39 The Stream Goes On
別れと再会の約束を胸に、イーブンは新たな拠点へと歩き出す――
これは一区切り、だが物語はまだ続く。
――児童公園:
「それじゃあ、カウント入れるねー」
インゲンの声に合わせて、俺も軽く手を振る。
白ゴスパンダと黒ゴス狼。
ふたりの奇抜な装いの配信者が、児童公園の遊具を跳び越え、滑り、駆け抜ける。
ステップを合わせるように並走し、互いの呼吸でポーズを決めると、背後からドローン型カメラがぴたりと追いかける。
『かっけぇ!』
『なにこれ運動会?』
『獣人舞踏か!?』
コメント欄が一気にヒートアップする中、
俺とインゲン――いや、翠はぴたりと足を揃え、最後のターンでシーソーを使って同時宙返りを披露した。
「決まったな」
「決まったね!」
鮮やかな着地と決めポーズに、公園内から自然と拍手がわき起こる。
その中に、ひときわ大きな声で歓声を上げるふたりの姿があった。
優翔と美菜。
かつては、どこか他人との距離を測るような気配があった彼らが、今ではすっかり輪の中に溶け込んでいる。
周囲の子供たちと肩を並べ、同じように拍手を送り、同じように笑っている。
「ねえ、あのお姉ちゃんとお兄ちゃん、ほんとにダンジョン探索者なの?」
「うん! うちのねーちゃんだぞ!」
優翔が誇らしげに胸を張る。
「この間の動画もみんなに見せたら、かっこいいって言ってくれてさ!」
「また見たい!」
「じゃあ、今度一緒に見よう!」
「わーい!」
子供たちの無邪気な声が公園に響き、暖かな風に混じって木々を揺らした。
俺はそれを横目に、ふっと息をつく。
こういうのも悪くは無いが……少し寂しかった。
○ ★ ▽ ★ ○
―― NeoTask社:中村主任
その時俺のスマホが震えた。
【着信:NeoTask社】
中村主任からの通話だった。
「どうも、イーブンさん。今大丈夫です?
「ええ、ちょうどプライベートな配信が終わったとこですよ」
「それは良かった。
良いお知らせです。特許関連は、ほぼ一段落です」
そう切り出した中村主任は、続けて「後始末が大変だ」とため息まじりに言った。
「……ああ、東都電装のこと?」
「ええ。どうやら村山専務が再建方針を正式に発表したようです」
資料が転送されてくる。なるほど、外部向けの文面だけあって綺麗にまとまっているが、技術や現場への言及が極端に少ない。特に設計や品質保証といった泥臭い領域への言及は、見事に空白だった。
「どう思います?」
「……うまくやろうとしてるのはわかるけど。でも、ちょっと現場軽視というか、村山さんって営業か購買の人なんですかね」
中村主任は「やっぱりそう思います?」と苦笑する。
「村山さん、優秀なんですがね。たまに、土を踏まずに結果を欲しがるというか……
とくに反動ですかね、前回の件で」
○ ★ ▽ ★ ○
――児童公園:優真・美沙
公園の木陰、少し離れたベンチで、優真と美沙が並んで座っていた。
目の前では、子供たちの笑い声がはじけ、二人のコラボ配信者が軽やかに動き回る。
微笑を浮かべながらも、どこか名残惜しそうな表情を見せる美沙が、ふとつぶやいた。
「……ねえ、最近、ようやくこないだ入ってきた部下が育ってきたの。
一人ではじめた時から、ずいぶん時間かかったけど、形になってきた気がする」
「それは……本当に、よかったね。名実ともに課長さんだ」
優真が、心からの言葉で応じる。
「それでね、家を買おうかと思ってるの。
ちょっと郊外だけど、静かで広いところ。
子供たちが、また友達を呼べるように……そんな場所がいいなって」
「そうだな。きっと、それが一番いい選択だと思う。
できれば、工場に近いと助かるけど」
「たぶん、そうなる。一戸建てだし。
でも……車も買わなきゃ」
未来の話だった。
それはきっと、今の延長線上にある、穏やかで小さな未来。
言葉に嘘はなかった。ただ、胸の奥には、ふとした寂しさが残っていた。
けれど、それもまた自然なことなのだと、二人は知っていた。
互いにすべてを忘れたわけではない。
過去の痛みも、迷いも、きっと消え去ることはない。
けれど——
だからこそ、今こうして共に座っていることに意味があり、
その上で、これからを作っていけるのだと、信じていた。
目の前で無邪気に笑う子供たちの声に、二人の顔がそっと和らいだ。
