29. 変わった人たち、変わらない人たち
突然届いたメッセージは、かつての相棒からのコラボの誘い。再びダンジョンに潜る二人は、かつてとは違うスタイルで、遺されたものに向き合おうとする。
メッセージの通知音が鳴ったのは、朝の配信確認を終えた直後だった。
『……あのさ。今度、またコラボしてくれない?』
送り主はインゲン。配信のコラボなら探索者用のシステムを使えば良いのに、なぜかスマホに。
俺は、画面をしばらく見つめたあと、軽く息をついた。
「唐突だな……」
だが、その唐突さに、どこかしらの“らしさ”が宿っていて、思わず口元が緩む。
『実は、ちょっと調べたいダンジョンがあるんだ。構造が変でさ。
変な保存状態の建物があるみたいで』
「お、それは奇遇だな。俺もちょうど“超芸術トマソン”ってやつにハマっててさ。
昨日の夜中に、wiki見てたばっかり」
いつものようにクールを装って返しながらも、心のどこかがほぐれていくのを感じる。
そして、後続のメッセージが届いた。
『で、どうせなら――おそろいで行かない?
前みたいな、あの、ゴスロリのやつ。
……白じゃ無いいやつ、あったでしょ?』
俺は少しだけ考えた。
血に飢えた狼”とあだ名されたままで良いだろうか。
ネタ枠で配信したからこそ、見えてきたダンジョンの別の姿。
今の自分は、もっと別の形で、ダンジョンと向き合いたかった。
「ちょうどいいタイミングかもな……」
まさに新しい拳銃をオーダーしたところだ。
「俺も、ちょっと変えていこうと思ってたとこなんだよ。
もう、牙剥いて駆け抜けるだけのスタイルは卒業かな。
これからは――もっと、じっくりと。
遺されたものを、見つける旅って感じでさ」
スマホに返信を打ち込む。
『了解。明日と明後日、どっちでもOK。再訴の黒ゴス、着るわ。俺もベレッタで行く』
短く、インゲンへ返信した。
迷路のようなダンジョンに潜る、その一歩手前。
二人の歯車が、少しだけ重なった音がした。
△ ∀ ◇ ∀ △
――調達A課
「……ここ、で、合ってるよね……?」
美沙は薄暗いフロアの奥にある、窓際の小さな部屋に足を踏み入れた。
机が一つ。椅子が一つ。パーティションさえ設置されていない。
まるで仮設の待機室のようなその空間が、自分の新しい“職場”だった。
「正式辞令は今日から。ここが、調達A課……」
部屋にはまだ電話すらなく、備品の申請用紙すら置かれていない。
誰もいない。けれど、それが逆に、美沙の気持ちを少しだけ軽くした。
「……よし、やるしかないわね」
手元のタブレットで社内ネットワークにアクセスし、“調達A課”の業務概要を確認する。
>調達A:企画部門支援に必要な物品・資材全般の調達業務
>調達B:汎用文具・消耗品・施設備品等の調達管理
「え……今まで企画チームって、自分たちで発注してたけど……本来はウチの課の仕事?」
急いで過去の発注履歴を調べる。確かに、明細には発注担当が“企画部”名義で並んでいた。
つまり、誰も使わないから、人が抜かれ、最終的に追い出し部屋になったのか、美沙はなるほどと思った。
「……だったら、まずはそこから、整えていかないと」
一人では無理だ。経理や庶務とも連携が必要になる。美沙は早速、関係部署に連絡を入れた。
「――ってことなんです。だから、これからは調達A課で取りまとめる形にしていただけると助かります」
数日後、企画会議室でプレゼンを終えた美沙が頭を下げると、出席していた若い女性職員がぽつりと呟いた。
「お高くとまってる人だと思ってたけど……案外、気さくな人なんですね」
「え、そ、そう? そんなつもりじゃ……」
思わず頬が熱くなる。周囲にいた庶務の担当者たちも小さく笑って頷いた。
「案外可愛らしじゃ無い」
その瞬間、美沙は気づいた。
過去の自分なら、誤解されても仕方がない態度をとっていたこと。
だけど今は、ちゃんと歩き始めているのだと。
「少しは、変われたかな……」
窓の外の光が差し込む、まだ殺風景な部屋に戻り、デスクの前に座る。
この場所が、未来の拠点になるかもしれない。
△ ∀ ◇ ∀ △
インゲンと合った早早にコラボ申請が届いたので、すぐに昇任。
お約束なので、ポチッとなと言うのも忘れない。
画面には二人の姿。背景は、ダンジョンの入り口に設けられたセーフゾーンの祭壇跡。
だが、何より視聴者の目を引いたのは――
『おそろいじゃねえかwww』
『いやまて、逆じゃね?』
『白黒反転してて草』
「……あれそういや?」
違和感なくて気づかなかったが、いつもなら黒を着るインゲンは、今日は純白のゴスロリスタイルで立っていた。
「ちょっと待って。あんた、黒なの? あたし、てっきり白だと思って……」
「いや、俺こそ。そっちが黒だから、合わせようと思って黒にしたんだけど……」
顔を見合わせて、思わず吹き出す。
