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元社会人配信者、ダンジョン芸術で食っていく 〜娘にバレずにゴスロリ姿で世界救ってました〜  作者: 製本業者


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30/40

30. トマソン?

久々のソロ配信に挑むインゲン。パルクールと超常的な重力感覚で魅せる彼女は、ふと“トマソン”と呼ばれる奇妙な痕跡に出会う――。

――インゲン:ソロ配信


ソロでの配信は、本当に久しぶりだ。

胸の奥でざらつくような緊張感を感じながら、インゲンはダンジョンの入り口で深く息を吸い込む。


「さてと……いっちょ、やりますか」


画面が切り替わり、配信がスタート。

軽妙な口調で視聴者に挨拶しながら、カメラに映るのは機能性重視のスワットスーツ姿。

ソロでもゴスロリコスを貫く誰かさんとは違って、今回はちゃんと“本気モード”だ。


『来た!ソロ回!』

『またパルクール配信だ!』

『画面酔い注意w』


カメラを搭載した追従ドローンが、まるで生き物のように滑らかにインゲンの背後を追う。


その瞬間――彼女は壁面に埋め込まれた装飾柱を“蹴った”。


「いっけぇぇぇぇぇッ!!」


音速の軌道。

真下に跳び上がるような慣性の裏切り。

彼女の身体は垂直の壁を、まるで水平な地面のように駆け上がる。

踏み込んだ足が生む一歩一歩が、物理法則をねじ伏せる。


まるで壁が床だったことを、世界のほうが思い出したかのように。


「ほいっと……次、天井いきまーす」


バチンと視点が切り替わる。

カメラの天地が逆転。――いや、重力自体が裏返ったかのようだ。


インゲンは、身体を反転させたまま天井の梁に指をかけ、そのままぶら下がりもせず、“走った”。


梁から梁へと跳躍し、指先を引っかけるだけで方向転換。

まるで重心が消失した人形のように、動きはしなやかで異様に軽い。

空気すら味方にしたかのような慣性制御で、彼女は“天井の地面”を駆け抜ける。


真下――いや正確には“真上”のフロアには、敵の群れがわらわらと蠢いていたが、それすら彼女には一瞥の価値もない。


『重力って何だっけ?』

『これが超技術w』

『さすが翠姫、空間に勝ってる』


滑る、跳ねる、捻る、突き抜ける。

あらゆる動作が、漫画的な誇張と現実の接点を寸断する。

パルクールの枠組みを完全に逸脱し、もはや“次元のパルスを乗りこなす”異次元の移動。


彼女自身、それが楽しくてたまらない。


いろんなことを忘れて、どこまでも走っていたい。

そんな風に――インゲンは、ほんの少し笑った。



□ ♀ ☆ ♀ □


――同じ頃、東都電装


先日のNeoTask社との打ち合わせを受け、緊急の社内会議が開かれていた。


「あの……しかし……録音されたとはいえ、あれはあくまで“その場のやり取り”ですよね?」

最初に口を開いたのは、当日の会議に出席していた役員の一人、藤波氏だった。

藤波の額には薄く汗が滲んでいた。だが、それは反省の証ではない。ただ“強く言われた”という威圧に対する生理的反応でしかなかった。

「録音されたとはいえ……」と続ける声に、誰もが内心で嘆息した。


会議室に一瞬、白けた空気が流れる。

「ですので、改めて正式に“再発防止策”を提出させた方が良いかと」

何も理解していない——その場にいた者全員の顔に、言葉には出さずとも明らかな表情が走った。

だが、藤波氏の言葉に、加藤部長と舟橋課長が待ってましたとばかりに頷く。

「まさにその通りです。

我々としては、正しく伝えていたつもりなんですが……どうも、末端まで徹底できていなかったようで」

「情報の共有が不十分だったということであれば、それは今後の反省材料にしていただければと」


どこか薄ら笑いを浮かべたまま、他人事のように語る二人の言葉は、なぜか役員達には冷静で客観的に分析された言葉に聞こえたようだ。

その結果、役員会としては再び、企画部に正式な謝罪文と再発防止策の提出を求めることで決着した。


会議後、指示を受けた企画部では、部長がため息交じりに口を開く。

「……言われた通りに“再発防止策”と言われるモノを出します」

神妙な面持ちで答えたはずのその男は、部屋に戻るなり態度を一変させた。

「……録音、残ってるからな。『企画部からの謝罪は受け入れた』って、NeoTaskの役員がちゃんと言ってる」

一瞬、沈黙する部下たち。その中で、部長は皮肉げに笑い、軽く肩をすくめる。

「だからさ、それっぽく書いとけばいい。

企画部名義で届いた瞬間、余計怒らせるだけだからな。

それに、どうせ上の連中、読まねぇって」