それは、かつてとは違う、確かな“日常”の証だった。
○ ★ ▽ ★ ○
――NeoTask社:中村主任
「どうしたの?」
インゲンが、興味深げに聞いてくる。
「ああ、主任さんからで、東都電装の件を教えてもらった」
「ああ」
それを聞いて、途端にインゲンも興味を無くしたようだ。
【着信:NeoTask社】
と、再び中村主任からの通話だった。
「すみません、イーブンさん。言い忘れてた重要案件あって」
「ん?」
「東都電装の企画部……事実上、壊滅です」
「……壊滅?」
「ええ。他社にごっそり引き抜かれたらしくて。
何人かはフリーに転じたみたいですけど、大半が同業に。
こっちとしても困るんですよね。直接取引が減ってたとはいえ、窓口ごとなくなると、逆に面倒が増える。
更に最悪なのはサプライヤが減って、コスト競争してくれなくなったりして」
中村主任は、資料のルート調整や過去案件の再照会など、地味ながら手間が増えそうな工程をいくつか挙げた。
「とはいえ、再建中の企業に文句は言えないし……。
それに、イーブンさんが居てくれて助かってますよ。いや、マジで」
「なんで俺が裏方のまとめ役みたいになってるんだ……」
呆れつつも、そう思わせてしまう何かが、自分にあるのかもしれないと、少しだけ苦笑した
○ ★ ▽ ★ ○
――帰り道
児童公園からの帰り道、俺とインゲンは並んで歩いていた。仮面は二人とも外し、ゴスロリ装備も目立たないようしている。
「インゲン。
……俺、引っ越すよ。
例の中国地方のダンジョンに拠点を移すつもりだ」
一瞬、足を止めたインゲンが、俺の目を見る。
「……そっか。うん、なんとなくそんな気はしてた」
「お前も来ないか?」
ほんの少しの間。
けれど、その沈黙に、彼女の中の葛藤が滲んでいた。
「……まだ、ここでもう少し頑張ってみたいんだ。
あたし、自分で決めたことだし」
「わかった」
ふっと肩の力が抜けたような、そして少し寂しいような笑み。
「でも、そんなに遠くはないし、たまにコラボしようね。……また会えるよね?」
「安心しろ。背中、任せられるのはお前だけだよ」
俺たちは、軽く拳をあわせた後、手を振り合った。
○ ★ ▽ ★ ○
――PANDORA社
同日夜、PANDORA社から新着メッセージが届いた。
『本件、探索型プロジェクトへの移行に伴い、現在の案件は一旦終了とさせていただきます。これまでのご協力、誠にありがとうございました。
また何かございましたら、ぜひご連絡ください』
どうやら、コスプレ系の案件はこれで一区切りらしい。ひとまず、一区切り。
──と、思ったのだが。
メッセージの末尾に、気になる一文が続いていた。
『なお、新たなダンジョン拠点における活動に関しては、以下の協力店舗・現地サプライヤーとの連携が可能です。近隣施設としては──』
続くリストには、武器・食料・探索装備・ネットワーク構築支援まで、あらゆるジャンルの調達先がびっしりと並んでいた。明らかに、傘下か提携先だ。
「……さすが、抜かりがないな」
ふ、と小さく息をつきながら、モニター越しに目を細めた。
「調達面で不安はない。あとは、自分がどこまでやれるかだな」
──そして、最後の追記で吹き出しかける。
『P.S.:ゴスロリ衣装を含む新装備に関して、企業コラボのご要望があったと当社が判断した場合、即時発送を行います』
「いや、何をどう判断するつもりなんだ……」
肩をすくめながらも、どこか呆れたように画面を閉じた。
○ ★ ▽ ★ ○
――新ダンジョン
新拠点となるダンジョンの前、準備を終えた俺はカメラを前に立ち上がる。
――小さく息を吸って、マイクに向けて言葉を放った。
「さーて、やって参りましたぞ!」
コメント欄が一斉に動く。
『来た来た!』
『新シリーズか!?』
『待ってましたぞ!』
「今回は、ちょっと一味違う場所からお届けするぜ」
笑みを浮かべながら、俺は歩き出す。
背中には、インゲンとの約束がある。
また、きっと会える。この物語も、まだ終わってなんかいない。
俺たちは、そういうふうに出来ているから。
【The stream goes on】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
「さーて、やって参りましたぞ!」の言葉と共に、物語は新たなステージへ続いていきます。




