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5. 鏡に映るものは

“あのコメント”が彼を揺るがす。

配信者Evenが挑む次なる敵は、視線と鏡を駆使する知能型──パララックス・ドール。

演出か、実力か。ネタの中に光る“本気”の一撃。

──『お父さん……?』


そのコメントが流れたのは、敵を仕留めた直後だった。

目の前の空間に残る残滓が霧散しきるよりも早く、胸の奥にざらりとした違和感が刺さった。


「……気のせい、だろ」


自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。

無理やりカメラの視線を切り替え、奥の通路へと足を進める。


──どうせまた、声真似配信者とでも勘違いされたんだろ。

そんなの、よくある話だ。……よくあるはずなんだ。


コメント欄の記憶には、まだ“鉄狼”が生きている。

タグも、編集動画も、語録も。けれど、あいつはもういない。


大神鉄也──名前も、顔も、過去も。

狼を名乗るには背負いすぎた男の亡霊。


俺は今、直江竜胆。

仮面をつけて、ヒラヒラしたスカートを履いて、声色すら変えてる別人だ。


「……演者は仮面を脱がない。そう決めたろ」


気持ちを切り替えるべく、建物の扉に手をかけた。

もちろん、十分に安全を確認した上でだ。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


扉の先に続く通路は、異様なまでに静まり返っていた。

壁には彩色されたステンドグラス風の装飾、天井には結晶体のようなシャンデリア。

派手で、冷たくて、どこか不気味な空間だ。

時折、床の両脇に設置された大きな姿見の鏡が、妙に嫌な角度でこちらを映していた。


「……ふざけてんな、ほんと。やってくれるよな、このダンジョン」


口の端だけで毒づきながら、仮面の右耳に触れてカメラ視点をAI自動補正付きの手動制御モードへ切り替える。

仮面の内部──片眼にかかるスリット状のレンズ内には、薄く浮かび上がるHUDヘッドアップディスプレイが表示されている。


それは透明なガラス面の上に、淡い水色で文字やタグ、敵性情報、コメントログが重なるように映る構造だ。

戦闘時は一部が簡易ARとして展開され、弾数、体勢指標、周囲の反応が右下に重なる。

目を動かせば、その視線に合わせてUIも追従してくる。


視界の端、配信画面に流れるコメント欄がザワついていた。


『あの動き、マジでヤバい』

『#鉄狼再来説』

『でも仮面の下は別人だろ』

『#血に飢えた狼 で統一しようぜ』

『いやマジで仮面越しに似てるんだよ』


「タグは好きにしろ」


小さく返しながら、俺は階段状の通路を降りていく。

足音が、コツ、コツ、と不自然なほど反響し、鏡に映る自分の姿が、何度も揺らめいた。


そして──


その先の広間に、生まれるように異形が出現した。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


ガラスと金属で構成された、無表情な存在。

体表はなめらかな鏡面で覆われており、顔は……どこにもない。

唯一、顔らしきものは、左腕の盾に埋め込まれた楕円形の鏡だった。

それがゆっくりとこちらを向いた瞬間、まるで視線が合ったような錯覚に襲われた。


「パララックス・ドール」


仮面の内側、片眼のHUDが、その名を淡く表示する。


『……うん、これ絶対面倒くさいタイプだ』


俺はMP5のセーフティを三点射撃モードに切り替え、構えを低く取る。


鏡盾を前に突き出したまま、ドールは滑るように接近してきた。

全身の鏡面に写る俺の姿が、無数に揺れている。

その動きは奇妙なほどスムーズで、接地音がまるでしない。


俺は一歩下がりながら、右側に配置された姿見をちらりと視界に収めた。

……次の瞬間、反射した鏡越しに、敵の手が一瞬だけ光を帯びた。


「っ……来るッ!」


反射動作だけで読み切るにはギリギリすぎた。

それでも俺は即座に脚の摩擦を下げ、身体を反転させるように横回転。

くるりと宙を回るように姿勢を低くし、背面を滑るようにかわす。

視界の端、ドールの腕がしなり、空間を切り裂く光の軌跡が走った。


鋭い風圧が肌をなぞり、ギリ、と音が鳴る。


「斬撃……いや、質量付きの断面衝撃だな、あれは」


ただの斬りつけではない。

あの一瞬の光――ドールの鏡面から屈折したような力場が生まれ、

一定距離の対象に向けて“切断と押し出し”を同時に叩きつけてくる。


「……視線に反応して、角度から予測、鏡でタイミングを絞って……なるほど」


正面からは、まるで予備動作のない攻撃。