その場にいた部下たちの顔から、最後の期待の色が消えた。


「……この会社、もうダメだな」

誰ともなく絞り出した呟きが、妙に静かな室内に響いた。

その一言が、まるで最後の警鐘のように、皆の胸に突き刺さる。

けれど、誰も声を出さなかった。

もう、何かを変える気力すら――残っていなかった。


□ ♀ ☆ ♀ □


――配信中:インゲン


滑るような動作、流れるような転回、そしてしなやかな飛躍――

物理法則の隙間を縫うかのように、彼女の動きは途切れることなく続いていく。


段差をリズミカルに跳び越えながら進む中で、ふいに、彼女は立ち止まった。


「……今の、見た?」


コメント欄がざわつく。

カメラが切り替わり、彼女の足元を映し出す。その視線の先には、ただの石壁――に見えたものがあった。


が、よく見ると、そこには奇妙な凹凸が連なっていた。

石材の継ぎ目に沿って、かすかに規則的な傾斜が連続している。

それはまるで、“階段”だったものが壁に埋め込まれ、上から封じられたかのような痕跡だった。


「こんな場所に……階段? いや、これ……わざと埋めてある?」


インゲンは壁に手を当てた。

ごつごつした石の表面を撫でると、部分的に質感の違う箇所があることに気づく。

どこか薄く、異物感のあるパテのような石材。補修ともつかず、しかし明らかに“何か”を隠す意図があった。


「あー……これ、めちゃくちゃ面白いじゃん」


使われなくなった階段を、完全に壊すのではなく、“残したまま塞いだ”ような構造。

機能しないのに保存され、誰にも使われないのに撤去されず、むしろ大事にされているかのような存在――


「これってさ……こないだWikipediaで見た、“トマソン”ってやつじゃない?」


彼女の呟きと同時に、コメント欄が沸騰する。


『出た、トマソン!』

『伏線かこれ!?』

『考察班、集合!』

『埋めトマソン!』


彼女はカメラに向かって、いたずらっぽく笑った。


「次の配信、この場所、もうちょっとちゃんと掘ってみようか」


コメントが一斉に『賛成!』『待ってた!』『トマソン祭りだ!』と湧き上がる中、インゲンはひとつだけ、静かに頷いた。


次に来る時は、きっと――“あいつ”と一緒だ。


□ ♀ ☆ ♀ □


空はよく晴れ、青々とした芝が広がる。手入れの行き届いたフェアウェイの一角で、二人の男が並んで歩いていた。


「いやあ、天気が良くて何よりですよ」

東都電装の専務執行役員、村山は、アイアンを手にしながら気さくな笑顔を向ける。

「……そうですね」

NeoTask社の開発本部担当役員、笹倉はその笑顔に曖昧な相槌を返しつつ、足元のボールに目を落とす。

そんな中、村山がふと思い出したように口を開いた。

「そういえば、うちの企画部がいろいろと……ご迷惑をおかけしたようで」

その瞬間、笹倉の手が止まった。

顔は笑っているが、目はまるで笑っていない。

「……企画部が?」

「はい。私もあまり詳細は聞いていませんが、再発防止策など、ご協力いただきありがとうございます」

笹倉は無言のままティーをセットし、ドライバーを振りかぶる。

そして、綺麗な弧を描いて放たれた打球を見送りながら、ぽつりと呟いた。

「村山さん。なぜ、企画部が関係していると?」

「え……? いや、その……報告では、そう聞いていまして……」

困惑したように眉をひそめる村山。

「ならば、こちらからお聞きしましょう。誰がそう報告したんですか?」

沈黙。

村山がうろたえたようにごまかす。


「いや、確認不足でした。では……企画部に改めて正式に謝罪に行かせますので——」

「……あの、村山さん?」

笹倉の声は、氷のように冷たかった。

「今“なぜ、企画部が関係していると?”って、私、言いましたよね?

それとも“企画部は関係ない”と言わないとわかって頂けませんか?」


その一言で、村山の顔色がさっと青ざめた。

「本当に、御社は……“事の本質”をご存じないようだ」

言い残し、笹倉は静かにクラブを戻しながら、カートへと歩いていった。


取り残された村山は、冷や汗を拭いながら、自分の手元に届いた報告書の断片を思い出そうとしていた。


だが、その断片が、明らかに誰かによって歪められていることに、ようやく気づき始めていた——。


【To be continued】

最後までご覧いただきありがとうございました!

圧巻のソロアクションの裏で、インゲンは“使われない階段”という謎に出会います。

一方、東都電装では責任転嫁が進む中、ついに村山専務にも疑念の目が……? 

次回、変わる男達が得る小さな勝利。

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