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『 スキップが止まらない男 』

作者: せや

サンカクという男は、一年以上思い続けていた願いをついに叶えた。

黒く艶やかな髪の美しいコンビニ店員に勇気を出して声を掛けたのだ。


「・・・もし良かったら、一緒にご飯でもどうですか」


驚いた表情のあと、少しの沈黙。

そして、確かに返ってきた。


「ありがとうございます、ぜひ」


その言葉が胸に落ちた瞬間、身体が勝手に跳ねた。

袋の中で弁当が宙を舞おうと、街の視線が突き刺さろうと、抑えられない。

彼はスキップするしかなかった。


その姿を見た子どもが、楽しそうに真似をした。

母親が「ほら、危ないわよ」と言いながらもつい笑い、その笑顔を見た人がまた微笑んだ。


並んだ歩道で一人、二人とサラリーマンがふと腰を軽く浮かせる。

「なんだか気分がいいな」

そんな呟きとともに、小さな真似が伝染していく。


サンカクは気づかない。

ただ彼の純粋な歓喜が、周囲にじんわりと波紋を広げていた。


見物していた若者がスマートフォンをかざした。

「この人すごい!見ているだけでこっちも幸せになる」

動画はその夜に拡散され、翌朝、至る各所の学校や職場で話題になった。


数日でSNSには「#スキップしたら少し楽になった」という小さな投稿が並び、

街では“幸福が伝染するように跳ねる”光景が点在し始めた。


やがてニュースはそれを拾い上げ、コメンテーターがもっともらしい意味を与えた。

「現代社会における新しいポジティブ運動です」


いつしかサンカクの顔も“元祖”として取り上げられ、彼は知らぬ間に流行の象徴となっていた。


しかし、誰も彼がなぜ跳んだのか、本当の理由を語ることはなかった。

あの一言、「ぜひ」という返事が胸の奥で弾け、言葉では受け止めきれない衝撃と喜びが足先に逃げていった。ただそれだけだった。


地元の川沿いの道でサンカクは彼女と出かける食事の場所と段取りを考えながらスキップしていた。洋食か!和食か!聞きたいこと!話したいこと!たくさんある!彼女と2人きり!飛び跳ねながら彼はお店の候補を調べて、段取りも整えていった。


翌朝、サンカクは彼女が働くコンビニへ向かった。

彼女のシフトは把握していて、今は朝のお客さんがあまりこない時間帯なので迷惑にもなりにくい。

彼女にお店の候補を伝え、待ち合わせ場所や日付も決めよう。


サンカクは勢いよく扉を開けた。


ドアのチャイムが鳴るあいだ、彼はレジ横の器の飴玉や、ガラスケースの揚げ物の中身や、釣り銭皿まで、いつもより鮮明に見えることに気づいた。

「いらっしゃいませ」

声を掛けた先にいたのは、見知らぬ新人の店員だった。


尋ねると、新しい店員が「前の人なら辞めましたよ」と言うだけだった。


彼のスキップは一歩乱れた。


その間にも、街角では「姿勢よく跳ねるコツ」や「効率的な跳躍法」が共有され、幸福はマニュアル化していった。


やがて、跳ばない者は「時代遅れ」「非協力的」と責められるまでになった。

テレビは「市民幸福指数」を報じ、行政はスキップ参加率を計測した。


人々は疲れ果てても笑顔を貼り付け、跳ね続けた。


そんな中、サンカク氏だけが立ち止まった。


薄暗い公園の不気味な静けさの中で、彼はただ歩いた。


「どうして跳ばないんだ?」

通りすがりの誰かにそう責められた。

答えることは出来なかった。

「なぜ、跳んでいるのか?」の質問に答えられないのと同じだ。

今は、動くことすらしたくない。


ーーーーーーー


街は今日もスキップで満ちている。

ほぼ全てのテレビCMはタレントにスキップをさせ、SNSを開けば誰かが跳躍し、街に出れば老若男女が思い思いに跳ねている。


駅前のロータリーの噴水を背に、ベンチに腰掛けて、人々の躍動をぼんやり見つめていたサンカクは、ゆっくり立ち上がった。


今にもその場に沈んでしまいそうになるような喪失感を抑えて、

彼は無理矢理に笑顔を作った。


知らない老人と小学生が目の前をスキップして通り過ぎた。

意味もなく楽しそうだ。


サンカクは、老人と小学生の後を追うように、足を浮かした。

飛び跳ねる街はサンカクを温かく受け入れた。


事の発端となったサンカクの恋のことは、誰も知らない。

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