4. 黒フリルと赤い飛沫
ゴスロリ衣装、仮面、そして銃火器──
ネタの皮をかぶった本気の戦闘が、いま幕を開ける。
滑って・舞って・撃ち抜く、唯一無二のネタ配信開幕!
「はぁ」俺はため息を吐き出した。
ダンジョンの出入り口から少し入ったところに設けられた休息所──通称ブリーフィングエリア。
その外壁部分は、探索者が装備を確認できるよう、一面が鏡張りになっている。
その前に立ち、ドレスの裾を軽く払って整える。視線を上げた先には、仮面越しの自分が映っていた。
配信開始のカウントダウンがゼロを示した瞬間、画面に一瞬ノイズが走る──
その直後、ひらひらと揺れる黒のフリルが画面いっぱいに映し出された。
【配信開始】
合成音声が静かに鳴り、俺の視界と視聴者の画面が完全に同期する。
目の前に広がるのは、灰色の石畳が続く無人の市街地型ダンジョン。
そして、反転する視線の先に──ゴスロリ姿の配信者、“Even Laive”。
黒レースのドレスが無風の空間にかすかに揺れ、左耳に結ばれた赤いリボンだけが、まるで意志を持つかのように震えた。
俺は、ゆっくりと仮面右耳に固定された配信用カメラに目線を合わせる。
「お、おう……おはよう諸君。今日のテーマは、えーっと……そう、“黒フリルで血飛沫♡《ハート》”だ」
テンションを上げたつもりだったが、喉が渇いて思うように声が出ない。
普段は外見に合わせてやや高めの柔らかい声を意識している。
だが、緊張のせいか、喉が張りついて、いつもよりずっと低い“おっさん声”が出てしまった。
コメント欄が、数秒のラグを挟んで爆発する。
『!?』
『えっ!? ゴスロリ!?』
『いつもより低音すぎない!?』
『#おっさん声Even』
『ブレないのにブレすぎてる』
『この配信、いつから美少女枠だったっけ?』
『#Evenたん #女装系V #ガチ戦配信者』
「……うるせえ」
小さくぼやいてから、俺は体を市街地側に向け、カメラの視角を広角モードに切り替える。
右耳に装着されたカメラは、仮面と一体型であるため動きの影響を受けにくい。
かつてのドローンでは追従できなかった速さも、今の方法なら問題ない。
笑わせるのも、舐めさせないのも、両方がこの仮面の役目だ。
俺は市街地型ダンジョンの通りをゆっくりと歩き出した。
誰もいないはずの石造りのアーケードに、ゴスロリ衣装のブーツがコツ、コツと音を立てて響く。
視界の隅には、視聴者のコメントが流れ続けていた。
『うわ、ほんとに動いてる……』
『ゴスロリでアサルトダッシュすなww』
『#ブーツでスライディング』
『#パンチラしてるから見せて』
『え、マジで一瞬見えた?コマ送りで確認したやついる?』
『脚線美が無駄にリアル』
「……お前らどこ見てんだよ」
ぼやきつつも、コメント欄の熱量が妙に温かい。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
この市街地タイプのダンジョンは、探索者の間で“視覚映え”のスポットとして知られている。
装飾された建物群、石造りのアーケード、そして──突如現れるアーティスティックな敵性存在たち。
「さて、今日は何が出るかな。できれば……静かな奴で頼む」
そう呟いて、俺は通りの奥へと歩き出した。
そして目の前の路地の角を曲がった瞬間、反応が走る。
敵性体、接近。
──建物の影から、狗面を被ったような異形──《コボルト》が、猛スピードで突進してきた。
入口付近の安全域すら無視するような出現タイミングに、思わず舌打ちが漏れる。
「ったく、開幕突っ込みって、旧時代のFPSかよ……」
咄嗟に足を蹴り上げ、後方へバク転。
ゴスロリ衣装の裾が宙に舞う──が、下からのアングルでも一切見えない。
……って、そもそもカメラの位置からして見えっこないはずなんだよな。
コメント欄が即座に反応する。
『バク転!?今見えた!?』
『#パンチラ警察出動』
『何で見えないんだよ!』
『中身は男の娘だからだろ』
『いや、男の下着なんぞ見ても楽しくねえだろ』
『#プロのパンチラ制御』
「……うるせぇ、こちとら戦場なんだよ」
自分に言い聞かせるように呟きながら、腰の背中側に結わいておいたMP5を取出すと、伸縮式ストックを素早く展開。
「ゴスロリには向いてない……ってか、似合わないよなぁ」
そうぼやきつつ、敵の顔面に向けて三点射を叩き込む。
コボルトの仮面が砕け、赤黒い光と共に霧散していく。
