十話 サエコおばあちゃんの秘密
夕方五時。村全体が綺麗な夕焼け色に染まった頃。
ようやくサエコおばあちゃんの荷物整理が終わったので、
私とおばあちゃんは居間でお茶を飲んでいた。
「いやぁ、助かったよリオナちゃん。やっぱり二人だと早いなぁ。
本当にありがとうねぇ」
「私も時間を持て余していたので助かりました。それに――」
言葉を続けようとすると、おばあちゃんが片手を私の口の前に持ってきて制す。
「わかっているとも。その前にお茶を飲ませてくれないかねぇ。
一息つきたいのさ」
「は、はい……」
――そっか。ここで焦っても仕方がないもんね
本当は早くマーフォークのことを聞きたくてソワソワしてしまっていたけど、おばあちゃんの言葉で少し冷静になれた。
おばあちゃんはのんびりお茶を飲み干すと、ようやく私に向き直る。
「その前に一つ教えてくれるかい?」
「なんでしょう……」
「まだ唄は聴こえているのかい?」
急に真剣な顔つきになったおばあちゃんに威圧されて、
思わず唾を呑み込んだ。
「い、いえ……。というより聴こえなくなったんじゃなくて、彼等が歌わなくなったというか――」
「なるほど……。どうりで帰ってきた時に村の空気がピリピリしてると思ったよ。
皆は不気味な声が聞こえなくなって喜んでいるだろうけど、その代わりに海が荒れて船が出せず、上手いこと回ってないんだろう?」
全ておばあちゃんの言ったとおりだったので、私はただ頷くことしかできなかった。
「あの、サエコおばあちゃんは……」
「私にも不気味な声が唄に聴こえていたのさ」
まさかの告白に開いた口が塞がらなかった。
――おばあちゃんも!?
私の反応は予想していたみたいで、おばあちゃんはそんなに驚いた様子もなく話を続ける。
「もっとも、今じゃ不気味な声にしか聞こえないけどねぇ。私も周りに言って回ったけど誰一人として信じてくれなかったよ」
「じゃあ誰にも言ってないか聞いてくれたのは……」
「そのせいでリオナちゃんが仲間はずれにされていないかどうか心配だったのさ。
……少し話が逸れたねぇ。リオナちゃん。さっき「彼等が歌わなくなった」って言っていたけど、
会ったのかい?彼等と」
――ここまで来たら隠し通せるはずがない
観念した私は、ディランさんに会った経緯と今の村の状況を伝えた。
初めてディランさんに会った日は、唄の声がはっきり聞こえたこと。
最初は嫌悪されたけど、もう一度会ったら「特例」で交流を深めていることになったこと。
もう八日も唄が途絶えていること。
エイコさんの旦那さんが漁に出たまま戻ってきていないこと。
でも、キヨとの溝のことは言えなかった。
聞き終わったおばあちゃんは最初の方こそ皺だらけの目を見開いていたけれど、話が進むにつれてだんだん真剣な顔つきに戻っていった。
「約束、ねぇ。彼等のいうそれはおとぎ話の約束のことだろうよ」
「じゃあ、おとぎ話って実話だったんですか!?」
「そうさ。それに私の若い頃は月に一回、灯台下の祠にお供えをしてたんだよ。今じゃ見る影もないけどね」
――やっぱりあの祠は名残だったんだ⁉
日課としてひそかに続けていた水供えが無駄ではなかったと実感して嬉しくなる。
「あの、お供えって具体的に何を……」
「魚や御酒だよ」
――よかった。生贄じゃなかったんだ……
深く考えなくてもわかることなのに、私は思わずホッと胸を撫で下ろした。
だけどおばあちゃんの表情は変わらない。
「でも、思ったより良くない状況だねぇ。不漁が続いて大人たちは焦っている。
『判断力の落ちた生物は何をするかわからない』か。
リオナちゃんが会っているマーフォークも、
よくわかっているじゃないか」
「え、じゃあ……」
おばあちゃんの言葉に頭を金槌で殴られたような気分になった。
胸に不安が広がって、体温が下がってくる。
「マーフォークが言ったことはたぶん当たるよ」




