十二話 止められなかった悲劇
違和感で目を覚ました。
体が何かで固められて動かせない。
目を開けても黒一色が視界に広がるだけで、周りの状況がわからない。
かすかに聞こえる波の音と、冷たい空気でどうにか外にいることだけはわかった。
――どうして⁉何が起こっているの⁉
「――――――っ‼」
声を出そうとしたけど喉奥まで布のようなものを詰め込まれていて、呻き声が響いただけだった。
「ああ、リオナちゃん。目を覚ましたのか」
聞こえてきた穏やかな、だけど憐れみを含む声に思わず動きを止めた。
――キイチさん⁉
「今の状況、わけがわからねぇだろ?
リオナちゃんはな、全身を縄で縛られて目隠しをされているのさ。
就寝中にやったんだ。卑怯だろ?」
全く理解できなかった。
まさかキイチさんがこんなことをするなんて信じたくなかった。
すると深いため息が聞こえてくる。キイチさん以外にも誰かいるみたいだ。
「おい、キイチ。そんなに丁寧に説明してやらなくていいぞ。
もうすぐ――」
「そりゃあ無情ってもんだろう。
目を覚ましたら動けねぇし何も見えねぇし声も出せねぇ。
俺が同じ状況なら混乱して暴れるがねぇ」
「………………。
それでもだ。情けなどいらない」
村長の声だった。無理に感情を押し殺しているような声だった。
ゆっくり足音が近づいてきて、体の側で止まる。
「悪いな、リオナ。
ここ数日海が荒れているのは知っているだろう?
我々は海神様のお怒りだと考えて、生贄を捧げることにしてな。
お前はそれに選ばれた。
重鎮達で話し合った結果なんだ。悪く思わないでほしい」
ディランさんやサエコおばあちゃんの言ったことが当たった。
――本当に私だった……。親が居ないから?
そんな……あまりにも……
怒りよりも悲しみの方が大きかった。
村長さんやキイチさんの声からして、やりたくてやっているわけではないことは十分伝わってくる。それでも胸を埋め尽くしたのは悲しみだった。
「さて、そろそろ始めようか。
早くしないと皆に怪しまれる――」
その時村長の声を遮って、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
明らかに一人ではない数だ。
「ここにいたのかいっ!あんた達っ!」
力強く響いたのはサエコおばあちゃんの声だった。
今までに聞いたことのない棘のある声だ。
「サエコばあちゃん……」
「な、なぜここが……」
村長達の焦った声。
おばあちゃんがまくしたてるように話す。
「私しゃ驚いたよ!朝、リオナちゃんの様子が気になって見に行ったら姿が見えないんだもの!
しかも数人の男達の姿も見えないしさ!すぐに皆に伝えて探したよ!
そしたら灯台の上の崖にある洞窟に居るなんてね!」
――灯台の上に洞窟なんてあったんだ……
それにキイチさんと村長だけじゃないんだ……
驚いていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「リオナにひどいことしないでください!
こんなこと、やめましょうよ!」
――キヨ!?どうして!?私のこと避けてたのに……
キヨが私を庇ってくれていることが信じられなかった。
深い溝ができたのは私が原因だったのに。
「キヨ、お前まで反対するのか!」
「だ、だっておかしいですよ!
確かに海は荒れてますけど、偶然かもしれないじゃないですか!
十日荒れ続けたぐらいで――」
「十日も荒れているからだ!今までこんなことはなかった!
ならば海神様がお怒りだと考えるのが筋だろう!」
感情のこもった声が響き合う。
「なら、年寄りからも言わせてもらうよ!
あんた達、漁が好調の時は海神様のお名前すら口に出さなかったくせに、
困った途端口にするのかい?
あまりにも自分勝手すぎないかねぇ。
そもそも、生贄なんか出して海神様はお喜びになるのかい?」
「それが最も手っ取り早いだろう!時間のかかる供物なんて用意していたら、
供える前に村が滅ぶ!」
「だからってリオナを生贄にするなんてっ!」
「ならばお前が代わりになるか!?キヨ!!」
キヨが息を呑む音が聞こえた。
そのすぐ後にサエコおばあちゃんの大きなため息がする。
「村長、あんたかなり正気を失っているようだね。
村人を怖がらせてどうするんだい」
「ならサエコさん、今の村の状況をどう立て直す!?
肝心の漁には出れない!
今から別の事業を始めても、成功するまでに村が持つかどうか……」
村長の語尾が小さくなる。
「そうだねぇ。そこは付近の村を回ってお裾分けして貰うとか、どうにかして持たせるしかないんじゃないのかい。
ところで、おとぎ話を覚えているかい?」
「お、おとぎ話?」
「もしかして、あの、マーフォークの……?」
私の前後からどよめきが起こった。
まさかこの流れでおとぎ話のことになるなんて、誰も想像していなかっただろう。
「そうさ。そして、それは実話なんだよ。
この村とマーフォーク達の間には約束があるのさ」
「まさかその約束のせいで海が荒れているとでも言いたいのか?」
村長の声が少しだけ落ち着いた。
でもまだ焦りも含まれていて、引き下がるようには聞こえない。
「確証はないけどね。
私達がその約束を忘れているから、マーフォーク達は怒って海を荒らしているんだと思うよ。
村の記録に残ってないかい?」
「………………」
村長が黙り込んだ。
でも話は纏っておらず、洞窟内に重い静寂が流れる。
――このまま終わってくれれば……
だけど、いきなり誰かに背中を強く押された。
理解が追いつかないまま足元の感覚がなくなって体が宙に飛び出し、
そのまま落下してゆく。
――え?
「リオナっ!?」
「なんて愚かなことをっ……」
キヨとサエコおばあちゃんの声が遠くに聞こえた瞬間、
私の体は海に着水した。
あと二話で完結予定です。