魔物とダンジョンに生息する怪物の違いはここだ。ダンジョンと共に発生したコボルトのようなモンスターは倒すと霧散しコアを残すが、ダンジョンに生息するクリーチャーは普通に死骸になる。
この差からクリーチャーはダンジョンと一緒に発生したのでは無く、ダンジョンに動物が取り込まれたのだとされている。
それはさておき、フリルが画面の端で再び揺れるたび、視聴者のコメントが止まらない。
『#ゴスロリ射撃術』
『マジで映えすぎてて困る』
『でも声だけはおっさんのまま』
視界をスライドし、次の通路を見据えながら、息を整える。
「……さて、次はどんな演出してくる?」
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
俺が通路を抜け、十字路に差し掛かったその時だった。
一歩前に出た瞬間、床に仕込まれていた魔法陣がかすかに発光し、周囲の空気が歪む。
「……っと、群れか」
まるで舞台の幕が上がるかのように、三体の敵性体が左右の路地から現れた。
さっきのコボルトとは違い、今度は美術館の展示物のような質感を持つ敵──《ファントム・レリーフ》。
陶器のような質感に、歪んだ顔のマスク。両手には湾曲した刃。
ゆっくりと、だが確実に俺を囲むように進み出る。
「絵になる演出ありがとう。……なら、こっちも映えで返さないとな」
俺は姿勢を低くし、右足を滑らせながら横へステップ。
床を蹴ると同時に、重心がほぼ無抵抗に滑る。摩擦を限界まで落とした感覚が、肌に馴染んでいた。
『今の動き何!?』
『ホバー移動?』
『CGみたいな機動やめいw』
『#滑走ゴスロリ』
『#ヒラヒラで斬り合いしてる』
カメラは俺の視界と完全に同期している。
赤いリボンが揺れ、フリルが翻る。
敵の一体が跳びかかってきた瞬間……
俺はカメラ毎顔を上向きに振り、背中を軸に、宙を蹴っての後方宙返り!
その勢いのまま、地面にMP5とは逆の手をついて着地し、素早く姿勢を戻す。
『バク宙!?』
『#パンチラはどこへ』
『あれ見えねえようにしてるだろ絶対』
『プロの技術www』
「見せねえよ、戦ってんだこっちは!」
叫びながら、俺は一体目の懐に入る。同時にひらひらの裾に手を入れると、居合抜きの要領で抜放ったナイフで脇腹を斬り裂く。
残りの二体の動きを読みながら、左手に持ったMP5を発砲──
撃破エフェクトの光とともに、コメント欄が盛り上がりを見せる。
『#イーヴンたんつよすぎ』
『フリルと火花のコントラスト神』
『男の娘で戦闘特化ってどんなジャンルw』
俺はゆっくりと体を起こし、カメラに向かって小さく手を振る。
「じゃ、今日はこれくらいにしてやるか……って、まだ出るのかよ」
奥の通路の奥で、なにかが動いた。
──その時、コメント欄に一つ、妙なコメントが流れた。
『やっぱり……お父さん……?』
その瞬間、心臓が一拍遅れて脈打った。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽
──その頃、配信画面を食い入るように見つめるもう一人の人物がいた。
ソファに丸まるように座った少女、インゲン・ブレイド。
手にしたマグカップの中身はもう冷めていたが、彼女はそれに気づいていなかった。
「……何やってんの、あの人」
呆れとも、安堵ともつかない表情で、彼女はモニター越しに笑った。
けれど、ふと視界の端に映った赤いリボンが揺れるのを見たとき、
そしてコメント欄に──
「……また“父さん”って流れてる」
モニターの前で、マグカップを両手で抱えたインゲンは、ぽつりと呟いた。
彼女の視線は、配信の映像ではなく──
赤いリボンに、ずっと釘付けになっていた。
「……ずるいよ。そんなの」
彼女は、小さく息を吐くと、閉じられたフォルダを開いた。
そこには、過去に父と過ごした日の、映像データが数本だけ保存されている。
『……今日のネタは、十分かな』
そう言っていた、あの人の言葉が、ふと胸を締め付けた。
「私も、やらなきゃ。狼は……パパだけだもん」
そう呟いて、インゲンは配信画面を閉じた。
【To be continued】
お読み頂きありがとうございます。
フリル×銃撃×アクロバティックバトル、いかがでしたか?
コメント欄の“ネタとガチの共存”を意識して書いてみました。
今後も「可笑しくて、ちょっと切ない」スタイルで進めていきます。
ざまあ要素は少し先になるので、是非ともお待ちください。