「うわー、なんか、久しぶりにやらかした感じ」
「まあ……ある意味、これも“おそろい”だな。白黒逆の」
インゲンは白いレースのフリルを指で弾いて笑う。
『兄妹かよw』
『対になってるの逆にエモい』
『おまえら仲良すぎるんよ』
「そういえば装備、変えたんだって?」
「うん。ワルサーP5から……ベレッタにした」
「へぇ、じゃあおそろい――」
と、言いかけて、イーブンが腰のホルスターから抜いたものを見て、インゲンが固まった。
「それ、ベレッタ……?」
「ああ。M1935。もちろんダンジョン対策で樹脂部品フリー」
「……地味すぎん?」
『逆ジェームズ・ボンドwww』
『.32ACPは草』
『P5→M92じゃなくて、P5→M1935なの逆すぎるだろ』
『むしろM93Rだろ』
『Q:なぜおそろいにしない? A:おそろいの方向がズレている』
インゲンがぷるぷると肩を震わせてから吹き出した。
「ほんとに変えるつもりなんだね、スタイル」
「そ。俺はもう、血みどろな“狼”じゃない。
ゆっくり歩いて、遺されたものを探す旅人ってとこかな」
映像は、そのまま歩行中のダンジョン内部に切り替わる。
自然石を模した回廊、壁面には意味を持たないレリーフ。
苔むした床に、きらびやかなゴスロリ装束が映える。
「……うん。こういうのも、悪くないかも」
「派手で目立つけど、意外と……雰囲気には合うね」
並んで歩く二人の背中が、交互に映される。
白と黒が並び、階段を降りていく様子は、どこかトマソン的な静謐さをも感じさせた。
コメント欄には――
『ゴスロリとダンジョンの親和性やばいな』
『兄妹じゃなくて夫婦にしか見えん』
『今日の癒し枠、最高だった』
など、いつもとは違う空気が流れていた。
△ ∀ ◇ ∀ △
――NeoTask社の会議室
「録音中につき、言質は慎重に」
テーブル中央に、さりげなく設置された録音機器が赤く点灯していた。
「会議内容は、社内記録および顧問弁護士への確認用として録音させていただきます。ご了承ください」
NeoTask社・法務顧問が淡々と告げると、東都電装側の空気が一瞬凍った。
着席したのは、東都電装・企画部の課長と部長、そして同行した役員。
「……本日は、先日の案件について、関係各所に多大なるご迷惑をおかけしたことを、心よりお詫び申し上げます」
企画部の課長が、深々と頭を下げる。
その隣で、企画部長は無言のまま頭を下げ、役員は気まずそうに腕を組んでいた。
「謝罪はお受けしました、企画部の皆様」
NeoTask社の役員が、静かに頷いた。
「で、再発防止策は?」
沈黙。
企画部課長が視線を右に向ける。部長は目を伏せ、役員の方を見る。
役員はまるで“自分に話しかけられた”ことが信じられないという顔をしていた。
「……え? 再発……?」
NeoTaskの役員が、書類を手元に置いたまま、やや語調を強めた。
「当然、再発防止策を検討していますよね?
今後の方針については、企画部の方から頂いていますが」
「そ、それは……担当部門の方で案をまとめる方向で……」
「それはどこの部門から頂けるんですか?」
「…………」
視線が集まる。企画部の課長も部長も、何も言えずにいた。
NeoTask側の顧問が、静かに一言添えた。
「なお、企画部様からは丁寧な対策書を頂いております。
しかしながら今後、同様の事案が再発した場合は、法的対応も視野に入れておりますので、その点もご理解ください」
黙って謝罪を続けていた企画部課長へ、NeoTask社の役員が柔らかく微笑みかける。
「あなた方、企画部の誠意は――私たちにもしっかりと伝わっています。
ただ、“誰が、なぜこれを引き起こしたのか”という点については、まだ明らかではありませんよね?」
その一言に、緊張で強張っていた企画部部長と課長の顔が、ほんの少しだけ安堵の色を見せる。
NeoTaskの役員たちは立ち上がり、出口へ向かう。
だが、ひとりの役員がふと足を止め、ゆっくりと振り返った。
「そういえば――弊社の開発陣から、“加藤様”と“舟橋様”のお名前をうかがっておりました。
こちらにご同席されていないようですが、どうされたのでしょう?」
その瞬間、東都電装側の役員の頬に、冷たい汗が一筋伝う。
背後から付き添いの社員たちが、沈痛な、しかしどこか突き放すような視線を投げかけていた。
【To be continued】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
拳銃の選択は、かつての「血みどろの狼」からの転機になっています。そしてその一方。
次回、インゲンがソロ配信中に発見したのは?
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