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美貌の刃

作者: Tom Eny

美貌の刃


導入:過去の傷と現在の変貌、そして運命的な再会


大学の入学式の日、佐藤葵は期待と、研ぎ澄まされた復讐心を抱いていた。真新しいスーツの裏で、かつての自分を嘲笑した声が響く。中学時代、彼女はソファにだらしなく座り、大皿のフライドポテトや唐揚げに、これでもかとマヨネーズをかけ、テレビを見ながら際限なく口に放り込んだ。口の周りにマヨネーズをべったりつけ、それでも食べるのをやめられなかった。その結果、「地味で、まるで着ぐるみ」と陰で笑われた。中でも、クラスの人気者でイケメンの**田中健太は、葵が密かに憧れていた相手だった。その爽やかな笑顔を見るたび胸がときめき、少しでも彼の目に留まりたいと願っていた。**しかし、そんな健太からの心ないからかいが、深く彼女を傷つけた。健太にとってそれは軽い気持ちの冗談だったかもしれない。


忘れもしない、中学3年の体育の授業。マラソン練習が始まる直前、体育着のスカートのホックが「ブチッ」と音を立て、顔から火が出るほど恥ずかしかった。集合写真ではいつも隠れ、この体で写りたくないと願う日々。そんな中、最後尾を走る葵に、健太は笑いかけた。「おい、佐藤、走れよ! 震源地はそっちか?」 その一言が、全てを終わらせた。憧れは嫌悪に変わり、自分がどれほど醜く、だらしない存在かを突きつけられた。深い屈辱とトラウマが、葵の自己肯定感を打ち砕いた。同時に、もう二度とこんな思いはしない、という強い願望が湧き上がった。夜中に空腹で枕を濡らす。マヨネーズの濃厚な味を思い出し、甘い誘惑に負けそうになるたび、脳裏には健太の顔と、ジャンクフードを貪る過去の自分が浮かび、それが彼女を奮い立たせた。高校に入ってからの猛烈なダイエットは、その屈辱への**「仕返し」であり、二度とあんな思いはしたくないという切実な自己変革への渇望**そのものだった。努力の結果、葵は見違えるほど垢抜け、今や誰もが振り返るほどの美貌と自信を手に入れていた。今は、背筋を伸ばし、清楚なワンピース姿で、紅茶を片手に静かにテレビを見つめる女性になっていた。今日の彼女は、かつての自分とは全く違う。


入学式の喧騒の中、葵はかつての因縁の相手、田中健太を見つけた。彼は相変わらず洗練されたイケメンで、人目を惹くオーラを放っていた。健太の視線が葵に向けられた瞬間、その表情に明らかな一目惚れの色が浮かんだのだ。彼の瞳が、まるで獲物を見つけたかのように輝く。健太は、目の前の圧倒的な美しさに心を奪われ、まさか彼女が自分がかつてからかっていた女の子だとは、微塵も思っていない。葵は、健太が自分に気づかないどころか、魅了されていることに気づき、心の中で静かな優越感と、冷たい「仕返し」の感情が交錯するのを感じた。この上なく甘い蜜を吸いながら、毒を盛るような感覚だった。


展開:募る恋心と変わらぬ本性


驚くことに、葵と健太は同じゼミになった。健太は積極的に話しかけ、持ち前の爽やかさで葵の気を引こうと躍起になる。事あるごとに葵を食事に誘い、グループワークでは常に彼女の近くにいるよう努めた。健太からのアプローチを受けるたび、葵の心には密かな笑みが浮かぶ。彼がどれほど自分に夢中になり、その美貌に騙されているかを悟るたびに、過去の屈辱が癒やされていくのを感じた。中学時代には決して向けられなかった好意の眼差しが、今は鬱陶しいほどに注がれる。そのたびに、葵の心に微かな、しかし確かな満足感が広がった。


しかし、ある日のゼミ中、葵の復讐心を再び燃え上がらせる出来事が起こる。ゼミには、少し体格の良い、おとなしい雰囲気の女の子がいた。その子が発表で少しどもってしまい、緊張からか額に汗を浮かべ、声が上ずった時、健太は隣にいた友人と顔を見合わせた。


「おい、見てみろよ、アイツ」健太が小さく吹き出し、友人の耳元で囁いた。「汗だくじゃん。しかも、声、震えすぎだろ。ああいうのって、努力すれば直るのにな」


その光景は、葵の胸に冷たい怒りを呼び起こした。それは、中学時代、健太が友人とニヤニヤしながら、自分の吃音や外見をからかった光景と寸分違わなかった。**あの時の嘲笑と、今のそれは、まるで同じ音を立てているかのようだった。**葵の脳裏に、あの日の屈辱的な記憶が鮮明に蘇る。健太の声、友人のくすくす笑い、そして自分の体中が熱くなるような恥ずかしさ。何もかもが、目の前の光景と重なる。「この男は、何も変わっていない」。彼の表面的な魅力の裏にある、根深い無神経さに、葵の「仕返し」への決意は固くなった。


クライマックス:告白、そして残酷な「仕返し」


健太の葵への恋心は募るばかりだった。彼は日に日に葵への想いを募らせ、ついにある日、放課後の大学のキャンパスで、彼女を呼び止めた。自信満々の笑顔で、彼は切り出した。


