37. 最後通牒
巫女装束での配信中、イーブンが見たのは“空中に浮かぶ純粋な扉”。
インゲンからの連絡と、子どもたちの笑顔、そして静かに迫る処分の刻――物語は新たな転機へ。
いつもの通りの配信だが……例によって、PANDORA社からの案件で、今日は巫女風の袴姿で配信している。
「この前見つけた純粋扉、やっぱり気になるな……」
画面の向こうに映るのは、ぽつんと一枚だけ存在する金属の扉。枠も壁も、何もない。ただ空間に浮かぶようにそれだけが存在していた。
『マジで純粋に扉じゃん』
『壁どこ? 扉だけってホラーかよ』
『また美術系トマソンか?』
「現代建築だと構造の外化とか言うらしいんだけど……まあ、ダンジョンの中じゃ異物感しかないな」
ぐるりとカメラを回して、周囲を見渡す。建物の痕跡はなく、朽ちた鉄骨と錆だけが残っていた。
「この感じ……嫌でも思い出すな。俺が改造された“あれ”とよく似てる。フィールドと洞窟、それに人工構造物の境目が曖昧な感じ……まるで全部が混じってる」
そんなことを呟いたタイミングで、配信端末が震えた。
【着信:Ingen Bleid】
インゲンからの連絡だ。
『配信終わったら、お願いがあるの』
「了解。終わったら連絡する」
端的に返して、配信の締めに移る。
「さて、今回のレポートはここまで。次回はもう少し奥を探索してみるつもり。じゃ、またな」
◇ ● ☆ ● ◇
── 東都電装 本社 役員会議室
役員専用とも言うべきその会議室の空気は、これまでにないほどに冷え切っていた。
「私はNeoTask社の役員から言われたました。どなたが企画部に責任があると仰ったのですか?とね。
それどころか、企画部に責任がないとはっきり言わないとわかりませんか、とまで言われました」
そう言って、村山専務が会議資料の一部を前に突き出す。
そこには、やり取りの記録と共に、NeoTask社側の文面がはっきりと残されていた。
『我々は、貴社企画部の対応と誠意を評価しております。
その上で、再発防止の観点から、貴社における責任の明確化をお願いしたい。』
藤波執行役員が口を開く。
「その……これはつまり、企画部の謝罪を受け入れたと言うことは、責任を認めたと理解してよろしいのでは?」
「違いますよ」と村山は静かに遮る。
「文面の通り、NeoTask社は『対応と誠意を評価した』と書いてます。それを踏まえて、責任を明確にせよと言っている。
『謝罪を受け入れたから責任も認めた』なんて、都合のいい論理の飛躍は通用しません」
役員たちは黙ったままだ。だが、その沈黙が何より雄弁だった。
村山はさらに続ける。
「私はこの数週間、内部調査と証拠収集に時間をかけてまいりました。その一部を、共有させていただきます」
◇ ● ☆ ● ◇
――児童公園に近いコンビニ前
夕暮れの公園には、元気いっぱいの子どもたちの声が響いていた。鬼ごっこ、ボール遊び、かくれんぼ。まるでエネルギーが無尽蔵のように、騒がしくも楽しげなざわめきが広がっている。
その中でも、とびきりの声量で駆け寄ってきたのが――
「パンダさん、こんにちはーっ!」
「はじめましてっ!」
元気爆発の笑顔で挨拶してきたのは、優翔と美菜。礼儀正しくお辞儀しながら、間髪入れずに畳みかけてくる。
「ねぇねぇ、パンダさんのパルクールまた見たいーっ!」
「ねー!おねーちゃんと一緒にお願いっ!」
……すごい。勢いがすごい。
さすがに元社会人でもこのラッシュには押される。
(あー、なるほど。それでインゲン、わざわざパンダセンサー持ってこいって言ってたのか)
巫女風ゴスロリで顔の上半分を覆うパンダセンサー――この絵面、ちょっとした異世界感あるな……。
「俺、さっき配信終わったばっかで、正直もう体バキバキなんだが……」
苦笑まじりに弱音をこぼすと、すかさず二人がペットボトルを差し出してきた。
「パンダさん、これ!おねーちゃんが言ってたよ!
