七話 唄が止んだ理由
秘密の約束が始まってから三日が過ぎた。
ディランさんの素っ気ない態度は変わらないけど、少なくとも嫌悪に満ちた表情をすることはなくなっていた。
いつもと同じように日常を過ごして、皆が寝ている深夜にコソコソと家を出てディランさんと会っている。
絶対にバレてはいけない秘密だった。
その間も、相変わらず唄は歌われていない。
海も荒れることが多くなり、漁に出る船も目に見えて減った。
市場も活気がなくなってきて、村の雰囲気もピリピリとしてきている。
サエコさんの夫が見つかったという情報も入っていない。
――もう、唄を歌う気はないのかな……
五日日の夜、思い切って聞いてみることにした。
「唄、歌ってくれないんですか?」
そう言うと、ディランさんは口を真一文字にして黙り込んでしまった。
――やっぱり聞いたらいけなかった?
不安に思っていると、ディランさんはようやく重々しく口を開く。
「私が唄を歌わなくなったのは、海神様のご命令だからだ」
「海神様……?」
「君の村でいう長のような存在だ」
「でもどうして海神様がそのようなことを?」
「昔、君の村と取り交わした約束がある。
それを思い出させるまで唄を歌うな、と仰られたのだ」
――昔、村、約束……
そこまで考えて、ふと、思い立った。
幼い頃何度も聞いていた、あのおとぎ話に似ている。
「そういえば、ずっと村に伝わってるおとぎ話があるんですけど……」
「何っ!?…………すまない、聞かせてくれないか?」
全部を覚えているわけではなかったけど要点を話すと、
ディランさんは再び真剣な顔で考え込んでしまった。
「おそらく、海神様の仰られる約束とは、そのことで間違いないだろう」
「じ、実話だったってことですか?」
「おそらくな……」
ディランさんは表情を変えずに顔を上げると、私をまっすぐ見てくる。
「村の空気が張り詰めている、と言っていたな。
海の異変は他の人間にも伝わっているということだ。
そうなったら、彼等はどうすると思う?」
「ど、どうするって……。急にそんなこと言われてもわかりません」
「海が荒れているということは、海神様がお怒りだと考えるだろう。
そしたらそれを鎮めようとする」
「お供え物とかですか?」
ディランさんの言葉を聞きながら胸の奥がザワザワしてきた。
だけど、彼はもっと残酷な選択肢を言い放った。
「生贄だ」
「い、生贄!?」
――どうして!?
声が出てこなくて口をパクパクさせている私を、ディランさんは哀れむように見てくる。
「何故か?供物だと用意に時間がかかるだろう?
しかし生贄ならば対象を決めて、すぐに実行できる。
判断力の落ちた生物は何をするかわからない」
「だ、だからって、どうして私にその話を……」
「わからないのか?君がその生贄に選ばれる可能性があるからだ」
「え?」
一瞬で血の気が引き、頭が真っ白になる。
体に力が入らなくなって、その場に座り込んだ。
だけどディランさんの淡い紫の双眼は揺るがない。
「君は親がいないのだろう?
生贄に選ばれる者は煩わしさのない者がほとんどだ」
「そ、そんな……」
「とはいえ、可能性の話だ。
私は君たちが約束を思い出すまで歌わない。酷だろうがな」
――私が生贄
もしそう決まれば、キヨちゃんもキイチさんも
サエコおばあちゃんも、皆賛同してしまうのだろうか。
あまりにもショックでしばらく動けなかった。




