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8. 沈黙の観客

ディスプレイの中で舞う白と黒の仮面。

配信を観る、子供達の視線。

今回はインゲン視線でお送りします。

夜の部屋に、ディスプレイの白光だけが浮かんでいる。

何も無い部屋だ。家族と暮すマンションの、下の階に借りた小さな部屋は、打ち合わせでも使う応接室と寝室以外にはユニットバスとキッチンくらいしかない。

そんな応接室にあるのは、再生用の大型ディスプレイの置かれたオーディオセットと、マグカップの置かれたガラステーブルを囲むソファーセット。観葉植物や絵画の類いすら無く、壁収納らしい壁にはハンガーフックも無い。

録画アーカイブを再生する音が静かに響く中、インゲンはソファに膝を抱え、じっと画面を見つめていた。


──白と黒のコントラスト。跳ねるような動き。奇妙にまとまった、可笑しみと機能性を兼ね備えた衣装。


「やっぱ、変な格好……」


思わず呟いたその声には、自嘲とも戸惑いともつかない響きが混じっていた。


だが、そんな格好の人物が、罠を読み、鋭く動き、躊躇なく敵を撃ち抜く。

視線はいつも先を読み、無駄な動きがない。躍動感のあるフリップターン、滑るようなモーション。


その動きを、何度も巻き戻しては再生していた。


視線を少し下げて、コメント欄を表示する。


『#血に飢えた大熊猫』

『跳弾まで完璧』

『やっぱ鉄狼っぽくない?』

『いや中身違うだろw』

『タグ芸人かと思ったらガチで戦えてるの草』


「違うって……ばか」


小さく呟くと同時に、胸がざわつく。


──仮面。声。身長も動きも、あの頃とは少し違う。

でも。


再生位置をある場面まで戻す。


罠回避ギミックの説明中。イーヴンがしゃがみ込んで、カメラの角度を微調整していた。

……それが、普段使っている仮面設置タイプじゃないと気付いた。


「三脚で……手持ちタイプ、固定してるんだ」


こんな細かいこと、普通は気付かない。配信視聴者も、ほとんど誰も指摘していなかった。

でも、自分は気付く。気付いてしまった。


──あの人も、昔からそうだった。


些細なところによく気がついて、配線のズレとか、靴のひもが緩んでるとか、そういう細かいところをいつもさりげなく直してた。


「……ほんと、ずるいよ……」


呟きながら、カップを手に取る。

湯気の立つ紅茶。別に好きな味じゃない。

でも、落ち着きたいとき、なぜかこれを選んでしまう。

気づくと、ティーバックがあと一つに減っていた。


画面の中の仮面の下の人は、今日もパンダとして笑いを取りながら、誰よりも鮮やかに戦っていた。


「違うよ。あれは、パパなんかじゃ……」


でも、心の奥が、否定しきれない。揺れている。


☆ ★ ☆ ★ ☆


──そのとき、突然、室内に明かりが灯った。


「おねーちゃーん、ここにいたー!」

「まったく、また勝手に抜け出してー!」


ぱたぱたとスリッパの鳴る音が近づき、二人の小学生くらいの子供がソファの傍らに駆け寄ってきた。


ひとりは弟、ユウト。もうひとりは妹、ミナ。

二人とも来客用の大人用ではなく、置いてある自分専用のスリッパを履いていた。

どちらも母が再婚してから産まれた子供たちで、ユウトはインゲンとは十二歳離れている。

今はまだ小さくて、背丈も低く……瞳の色も自分とは違う。

ユウトの方がお兄ちゃんだが、よくミナの方がお姉ちゃんと勘違いされている。


「……なに、寝れなかったの?」

紅茶のカップを置いて、インゲンは小さく笑った。


「うん、なんか、こわい夢みちゃって……」

「おねーちゃんの部屋に来れば安心って思って!」


そう言って、二人はインゲンの両脇にぎゅっとくっついた。


あたたかくて、小さな体温。無垢な信頼。

──この子たちがいなかったら、とっくにこの家なんて飛び出してた。


母も義父も、どこか他人行儀で、家族というより共同生活者といった距離感だ。

でも、この二人だけは違う。


戸籍上だと、半分しか似てないはずなのに……

なぜか昔の自分を見ているようで、放っておけなかった。


「じゃあ、二人に飲物入れてあげる。

もう寝る時間だから、ホットミルクで良いかな?」

そう言って、インゲンは立ち上がり、抱きついてきた二人をソファーに坐らせる。

そしてキッチン――と言ってもポットや電子レンジやオーブントースターくらいしか無いが――に向かう。

「ミルク!やったー」

「熱くしすぎないでね!」

嬉しそうに騒ぐ二人をよそに、カップを三つ並べて冷蔵庫から出した牛乳を移すと、電子レンジで温める。


静かな時間。

なのに、どこか落ち着かない。


と、唐突に通知音が鳴る。

画面の端に、NeoTask社からの案件コラボ依頼情報が表示された。


そこに並ぶのは、自分のチャンネル名と、もうひとつ──Even Laive。


視線が揺れる。


「あ、この動画、おねーちゃんのパパのだよね」

「この動き、かっこいいよね。憬れるよ」

同時に、ソファに座ったまま、再生された映像に歓声をあげる二人。


だが、其れ処では無い。

「……やだ、また同じ……」


知らずに漏れた声が、室内に吸い込まれていった。


【To be continued】


お読み頂きありがとうございます。

今回はインゲンと、その弟妹のお話し。

無邪気な弟妹に振り回されるインゲン。

次回、パンダとコラボ

良ければ評価を御願いします。

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