四話 途切れた唄
翌日。
私は起きた時から頭がぼんやりしていた。
朝の水汲みでは桶から水を溢れさせるし、
キイチさんの所に運んだ時も手元がくるってしまった。
そして、昼。
私は自宅のベッドに横になっていた。
小さなミスを繰り返した私を見て心配したキイチさんから「今日はもう休め」と言われてしまったからだ。
当然、午後からの網の補修作業もお休み。
特にやることが思いつかないので、ベッドに寝転ぶぐらいしかなかった。
今日のミスの原因は、疲れではないのはわかっている。
「マーフォーク……」
全て忘れろと言われてもできるはずがない。
姿だけでも神秘的で美しかったのに、少しだけ会話した。
声に棘はあったけど、完全に敵視されているようには感じなかった。
ふと、ドアがノックされる。
返事をすると、キヨが顔を覗かせた。
「リオナちゃん、大丈夫?やっぱり無理しちゃったの?」
「そうみたい……。
キヨ、仕事中じゃないの?」
日課の網の補修作業があるはずだった。
キヨは黒い大きな目を瞬きさせて、口を開く。
「今は休憩時間だよ。
サエコおばあちゃんが居ないから、エイコさんを中心にやってるんだ。
でも今日の分は破れた箇所が少ないみたいだから、夕方までには終わりそうなの」
「そうなんだ……」
「うん。
なんだか今日は波が不安定で、漁に出た人が少なかったらしくて」
「波が不安定?」
強烈な胸騒ぎを覚えた。
波が荒れるなんて何年ぶりだろう。
何かとんでもない事が起こりそうな気がして、落ち着かない。
「そうなの。皆、不思議がってたよ。風も不安定だから、遠くまで行かない方が良いだろうねって。
って、ごめん!リオナちゃん!調子悪いのに話し込んじゃって!」
「気にしてないよ。むしろ、キヨと話してたら元気をもらえたみたい」
「本当っ!?」
キヨが身を乗り出してくる。
その嬉しそうな顔を見て、夜ご飯をご馳走になる約束をしていたことを思い出した。
「うん。だから、今日は夜ご飯、お世話になろうかな……」
「わかった!じゃあ、夕方になったら家に来てね!待ってるから!」
キヨは元気よく早口に言うと、小さく飛び跳ねながらあっという間に帰ってしまった。
彼女の明るさにはよく助けられている。
一眠りしたら、夕方になっていた。
キヨの家に行く前に、灯台の麓の祠に寄って水を供える。
「何も起こらないように見守っていてください……」
この祠に神様が祀られているとは聞いたことがなかったけど、気づけば祈ってしまっていた。
キヨから海の状態を聞いてから、胸がザワザワとして落ち着かない。
一分ほど祈ってから、海を見た。
雲一つない橙色の空。夕焼けの光を海面が反射してキラキラと輝いている。
今の状態だけ見れば、穏やかで平和な海だ。
でも、海は気分屋。時に、私達に災いをもたらす。
そして――
――また、今夜も聞こえるんだろうな
マーフォークが夜な夜な歌っている不思議な唄。
何か意味があるのだろうか。
そのままキヨの家に向かった。
彼女達は温かく迎え入れてくれて、新鮮な海鮮丼と
魚介スープをご馳走になった。
まるで本当の家族のように接してもらえて嬉しかったけど、少し虚しさを覚えてしまった。
どうしても、もし両親が生きていたら、と考えてしまうからだ。
それを顔に出さずに過ごし、キヨ達に何度もお礼を言ってから帰路につく。空はすっかり暗くなっていて、薄雲から月光が淡く漏れ出ていた。
だけど、いつまで経っても唄は聞こえてこなかった。




