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9. コラボ案件

遂に出会った、イーブンとインゲン。

距離感のわからない二人の、手探りの確認。

だからこそ、自分を守る。

例によって、ダンジョン入口から少し入った場所にある建物。

その一角に、鏡代わりとして設けられたステンレス板の前で俺は装備のチェックを始める。

比較的モンスター出現率が高いダンジョンだと、意外とステンレス板で代用する事が多いが、いつも綺麗に磨き上げる手間が必要という欠点もある。

どうやらこの建物の場合、定期的に上から水をかけて洗っているらしい。

水滴がキラキラと反射し、まるで新たな冒険の始まりを告げるかのようだ

……とか、ナレーションが入りそうだ。


映像テストは、問題なし。

HUDとギミック連携も、応答良好。

仮面の内側──右目側のディスプレイには、カウントダウンが静かに進んでいる。


10・9・8 ──


NeoTask社との公式コラボ案件、その配信前。

──正直、やりづらい。

だが、それも表には出せない。


「……やるか」


ゆっくりと口元に笑みを作り、仮面の裏で深く息を吐く。

自分をイーヴンと名乗るようになってから、こういう顔芸は増えた。


そんなとき。

HUDの左下に、コラボ相手のログイン通知が現れる。知人同士のコラボと違い、案件の場合は企業側がコントロールするので、こんな形を取る事がある。


【NT:Ingn Bleidログインしました】

だが、表示されたその名に、視線が一瞬だけ止まった。


「……まさかな」


口の端を引き上げ、笑いの形を整える。

意識していると知られないよう、言い聞かせるように。


──他人の空似だ。

──似た名前なんて、いくらでもある。


無論、相手にではなく、自分に言い聞かせたって意味がないのは重々承知している。

それでも、その名前を目にした瞬間、胸の奥にざらっとした感触が走った。


……気のせいだ。そんなざらつきなんて、いつものことだ。


案件の装備である仮面を微調整し、白黒パンダモチーフのギミック仮装を一瞥する。

ゴスロリの黒いフリルに、白のレースと丸いイヤーカバー。左耳には赤いリボン。

馬鹿みたいに目立つのに、今の俺にはちょうどいい。


仮面の下、鏡に映れば誰もが気づくだろう──この両目の色。

左右で異なる虹彩オッドアイ

ダンジョンの深部で、あの日『改造』を受けてからずっと──

何かが、自分の中で、変わってしまった。

その意味を、まだ理解しきれていない。


「よし。ネタは充分……演出、完璧」


カウントがゼロを示す。


──【配信開始】──


冷たい合成音が、耳元で鳴った。


視界の端、複数の視聴者タグが一斉に現れる。

コメント欄は、すでに開幕の祝砲のように沸き立っていた。


『#パンダロリ再来』

『公式案件でその格好w』

『あ、相手ってインゲンちゃんじゃね?』

『#血に飢えた狼vs豆の娘』


「うるせえ。豆は関係ねぇだろ」


仮面の下で、そっと目を細めた。

画面の奥に、白いスカートを揺らして──コラボ相手が登場するのを見据えながら。


▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「……初めまして、Evenさん。今日は、よろしくお願いします」


仮面越しに、シューティンググラスを取ったインゲンが柔らかく頭を下げた。

普通のダンジョン配信者……と言うのも変だが、よくある SWATスタイルだ。かわいらしく左側でサイドポニーテールにまとめて、赤いリボンで結わえている。


その声音。言葉選び。礼儀正しいのに、どこか距離のある感じ。


「お、おう。こっちこそ、よろしくな」

自分でも驚くほど、おっさん声だった。

喉の奥がひりついて、コメント欄に『声、低っ』『誰だお前w』が飛び交う。

「って、おいそこ、タグで遊ぶな。#血に飢えた狼の喉風邪とかやめろ」

インゲンがくす、と笑った気がした。気のせいかもしれない。

だが、確実に表情は先ほどまでよりも柔らかくなっている。

「さっきまで、ちょっと緊張してました。

……公式でのコラボって、今回が初めてなんです」

そう言いながらシューティンググラスをかけると、わずかに笑って見せるインゲン。

だがシューティンググラスをかける直前に見せたその目には、どこか探るような色があった。


▽ ▲ ▽ ▲ ▽


そんなやり取りの最中、背後の通路からノイズ混じりの警告音が鳴る。

同時に前回使用したパンダセンサーの改良型が機械音で注意喚起。

『反応あり。三、二──』


声と同時に、床から立ち上がるように、黒い影が現れた。

スーツのような体躯に、赤いセンサーライト。

機械兵オート・セントリーだ。


「おしゃべりはここまで、だな」

隣でインゲンがFA-MASのコッキングハンドルを操作するのを見ながら、俺は低く身構え、MP5を構える。


──視点:インゲン──


オート・セントリーが動いた瞬間、身体が自然と反応していた。


右手にFA-MAS、左の腰にはクロスドロータイプのホルスターに差したM29──あの重い銃。

(こんなタイミングで、あの人のことを思い出すなんて)


Evenが左に動く。私が右。


打ち合わせもしていないのに、交差して包囲する動きが自然と決まる。

何よりも驚いたのは──

彼の目だった。


仮面の下。偶然、カメラのズレでわずかに覗いたその視線。

(……オッドアイ?)

左右の色が違う。その色に、私は見覚えがあった。

誰よりも近くで、ずっと見てきた──

(まさか、ね)

でも、連携の感覚が、懐かしすぎて。

心がざわつく。足が、迷いなく動くことが、怖いくらい自然。


EvenのMP5が敵のセンサーを潰すと同時に、私は足元を撃ち抜いて、体勢を崩させた。


「今ッ!」


三点射がコアを破壊し、機体は崩れ落ちる。


視界の端、Evenの手が一瞬だけ迷った気がした。だが、すぐに戻った。


──私も、気づかれてる?


気づいていないふりをしなきゃ。

これはコラボ。本番中。


でも、その目の色を──私は、見逃さなかった。


彼が誰であるのか、今はまだ、確かめるわけにはいかない。

──だからこそ、もう少し見ていたいと思った。



【To be continued】


お読み頂きありがとうございます。

今回、遂にイーブンとインゲンが出会いました。

これから二人を中心にどう動くのか。

そして次回、遂に二人の配信が始まります。

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