「佐藤さん! あの、ずっと言いたかったんだけど…俺、佐藤さんのことが好きだ。付き合ってほしい!」


健太の真剣な告白の言葉に、葵の心には、長年温めてきた「仕返し」の感情が最高潮に達する。彼女は一呼吸置き、健太の真っ直ぐな瞳を見つめ返した。


「ごめんなさい、田中君。あなたの気持ちには応えられません」


きっぱりとした葵の返答に、健太の顔から血の気が引く。彼は信じられないといった表情で、何度も「どうして…?」と繰り返す。そこに、偶然通りかかった健太の友人が、ニヤニヤしながら割って入った。


「お、健太。どうした? まさか、お前が振られるとかありえんだろ? 何百人振ってきたんだよ」


友人の言葉は、健太のプライドをさらに深く傷つけた。健太は友人を睨みつけ、「うるせぇ!」と吐き捨てるが、内心は激しく動揺していた。彼はこれまで、告白して振られた経験など、一度もなかったのだ。


その混乱した健太の姿に、葵は中学時代の自分、そして今日、彼にからかわれたゼミの女の子の姿を重ねた。かつて、健太に心ない言葉を浴びせられ、傷つき、打ちひしがれたあの時の自分たち。今、目の前の健太は、まさしくあの時の自分と同じように、絶望の淵に立たされている。


「私、田中君みたいな人が苦手なんです。あなたの、弱い立場の人間を平気で笑いものにするような、その性格が。**見ていて、過去の、ある嫌な光景を思い出させるんです。**正直、うんざりします。昔、あなたに、もっとひどい言葉を投げつけられたことがあるから…」


葵は、それだけを告げ、健太に背を向けた。健太は、その言葉の意味を理解できず、ただ呆然と立ち尽くす。彼の頭の中は、なぜ振られたのか、なぜ「苦手」だと言われたのか、そして「弱い立場を笑いものにする」という言葉に、かすかな既視感を覚えつつも、それが何なのか理解できないまま混乱していた。彼は最後まで、目の前の美しい女性が、かつて自分がからかっていた「あの」佐藤葵だとは、気づくことはなかった。


結び:残された衝撃と知られぬ真実


振られたショックで、健太はしばらく立ち直ることができなかった。彼の心には、自分を振った葵の言葉と、その理由への深い疑問だけが残った。


ゼミの最終日。教室の出口付近で、健太が数人の友人とたむろしていた。彼の顔にはまだ、あの告白の日のショックの影が色濃い。友人が彼をからかう。


「おいおい健太、まだ引きずってんのかよ。まさか、あの田中健太が振られるとはな。お前、女に困ったことないだろ?」


「人生で初めての失恋か? いやー、意外なもん見たわ。ま、お前にはいくらでも女いるんだから、次行けよ、次!」


健太は顔を歪め、友人たちを一瞥した。普段なら強がって反論するはずの彼が、ただ黙ってうつむいている。しかし、彼は空元気のような声で応えた。


「はっ、当たり前だろ。別に気にしてねぇし。**俺にいくらでも女なんていくらでもいるんだから、こんな女、別にどうってことねぇよ。**次なんてすぐ見つかるっつーの」


痛々しいほどの強がりだった。


その時、教室の隅で、健太がからかったあの少し体格の良い女の子が、一人で参考書を片付けているのが見えた。葵は迷わずその子のそばへ。


「ねえ、今日の発表、お疲れ様。すごく分かりやすかったよ」


葵が優しく声をかけると、女の子は驚き、頰を赤らめた。「あ、ありがとうございます…」と、おどおどした声で返事をする。


「少し緊張してたみたいだけど、内容はすごくまとまってた。私も参考になったよ」葵はにこやかに微笑んだ。


女の子は、嬉しそうに頷いた。その目には、安堵と感謝の色が浮かぶ。


その光景を、健太は友人たちとの会話の合間に、ふと視線を向けた先で捉えていた。美しい葵が、自信なさげな女の子に優しく語りかけている。そのコントラストは、彼の心に深く突き刺さった。なぜ、魅力的な葵が自分ではなく、あの地味な子に優しくするのか。なぜ自分は振られたのか。彼の脳裏に、葵に突きつけられた言葉が再び蘇る。「弱い立場の人間を平気で笑いものにするような、その性格が。」しかし、それが自分自身の何を指しているのか、健太にはやはり理解できないままだった。彼は、自分の本質に気づくことなく、ただ目の前の光景に打ちひしがれ、深くため息をついた。


葵は、健太と目が合うと、静かに、そして何の感情も込めずに一度だけ視線を向けた。健太は、まるで心臓を直接掴まれたかのように、びくりと体を震わせた。葵は、その健太の苦悶の表情を最後に目に焼き付けると、女の子に軽く会釈し、そのまま教室を後にした。


二人の道は、ここで完全に分かれた。過去は、あくまで過去のままで、知られざる真実として二人の間に横たわり続けるだろう。そして、健太はこれからも、自分の本質に気づくことなく、同じ過ちを繰り返すかもしれない。しかし、葵の心には、完全な勝利感だけではない、どこか空虚な感覚と、彼が最後まで気づかなかったことへの、微かな寂しさのようなものが残っていた。

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