紅茶飲めば元気回復!って!」
「それに今日は、黒い狼さんも一緒にやってくれるって!」
「……え、あたし?」
インゲンが目を見開いて振り返る。動揺した声が珍しく高めだった。
それを見て、俺は遠くを見つめた。
……ああ、もうパンダさんって呼び名、定着しちゃってんだな。
かつての鉄狼とか、全部過去になったのかと思うと、なんか複雑だ。
……血に飢えた狼の呼び名は、さすがに教えちゃ駄目だよな。
で、結局、二人のきらっきらな目と期待のこもった笑顔に負けるしかなかった。
「……よし、やるか。今だけ限定、パンダさん再起動だ」
インゲンが苦笑しながら、手にした狼風にアレンジされたセンサーを構える。
ゆっくり立ち上がった俺の背に、子どもたちの歓声が火をつける。
元気な子どもたちと、少しだけ過去を引きずる中年が迎える、ちょっとだけ特別な夕暮れだった。
◇ ● ☆ ● ◇
――東都電装 総務部
高橋総務部長の元に、新たな報告が届く。内容は、特許関連の申請履歴と内部記録の突き合わせによる検証だ。
「この文書、文面のバージョン履歴と照合すると、改ざんがありますね。しかも、使用されたエディタのタイムスタンプが、社内サーバー上の改ざん対策を無効化してます」
加えて、もう一つの重大な誤認があった。
「そもそもあの探索者カード、ただの名義貸しだと誤解していたようですが……これは国際認証を受けており、日本政府も承認している正式なIDですよ」
さらに、NeoTask社からも正式な抗議文が届く。
『加藤部長によるパワーハラスメント行為があったと、複数の社員から申告を受けております。録音記録も提出されており、証拠能力を有します』
この報告を受けて、村山はついに動く。
「臨時取締役会を要請します。特許偽装、社内文書改ざん、ハラスメント、すべてが揃っています。
ここまで来ると単なる懲戒だけでなく、刑事告発の可能性も含めて検討するべきです」
◇ ● ☆ ● ◇
――児童公園
児童公園。夕暮れの光の中、白ゴスパンダの俺と黒ゴス狼のインゲンが、遊具を駆け抜ける。
鉄棒を跳ね、ブランコの手すりをすり抜ける。
軽やかなパルクールの動きに、公園の子どもたちが目を輝かせて集まってくる。
『跳んだ!マジで跳んだ!』
『本物のヒーローじゃん』
「すごいでしょ! ダンジョン配信者なんだよ、おねーちゃん達!」
優翔くんと美菜ちゃんの誇らしげな声。俺はなんとも言えずに笑った。
◇ ● ☆ ● ◇
――東都電装 本社
加藤と舟橋が「会議招集通知」の存在に気づいたのは、その日の午後遅くのことだった。
件名:特許関連の技術評価会議へのご出席のお願い
備考:技術アドバイザーとしての立場での参加をお願いいたします
内容はごく控えめなもので、表向きはあくまで助言役としての出席依頼だった。
だが、舟橋は通知を読みながら、眉をわずかにひそめた。
「……なんか雲行きが怪しくなってきましたね。小泉の処分は、うちのガス抜きのはずだったのに。
いったん沈静化したと思ってましたけど、NeoTask社、しつこいな」
加藤は顎に手を当て、苦々しげに唸った。
「ま、今回はあくまでもアドバイザーって体裁だ。公式な責任追及じゃない。
逆にここは一回引いて、こっちが騒ぎ立てない方が得策かもしれねぇな」
舟橋も頷く。
「ええ。……一応、資料も整理しておきますか。
指示は受けていないって証明できるような構成で」
「あと、小泉が勝手に過激化したっていうラインも整理しておこう。社内報告書の控え、差し替えとくか」
「あとは……一部の過去案件は技術側の判断でって逃げ道を残しておけば……」
二人はどこか余裕すら見せながら、すでに言い訳の段取りをはじめていた。
自分たちがまだ守られていると信じて疑っていない様子だった。
しかし――
それが、自分たちに届けられた最後の招待状であることに気づいていなかった。
◇ ● ☆ ● ◇
――児童公園 入り口
日が暮れかけたころ、優真と美沙が子どもたちを迎えにやってきた。
茜色に染まる空の下、子どもたちのはしゃぐ声が、夕暮れの風に溶けていく。
「……今日は本当に、ありがとう」
「いや、別に。喜んでくれたなら、それで十分だ」
そう答えた俺の声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
この数年、言葉にしようとすればいくらでも湧いてくる感情があると思っていた。
だが、こうして実際に顔を合わせてみると、不思議と怒りも憎しみも湧いてこなかった。
美沙はどこか居心地悪そうに、優真の後ろで小さくなっていたが、それすらも俺の心には刺さらない。
……ああ、もうこれは、過去のことなんだ。
そのとき、優真が俺にまっすぐ向き直った。
「……大神鉄也さんに、伝えてほしいことがあります」
唐突な言葉に、俺は一瞬、息をのむ。
「謝罪じゃありません。……感謝、です」
「……感謝?」
「ええ。僕は彼の家族を壊した……そして、結果的に彼にも家族を壊された。
……でも、その全部を経て、僕はようやく家族に気づけたんです」
一度言葉を切り、彼は小さく息を吐いた。
「未熟でした。でも今、振り返ってはっきり思うんです。あの人がいなければ、僕は今でも家族ごっこを続けていたでしょう。
……だから、感謝してるんです。本当に。あの人がくれた再出発の機会に」
その顔にはもう、言い訳でも自己弁護でもない、ひとつの答えを出した人間の表情があった。
「……娘を泣かせたら、ボクみたいになりますからね?」
少しだけ照れたように笑うと、彼は美沙と手をつなぎ、子どもたちにも手を差し出した。
優翔と美菜、そして、インゲン――翠も笑顔でその輪に加わる。
「じゃ、また」
軽やかに手を振って歩き出すその姿は、まるで普通の幸せな家族だった。
……そのとき、不意に、彼の最後の言葉の意味が脳内で繋がった。
「……は?」
娘を泣かせたら、ボクみたいになる。
――え、それってつまり……。
「お、おい、それ、どういう意味だよ……っ!」
慌てて声を上げるが、もう五人の背中は公園を離れ、家路につきはじめていた。
ひとり取り残された俺は、宵闇に染まりかけた空の下で、ただ呆然と立ち尽くす。
顔が熱くなっていくのを、自分でも止められなかった。
『……マジかよ』
そりゃないだろ、いくらなんでも直球すぎるだろ。
でも、その一言に込められた感情は、誰よりも重くて、あたたかかった。
「くそ……いつの間に、そんな親馬鹿になったんだよ」
思わず漏れた苦笑まじりの独り言は、誰にも聞かれることなく、静かに夕暮れに溶けていった。
【To be continued】
今回もご覧いただきありがとうございました。
空間にただ浮かぶ“純粋扉”と、夕暮れの公園で再び舞う“白ゴスパンダと黒ゴス狼”――子どもたちと再会する中で、イーブンの過去は静かに赦されていきます。
一方、東都電装では村山専務が動き、加藤・舟橋の偽装と責任逃れは最終段階へ。
次回、運命の会議が幕を開けます。
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