だが、鏡に映した時だけ、その動きの兆しが見える。


「視線で誘導して、鏡で予測か……厄介すぎんだろ」


戦闘の始まりと同時に、コメント欄が爆発的に盛り上がる。

『あれ、攻撃モーション見えた?』

『#鏡ギミック確定』

『なんで回避できたの?』

『映像反射からのカウンター説』

『やっぱ鉄狼に似てる……けど違うな』


「よし……じゃあ、こっちも“映える”攻撃ってやつを見せてやるか」


俺はバースト射撃の反動を利用し、斜めに跳ねるようにステップし、そのまま宙返り。

着地と同時に、足裏の摩擦係数を切り替え、床を滑るように姿見の裏へ──


「その盾の顔──割らせてもらう」


MP5を構え直す。

鏡越しに、こちらを追うドールの予測動作が、はっきりと映っていた。



『宙返りしたのに、なんで見えないんだよ!?』

『#絶対防御フリル』

『この動きのギャップがクセになる』


同時に、カメラの角度も計算しながら、鏡の死角から滑り出す。

この一撃で、演出も記憶も撃ち抜いてやる。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇


ドールの動きが鈍った。割れた盾からは、粉々になった鏡の破片が零れ落ちている。予測と干渉を担っていた"顔"が壊されたことで、攻撃の精度も狂い始めたのかもしれない。


それでもドールは立ち止まらない。


「反射できないなら、どうする?」


もうひとつの腕──右手が、音もなく持ち上がる。その掌の中央に、まるでレンズのような構造体が見えた。


『次のフェーズか?』

『盾失っても継続行動……まさか射撃型?』

『右手が本体?』

『これ、ガチで死ぬやつじゃね?』


視聴者コメントがざわめく中、俺は身体を沈めた。仮面越しに、あのレンズのような部位を見据える。


ドールの掌がわずかに光を集める。それが臨界に達した瞬間、何かが“弾かれた”ような音とともに、閃光が放たれた。


「っ……!」


視界が焼かれる前に、仮面の偏光処理が作動し、眩しさを抑えてくれる。それでも、光がすれすれを掠めて壁面に着弾したとき、コンクリートが爆ぜ、砂埃が巻き上がった。


『やばい今の』

『殺意しかない』

『まさかのビーム兵器』


「上等だ……」


俺は立ち上がり、今度は真正面からドールを睨んだ。すでに盾の補正を失ったドールの動きは直線的で、照準も明確だ。つまり、こちらが意図的に死角を作れば、攻撃を誘導しやすい。


「見せてやるよ、ネタ枠の本気ってやつを」


鏡張りの床を蹴り、滑走するように走る。今度は敵の真正面──いや、狙わせるようにあえて動線を晒し、レンズの発光を見た瞬間、天井の梁へ飛び移る。


そのまま反転し、空中で一回転。


背中越しに撃たせ、空振りさせた軌道の延長上から、俺は壁を蹴って反対側へ滑り込む。


レンズが再チャージに入る前に、俺はドールの至近距離に踏み込んでいた。


「撃てない距離ってのも、あるんだよ」


MP5の銃口を、剥き出しの胴部に突きつけ、トリガーを引く。


乾いた発砲音とともに、金属を貫く感触が腕に返ってきた。


ドールの動きが止まる。関節の継ぎ目から、火花と断続的なスパーク。


『クリア!』

『撃破確認!』

『#血に飢えた狼 #今日もかっこいい』


「……ふぅ」


俺はMP5を降ろし、仮面の内側で息を吐いた。


「これで、ネタ配信じゃなくても、見てくれるか?」


小さく呟いたその言葉は、仮面の内側だけに響いていた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


……コンクリ片が散らばる空間に、再び静寂が戻る。

俺は仮面の内側で深く息を吐いた。


『さっきの滑り撃ち、マジで映画だった』

『最後のバースト、惚れる』

『今日も血に飢えた狼は無傷でした』


コメント欄が高揚と熱狂で染まる中、

俺は配信停止のボタンに手をかけながら、ふと口元を緩める。


『……俺が何者かなんて、誰にもわかんねぇよ』


けれど、

視線の先──

壊れた鏡の破片に、一瞬だけ、どこかで聞いたような瞳が揺らいだ気がして。


……気のせいだろ、と呟く声は、誰にも届かない。


【To be continued】


お読み頂きありがとうございます。

戦闘回にもかかわらず、内面の揺らぎが滲み出る回となりました。

「仮面は、隠すためだけにあるのか?」そんな問いを込めています。

インゲンの再登場も間近です。親子の物語、もう少しだけ揺らがせていきます。

次回はインゲン視点も交えてお送りします。

評価して頂ければ励みになります。

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