた。
誰もそんな話をしていなかったし、なにより、誰かに見られてしまっていたことに心が追いつかない。
――てっきり皆寝ているものとばかり……。
そうか、眠れない日もあるかもしれないもんね
「うん。エイコさんが。
見間違いかもしれないけど、リオナに似てたって」
「そ、そうなんだ……」
「そうなんだ、じゃないよ!」
いきなりキヨが叫んだので、私は口を開けたまま固まることしかできなかった。
――キヨ、怒ってる?
「私はリオナの噂が本当かどうか気になって確かめに来たのに!
まるで他人事みたいな反応……」
「そ、そんなつもりじゃ……」
声が震える。
キヨがここまで怒りを表したことに驚いて、呼吸が浅くなってきた。
「じゃあ答えてよ!リオナは夜な夜な出歩いてるの?
そうなら、いったいどこに行ってるの?」
「………………」
言葉に詰まる。キヨの目をまっすぐ見れなくなって少しだけ顔をそらした。
キヨとの友情を取るか、ディランさんとの秘密を取るか。
究極の選択になってしまった。
――でも、ディランさんのことは口が裂けても言えない。信じてもらえるかもわからないのに……。キヨには悪いけど、話せない……
「ごめんキヨ。どうしても話せないの……」
私の言葉を聞いたキヨの目が大きく見開かれた。
そしてすぐに伏せる。
「そう……。友達の私にも話せないことなんだ。
私達の関係ってその程度だったんだね……」
「ち、違うよ!話せる時が来たらちゃんと話すから――」
「じゃあ今話してよっ!!」
キヨの一段と大きな声が響く。
周囲の人たちが何事かと私たちを見ている。
「それは……」
「ほら、話せないじゃん!!
もういいっ!リオナなんて知らないっ!!」
キヨは勢いよく立ち上がって、一度も振り向かずに走り去っていった。
私は立ち上がれずに、ただ呆然と小さくなっていく背中を眺めることしかできなかった。
――キヨの信頼を失ってしまった
だけど、ディランさんのことを話しても信じてもらえなかっただろう。
体の中心にポッカリと大きな穴が空いた気分になった。




